37話 庭園です
私が目覚めた報は王宮を駆け巡り、私の滞在する貴賓室には各方面から贈り物と面会申し込みが殺到したそうだ。
倒れた事と子供であるという事で、面会は面識のある限られた人間のみと王宮が指示を出してくれたお陰で混乱は免れている。
コリンナはすっかり私の秘書の様になっており、ベッドの脇で見舞いの手紙の対応を母や母の侍女に混ざってソフィアと共にしてくれている。
無邪気な少女かと思っていたが、ハイデマリーと交友があったり甘いものが絡まなければ中々有能な令嬢であるようだ。
ソフィアでは分からない社交界の様相もある程度把握しているらしく、私の為という共通認識があるせいか情報交換をしあい気も合うようである。
「ソフィアはいいなぁ。私もシャルロッテ様の侍女になりたいのにソフィアがいるからと、侯爵家はみんな断ってるそうよ?」
そんなコリンナの話に、照れながらソフィアは答える。
「そう言ってもらえて光栄です。コリンナ様はどうかご友人の立場で無垢なお嬢様が悪い輩に取り込まれないよう付いていて下さいませ。なにぶん聡い方なのに知らない事が多いのでヒヤヒヤします」
どうやら王子の頭を撫でた事が相当トラウマになっている様で、止めに入る事も出来ずにヤキモキしたそうだ。
ちょっと撫でるくらいいいのにね。
「そうねソフィアは内で私は外で、シャルロッテ様をお守りしましょう!」
少女2人は、芝居がかったやり取りで手を握りあっている。
さながら、バックに花を飛ばす少女漫画の様だ。
芝居がかったといえばナハディガルを思いだした。
私が寝ている間に一度顔を見せたそうだが、今回の件の当事者として王宮と教会の間を行ったり来たりと休む暇もない様で私の体を案じる手紙が届いていた。
彼がそうしてくれているお陰で、まだ私ものんびりしていられているそうだ。
何だかんだで世話になってしまった。
感謝をしたためた返事を直筆で書いて届けさせたら、間を置かず私の一条の光へとか書かれたポエムが届いて沸き上がる女性陣を横目にげんなりとした私である。
早く家に帰ってのんびりクロちゃんとくつろぎたい。
そう申し出たのだが今回の犯人もわかっておらず騒ぎになっているので、混乱が収まるまで保護の意味でも王宮で過ごした方が良いとの話であった。
美味しいものを食べて茶会を楽しんで帰るだけだったはずなのに、クロちゃんは寂しがっていないだろうか。
ハイデマリーに握らせたはずのお守りの腕輪は、あの騒動の中で私の手元に戻っていた。
彼女はどうしているのだろう。
なるだけ早く顔を見に行きたい。
私が寝台から起き上がれる様になると、王子から庭を案内したいと申し出があって周りの勧めで受ける事になった。
茶会をした催し物の出来る広場のある庭園とは別に、王宮の裏に散策用に作られた庭園である。
高らかに薫る薔薇の花を筆頭に、色とりどりの季節の花が咲き誇っている。
2m程の道幅で作られていて両脇の花を楽しみながら歩ける作りだ。
薔薇のアーチや東屋やベンチ、小さな噴水が点在していて花のテーマパークの様だ。
何人たりとも王族の散策を邪魔する事は許すまじと言うように、こちらの庭園は高い塀で囲まれ唯一の出入り口となる門は頑強で衛兵が守っている。
王族が一人になりたい時や、思案に耽る時に使うようなプライベートを過ごす場所なのだろう。
そう思うと希少価値が沸いてきてしまうのは、元は庶民の性なのだろうか?
「体の調子はどうだい?」
「お陰様ですっかり良くなりました。皆様、大袈裟なのですわ」
のんびりと王子と話をしながら花を愛でる。
美少年と花の庭園を歩くなんて、とても贅沢な時間だ。
兄も美形ではあるが、家族なので見慣れてしまった感がある。
そう思うと、彼は初めての同年代の異性なのだ。
私が普通の令嬢であったのなら、舞い上がって彼に恋をしていただろう。
少女が夢を見るシュチュエーションそのものではないか。
もしかしてこの恵まれた環境は黒山羊様のサービスなのかもしれない。
そう思うと合点がいった。
なるほど詩に歌われ王子と花園を歩くオプション。
女性なら皆、喜びそうだ。
私の心情と言うと詩にされたのは恥ずかしいし、可愛い少年と歩くのは悪くはないけれど、微笑ましい気持ちになる程度である。
何故、前世の記憶がそのまま残ってしまっているのだろうか。
精神の成長をやり直さなくていいのは確かに楽であるが、素直にこういう時に雰囲気に浸れるほど純粋でいないのは、とてももったいない事だ。
今の私は少女とはいえ、少年にトキメクのはどうなのだろう。
多少は肉体に精神が引っ張られて子供っぽくはなっているし、赤子の時ほど鮮明に過去を思い出せないが、中身は変わっていない。
この世界は新鮮で楽しいが、恋愛としての楽しみは諦めるべきなのかもしれない。
なんと言っても、貴族の子女は家の存続と他家との橋渡しの道具でもある。
前の世の私なら理解出来ないし、女性の自由と権利とか言って憤慨していただろう。
だがこの立場になってみると、不思議な事にそれ程の抵抗は無いのだ。
確かに自由と権利は素晴らしい。
だが貴族としての責任として、果たす仕事として自由意志の婚姻が制限されることは納得してしまうのだ。
朱に交われば赤くなるとは良く言ったもので、もともと長いものには巻かれがちな性分もあって割り切って仕舞えばそれもありだと考える私もいる。
王子と結婚はちょっと考えられないが、大人になって釣り合いの取れる家に嫁ぐのもいいだろう。
その頃なら相手も大人であるわけだし、抵抗も少ないかもしれない。
まったくもって味気の無いことを美しい庭園で考えてしまった。




