漆 迷子
「…!…ま!」
何かが聞こえて、宗音は意識を取り戻した。身体が動かない。目も開かない。だが、耳だけは通常に戻ってゆく。
「…うさま!お坊さま!」
子供の声だ。
ゆさゆさ、と小さな手が宗音の肩を揺する。感覚も戻ってゆく。
パチリ。
宗音が目を覚ますと、ぼんやりとした人影がふたつ、心配そうにこちらを伺っているのが見えた。
「…ここは…」
と言いかけて、はたと思い出す。
そうだ、多幸丸たちはどうなったのか。ガバリと起き出して辺りを見ると、ドロドロと崩れ出た土が木々をなぎ倒し、むせるような土の匂いが一帯に充満してその異様さを醸し出していたが、それ以上は状況が見えなかった。この異様さをすべて包み込むように、濃い霧が辺りを覆っていたからだ。
勢いよく起き上がった宗音にびっくりしたのか、先程の小さな人影は身体を震わせて固まっている。
「ああ、すまない。助けてくれたのか?ありがとう」
そう言って笑顔を見せると、ようやく片方の子供が口を開いた。十を過ぎたぐらいの少年だ。
「お坊様、もう大丈夫ですか…?」
「ああ、運の良いことだ。幸いにも手があり、足もある」
そう言って身体を見回した。よく見ると小傷がいっぱいあったが、大した傷ではないようだ。
「…血が出てる…」
少年の横で隠れるようにこちらを見るもう一人の子供が言った。十にも満たない少女だった。手に持っていた手ぬぐいで怪我をした腕を手当してくれる。
「ありがとう。近所の村の子か?」
宗音の問いに二人は頷く。兄妹のように良く似ていた。
二人は青ざめている。まあそうだろう。地滑りを間近に見て、下手をしたら巻き込まれていたかもしれない。だが、二人の不安はそれだけではないようだった。
「それが、変なんですお坊様…」
少年がごくりと生唾を飲みながら訴えた。
「大人を呼んでこようとしたのですが、走っても走っても帰れない…気がつくとまた戻ってしまうのです…」
少女も泣きそうな顔で少年の袖を握りしめ、「…ここ、どこか分からない…」などと言う。
辺りは霧に覆われて右も左もまったく見通せなかった。方向感覚すら失いそうなほどの濃霧だ。
「マンマト迷い込んだようだぞ、クソボーズ」
珍妙な声がどこかから聞こえてきた。
宗音は辺りを見回すが、同じく子どもたちにも聞こえているようで、三人がきょろきょろと辺りを見渡す。すると、
「ココじゃーーココ」
声は宗音の懐からひょこりと覗かせた小さな小鬼が発していた。
「お前、いつの間に」
宗音が思わずそう言うと、小鬼は得意げにこう言い返す。
「ワカがー、おぬしのことを案じてノー、ワシをお付けになったのじゃんっ」
えへんエヘンと何故か威張り腐っている。どうやら、小鬼の主は宗音が下り堕ちる寸前に指令を下したようであった。あまり役に立たないせいか、今まで大した命など受けたことがなかった小鬼は大得意になっており、それが宗音をげんなりさせた。
「そもそも、あんなことが起こるなら何故もっとはやく知らせない」
というのも、確か地滑りが起きる前に何かに感づいたような事を言っていた。あれはこの事態を予見していたのであろう、と宗音は眉間にしわを寄せているのである。
「ワーハハ、あれがセーいっぱいじゃっ」
開き直ったような発言に、宗音はがくっと思い切り肩を落とした。
しかしまあ、しょうがない。
多幸丸がつけたこの小鬼、連絡係ぐらいにはなるかもしれなかった。
ふと気がつくと、このやりとりを目をまん丸くして聞いていた子ども二人。どうやら小鬼が見えるらしい。
「お、坊様…それ…」
少年がやっとのことでそう言う。
「おーん?小僧、ワシが見えるとな?ワシは“ふたまる”じゃ。そんでぇ、ソッチは」
フタマルはもう一人の少女の方を見て、そしてデレデレとし始めた。
「ハハーン、なかなかカーいいムスメだのーん。ほほーーーん」
そう言って、宗音の懐からヒョイと少女の方に飛び移ろうとするので、宗音はむんずと捕まえた。
「フタマル…」
「なんじゃーーーい」
宗音はジト目でフタマルを見た。
「とりあえずお前の分かっていることだけでいいから説明しろ」




