661話 仕立てです
地を満たす。
今はまだその下準備。
思えば邪魔が入ったのは、何度目かの事であったか。
あれはまだこの鉱石が夫人でない時の遠い記憶。
この根を下ろした場所が開かれた時、初めて糧を見て加減を忘れ呑み込んでしまった事がある。
そのせいか、道は閉ざされてふつりと人は絶えてしまった。
臆病な生き物であるのか、ここから逃げた者達は二度と戻る事はなかった。
その後も、山師や盗掘師などの手によって日の目を見る事はあったが、どれもその場限り。
その後が続く事はなかった。
これだけ美しい自身を見せつけても、命に手に掛けるとすぐさま踵を返してしまう。
人間は、とても愚かで臆病な生き物である事を学んだ。
がっついては駄目なのだ。
ゆっくりと時間をかけて、自ら体を差し出させるようにしないと。
それに、どうやら根差した場所もあまり良くなかったようだ。
自然に溢れた場所であるが、どうやら人が住むのに適していないようであった。
対策を考えた。
人を集める為に吸収した知識を何度も閲覧して、山の性質を変えていく。
周辺の銀や銅の鉱脈をゆっくりと操って、人にとって価値のある鉱山へと仕立てた。
その甲斐があってか、この場は小さな町の様なものになり、出入りする人間も増えた。
夢に誘われた人々は、喜びに泣き咽びながら身を差し出してこの場も賑やかになる。
そして、ようやく加減がわかってきたところで、またも人々は自分の前から姿を消してしまった。
勘のいい人間が混じっていたらしく、出入口となる部分に門を付けられて閂で塞がれた。
そうして、その人間はこの地を封鎖したのだ。
でも大丈夫。
また何年も立てば別の人間がやってくる。
人はすぐに死んでしまうのだから、少々退屈であるが無害を装って新しい人間を待てばいいのだ。
きっと次はうまくやる。
ゆっくりと時間を掛けて、脅威だと思わせなければいいはずだ。
誰も訪ねて来なくなってから、どれだけの時間が過ぎたろう。
ある日、数人の人間がまたやって来たのだ。
少女の甲高い声がする。
ここを開けろと指図している。
その通りに男達が動く。
久方ぶりに大きく空気が動いた。
すっかり古びて建付けが悪くなった門は、力任せにこじ開けられて人を迎え入れた。
水晶の光がそこに映し出したのは、とても妙な集団であった。
偉そうな少女に得体の知れない案内人、粗野な男達に混じって気立ての良さそうな中年男性もいる。
男達は口々に、美しさを讃えた。
ため息交じりの者もいれば、興奮気味の者もいた。
それは久しぶりに聞く、自分以外からの称賛の声。
やはり自分はこの世で一番美しいモノなのだと確認する。
少女の傍らには、黒くうねる訳の分からない者が立っていた。
それは目を背けたくなる程醜悪でありながら、自身と同じく目を見張るほど美しい。
そして悪意と愉悦がとぐろを巻きながら、うねうねと立ち昇っていた。
人の形をしているけれど人ではなかった。
水晶には、それは人には見えていなかった。
ただ、分かったのはそれを飲み込んではいけないという事だけであった。
その何かが、口を開いた。
「この富を所有するにあたって、幾つかの事を守ってもらいたい」
定期的に人を捧げる事、出入りするのは雨の日がいい事等をつらつらとあげていった。
それは自身との安全な付き合い方を教授しているようだった。
何故だかそれは、この水晶の特性をよく知っていた。
一通り説明の後、同行者のひとりの男を投げてよこした。
「手付けだ。受け取るがいい」
それは自身へと向けられた言葉。
今までこちらへ言葉を投げかける者などいなかった。
こちらが生きて動くモノであるとわかれば、声を上げて逃げてしまうのが人というものであるのに。
やはり、ソレは人ではないのだ。
人ではない、ナニかなのだ。
自身と同じ人とは違う理のモノなのだ。
それが今、目の前に人を連れて来て共存の道を示していた。
コレは、私に糧を与えて増える事を望んでいるのだ。
それはとても自身にとって都合のいいことであった。
投げて寄越された男を水晶の触手を伸ばして受け止める。
わあわあと叫んでいるのが興ざめであるが、それは久方ぶりの糧である。
馳走になろう。
せっかくこちらを認識して贈られた物なのだから、隠す事はないのだ。
石のフリなどしているのは、かえって礼を失していると判断する。
自身は空腹を感じたりはしないけれど、長らく変化のない状況からすれば、それは歓迎すべきものだ。
新しい魂との交感。
新鮮な衝突。
うれしさのあまり、つい浸食を急いでしまった。
パキパキと水晶が音を立てる。
触手に締め上げられた男の表面を、水晶が被っていく。
その驚愕と恐怖の混じった顔のままどんどんと自身に混ざっていく。
ああ、気の毒なことをした。
本当ならば同化する歓喜を味合わせるところなのに、つい加減を間違えてしまった。
「理解出来ましたか? こうして人を与えて水晶を増やしていけば、これは枯れることはないのです」
商品の案内をするかのように、人でない何者かは連れの男達に説明した。




