49話 御使いです
「あなたからは黒山羊様の気配を感じます」
さすが祭司長。
クロちゃんの残り香でも感じとったのであろうか。
「先の奇蹟の事といい、この気配といい、聖女であらせられるのは間違いないと私が断言いたしましょう。教会は黒山羊様のしもべ、その御使いである聖女様にみな膝をつくでしょう」
にこやかにそう言われても、なんだか困るばかりである。
実際にはクロちゃんの手柄なのに……。
「あの、それは私ではなくて御使いの知り合いがいるというかなんというか。この間の事も、そのお陰というかなんというか」
しどろもどろに弁解していると、王子が「あ、言っちゃうんだ」みたいな顔をした。
だって桜姫の呼び名さえきついのに、聖女様だなんてとんでもない。
ハイデマリーが楽になるなら仕方ないけど、こんな教会のお偉い様にまで言われた日には、どうしろっていうの。
「他に御使いなる者がいらっしゃるのですか? 是非、ご紹介頂けないでしょうか? もしや世を儚んでエーベルハルト領で隠遁されている僧とかでしょうか? その方が人前に出るのを厭うのであれば、私が足を運びますので何なりと」
祭司長が、凄い勢いで食いついた。
まあ、こんな世間知らずの子供より世俗を避けて隠れてる人の方がよっぽどそれらしいものね。
でもうちの領で隠遁とは!
確かに無駄に領地が広くて人が住まない土地も多いけれど、都市もあるしド田舎では無いのに!
こほんと咳をして、澄まして私は言う。
「隠遁するにはエーベルハルトには人が多い様に感じますけど、その御使いは既に王都に来ております」
人がいいのか、祭司長には私の拙い嫌味は通じなかった。
隠遁の部分には反応せず、満面の笑みを浮かべている。
「では是非、教会を上げて迎えに!」
その熱意に、尻込みしそうになる。
「祭司長様、ひとつお約束して下さいませ。御使いは、私と共にいる事を望まれています。なので決して教会にも、王宮にも召し上げないと」
祭司長は、恭しく礼をとる。
「御使い様のご意向に反する事を、教会が致しますものか。このゲオルグ、しかと約束致しますぞ」
そのまま羊皮紙に神前にて、誓約書の儀礼に入りましょうと言うのでそれは辞退した。
思えば王子や詩人が止めていたとはいえ、私のことを聖女だと言いながらも、召喚状を送り付けたり押しかけたりもしなかったのだ。
それほど御使いや聖女と言うのは、教会にとって尊重されるべき存在なのだろう。
なんだか、今日ここに来たのも運命だとか言われそうな気がする。
「先ほど王子からクロちゃんの入場許可をいただきましたので、ハイデマリーの件もありますし早めに一緒にこちらに伺いますわ」
「おお、クロ様とおっしゃられるのですな。黒山羊様所縁のお名前でいらっしゃるのですね。どんな方ですかな? 歓迎の準備をした方が? いやそういうのはお嫌いならひっそりした方がいいのか」
独りごちながら、こちらへもっと御使いの情報をと暗に乞われている気がする。
「ええと、準備はおいしそうな草でいいです。山羊なので」
「山羊?」
「ええ、しかもなんと仔山羊なんです!」
はあ、と祭司長様は一瞬固まってから、気を取り直したように笑い出した。
「かわいらしい冗談ですな。これは一本とられましたぞ。黒山羊様の御使いがクロ様というお名前の山羊とは良く出来ている」
いや冗談なら、そんなベタな設定は使わないだろう。
「仔山羊なんです」
「仔山羊なのですか?」
続ける私に困ったのか、祭司長は王子の方をみてそう問いかけた。
王子は笑いをこらえながら首を縦にふる。
「そ、そうですか。お会い出来るのが楽しみです」
さすが教会の大物ともなると落ち着いたもので、当日判断しようということなのだろうか。
それ以上の追及は、されなかった。
「さて、大聖堂の一室を借りたいという話でしたか」
やっと本題である。
これは大事、すごく大事な話。
「ええ、ハイデマリーは呪いが去ったというのに、心はまだ囚われている状態ですわ。それをなんとかするには、黒山羊様の威光にすがるしかないと考えております」
「それは確かにそうですな。信仰により健全な精神を取り戻すのは、もっともなことです」
「そうです。ただそれには呪われたと同等かそれ以上の感銘を、彼女の心に響かせなければなりません。それには舞台が必要なのです」
「なるほど、それで部屋がいると」
「ええ、ええ。黒山羊様の尊い石像の前で教会の方により聖句が唱えられて、クロちゃんが彼女に赦しを与えるのです。さぞかし心打たれる光景になるに違いありませんわ」
祭司長の勢いがうつったのか、つい発言に熱が入ってしまった。
あの愛らしい姿を見れば誰でも、特にかわいらしいものが好きな少女なら、正気に戻るに違いない。
なんて完璧な私の計画!
「山羊が赦しを?」
「山羊が赦しを、です」
しっかりと念を押す。
「なるほど、いい考えですな。クロ様は山羊を飼ってらっしゃるのですかな。そして聖女様もそこに参加されるのですね?」
「ええ、不本意なのですがハイデマリーは私を聖女だと思い込んでいますので、そこは利用したいと思っております。聖句を唱える聖教師様か祭司様を手配いただけるとありがたいのですが」
祭司長はまだなにか誤解しているようだが、クロちゃんに会えばわかってくれるだろう。
何事も百聞は一見にしかずだ。
「なるほどそれならばその役、私が勤めましょう。レーヴライン侯爵家の令嬢への儀礼に下の者を出して、後から何か言われたらたまりませんしな」
お偉いさんなのに、フットワークが軽いおじさんだ。
いや、クロちゃんと私のでっち上げる儀礼を、最前列で楽しみたいという興味本位もあるのではないだろうか。
ともあれ、これ以上の役者はいないはずである。
感謝しなければ。
みんなでハイデマリーの心の救済計画を完遂するのだ。
イワシの頭も信心から。
私の事を聖女だというのなら、どうせならとびきりのイワシの頭になってみせましょう。




