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室町享禄妖奇譚  作者: 山縣十三
御家騒動
82/85

拾参 偽物

三沢(みさわ)の城館にほど近く、谷を背にした袋小路の一角に鎮座するこじんまりとした屋敷。以前は三沢の分家筋(ぶんけすじ)隠居所(いんきょじょ)だったところを房丸たちは充てがわれていた。庭には小さな畑や土蔵があり、それなりの広さがあったが、高塀に囲まれた閉塞的な空間だ。

棟門(むねもん)の外には河村(こうむら)の配下である見張りが2名。そして内側には鉢屋衆(はちやしゅう)が2名。ほぼ監視し合うようにして常駐している。

屋敷には房丸(ふさまる)千穐(せんしゅう)の他に四人衆の二人、鉦鼓(しょうこ)篳竹(ひちく)。そして非戦闘員に数えられている女児の(しょう)、新入りの太助(たすけ)、医者の老師がいた。

その他の衆は三沢の命を受けて各方面を飛び回っており、この場にはいない。無論、千穐の元にも音もなく行き来してあらゆる報告をいるのだろうが、少なくとも三沢側はそのすべての動きを把握するのは不可能だろう。故に、このような場所に彼らの頭を閉じ込めておくのである。


房丸はというと、暇であった。


動きこそ常人離れしているものの、忍び稼業には縁のない気ままな人生を歩んできた自由人だ。じっとしているのも性に合わず、笙や太助を相手に鍛錬という名の鬼ごっこや遊びに興じていた。


「太助、こっちだ、こっち!捕まえてみろ!」

「わっ、詠太郎(えいたろう)さまぁ!また木に登って!わしじゃ捕まえられっこないですよぉ!」

「太助ぇ!甘っちょろいこと言ってないで石でもなんでも投げて落とすんだよ!」

木の上に登って逃げる詠太郎(えいたろう)こと房丸を追いかける太助は諦めがちな言葉を吐くが、笙は威勢よくそう言ったかと思うと短弓で射落とそうと矢を放つ。


「ぎゃっ!やめろ馬鹿!この前河村に怒られたばかりだろう!無闇に屋敷で武具を使うなと!」

(すん)(かわ)しながら叫ぶ房丸が木から屋根に飛び移るが、聞こえていないふりをする笙が所構わず弓で射った。


どすっ、と柱に命中したところで、その横に河村(こうむら)が鬼の形相で仁王立ちしていることに全員が気づく。


「⋯詠太郎殿!!!」

「おう、河村。今日も来たのか。暇か?」

河村の怒気など気づきもしないような素振りで逆撫でするようなことを言う房丸。

「貴殿のおかげでまったく暇ではござりませぬぞ!屋敷を傷つけるなとあれほど申したでしょう!?」


実は、三沢為国(ためくに)より鉢屋を見張れという命を受けている河村だったが、顔を合わせれば小言ばかり言う(しゅうと)のような役割にげんなりしているようだ。


「⋯河村さま、申し訳ありません⋯」

太助がおずおずと進み出てきて反省の弁を述べる。が、詠太郎がこの通り飛び回っているのだからしょうがない。

「お主が謝っても詠太郎殿が言う事を聞かないのであればどうにもならぬわ⋯」

イライラした様子で突っ返す河村。

「いえ、詠太郎さまは武具は使わないように言っておられます。でも⋯」

と言って、矢を放ちまくっていた者をキョロキョロと探すのだが、笙はこういうとき真っ先に雲隠れする。良い根性の持ち主だ。


「すまんすまん、笙にはよく言っておく。何分、こうも閉じ込められていると気が滅入るのだ。子供なら尚更じっとはしておられんだろう。勘弁してやってくれ」


詠太郎が明るくそう言いなだめるので、河村はいよいよ大きなため息をつき、頭の中で愚痴た。


⋯あのちびっ子が言う事を聞くわけがない。そもそもコイツ(房丸のこと)のことを敬ってもいなければむしろ小馬鹿にするような態度を隠さないのは俺から見たって明らかなんだよ⋯そのくせ、千穐には完全服従ときた。


コイツは鉢屋詠太郎の替え玉だ。


包帯ぐるぐる巻きにしてりゃバレないとでも思ったのかもしれんが、立ち振舞や皆の態度を見ても明らかだ。本物はとっくに焼き殺されているのだろう。


つまり、この鉢屋衆の中で一番に注意しなければならないのは千穐という女だ。聞けば先代頭領を亡きものにしたのも、次男の響次郎の腕を切り落としたのもあの女。恐ろしく腕が立ち、尚且つ頭も切れる。

だが、この屋敷に入ってからはほとんど奥の間から出てくることはないようだった。

詠太郎の偽物と小童どもが大騒ぎしても素知らぬ顔らしい。できれば深く探りたいところなのだが、なかなか尻尾を掴ませてくれないのが難点だな。



「お邪魔しております、詠太郎様、河村様」


ふと顔を上げると風呂敷を携えた志摩屋(しまや)清正(きよまさ)が現れた。

彼は河村と違って監視の命こそ受けてはいないが、毎日のようにこの屋敷に顔を出しては偽詠太郎や老師らと世間話をしにやってきている。

風呂敷の中身はおそらく甘味だ。奴らに餌付けでもして、何か良い情報でも仕入れようというのだろうか。


「清正さまぁ!それ、甘味ですよね??」


真っ先に声をかけたのは隠れていたはずの笙だ。軒下からひょこりと顔を出して清正に問いかける。


「ええ、今日は知り合いの商人から団子をいただきましたので持ってきました。一緒に食べましょう」

「やったー!老師にお茶を出してもらうねっ!もちろん河村さまの分もーー!」

「わ、わしも手伝う!」


そう言って笙と太助はドタバタと屋敷の中に入っていった。


「清正、毎日毎日すまんな」

そう言うのは偽詠太郎。子供たちのストレス発散に甘味が役立っているらしい。

「いえいえ、滅相もない。むしろ今日も色々お話が聞けるのを楽しみにしておりまして」

清正の言葉に、河村は思わず怪訝な顔を隠さなかった。

こんな替え玉と話をして何を聞き出せるというのだ、と思っているからだ。だが、そんな河村に清正はクスクスと笑う。


「河村様もぜひ詠太郎様のお話を聞かれるがよろしいかと存じますよ」


清正がそれほど言うなら、本当に何かあるのだろう。「はぁ、では」と言って詠太郎と同じように縁側に腰を下ろした。彼らはいつもこうやって縁側に腰を掛けて談笑しながら甘味を食っているようだった。



さて、清正の誘いに乗って偽詠太郎との話に耳を傾けた河村は驚いた。


一体何の話をするのだろうと聞いてみれば、清正は唐土(とうど)(中国)や日本の歴史物語をせがんだのだ。平家の滅亡、鎌倉幕府の成り立ちなどを語るかと思えば、史記に始まり、孫子(そんし)孟子(もうし)の話まで及ぶ。

清正は興味津々に聞き入りながら、驚く河村に(ね?)という視線を寄越してきた。様々な意味で、聞く価値があっただろうという視線である。

平民はこう言った知識を得る機会はないに等しい。高等教育を受けるような身分のある者しか知り得ないことであり、それをたかだか忍び風情の、下手な替え玉が持っていることに驚いたのだ。

ちなみに仏門に入った僧侶なども読み書きができ、教育を受けられる限られた者に数えられる。室町時代は現代よりもずっと僧侶の地位は高く、尊敬の念を抱かれる存在なのである。

房丸のことを知らない河村からすればさもあらんことだった。



「いやぁ、詠太郎殿。忍者という者を侮ってござった。そのような知識教養を持ち合わせておられるとは思わなんだ。感服いたしました」

思わず河村がそのようなことを言うと、偽詠太郎はカラカラと笑う。


「さあ?ニンジャがどんな知識教養を持っているかは分からない。私は育ての爺やお師匠様である寺の住職からたたき込まれたものだからな!」


え。


「いやー、子供の頃は座っていることすら苦痛でな!寺での修行も、座学はとんと苦手だった!」


待て待て、鉢屋詠太郎という設定はどうした。


「詠太郎様、爺というのはあの鉢屋弥三郎(やのさぶろう)であらせられますか?」


清正が問う。すると、偽詠太郎はあっけらかんと言い放った。


「違う!」

「違うんかい!!!!」


思わず突っ込んでしまった河村だった。

これに清正と笙は爆笑し、茶を運んできた老師は悟りを開いた顔で空を見つめている。太助だけがオロオロと皆の反応に困っていた。


「しかし詠太郎様、そのようなことを河村様に聞かせてしまってよいのですか?」

必死に息を整えながら清正が問う。


「うん。だって私が偽物だということなどとっくに分かっているだろう?それに自慢ではないが、私はウソも演技も苦手でな!ちなみに、お師匠様からいただいた名前は小糸房丸(こいとふさまる)だ!」

これにもまた清正は笑い転げ、河村もまた突っ込みを入れてしまう。


「あのな!俺は三沢の殿に見張れって言われてんだよ!!偽物だってバラしちまうぞ!?」

「いいぞ。殿様だって分かっているだろ。それより河村、かしこまった言い方より、その方が話しやすいな。それがお前の素なんだろ?」


言い返されて、河村は我に返った。

「⋯なんだよ。俺の話し方なんてどうでもいいだろ⋯」

だが、爆笑中の清正も涙を拭いながら頷いている。

「そうですね、私も河村様はその砕けたおっしゃり方がいいと思います⋯!」



とんだ茶番劇が終了し、落ち着いてきた清正がぱんぱん、と手を叩いた。

「皆様、腹を割って話せたことですし、私から提案がございます」


にこにこと笑顔の清正が房丸に向き直った。

「実は今日、この後に以前から依頼していた刀を一振り、受け取りに行こうと思っているのです」


突然の報告に皆がぽかん、とした顔になった。


「私としては、鉢屋詠太郎様、いえ、小糸房丸様でしたね。房丸様に同行していただきたいのですが、外出の許可をいただけますでしょうか、河村様」


あまりに突飛な申し出だったために、河村、房丸が声を揃えて「「なんだって!!?」」と声を張り上げた。


「おや、そんなに驚くことではないでしょう。私の目利(めき)きは、河村様ならよくご存じのはず。むしろ、房丸の太刀さばき、貴方様もよくご覧になったでしょう?」


そう言われて河村は黙る。確かに、蟠根(ばんこん)峠で見せた鎖鎌だけなら忍具の使い手としか見なかっただろう。だが、ここ数日、この屋敷で房丸が立ち振る舞った剣技は見事なものだった。

その動き、太刀筋は忍びの使う暗殺剣とは比べるべくもない、一流の流派を会得した剣士のものだった。

だからこそ、偽物であると確信できたわけなのだが⋯



「その話、私も混ぜていただけるだろうか」



気がつくと、凛とした声が縁側に座った房丸、河村、清正の背後から割って入った。


「千穐」


屋敷に入ってから数日間姿を見せなかった千穐が、表に出てきた瞬間だった。

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