38話 運命の相手です
「こちらの花も綺麗ですね。王宮の庭師は、こんな美しい場所が職場だなんて幸せですわ」
先ほどから共通の話題が無いので当たり障りのない話をする訳だが、どうも私のピントがおかしいのか王子には笑われてしまう事が多い。
「侯爵令嬢のあなたが庭師を幸せだと言うのは、何か不思議だね」
言われてみれば、身分的には反対であろう。
「でも、こんな美しい場所で美しい物を作れるのは素晴らしいと思います。技術を磨いたり裏で苦労もあるとは思いますが、人が幸せになれる物を作り維持するのは価値があることですわ」
王子は私の言葉を少し考えて納得したようだ。
「確かにそうかもしれないね。庭師にその評価を伝えておこう。きっとすごく喜ぶよ。あなたは貴族でいるよりも、庭師になりたそうに見える」
「それもいいですわね。ただ植物については不勉強なので、なりたくてもなれないというのが現実ですわ。どの職業も思ってすぐなれる程、容易ではありませんもの」
ガーデニングは少しかじった事があるが、枯らすことも多かった。
日向を好むもの日陰が向くもの、水の量に剪定と覚えることは意外と多い。
「王族も、庭師みたいなものだと思わないかい? 国民が幸せである為に、国という花畑を作り維持をしている。土地も人も枯れないように世話をするのだ」
王子のその発想に麦わら帽子に首にタオルを巻いた姿を思い描き笑ってしまった。
物凄く似合わない。
「では庭師殿下ですわね! 相手は人間だから一筋縄ではいかないと思いますけど、美しい国を天候や害虫から守る尊くて大変なお仕事ですわ」
実際には、庭師と違って簡単にいらない枝や害虫をハサミでちょんと切れないのが難点だ。
「あなたも私と庭師にならないかい?」
冗談かと思って笑いかけると、王子の目は笑っていなかった。
「唐突なのはわかっているのだが、私は横に立つ令嬢を見つけるのが急務なんだ。母の喪に服し過ぎて時間があまり残ってはいない」
母親を亡くした話を出されると弱い。
前世の自分の感情が重なって、つい泣いてしまいそうだ。
「どうして私ですの? 令嬢は他にもいらっしゃいますし、怪異を治めた聖女だからですか?」
身分的にも釣り合っているのはわかるのだが、ちょっと意地悪く言ってしまった。
「聖女であるのは素晴らしい事だけれど、そうじゃないんだ」
少し顔を赤くして目を逸らして言いよどんだ。
私としたことが、いい大人が少年相手に何をしているのだろう。
申し訳ない気持ちが沸いてくる。
その場から逃げたくて、意地悪を言っているのだ。
ああ、私がただの令嬢ならすぐさまイエスというだろうに。
「……あの。君は母上に似ているんだ」
顔を真っ赤にして、王子は断りにくい事を言い出した。
「元気が無い時は甘いものが一番と言って口にお菓子を入れられたのも、私の頭を撫でたりしたのも母上以外は君しかいないんだ」
驚きで凍り付く。
そりゃあ他の令嬢はするわけがない。
まさかのおばさんムーブがマザコンの琴線に触れてしまったと?
いやマザコンと言うのは語弊があるだろう。
相手は早くに母親を無くした子供なのである。
まだまだ恋しい年頃だ。
彼に今本当に必要なものは、婚約者でなく母親なのだ。
そういう意味では私を選ぶのは正解である。
さすがの王族と言えよう。
人の中身を正確に見抜いたといっていいだろう。
だが、こんな恥ずかしい告白を美少年にさせて私はどうしたらよいのだろう。
引き受けたとして王妃が務まるとも思えないし、重責ばかりではないだろうか?
そんな覚悟は、まったく持ち合わせていない。
そもそも中身はおばさんだというのに、少年相手にどうしろというのだ。
可愛いとは思うがそれだけだ。
神を知ってこの世界に来て信心深く私はなったが、こればかりは大人であった記憶を消さなかった神に文句を言いたい気分になった。
押し黙ってしまった私の返事を窺うように、上目遣いで王子が覗きこんでくる。
うわ!かわいい。
色々と慌てていると、後ろから声をかけられた。
「ほお、可愛らしいカップルだね。庭園デートとは懐かしい」
振り返るとそこに居たのはシルバーグレイの髪をした、精悍な顔の老紳士がそこにいた。
重厚な声に立派な出で立ち。
手にした杖は王笏である。
「お爺様……。何故ここに……」
王子が声を絞り出した。
王子の祖父で王笏を持つとなると、王位を退いた前国王である。
家族に異性への告白紛いのセリフを聞かれた彼の心中はいかほどか。
同情するにあまりある。
それにしても彼の祖父は、目が離せない程かっこいい。
若者と並べばその若さには負けるかもしれないが、いぶし銀と言うのであろうか?
その激しい人生を思わせる、良い歳の取り方をしている。
おしりの青い子供にはわからない研鑽を重ねた魅力である。
もちろん私のおしりは青くないし、その魅力を十二分に理解することが出来た。
気付くと私は息を止めていたのだろうか?
頬が赤くなり鼓動が早くなっている。
どうしてしまったの、私。
長らく閉ざしていた感情。
これは恋心というものではないだろうか?
子供相手ではどうにもならないが、前世の年齢を基準に考えたらどうだろう?
現に今も心臓が早鐘を打つように動いている。
私は、まだ恋をすることが出来るのではないか?
これは私にとって新鮮な発想であった。
前世の記憶を残すせいで、この人生から恋愛という項目をすっかり除外していた訳だが、子供はダメでも老成した男性なら対象として自分の中で違和感がない。
倫理的に社会的に見て相手にとっては大有りだという人がいるかもしれないけれど、問題や悩みというものはいつも自分の心と気持ちの有り様であるはずだ。
そこにはこの際目をつむって、気付かないふりをしよう。
前王ということは退位しているわけなので、今後の政権争いからは無縁である。
母親を亡くして、寂しがっている王子に必要なものは何だ?
心の支えにもならない、未熟な婚約者の少女ではない。
家族である。
前王と私が結婚したら、私は彼の家族となれるのではないだろうか?
母親にはなれないが、祖母として彼を見守ることが出来る。
素敵な旦那様と、のんびりゆったり老後生活。
これは前世の私の夢の終着点ではないだろうか。
頭の中でファンファーレが鳴り響きクラッカーが弾ける。
祝福せよ!
これこそが私の運命なのではないか?
これ以上の良案は、ないのではないかのように思えた。
私は後ろめたさを感じながら子供と結婚しなくていいし、なんといっても前王は私の好みそのものだ。
すべて解決出来るではないか。
シャルロッテ・エーベルハルト、捕まえるならこの男性にすべきだと私は自分に言い聞かせた。




