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室町享禄妖奇譚  作者: 山縣十三
御家騒動
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拾壱 火薬

いまだかつて聞いたことがない爆音に皆がたじろぐ一瞬の間に、千穐(せんしゅう)房丸(ふさまる)は城館から飛び降りるように山道を下っていった。


目標は馬から放り出された商人風情の若者だ。

色白で小柄な青年は、周囲が武装する中でほとんど丸腰。なんとか逃げようとヨロヨロと立ち上がりたいようだが、足腰が立たず、這いつくばってその場から逃げおおせようともがいている。それを、衝撃音から我に返った蟠根(ばんこん)兵が背後から追いかけていた。


房丸は持っていた鎖鎌(くさりがま)を大きく振り、柄尻についた分銅鎖(ふんどうくさり)を蟠根兵の持つ刀に命中させた。ぐるぐると巻き上げ、力強く引っ張れば兵は前のめりに体勢を崩す。その隙に千穐が接近したかと思えば両手に隠し持っていた寸鉄(すんてつ)を巧みに操りながら(あご)を殴り飛ばした。

寸鉄(すんてつ)とは、掌に収まるほどの小さな鉄の棒状暗器である。中指を差し込む輪がついており、手の中で巧みに持ち方を変えながら打つ、突く、受けるといった様々な用法で護身から刺突までこなす。首などの急所を狙って突き立てれば相手を死に至らしめるほどの威力もある。


それにしても、上背こそあれど華奢な女の身で使いこなすには超がつくほどの近接武器。人勾引(ひとかどい)の屋敷でも見せたが、卓越した体術と俊敏さがあればこその戦闘スタイルだった。


(⋯おっろしい女)


見た目に惹き寄せられてうっかり近づきすぎた男は瞬く間に殺されてしまうだろう。

房丸はそんな彼女の柔らかな、しかし隙のない後ろ姿の輪郭を目で追いながら若者に駆け寄った。


「ここは危険だ!いったん離れるぞ」


包帯の隙間からもごもごと言葉を発し、若者の腕を持ち上げて肩で背負う。若者はいきなり現れた包帯男に目を見張ったが、その声色や瞳を見てすぐに敵ではないと察したようだ。房丸の動きに身を任せ、支えられるようにしてその場を離れた。


山砦(さんさい)周囲の斜面で繰り広げられている混乱の中からできるだけ離れようと駆け上がり、房丸と若者は今一度振り返った。

千穐もその背後を守りながら駆け上がってきていたが、その下は(いくさ)さながらの大乱闘だ。もはや荷駄(にだ)の列は崩され、逃げ惑う隊商(たいしょう)の人々を尻目に蟠根兵と千穐の仲間らが争っている。しかし、一目でこの攻防の優劣が分かるほど、蟠根は劣勢に追い込まれていた。

何せ、千穐らは蟠根の砦をまず真っ先に制圧し、彼らの櫓門(やぐらもん)から矢を浴びせ、火薬を使った手投げ弾、宝禄火矢(ほうろくひや)をぼんぼんと炸裂させていた。己等のアジトから締め出された蟠根兵は慌てて戻ろうとするが時すでに遅し。

そのうち、隊商の騎馬兵たちが後列から駆けつけてきており、蟠根は完全に挟み撃ちの状態だった。


「あなた方は一体⋯?」


状況を見て、ようやく若者が言葉を発した。


「あー、えーと、私たちはぁ〜⋯」

「我等は奪われた積荷を奪い返しにきた者だ」


言い淀む包帯男の横で千穐が答えた。

「そなたらの荷駄が襲われている最中だったのだが、その隙に砦を制圧させてもらった。我等は鉢屋(はちや)という」


若者はその名を聞いて一瞬だけ息を呑んで押し黙った。


「成る程⋯。私は志摩屋(しまや)清正(きよまさ)と申します。この荷駄を手配した者なのですが、危うく命を落としかけました」


そうして、ようやく自分の置かれている状況を悟ったような顔をした清正は、態勢を整えつつある隊商の騎馬隊の中から、宰領(さいりょう)河村(こうむら)の視線に気がついた。随分と心配をかけたようだった。


「ああ、あなた方には本当に、なんとお礼を言ったらよいか⋯」



***



蟠根氏は、実はつい一昨年に代替わりしたばかりの当主が治めている。


名は蟠根(ばんこん)弥八郎(やはちろう)。三十代の血の気の多い男で、ここ最近の悪評はこの男が主導していると言っていい。

先代も決して名声を得る将ではなかったが、それでも近隣の某に領地を侵されることを防ぎ、小領なりとこの地を守りぬく力を持ち合わせた人物だった。それが、ここにきてただの小悪党に成り下がった蟠根氏の所業に、民は冷ややかな目線をよこしている。


一方で、蟠根周辺ではあらぬ噂が持ち上がっていた。


三沢(みざわ)め、儂の領地を狙っておる」


最近、頻繁に三沢の荷が蟠根領を跨って石見(いわみ)と行き来しているのだが、荷駄に紛れて兵を送り込み、国境地帯の要所であるこの地を奪おうと機会を探っているというのである。

無論これはデマであり、千穐らの流した噂だった。だが、蟠根氏に紛れ込んだ仲間にそれとなく誘導させ、信じ込ませている。


大名すら一目を置く三沢氏との正面衝突を繰り広げて、蟠根が勝ち抜く術などないに等しい。

しかし残念なことに、蟠根弥八郎はそれを理解できる頭を持っていなかった。故に、いとも簡単に荷駄の襲撃を決行してしまったというわけだった。



河村(こうむら)景真(かげざね)は、隊商をいったん蟠根砦に留まらせ、負傷者の手当をしつつ、乱れた荷駄隊、そして護衛に扮して連れてきていた炭焼き職人、たたら師などの人材の安否を確認した。

蟠根弥八郎は生きたまま捕らえている。

この男の処遇と、突如現れた鉢屋と名乗る集団。河村は両者を見て考えを巡らせていた。


「蟠根弥八郎殿。此度の一件、三沢が黙っているとは思いなさるな」

「けっ、そっちが儂の領地を狙ってきたのだろうが!」

「そのような事実はないと何度申せば分かる?通行料の前金も支払っておろう!」

「うるせぇ!この縄を解け!!」


蟠根とは、このように埒のあかない問答ばかりが繰り返されていた。



――河村は思う。



(だーめだこりゃ。話になんねぇ、頭が弱すぎるこのチンピラ⋯)


しかし、それでも一思いに命を奪うことだけは避けたのには三沢側の事情を鑑みた結果だった。

この時分に三沢が蟠根領を奪取したと広まれば、近隣の国人衆(こくじんしゅう)によい感情をもたれないばかりか、大名の尼子経久(あまごつねひさ)に目をつけられると色々危うい。

蟠根氏にはまだこの地を名目上統治しているという体を崩されては困るのだ。もちろん、こうなった以上、三沢がその統治に関与させてもらう絶好の機会を手放すわけもない。

蟠根には傀儡としてこれからも働いてもらおう。それが三沢にとって最良の選択であると河村は考えていた。


(一方で、だ。)


「鉢屋殿。此度は助かり申した。この隊の宰領河村景真(こうむらかげざね)、改めて礼を申しまする」

「いや、我等の事情に沿って動いたまで」


包帯男が口を開くが、くぐもっていて聞き取りづらい。


(⋯特大に怪しいんだが。鉢屋、だと⋯?)


鉢屋衆といえば河村とて知っている。尼子経久の忍軍の一族だ。つまり、三沢からすれば現在敵対こそしてはいないが、こちらの動きを探っているのでは?と勘ぐりたくなる食えない集団なのである。しかし、彼等は跡取りを巡って分裂し、尼子氏から離脱したという話だった。


「この乱世、一族で争うなど耳を疑うような事とはいえ、よく聞く話だと思うておりました。しかしその傷、誠痛々しいこと。よくぞご無事で」


色々と引っかかりはあるものの、今は無難に回避するのが得策なのか、と試しに切り出してみると、包帯男は言い淀んだのか、ふるふると首を振るばかり。代わって、隣の妹が口を開いた。


「我等は同胞の所業、そして尼子の手段を選ばぬやり方には賛同いたしかね、出奔(しゅっぽん)いたしました。とはいえ、現在は根無し草同然の身。河村殿は三沢領へ積荷を運ぶ宰領をなさっておられるそうですが、宜しければ我等をその道中、使っては頂けませぬか。見れば、どうも護衛の人数が極端に少ない様子。蟠根もこのまま放逐するわけにもいきますまい。ここの見張りに人手を割けば、三沢までの行程には不安がありましょう」


(やはり、見りゃ分かるよなぁ。隊商の護衛と見せかけた人数のほとんどが、実は非戦闘員であることが。秘密裡に人材を招き入れようとしているこの行いが、尼子に反する行為であることも、たぶんこいつらは感づいている⋯)


「ありがたきお申し出。しかしこちらにも事情がありましてな。今一度腹を割って、あなたがたの今後の目的をお聞きしてよろしいか」

河村のこの言葉。言い換えると、「三沢は尼子に知られたくない企みがあるんですよ。アンタら、本当に信用できるのか?」である。


女は大きく頷き、その意を汲んだようだった。鋭い眼差しにくっと片方の口角を吊り上げ、言った。


「我等の目的は、尼子鉢屋への復讐、これのみ」


河村は面白くなって思わず破顔した。

「ようおっしゃいました。私も正直を申しますと、あなたがたの真意はいまだ計りかねているのですが、ご恩はご恩。このまま何のお礼もせず別れるには心苦しい」

こちらも心の内を明かしてみる。すると、横で聞いていた清正も口を開いた。


「左様でござります。わたくしめなどは鉢屋殿に命を救っていただきました。これより先も道のりは遠く、鉢屋様方が同行していただけるならこれほど心強いことはありません」

商人らしい裏表のなさそうな良い笑顔で鉢屋に寄り添う言葉を連ね、さらに続けた。

「それに。鉢屋様が『奪い返した積荷』、少し拝見させていただきましたが、あれは“火薬”ではござりませぬか?蟠根兵との争いで轟いたあの轟音。わたくしはそちらにも興味がございます」


清正の言葉に河村も「ふむ」と顎に手を当てる。

(確かに、あれは気になるな。噂では鳴物の武器があるのを聞いたことはあるが)


ちなみに、鉢屋の『奪い返した積荷』、つまり火薬だが、無論これは千穐の『仕込み』である。おそらく、詠太郎が存命の頃から尼子鉢屋への復讐の道筋として、三沢への接近に利用する種として蟠根に目をつけ、忍の潜入とともに積荷を仕掛けておいたのである。この策略のニオイを河村もうっすらと嗅ぎ取ってはいたものの、まさかこれほど回りくどいやり方で接近してこようとは想像していなかった。


清正は続ける。

「わたくしといたしましてはその輸入経路なども気になりますが、製鉄や武器など目新しい技術を欲しておられる殿にとっても、恐らく興味深い話もありましょう」

にこにこと優しげな笑顔を向ける清正だが、商いに関することとなると前のめりになってしまう性分らしい。この清正という商い者がこれほど火薬に食いつくことまで千穐が予想していたかどうかは想像にお任せしよう。


結果として、この意見を聞いた河村もまた、ここでできた鉢屋との縁は、やはり無闇に捨てるべきではないと結論を出した。


「鉢屋殿のご提案、こちらの方から改めてお願いいたす。共に藤ケ瀬城へ参ってくだされ」

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