33話 ダンスの時間です
戻ると楽団の演奏はワルツに切り替わって優雅に三拍子の音楽が流れているのだが、コリンナは目を白黒させていた。
「コリンナ様、どうなさいましたの?」
「シャルロッテ様! 実はダンスの時間になったのですが、ハイデマリー様がフリードリヒ王太子殿下を独占していて、自分は3回連続で踊ったのに他の令嬢と踊らせないのです」
未婚の貴族の女性が連続で4回以上同じ相手と踊ってはいけないのだが、だからといって他の令嬢の邪魔をするのは礼儀がなってない以前の問題であろう。
王子も彼女の剣幕に口を挟む隙がないようで、困っているのが見て取れる。
きつい言葉を投げられたのか爵位の事もあって、周りの令嬢達は枯れた花の様にうつむいてしまっているし茶会の雰囲気ではない。
おいしいお菓子と素敵なドレスの花園のはずが、これでは台無しである。
母に聞いた少女同士がマウントを取り合うお茶会も嫌だが、この状況は最悪だ。
王子にしても最初に主催したお茶会がこんな状態では今後、何度も引き合いに出されて施政能力を問われる事になるかもしれないのだ。
先程聞いた高慢の種の話のこともあり、ついおばさんのお節介が顔を出してしまう。
私は足を踏み出した。
「あら、皆様どうなされました? せっかくのおしゃれも、本人が萎れていては台無しでしてよ。あちらで甘い物でも頂いて気分転換されるとよいのでは?」
スイーツコーナーへ誘導してみると、令嬢達は助かったとばかりにこぞって移動して行った。
威嚇する相手を前に彼女達は、蛇に睨まれた蛙の如く動くことも出来なかったのだ。
箱入り娘ばかりなので、それは仕方ないだろう。
周りの侍女達も、同様に安堵し主人について移動していった。
急に現れて場をさらった私を、ハイデマリーがキッと睨みつけてきた。
私の後ろにいるコリンナも、バツが悪いのか縮こまっている。
「コリンナ様、あちらで皆様にオススメのスイーツを紹介されると良いですわ。王宮スイーツはなかなか食べられるものではありませんしね」
コリンナにはハイデマリーを紹介してもらうつもりだったが、この状況では酷だろう。
そう言って立ち去る口実を伝えると心配そうな眼差しでこちらを向いてコクリと頷き、子リスの様にぴょこぴょこと移動していった。
彼女には小動物っぽい可愛さがある。
そしてここに残るのは、ハイデマリーと彼女に取り入ろうとする取り巻きと王子と私である。
さてどうしようかと考えていると、王子が口火を切った。
「皆を誘導してくれて感謝する。ハイデマリー嬢、彼女はエーベルハルト侯爵家のシャルロッテだ。シャルロッテ嬢、こちらはレーヴライン侯爵家のハイデマリー」
「フリードリヒ王太子殿下が謝辞を伝えるほどのことでもありませんし、大袈裟ですわ。ハイデマリー様、紹介に預かりましたシャルロッテでございます。お初にお目にかかります」
王子が気を利かせてくれたおかげで、これでハイデマリーと自由に話が出来る。
「ああ、桜姫とか調子に乗ってる方ね。エーベルハルト侯爵はナハディガル様にいくら包んだのかしら?」
気に食わないというように顎を出して見下してくる。
長身もあってとても高圧的に見えた。
これでは他の令嬢では太刀打ち出来ないだろう。
王子の後ろに控えていた執事が、それを聞いて眉をひそめた。
今のハイデマリーの発言は、宮廷詩人を擁する王宮とエーベルハルト侯爵家への侮蔑につながるのだ。
高潔姫とまで呼ばれた彼女が、それを知らないはずがない。
「宮廷詩人をお金で動かすことは出来ませんのよ。ご存知ありませんでしたか? 彼を動かすのは心だけだという話ですわ」
先ほどまで一緒にいたので、ついナハディガルをかばってしまう。
「まあ! お詳しい事。それでは彼の心はあなたのものということね。先ほども広場でナハディガル様と親密にしておられましたけれど、将来は詩人の妻なのかしら? それとも単なる火遊びとでも? お小さいのに男性に色目を使う方と同じ空気を吸いたくありませんわ。せっかく私と殿下でお話していましたのに、割り込んでくるなんてはしたないにもほどがありますわ。気を利かせて下がってもくれないなんて、何ひとつ期待できませんのね」
先ほど私との会話中に、王子を引っ張っていった人の発言とは思えない。
なかなか手ごわいお嬢様である。
この年齢なら、バカとかブスとか単純な言葉の応酬でもおかしくないのに、詩人との事を当てこするなど頭も悪くなさそうだ。
変に感心していると、王子がハイデマリーの横から歩みだして私の手をとった。
「ハイデマリー嬢、あなたこそ遠慮をみせてはどうかな。その癇に障る物言いをどうにかした方が良い。シャルロッテ嬢、せっかくなのでダンスを一曲お願いしたい」
我慢の限界なのか、それでも感情を抑えてハイデマリーに王子はちくりと釘をさした。
ちょっと見直してしまった。
やれば出来るではないか。
気付けば曲の変わり目である。
彼女の頭を冷やすには、ちょうどいいかもしれない。
呪いというより、ただの傲慢なお嬢様だと言われたら納得してしまいそうなのだけれど、元が完璧な淑女と聞いているのでこの変わりようには油断は禁物だ。
わなわなと震えるハイデマリーと取り巻きを置いて、王子と私は踊りだした。
王子は同い年であるので兄ほど背の差は無いが、身長差がなくても踊りやすくリードしてくれている。
長身のハイデマリーと3曲も続けて踊ったなら、さぞかし気を使ってのダンスだったのだろう。
せめて今は王子が気兼ねなくダンスを楽しめるように、私が合わせてあげよう。
「シャルロッテ嬢、重ね重ね感謝する。あのような発言にもよくこらえてくれた」
「あら? フリードリヒ王太子殿下こそよく我慢されてましたわ。あの年齢の少女は口が達者ですから大変でしたでしょうに。殿下をとられまいと必死なのですわ。そう思えばおかわいらしいではありませんか」
実際は目をそむけたくなる言動だったが、もし呪いのせいならフォローしておかなければ。
「あなたは……。なんだか大人の女性の様な言い方をするね」
あら?隠しきれないおばちゃん臭がするのかもしれない。
気を付けなければ。
「気のせいですわ、私はこんなに小さな子供です。フリードリヒ王太子殿下はダンスがお上手ですのね!」
ごまかす様に、無邪気に笑ってみせる。
今日の王宮茶会は、王子主催の令嬢選びである。
その為、男性は主役の王子ひとりのみ。
フロアも私達だけのひとり占めだ。
これはなかなか贅沢な催しである。
私達のためだけに楽団は演奏をしているのだ。
「あなたも相当ダンスが好きなようだね」
「ダンス好きな兄に鍛えられておりますの。おかげで物心ついた頃には踊ってましたわ」
「ルドルフ・エーベルハルトか。彼の活躍は王宮にも響いているよ。何でも街に出没する怪異を解決したとか。噂では怪物退治をしたとまで話が膨らんでいるけどね」
クロちゃんの事だ。兄の期待通り名前が売れているようでなによりである。
林の中では、あんなに怖がっていたのにと思い返してクスクス笑ってしまった。
「怪物退治だなんて、近くの林に散策に出たくらいなものですわ。それでも兄のお手柄だったことには変わりありませんが」
「私はまだ何も成していないから、あなたの兄が羨ましいよ。武功の意味では先にいかれたが、あなたのダンスパートナーとしてはどうかな」
体を動かして楽しくなってきたのか悪戯心が出たのか、王子が右回りから反対の左へのリバースターンを入れてきた。
こちらとしては、兄とみっちりダンスの練習をしてきた身である。
それくらいは、なんなくこなしてみせる。
回転するたびにドレスがふわっと膨らんで、桜のモチーフが空に舞いそうな気がする。
軽やかに体が動いて、いつかみた桜吹雪の中で踊っているような気さえする。
王子のダンスの技術も、かなり高いものだ。
周りをちらと見るとスイーツコーナーの令嬢達も、侍女も執事も楽団の人達もみな私達に魅了されたように注視していた。
ハイデマリーの取り巻きでさえ、うっとりとしてこちらを見ている。
この場で負の感情を顔に出しているのは銀髪の令嬢、彼女ひとり。
外廊から、ナハディガルと王宮の衛兵に地母神教の人達が何名かこちらへ向かっているのも見えた。
応援がようやく来たのだ。
ここからが勝負である。
音楽が止まり、お互いに礼をとると拍手が沸き起こった。
「すばらしいダンスの時間をありがとうございましたフリードリヒ王太子殿下。パートナーとして完璧でしたわ」
「こちらこそ楽しかったよ。ありがとうシャルロッテ嬢」
褒めあっているとずかずかとハイデマリーが鬼の形相で近づいてきて私の頬を叩いた。
なんて直情的な行動。
呪いがあるのかないのか、今が見極めの時だ。




