48話 祭司長です
祭司長室。
さぞかし絢爛豪華と思いきや、質素で贅沢品は見られない。
宗教のお偉いさんというと、私腹を肥やして贅沢三昧しそうなものだけれど、その欲望にまで勝てるからこそ長にまで昇りつめたのかもしれない。
そこにいたのは、白髪の好々爺という感じの老人だ。
眼鏡をかけて白いひげを蓄えて、にっこりと笑っている。
黒服の聖教師とは反対に、白い修道服に黒字に金の刺繍のストールを身に着けていた。
「大聖堂へようこそ聖女様」
祭司長は、恭しくひざまづいてそう告げた。
「聖女なんて恐れ多いですわ。私はエーベルハルト侯爵家のシャルロッテです。どうか顔を上げて下さい」
老人に頭を下げさせるなど、もってのほかだ。
ましてやこんなクリスマスにプレゼントをくれそうな老人に!
「私は祭司長ゲオルグ・ハインミュラーと申します。どうかゲオルグとお呼び下さい」
「祭司長様をお名前で呼ぶなど出来ませんわ」
私は滅相もないと首を振る。
「我々はみな千の仔を孕む豊穣の女神の子供。教会では、苗字はさほど重要ではありません。ですからどうかゲオルグと」
なにか名前で呼ばれるのにこだわる理由があるのかわからないけれど、宗教上の理由ならば仕方がない。
「では、ゲオルグ様と」
「聖女様から様をつけられると落ち着きませんな」
ふかふかの白髪頭を叩いて笑っている。
何だこの優しいおじさん。
おいしいパン屋さんの店主とか似合いそう。
いや、はっきり言ってフライドチキンを売ってそう。
てっきり権威の塊みたいな気難しそうな人が出てくるかと思ったので、拍子抜けである。
「ほっほー。長が私のような爺で、驚いたという顔をしてらっしゃる」
その言葉に咄嗟にはっと、自分の顔を両手で挟んでしまった。
顔に出てたかしら。
「聖女様のように歳がお若いと存じ上げないでしょうが、地母神様は顕現される神。その従者である教会の者は、みな心より母を慕い意に背く事は出来ませんので、こうして人のいいだけの爺が祭司長になれたりするのですよ。欲をかけばたちまち神は遠ざかってしまうからの」
どうやら人が良さそうだと、周りに軽んじて受け取られることが多い自覚があるらしい。
それでも虚勢をはって無駄に威厳を見せないところに人望を感じる。
見た目ゴツくて厳しそうな方が、丁寧に扱われることはあるだろう。
だが好意を持たれるのは、こういう人の方だ。
人の良さに油断してつい、「はあ」と気の抜けた返事をしてしまった。
顕現するというのは、たまに姿とか見せてくれるのか、力を見せてくれるのかどちらだろう?
とにかく彼らはその存在を確たるものとして、信じていることは伝わった。
いつかまた黒山羊様に会えるかもしれないと思うと、きちんと生きなければと思う。
あの神様は、そういうのは気にしそうにないかもしれないけれど、私がそうしたいのだ。
もし、実際に現実に姿を現してあんな美しい神様を目の当たりにしたら、人はみんな入信、いや盲信するに違いない。
「つまり、悪い事は出来ないと言う事なのですよ」
貴族に続いて、宗教の人も私腹を肥やしてそうというイメージがあったので、その実直な言葉にちょっとびっくりしてしまった。
「魔法と同じくね」
何故、魔法の話がここで?
「祭司長様にお願いする事ではないと存じますが、私はまだ魔術儀礼も終えておらず、不勉強の身ですのでその事について、少しご教授頂けると嬉しいのですが」
私が教えを乞うと、祭司長はうれしそうに笑う。
「聖女様に指南出来るとは、光栄ですな。時にこの世界はどうやって巡っているかご存知ですか?」
哲学の話かしら?
それとも思想か神話のお話?
本で読んだ事があるけど、どうだろう。
読書で得た知識のそのまま口にしてみる。
「この世は因果が巡り、船出した港に人は帰る。ですか?」
「その通り。その人から出た悪意はその人に戻り、善意は果報となり返ってくるのです。魔法で人を害せば、自分も傷つく。それと同じに、地母神様の使徒である我々が教えを利用して私欲を満たせば、その報いで破滅すると言われています」
前世でいう因果応報というものが、短いスパンで行われるということかしら。
それならば悪い事は、なかなかしようとする気にならないだろう。
「黒山羊様は、霊験あらたかと言うわけですね」
「望みをなんでも叶えてくれる方ではありませんが、悪い事をすれば悪い事が返ってくる。それは確かなのだと思いますよ。だからこそ悪漢や外法使いは、忌避される存在なのです」
なるほど、悪い事をする人にはその分悪いものが溜まっていって、いつそれが表面化するか分からないから周りは近づかないという感じだろうか。
「少し話がそれましたな。つまり因果に、報いが応じるということです。人を殺せば、自分も因果に殺される。人を貶めれば、自分も堕ちてしまう。それこそが、この世の摂理なのです。それがあるからこそ、魔法は摂理を持って行使されているのです。そして、それは黒山羊様に仕える我々にも起こること。地母神様は、よく見てらっしゃる」
親の因果が子に報いとか、前世の因果が今世になどと気の長いことは、あの神様には確かに合わない気がする。
「それでは、悪い事をする人がいなくていいですね」
祭司長は微笑ましそうに私を見た。
「これはこれは、さすがに聖女様は善良ですな。確かにそれなら喜ばしい事ですが、やはり犯罪や悪事は起きるものです。それが人間というものなのですから。そうならないよう、私達は神に祈り善くあろうと努力するのですよ」
「悪い人には、いつか罰があたるとわかっているのに?」
「何事にも抜け道がありまして、まず一番わかりやすいのは同等の刑に服したり、善行を成すことで自分の魂が納得する均衡をとること。それにより、罰を回避できると言われております。他には不道徳を尊ぶ神を信仰すると、因果から逃げ切れるとか加護が与えられると信じている輩もおりますな。まあ、それが悪漢や外法師たちです。ただ背徳と悪行の神や生贄を欲しがる怠惰の神の信者の末路を見ると一概に、そうも思えませんけどね」
結局は本人たちは逃げきれたと思っていても、最後には不幸が来るということなのかもしれない。
まあここは黒山羊様の世界なのだし、他の神様があてにならないのは仕方のない話だろう。
もしかして悪行から逃げ切ろうとする様まで、神様達は楽しく見ていそうでもある。
魂が納得するというのは不思議な表現だが、そういえば本人が了承しなければ世界間で魂を譲渡出来ないという言い回しを思い出した。
「魂とは、なんなのでしょう」
「それはとても難しい話ですな。自身の元、行動の源、衝動の根底、いろいろ考察されていますが証明出来るものはおりません。善人も悪人も元々の魂は同じ価値なのかもしれませんな」
「黒山羊様の前では、誰も彼も同じなのは間違いありませんね」
つい、ぽろっと考えを口にしてしまう。
そうあの神の前では、誰もが矮小な存在なのだ。
「ほっほー。さすが聖女様は、わかってらっしゃる」
祭司長は、うんうんと頷いている。
「先ほどの質問の答えですが、魔法使いは魔力により事象を起こし、我々地母神教信徒は信仰の力で奇跡を起こすと言われていますが、どちらも行使する力が違うだけで理は同じなのです」
「人を害せば、害されるのですね」
祭司長は、ゆっくりと目を閉じると頷いてみせた。
では高慢の種を使った人物には、どんな報復が待っているのだろう。
人の思考を黒く塗り替える。
ふと、恐ろしい事に気付いてしまった。
あれは端的に言えば、人格を歪ませるだけなのだ。
あれのせいで起こる悪事や惨劇は、もしかしたら種を蒔いた人ではなく、その寝床となった人へ還るのではないだろうか。
ハイデマリーがもしあのまま種に捕らわれて人を害していたら、それはハイデマリー自身の罪になり、彼女へと返ってくるものではないのか。
そういう世界だからこそ、あの呪いが真価を発揮するのだ。
だからこそ禁忌の術、外法と呼ばれているのではないだろうか。
自分は安全な場所で、私とハイデマリーの破滅を高みの見学をしようとした人間がいるのだと思うと、その悪意にぞくりとした。




