58話 外出です
貴賓室での生活にも慣れてきたので、一緒に泊まっていた母は週に何日かタウンハウスへ帰るようになっている。
王都にいるとやはり貴族の付き合いが盛んで、私の騒動もあって各所に顔を出して挨拶しているそうだ。変なところで苦労をかけてしまって申し訳ない気持ちだ。
王宮ではやることがないと思われがちだが、そもそもが屋敷の中だけが活動範囲だった私にはそこほど変わりはないどころか、兄を筆頭に友人や王子や詩人、祭司長が訪ねて来てくれるので退屈とは無縁であった。
陳列された美術品や図書室の蔵書も豊富で私には時間が足りないくらいだ。
今日は詩人が午後のお茶を楽しみに貴賓室を訪れている。
王国でも屈指の茶葉の特産地レーヴライン産の色々な茶葉が侯爵から送られてきた。
政治的な謝礼とかはわからないので、私にとってはこういうものでお礼されるのが一番だ。
お陰でお茶の品揃えは専門店並みになっていて、ソフィアも各お茶の入れ方や温度など実践しながら覚えている。
彼女はすっかり私の筆頭侍女として客人をもてなすのにも慣れて、相手のお茶の好みも把握する様になっていた。
一度客が退出後に、ちらっと見たことがあるが小さな紙片に覚書を細かくしているようだ。
身分や称号、好みなど気付いた事をその都度書き込んでいて、見直したりしている。
溜まった紙片が彼女の勤勉さを物語っている。領地にいた頃と比べるとまるで別人のようだ。
毎日決まった時間に王宮からの計らいで侍女教育も受けていて、将来が楽しみである。
ソフィアにとって、この滞在は得難い体験になっているようだ。
領地に帰ったらマーサが驚く事だろう。
「馬の頭をした鳥ですか?」
ナハディガルが面白そうに私を見ている。
「この間あなたが不在の時にソフィアさんから聞きましたよ。うちのお嬢様は魔獣をまだ見たことがないばかりか存在を知ったのも最近だと、なのに馬の頭の鳥ですか」
こらえきれずに笑い出している。
「笑ってないでちゃんと教えて下さい!」
「拗ねた顔も可愛らしい私の姫よ。落とし仔に高慢の種ときて馬頭鳥とはどこまでも神に愛されているというべきか、この詩人は言葉を失ってしまいまする。それらは魔獣など比べくもない希少な存在ですよ。ええ、やはり神話の時代の生き物ですね」
王宮に入れている時点でそうだとは思っていたが、判別出来る人がいて助かった。
正体不明なものでも名前がついていれば、どんな存在でも安心するものだ。
「ただ比較的現代でも繁殖が確認されている神話生物なので前に挙げた2つと比べるとその分、身近ですね。呪術師やある宗教で使役されることが多いですし」
「使役……、ですか?」
「比較的魔術支配を受けやすいと言いましょうか魔力と馴染むのでしょうか、それもあって今でも見ることが出来るのでしょう。馬頭鳥と呼ばれる鳥ですね。魔術でその目を借りることが出来るので偵察に使われたりしていますが私としても知識としてはこれくらいでしょうか、神話生物については神聖であるが故に研究する人は少ないのですよ」
そういえば前世では神聖や神秘が暴かれて神々は力を失っていったのだ。それを経験していたら潜在的にそういうことを忌避する世界なのは当然かもしれない。
「まあ何事にも例外がありますが。姫が所望するならばこのナハディガル、この世の果てまで案内しますしょうぞ。ちょうど一人研究者を存じております」
「この世の果ては困るけれど紹介はしてほしいわ。神話の生き物を何も知らないままではいられないの」
知ることは武器だ。情報ほど重要なものはない。
「では桜姫の思うままに、この小夜啼き鳥があなたの道を照らしましょう」
詩人が言うには王都学院には研究棟が併設されていて、学術研究に勤しむ文官の拠点としているらしい。
教職をしながら研究に勤しむ学者が何人もいて、その配慮とのことだ。
王都図書館も隣接しているので主要な学究的な施設が集められている学術地区だそうだ。
貴族街から隣接しているのでそう遠い場所でもない。
ただ、わざわざ王宮に保護されている身で外出するのにはひと悶着があった。
護衛無しでは絶対に外へ出さないという王宮と教会側の意向もあり結局は王子も参加してお忍びとして護衛も配備、その上で私は少年に変装するということだ。
髪はまとめて帽子の中に隠して王都学院の男物の制服を着る。
学院を見るのもお忍びで外へ出るのも初めてなのでワクワクしてきた。
ただ悲しい事に8歳の少女の私はどう詰めて見ても制服がぶかぶかである。
目を合わせずに王子と詩人が笑っているのが気に入らない。
「紳士ならせめて堂々と目を合わせてお笑いになってはいかがかしら!」
「ああ、いやあんまりにも可愛いから……ぷぷ」
「私も王都学院へ通った身ですがここまで愛らしい制服姿は初めてお目にかかりますよ桜姫。笑ってしまうのはほらまあ自然に発露する感情を抑えるのは体に悪いのですし?私は心のままに行動するのが仕事ですので……」
そんな失礼な二人を横目に紋章の無いお忍び用の馬車に乗り込む。
詩人もさすがに派手な装飾の付いた格好は控えて髪は束ねて昼用の紳士の礼装のフロックコートに身を包んでいる。
普段は羽で飾った鳥男状態で奇抜な格好に目が行くが顔はいいんだよねこの人。
いつでもご婦人方が熱い目線を送るのを見るのでモテてはいるのだろう。
護衛は目立たない様に付き従っている人と、各地に配置されている人に分かれているらしいがまったくわからない。
さすが王族直轄の護衛、すごい隠密ぶりである。




