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室町享禄妖奇譚  作者: 山縣十三
止雨
22/85

拾六 聞き耳

「ワカじゃーー、ワカじゃ」


フタマルが飛び跳ねるのを宗音(そうおん)はぎゅむりと摘んで懐に押し入れた。


「静かにしろ、感づかれるぞ」

「アㇵー」


そしてフタマルはあの恐ろしい鬼を見てきゅるりと身を縮めて小さくなる。


「ゴズメズゥ…」


宗音も頷いた。


牛頭鬼(ごずき)馬頭鬼(めずき)

仏教の経典『大仏頂首楞厳経(しゅりょうごんきょう)』などに記述される地獄の獄卒(ごくそつ)である。


(はて、地獄の蓋でも開いたのか)


充分に距離を取りながら後を追う。幸いというべきか、この霧がうまい具合に視界を狭めてくれるので、音と気配さえ断てば気づかれにくい。

あまり離れすぎると、逆に視界が狭くて後を負えなくなるので、宗音は声が聞こえるところまで接近していた。



「あそこは人間たちが龍神に向けて祈りを捧げる場所なのさ」



彼等の会話に耳を澄ませる。

どうやら子どもたちと見たあの社は龍神を祀る場所で、鬼たちはあの社とは関係ないところからやってきているようだ。


しかし話を聞くと、鬼達は龍神に捧げられた(にえ)(つまりお(ひで)だが)を喰ってしまったということで、源太夫(げんだゆう)が激怒していた。


「…騙したのか!!」


そうして無謀にも牛頭(ごず)に立ち向かい、呆気なく打ち払われてしまう源太夫。

源太夫はこの鬼達と何かしらの契約を結び、お秀を取り戻そうとしたのだろう。だが、それは鬼達の奸計(かんけい)に終わった。

どうも、牛頭鬼と馬頭鬼は大昔、この地で生贄として殺された牛馬の怨念から生まれた悪鬼のようである。

彼等は人間を恨み、その恨みを晴らそうと多幸丸を誘き出したのだ。彼らにとっては、力のある多幸丸(たこうまる)ほど美味い餌はないだろう。


(まずいな)



どう見ても多幸丸たちは劣勢であった。

巨大な鬼が二体。しかも普通の刀では刃が通らぬ様子である。宗音には錫杖(しゃくじょう)があり、この魔を祓う法具ならば多少は効くかも分からなかったが、二体相手に全員を生かすのは骨が折れそうだ。


せめて隙を作ることができたなら、この場から逃げることはできそうだが。


そう思って、ふと出発前に多幸丸に手渡していたもののことを思い出す。

多幸丸の身代わり、紙の人形(ひとかた)である。

これは前日に小鬼三匹の言を受けて用心のために準備したものだった

。多幸丸には“いざという時の身代わりに”と伝えている。この人形(ひとかた)を使う時が、最大の隙を作れる機会となるはずである。

問題はいつ使うのか、ということだ。


宗音は、錫杖の先端に巻いていた手ぬぐいをゆっくりと解いていった。

先端の遊環(ゆかん)が鳴らないように巻いたこの手ぬぐいは、先程宗音を手当してくれたお滋がくれたもの。

そして、錫杖は崖から落ちたときに手放したものだったが、藤吉(とうきち)が拾い上げてくれたものだった。


あの二人との出会いに心の中で感謝をし、さて、この局面をどう乗り切ろう。




(フタマル。お前、若と他の小鬼たちと連絡が取れるか?)

(ナヌ?ゆけば牛頭鬼に気づかれてしまうじゃろんっ。ムリだん)

(ではここで飛び跳ねて合図を送れるか?)

(エエーー。ダイジョブかのーー)

(いざとなれば私が守ってやる)

(ホントカー???)

(本当だ)



ゴニョゴニョとごねるフタマルを説得し、多幸丸に見えるようにその場でぴょんぴょん飛び跳ねさせた。


(どうジャーーー)

(さて、どうだろう)


牛頭の手前、多幸丸はあまり表情を動かさなければ視線も外さない。一見は分からなかったが、ふとした瞬間、多幸丸が己の懐を触った気がした。


(気づいている)


宗音はその動きだけで直感した。

すぐさま錫杖を握りしめ、その時を待つ。

多幸丸はすぐに動いた。わざと隙だらけで牛頭の間合いに入ったのだ。

不用心な多幸丸の頭上から思い切り振り下ろされる牛頭の棍棒。だが、宗音の目にはそこから瞬時に多幸丸が二つに割れ、片方は一目散に飛び退いて倒れている源太夫の所へ向かったのが確かに見えた。


(源太夫も救うおつもりなのだ)


その姿に少しの感銘を受けたのち、宗音は立ち上がった。



「若、皆とともに下の社へ!」



さあ、勝負はここからである。

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