陸 不穏の音
一行が山道を進む道中、小雨に映る景色は幻想的だった。
もう少ししたら紅葉するであろう木々の合間を、白いもやが山裾からゆっくりと上へ向かって流れてゆく。山間に立ち上がるその無数のもやは、まるで天上の雲のような、あるいは人の理を離れた異界のような様相で、多幸丸たちを呑み込んでいく。
雨は、強くなったり弱くなったりを繰り返しながら延々と降り続いていた。細い雨がさぁさぁと木の葉を打つ音が響くこともあれば、急に雨足が弱まって視界が開けることもある。
多幸丸には三匹のあの者たちが付いてた。
昼間は力を無くすようで、気配こそすれ、その姿は陽の下で掻き消えていた。だから、宗音がその姿を視たとき、おや、と思った。
白く明るいもやの中で、彼等が身体を踊らせて何かを訴えていた。多幸丸の肩、馬の尻に乗っかって何かを発しているのだが、やはり他の者には見えていない。多幸丸と宗音だけが、ぴくりとその動きに反応した。
「えんやぁーとと、えんやぁーとと」
「ワカぁ、さまのお通りだぁーい」
「パッコラ、ぱこら蹄がうなーる」
「ずんどこ、ズンドコ大地もうなーる」
「くるくる、クルクル、ナニカーガ
くーる」
ナニカ、が来る…?
宗音がそう思ったとき、不気味な重低音が辺りに響き渡る。
「?!」
全員が息を呑んで固まってしまう。
何の音だ。何が起こる。
視界は立ち上がるもやで遮られ、ほとんど前が見えなくなっていた。
かろうじて見えた近場の木の枝がゆさり、と奇妙にかしげ、徒歩の者たちは怯んで一歩下がった。
馬は、恐怖で鳴いた。
「ヒヒーン!」
その瞬間、大地がうねるように揺らぎ近場の木々がめきめきと音を立てて沈んでいった。かと思えば己の足元も沈んでゆく。
「若っ!」
宗音だけがようやくこの事態からいち早く動いていた。
ーー地滑りだ。
宗音は馬に乗っていた多幸丸に向かって手を突き出した。多幸丸もまた、事態を察して振り返り、宗音の手をしっかりと受け止める。その瞳に混乱などなく、瞬時に己の事態を把握していた。
踏ん張る足元が崩れ落ちる最中、宗音は渾身の力を込めて多幸丸の身体を宙に投げた。多幸丸はその勢いを糧にさらに身体を捻って、今度は頭上にいる仁左に向かって手を伸ばす。仁左も勿論その瞳には観念の意など浮かんではいない。必死の形相で持ちこたえた木の幹にしがみつきながら、多幸丸の腕をしっかりと受け止めた。
宗音はその様子を見て「大丈夫だ」と安堵し、水のように飛沫をあげる土にまみれて落ちてゆく。
「宗音!!」
普段は穏やかな多幸丸が、初めて聞くような怒号をあげたのを、宗音は不思議な感覚で聞き取り、そしてその意識は薄れてった。
落ちる、堕ちる。
どこまでも。
下る、降る。
魔界まで。




