拾弐 藤ケ瀬城の城主
藤ケ瀬城の城主、三沢為国。
鉢屋詠太郎に扮した房丸と千穐がこの城の主に面会できたのは、三沢領について三日目のことだった。
用心深く、あまり下々に顔を見せないという前評判だったので、元鉢屋衆などがこの地にやってきたとて、お目通りなど許されないかもしれない、と思っていただけに驚いた。
房丸としては、横で今後の策略を練っているであろう千穐の思惑もイマイチ読めない中、国人領主などという偉そうなおっさん(実際にはしっかり偉いおっさん)に会いたいとも思わなかったのだが、いざ対峙したとき、その思いは打って変わった。
(⋯これが、武将ってやつか⋯!)
白髪混じりの髪に浅黒い肌、肩幅は張っていて黒紋の直垂から覗く腕は太い。だがその見てくれに先立つのは、猛々しさではなく、地を小さく震わせるような静かな威圧だった。顔には深い皺が刻まれているが、老いよりも歴戦の猛者といった凄みがにじんでおり、それでいて知性が見え隠れする鋭い眼光が光っていた。
そこで、房丸は実は武将というものを初めて間近に見たことに気がついたのだった。
旅のすがら、かつて身分があった武士崩れ、浪人には何度も会ったし、強さを極めて武者修行に励む者たちの鋭い覇気も知っている。房丸自身もそれなりに武を極めんとする者の一人である。
しかし、人の上に立つ者が背負う自負と矜持、そこから生まれる威厳というものの重さは知らなかった。
(これで国人領主⋯か。もっと位の高い武将にも会ってみたくなってきたな⋯!)
顔に巻かれた包帯の奥で、密かに浮かべた期待に胸が膨らんでいく。世を治める為政者達への興味が初めて湧いた瞬間だった。
「月山富田城の鉢屋が跡目争いで割れたというのは、真であるという報告が今朝入ったわ」
三沢為国の第一声がこれである。
荷駄の件を労われるという名目で部屋を通されたので、隊商の宰領、河村景真と志摩屋清正は内心慌てたのだが、為国の側近が「殿」とたしなめる。
「まずは河村殿と清正殿、そして危ないところを救ってくださった鉢屋殿に礼を申されるのではなかったですかな?」
「ふはは、そうであったな。此度の道中は色々難があったそうだが、積荷も人も無事守り通せたこと、そなたらのおかげじゃ。礼を申す。」
為国の言葉に河村、清正、そして房丸と千穐も頭を下げた。
「「「はっ」」」
「よいよい、面を上げい。のう河村よ。しかしお主、なかなか引きが良いのう。ますます気に入った」
「かたじけのうござる。しかし、引きが良すぎていささか困っておりますれば」
「ははは、そう言うな。まさか蟠根をこうも簡単に手中に治めることはできるとはな。今後も石見へは頻繁に物資の行き来があるからのう。蟠根弥八郎を殺さず手元で飼う事ができたのも良い判断だった。あの根城も上手い具合に整えながら手綱を引いてやれば、近隣の民たちからは感謝こそされようぞ。とはいえ、領地を奪い取ったわけでもなし、他の国人衆たちも文句は言えまい。⋯して」
河村との和やかな会話の後、その視線が房丸たちに向く。
「鉢屋詠太郎。弟の響次郎めはまだ生きておるぞ」
バチリ、と目が合う三沢為国は意味深に笑っている。今朝入ったという「報告」の話をしながら、房丸らの反応を見ているようだ。
「深い傷を負ったようだが、お前たちを血眼になって探しておるという話だ」
房丸は包帯で表情を隠せたが、咄嗟に横目で千穐を見た。
千穐はまったく動じる様子もなく、「はい」と頷く。
「ん。そう言えば、頭領の鉢屋萬斎、次男の響次郎を討ったは末の娘という話だったな」
「はい、千穐と申します」
「女ながらなんと豪気なことよ」
「忍には男も女もございませぬ」
「左様か」
三沢為国にそう言って、くつくつと愉快そうに笑った。この威圧にものともせず、平然と受け答える千穐を気に入ったようだった。
「さて、鉢屋よ。そなたらはどうする」
おそらく、この質問を直にするために房丸たちをこの場に呼んだのだろうと思われる。
今朝方入ったという月山富田城の状況を聞いて、ようやくこの「元鉢屋衆」の言に耳を貸す気になった三沢為国は、さらなる確信を得るために房丸と千穐に直接会って真偽を見極めようというのだろう。
これは千穐にとっては三沢に取り入る最大のチャンスというわけだ。三沢も、わざわざこの機会を作るのだから、信用に足る者たちなら引き込みたいと思っているはず。出雲の者で、尼子が抱える鉢屋衆を知らぬ者などいないほど、その実力は知られていたのだ。
房丸は事前の打ち合わせ通り、千穐らの言葉をそのまま三沢氏に話して聞かせた。
「河村殿、清正殿にはお伝えしたことでごさるが、この場を借りて改めて申し上げまする。
為国様、我らは尼子の命を受け、あらゆる策謀と卑劣な手段を駆使して参りました。その犠牲には我ら同胞までも例外ではなく、よもや袂を分かつほどの軋轢が生じておりました矢先、この有様となった次第です。響次郎は父と同じく、尼子のためならば手段を選ばず、この国を歪める手伝いをするでしょう。我等はそれが我慢なりませぬ。為国様、どうか我等を使い、出雲を正しき道へ導いてくださりませ!」
⋯ふう。この長台詞、なんとか吐ききったぞ。抑揚もつけたし、迫真の演技だったはずだ!
と房丸は心の中で一息入れつつ、相対する三沢為国の様子をちらりと見た。すると、思ったよりつまらなそうな顔をして房丸を見つめ返している。
「儂はたかが小領を治める国人風情よ。そのようなだいそれた事、できるわけなかろうが」
と言われてしまう。
あれー?まぁそうだよなぁ。
うーん、どう返したもんか⋯
これまた包帯のせいで顔の表情はうまく隠せているが、房丸はそもそも嘘も演技もびっくりするほど下手である。これにすぐさま返事が出せなかったのだが、すかさず千穐が助け舟を出した。
「兄に代わって失礼致しまする。為国様、我等は尼子の命により出雲のあらゆる事を知り尽くした忍軍。無論、貴方様の動向も知っております。そして、他の国人や寺社の動きも」
「ほう?」
「今、出雲は水面下で揺れ動いておりまする。やはり、出雲を統べるには尼子は不相応という思いを抱くものは多いのですよ。貴方様だけでなく⋯」
千穐は麗しい唇をくい、と結んで笑んだ。
「⋯確かに、儂は本来の守護である京極政経公の所領を奪い、なり変わった尼子経久公と戦ったことがある。しかし負けたのだ」
これは1488年の戦いのことを指している。今から41年前、三沢は尼子に破れ、傘下に入った。事実ではあるが、三沢の口元は意味深に笑んでいる。三沢為国はこれだけの年月が経っていても、尼子の追放をあきらめていないのだろう。千穐もさらに踏み込んだ言葉を投げかけていく。
「今ひとつ、大きく揺れている方がいらっしゃいます。尼子の実子である塩冶興久公。彼の方が動けば、今まで抑圧されていた者たちはおそらく立ち上がるでしょう。私はそのお一人として三沢様も加われば、尼子打倒が現実味を帯びてくると思っておりまする。一つ一つは点なれど、それを繋げて線にすることができれば、出雲は一変。我等鉢屋なら、この点を線に繋げる役割を担えまする」
千穐の言葉に、三沢為国は驚きこそしなかったが唸った。
「⋯塩冶興久、か」
塩冶興久は、現出雲守護の尼子経久の三男だ。
そもそもは守護代でしかなかった尼子氏が、主君である守護、京極氏の後釜にまんまと座り、出雲を統治するにはなかなか険しい道だったようだ。
尼子経久は内での抵抗勢力を抑え込みながら、献金や婚姻、養子縁組などを駆使しながら周囲を抱き込み、或いは対外的な戦を仕掛けることで国内をまとめ上げ、なんとか国を掌握しようと腐心し続けていた。
三男の興久もまた国内統治の一環で、西部では大きな勢力を持つ塩谷氏を取り込むべく養子に出されているのだが、出雲で長く勢力を保ち続けている国人や寺社にとって、尼子氏の出雲統治は許しがたいものだったようだ。
塩冶興久は実子であるにも関わらず、おそらく周囲の反発や尼子への不信、そして実際問題として尼子から受ける待遇や措置への不満の中に立たされているのだろう。
この実子が尼子へ反旗を翻すとあらば、出雲を揺るがすには十分すぎるほどの火種と成り得るだろう。
「面白い話ではある」
笑みが消えた三沢為国は、この鉢屋等をどう扱うか本気で考え始めている。捨て置くには惜しい。ここを去れば、ほかの国人に取り込まれるのも脅威となり得る。かと言ってどこまで使えるか⋯
その迷いを晴らす一手を、千穐はさらに打った。
「三沢様。石見からのあの物資。そして護衛に混じった炭焼きやたたら師たち。あれらは尼子には未報告のものでございますね。無論、我等は他言致しませぬ。しかしながら、そうまでして物資や人を引き入れて行うのは武器や武具の製造の増強。即ち、戦の準備でございましょう。ならばその準備に際して我等が提供できるものが一つございます。」
― それは、火薬。
この言葉に三沢為国はぴくりと反応した。そして、黙って控えていた志摩屋清正の方をちらりと見る。おそらく、鉢屋が火薬を用いて戦ったことは清正から報告されているに違いない。
「あれは大陸から取り寄せたものですが、売人に仲介致します。三沢様の製鉄技術をもってすれば、火薬をより有用な武器に利用できるやもしれませぬ」
涼しい顔をした千穐がそう言うと、三沢為国はようやく破顔した。
「ふん、ますます面白いわ」
そして、高村を含めた家臣、清正に向かって宣言した。
「決めた。今日から鉢屋は儂が預かる!」




