拾伍 不思議な甕
藤吉に案内されながら長く続く階段を上がってゆくと、一基、二基と鳥居をくぐって、四基めで社らしき建物の屋根が見えてきた。
社は本当に簡素で小さな建物である。手入れはされているので紙垂も新しく、どこも傷んでいる様子はない。宗音の目から見ても、村民から大切にされた社であることが伺えた。
だが、子どもたちが真っ先に駆け寄ったのは、参道の真ん中に設置された大きな甕だった。ど真ん中に不自然に置かれた大甕である。
二人とも中を覗き込もうとするが、人が入りそうなほどの大きさで、かろうじてお滋の背丈で中が見えるほどの高さがあった。
「なんだろう、これ…」
と藤吉が呟くが、そこから二人は微動だにせず甕の内に見入っている。
「秀姉がいる…」
そんな藤吉の一言で、宗音はぎょっとして中を覗き込んだ。
もしや、贄として屠られたお秀の亡骸でも入っているのかと思ったのだ。しかし、甕は擦り切りいっぱいの水で満たされていた。
「おねえちゃん…」
お滋もそう言うので宗音も水の中をよくよく見ようと目を凝らすが、そこに映るのは水面に映るお滋の顔である。
「お秀がどうし…」
と、問いかけようと思って、宗音は息を呑んだ。
確かに、お秀である。
水面を凝視するお滋を、水面に映る大人びた顔立ちのお秀が見つめているのだ。
お秀は必死の形相で、何かを口走っていた。音は聞こえてこない。それでもしきりに背後を気にするように振り返り、指を指す。
宗音たちがその指先を見ると、水面にはある情景が浮かび上がってきた。
村の風景だ。
源太夫が、言い寄る村人たちに眉間にシワを寄せて何かを必死に訴えていた。だが、村人たちは首を振る。
源太夫一人に対して、十人ほどが取り囲んで激しく口論し、最終的に顔色が悪いお秀が出てきて争いが収まった。
そこから情景は村での盛大な祭りの場面に切り替わる。
豪勢な食事を眼の前に並べ立てられたお秀はさらに顔色が悪く、もはや座っているのもやっとという様子で、食事に手をつけることもできなかった。
そして、断崖に上り詰めた先で祈りを捧げ、はるか下方に流れる川へ身を投げた。
あまりに苦しい場面に、宗音は子どもたちの袖を引いた。
「…見てはならぬ」
だが、藤吉とお滋にとっては親しい人間の最期に、涙を流しながら釘付けになっている。
「おねえちゃん…」
「秀姉…」
この甕はどうやら過去を映し出しているようであったが、宗音は不思議と嫌な気配を感じなかった。お秀の思いを伝えるために何かが働きかけている…そんな印象を受けるのである。
そう思ったところで、ここでは雨が降っていないことにようやく気付いた。
空は白く明るいようで、日の光が差し込まない夕暮れ時のような暗さである。辺りはよく見える。ただし、遠くまでは見通せず、濃霧が取り囲むように辺りを覆い隠していた。人の世でないのは間違いない。
隔絶された静けさである。
と、天から雫が一粒落ちてきた。
ピトーン、と涼やかな音色をあげて甕の水面に当たって消える。
雨かと辺りを見回すが、他は一切濡れていない。そしてまたピトーン、と、粒が甕に降り注ぐ。
「…宗音さま、見て!」
藤吉がそう言うので視線を下ろすと、甕の水面が大きく揺れて、また何かの情景が映し出された。
真っ暗闇に堕ちていったお秀に近寄る邪悪な気配。それは煙のようにお秀を取り巻き、そしてゆっくりと姿を現した。
馬の顔を持つ卑しき鬼と、牛の顔を持つ怪しき鬼だ。
「おねえちゃん!!」
身を乗り出すお滋だが、宗音は引き止めた。同時に、何かが鳥居の向こうで動いているのを察し、子どもたちを影に隠す。
白い霧の向こうに垣間見えるのは、今しがた映し出されたあの鬼だ。
そして、その後ろには源太夫、多幸丸もいる。
「「…!!」」
子どもたちは息を呑むが、声を出さないように袖で覆った。
(静かに)
そして宗音はゆっくりと動き出す。
(お前達はここで隠れていなさい。決して出てきてはならないぞ。必ず戻る)
そして、宗音は鬼と多幸丸たちの後に続いて、鳥居の向こうの細道へと駆け上がっていった。




