表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第二章 シャルロッテ嬢と悪い種

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/650

56話 馬頭鳥です

 控室にしていた聖堂の一室で着替えを済ませると王子が待っていた。

「ノルデン大公をお呼び下さって、お気遣い感謝いたしますわ」

「君ががんばったご褒美みたいなものだよ。もっとお爺様に甘えるものだと思っていたけれど、あっさりとしていたね。あれで良かったのかい?」

「あの時はのぼせていたようですわ。あまり好きでない言葉ですが、夢は夢のままでと言いますし。それにこんな子供が追いすがっては、困らせるだけですもの」

 自分の事を、おばさんだの子供だのと使い分けている自分が滑稽に思えてきた。

 私は私である。 中身の経験のせいで障害や視野が狭くなったりがあるかもしれないが、今までこだわり過ぎていたのかもしれない。

「私も君を困らせている?」

「まあ、追いすがって下さってますの?」

 なんだかそのやり取りがおかしくなって、二人で大笑いしてしまった。

 中身が何であれ一緒にいてくれる人がいるのは、心強いことだ。

 ふと背後を見るとナハディガルが恨めしそうな顔でこちらを見ている。

「おお、麗しの桜姫よ。私はずっと夢を見て、その髪のひと房也とも手に入らぬかと機を窺う夜盗の様にあなたを追っているのですが、声を掛けては下さらぬのか」

 大袈裟に左手を胸に充て、右手で私を指しながら歌う様に詩人が問う。

 芝居仕立てにすることで私の諦めを慰めようとしてくれているのだろう。 いや彼にこそ諦めて貰いたいものなのだが。

「既に貴方は私のハンカチを手に入れてるではありませんこと? 人は手に入らないものほど追ってしまうものですわね」

 演技をする風にわざとすました顔で大げさにつれなく言って見せると、詩人も王子も一緒になって笑った。


「シャルロッテ! お疲れ様!」

 貴賓室に戻ると両親と兄から猛烈な歓迎をされた。

 三人に囲まれてハグされてもみくちゃである。

「ただいま戻りました」

 やっとのことで出た言葉がこれであった。

 控えている召使いも誇らしげに私を迎えてくれる。

 今はやり遂げた満足でいっぱいだった。

 すぐにもハイデマリーの所へ行きたかったけれども、それよりもくたくたである。

 ああいうことは何かしら精神力がとられるものなのだろう。

 すぐにでも寝室で横になりたい気分だ。

「クロちゃんもお疲れ様」

 めえめえと鳴く鼻先にキスをする。

 傷跡まで消してしまうなんてどういう事だろう。 本当に素晴らしい仔山羊だ。

 どうか誰もクロちゃんを私から取り上げようとしませんようにと、私は心の中で祈った。


 どうやら疲れたまま眠ってしまったようで、気が付いたらベッドの中だった。

 すぅすぅとクロちゃんの寝息が聞こえる。 夜中に誰かの寝息が聞こえるのはなんだか安心する。

 ソフィアが着替えさせてくれたのか、ちゃんと寝間着で眠っていた。

 まだ、夜中である。

 黒い雄牛に会ったのは、こんな夜だった気がする。


「オ前 許サナイ イイ気 全部 私」

 どこからか、不思議な声が聞こえた。

 真夜中の訪問者が来ているようだ。 でも怖くはない。

 儀式をした後だからか、すごく心の中は凪いでいて冷静でいられた。

 枕元に鳩ほどの大きさの何かが止まっていて、そこから漏れ聞こえているようだ。

 体を起こしてよく見てみると、何かブツブツと流れているのがわかる。

「ダイナシ 今ニ オ前 セッカク 全部 奪ウ」

 よく見ると鳥ではなく、どちらかというと翼竜の様なフォルムだ。

 体は羽毛もなく、鱗で覆われている。

 頭は馬のようで、翼は皮膜が張られた蝙蝠の羽の様にみえる。

 なんて不思議な生き物。

 この世界には、どれだけの想像のつかない生き物がいるのだろう。

 そう思うたびに、想像が脳裏を駆け巡りわくわくしてくるのだ。


 何故そんなことをしたのか私にもわからないが、つい人差し指をそれに差し出してしまった。

 それには警戒心もないようで、指にするりと顔を擦り付ける。

 人懐っこそうだ。 ザラリとした感触でこれは夢ではないとわかる。

「イツモ オ前 ナニモカモ 奪ウ 邪魔 許サナイ」

 言ってることは物騒なのだけど、この子から発せられているとは思えない。

 何と言ったらいいのか、そうこの子はラジオか無線機の様に誰かの言葉を受信しているだけなのだ。

 この子自身は、いたって無害であるように思える。

 でなければ、クロちゃんがまず起きているはずだ。

「オ前 嫌イ 邪魔 嫌イ 嫌イ」

 嫌いといいながら、懐く仕草がかわいい。

 メッセージを送る鳥とかが、この世界にはいるのかしら?

 私か誰かを嫌いな人がいて、その人の感情がこの子から漏れているとしたらちょっと間抜けな感じだ。

 こんな人懐っこい子に、何を言われても怖くもなんともないのだもの。


「どこの子なのかしら? お名前は言える?」

「ドコ 邪魔 お前」

 どうやら自分の言葉は持っていないようだ。

 顔を覗き込むと、その瞳の奥で目が合った。

 この不思議な生き物の目ではなく、その目を通して誰かがこちらを見ている。

 その視線と交わったのだ。

 大きな緑の瞳の少女。

 一見、綺麗な色なのに嫉妬が渦巻くような欺瞞が藻の様に浮かんだ底なし沼の様な瞳。

 この瞳の持ち主があの呟きの元なのだ。

 相手が驚愕しているのがわかる。

 こっそり私を覗いていたら、覗き返されたのだもの。

 誰だって驚くわよね。 何故かそんな考えが浮かんだ。


「あなたは だ あ れ ?」


 私はゆっくりと、問いを投げかけた。

 尋ねるように 詰めるように 確認するように 責めるように


 凪いだ気持ちのまま、目は少女から外さない。

 相手を追い詰めるように、捕まえようとするように私は何もない空間にそっと手を伸ばした。

 警戒心の強い獲物を前に、気配を消して迫る捕食者の様に。


 細い悲鳴が上がった気がした。

 と思うと、もうその生き物の目は私を映すのみで何も宿ってはいなかった。

 この子を通して、誰かが私を見ていたのだ。

 どうやら私は無意識に捕まえようとしたらしい。 けれど逃げられてしまった。

 

 その生き物は、もう人の言葉を発する事はない。

 よく見ると、片足に茶色の何かが結んである。

 動物の毛ではなく人の髪の様だ。 誰がこんな悪戯をしたのだろう。

 邪魔に違いないと思って、裁縫セットの箱から糸切鋏をとりだしてサクっとそれを断ってしまう。

 鋏を向けられても逃げる素振りもせず、手にスリスリとしている。

「これであなたは自由よ」

 それを聞くと理解したのか先ほどまでのカタコトの言葉ではなく、ピュイと可愛い声を上げて、ふわりと飛び上がった。

 私の頭上を感謝するように一周してから、少しだけ開いていた端の窓からスルリと外へ抜けると飛び去ってしまった。

 どうやらソフィアが空気の入れ替えに少しだけ開けていたのを閉め忘れたのだろう。

 きっと入ってきたのも、あそこからだ。

 壁をすり抜けてとか理解できない現象でなくて少し安心した。

 夢や幻覚でなく、あれは生き物でちゃんとそこにいたのだ。

 指に残る感触を確かめるように私は自分の手をそっと撫でた。

いつも閲覧ありがとうございます

特にブックマーク、評価、感想には励まされており、筆を運ぶ糧となっております。本当にありがとうございます!

この辺りまでが第2章「シャルロテ嬢と悪い種」になります

やはり章立ての構成は素人の私には難しくスッキリと区切りがつけれないので、目次での章表記はまだ避けることにします

次からが第3章「シャルロッテ嬢と風に乗る者」です

今後もよろしくお願いします!


追記

2021/3/18 章分けをしたのですが、当初の予定より後の話で区切るとこになりました。ご了承下さい!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 深淵を覗く者は……(ry 実は主人公ちゃんが誰よりもいあいあ味が強いですね……w
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ