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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第六章 シャルロッテ嬢と廃坑の貴婦人

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662話 伯爵という人です

 人を犠牲に、枯れない富を手に入れる。


 それを聞いた男達の反応はそれぞれだった。

 目をギラギラと輝かせる者や、興奮に頬を上気させる者。

 そして目の前で起こった事に恐怖し、嫌悪する者も。


 夫人の意識である今は、その記憶の中の人間が何者なのかわかっている。

 この水晶を好意的に捉えた2人はグンターとラムジーで、怯えているのがオイゲンゾルガー伯爵であることを。


 少女は言わずと知れたアニカ・シュヴァルツであり、案内人は彼女の従者だ。

 彼らは、この水晶の秘密を最初から知っていた。


 どれだけ記憶を漁っても、どこにも彼らとの接点はなかった。

 自身と関わった事はないはずなのに、いつ知られたのか。

 何故知っているのか。


 考えを巡らしても答えはなかった。

 だが、それの何が問題だと言うのだろう。

 この者達は、自身を増やして人間社会に広めようとしているのだ。

 それはまさに、自分が求めていることなのだ。


 ここが人間を価値のある宝石に加工する工場であることを聞いて、オイゲンゾルガー伯爵は真っ青な顔でうわ言を呟いていた。

 こんなはずじゃないとか、神はこの所業を赦さないとか。

 まるで常識人のように、自分は悪人ではないと言い聞かせるかのように、何度も何度も呟いていた。


 夫人には、その先は思い出さなくとも、わかっていた。


 この臆病な伯爵は、この場を忌み嫌い近付こうとしなかった。

 彼にとってこの事は、振ってわいた災厄のようなものだった。

 自分は悪くないのに、犯罪に巻き込まれた被害者のような思いだったのだろう。


 出来たのは逃避だけ。

 まるで人を消費している事を存在しないかのように、目を伏せてそれを見ようともしなかった。


 だけれど嫌悪しながらも、富を与えてくれるこの場を手放す事も閉鎖する事も出来ずにいた。

 結果、その全てを、グンター達に丸投げしたのだ。


 彼にはその誘惑を跳ね除ける気概があるはずもなく、その罪を飲み下して利とする強欲も持ち合わせない哀れで臆病な人間であった。


 それなのに、魅せられていた。

 自室に何よりも大きな朧水晶を据え置き、夜ごと眺めて悦に入っていた。

 そんな自分を恥じながらも、溺れていたのだ。


「いい旦那様」と誰かが言った。

 そう、声を荒らげる事もなく清貧に甘んじて勝負に出ることもない。

 先祖が守ってきたというだけで、この地でそれをなぞるように生きる人。


 それならば、っと夫人は思うのだ。

 それならば、いっその事悪人になって開き直ればいいのにと。


 大人しやかな夫人は、夫である伯爵を愛していたけれど、それは本当に愛だったのかは疑わしい。

 目の前にいたから、縁組がされたから、それだけの理由で愛していた。

 そして、それは伯爵も同じであった。


 その心内に野望はあったかもしれないけれど、2人とも与えられたものに甘んじて、満足出来る人間であった。

 その平凡で穏やかな生活は第三者の加入がなければ、平和に続いたことだろう。


 情熱も憤りも怒りも遠くに追いやった場所を伯爵は愛していた。

 それは夫人個人ではなく、それら全てを1つの塊として愛していたということだ。


 だからこそ夫人が道ならぬ恋に入れあげた時、真っ向から怒ることも邪魔する事も出来なかった。

 だからこそ夫人が姿を消しても、ぽっかりとその存在が抜け落ちたままの生活を続けていたのだ。


 グンター達が、この鉱山で自分達の好きに振る舞い牛耳る事が出来たのは、この伯爵が領主であったからに他ならない。

 伯爵の人となりがもっと野心家であったり、誠実であれば違った結果になっただろう。

 だけれど現実は、この変化を嫌う男がその土地を治めていた。


 そうして朧水晶と名付けられた鉱物は、ハインミュラー商会を介して世に知られていくことになる。


 その水晶は加工され女性の首元や耳を飾り、細かく砕かれドレスに縫い付けられる事もあった。

 男性のタイピンになることも、カフスボタンになることも少なくなかった。

 ある程度の大きさの物は、そのまま置物にもなったし、精密な細工を施され芸術品となる事も、水晶髑髏として愛でられる事もあった。


 そうして意志を持った水晶は、ゆっくりと時間を掛けて持ち主に囁きかけ魅了し、世の中に広まっていった。




 一輪の炎の花がチラチラと燃えていた。


 その横にある枯れた花は、人であった頃の夫人の心をほんの少しだけ動かした。

 貧しくも幸せであった過去を思い出すよすがであったけれども、それも既に思うほど重要ではなくなっていた。


 夫人はこの枯れた花を大事にしていた。

 鏡台に置いて、目に入るたびにこの花を飾った若かりし夜を何度も思い返したものだ。

 それがそれまでの彼女の中で、一番華やかなものであったから。


 今では目がくらむ王都の絢爛、煙る様な怠惰な淫猥、それらを味わい知っている。

 だからこそ、今この花を見る事で自分に葛藤や後悔、他にも味わい深い思いをもたらしてくれると思っていたのだ。


 遠くなった人としての感情を。






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