32話 種です
ナハディガルが教えてくれた、公にしていない宮廷詩人のもうひとつの顔。
それは「王宮の守り人」であった。
どこにでも出入り出来て、誰とでも同席を許される存在。
それが衛兵や騎士だと周りも緊張してしまうだろうが、詩人や道化なら誰も気にしないと言う訳だ。
特に詩人ならば魔法除けに干渉しない旋律と言祝ぎを紡いで歩くことにより、魔を祓い場を清め、歌を唄い人々の心の憂いを慰めることに特化している。
たとえそれが多少おかしな言動に見えても、詩人なのだからと不問にされるのだ。
芸術家ってちょっと言動がおかしいくらいの方が持て囃されるものだしね。
「宣伝して歩くものでもないので、一般の皆さんからは王族のお気に入りの詩人くらいで見られていますが、却ってそれが私にはプレッシャーだった時がありました。騎士に憧れて研鑽していたのが、どういうことか宮廷詩人に抜擢されてしまって……。私などの歌を、誰が喜ぶのかと悩んでいたものですよ。新しい歌を自分で作る事もせず、昔からの詩を歌うことしか出来ない私をやっかむ者もおりました」
出る杭は打たれるというけれど、やはり人よりいい地位につけば、それを妬むものも出てくるのだ。
暗い話をしたせいか誤魔化す様に詩人は少し苦い笑いを浮かべて、ウィンクをしてくる。
そうか、最初から非日常的な人ではなかったのだ。
この出で立ちも言動もすべては努力の結果であり、何も知らず避けていて申し訳ない気持ちになってきた。
「すべてはあなたのお陰なのです。わたくしの桜姫。幼いあなたは私の前に舞い降りて、もっと歌を聞かせてとせがんで下さいました。そして辛い顔をしていては、楽しい歌も悲しくなってしまうとアドバイス下さったのです。麗しいあなたの言葉が、私の目を開かせて真の宮廷詩人に造り変えて下さったのです」
思いもかけない、懺悔の様な吐露であった。
そういえば幼少の頃、王都に来た時に歌謡いの若者に会ったことを思い出した。
精悍な顔つきのイケメンが思いつめたように童謡や民謡を歌っていてちぐはぐだったので、もっと笑って楽しく歌ってと話をした覚えがある。
こっちの世界の歌が珍しくて、ついせがんでしまったのよね。
あの若者が、この鳥の王様だったのか。
それにしても、変わりすぎじゃないかしら。
「目覚めた私は、あなたへの詩を綴り歌うようになり、私は言葉を紡ぐ楽しさ、詩を歌う幸せを知ったのです。そしてそれが国中に広まり、私は詩人としての栄誉も手にする事が出来ました」
また膝をついて礼をとりだしたので、あたふたしてしまった。
いつも優雅にしていなければいけないのだろうけど、なかなか淑女も大変である。
「話を聞くにそれは古代の呪いですね。高慢の種と言われる代物です。妖虫という神話の時代の生き物がおりまして、傲慢で不遜、拷問や人が苦しむ様を無上の楽しみとして、人の頭に取り付いては自分好みの不幸を撒き散らす人間になるよう幻視を見させて正気を削るそうです。そのままではほどなく狂い死んでしまうので、外法の呪術師達はその虫を扱いやすい様に種に加工したといいます。そうして呪う相手に根をはらせることで、ゆっくりじっくりと、確実に本人とその周囲を長期に渡り狂い苦しめるという呪いに昇華したのですよ。許すまじきことです」
急に本題に戻った上、核心の話になったので言葉を失ってしまった。
簡単に殺してはつまらないということかしら。
そんな恐ろしい物が存在していたなんて、考えもしなかった。
それにしてもこの状況で、この人を引き当てたのは本当に幸運である。
きっと手立てがあるはずだわ。
「頭から遠い、手や足に種を植えることでより正気を保つ期間を少しでも長くして、その苦悩を味わうのだとか。神話の生き物由来なので、魔法封じも効きませんので禁忌とされています。ただ今では元々の妖虫を見つけることも出来ないので、禁忌といっても失われた呪法という側面が大きいですが……。もし、ハイデマリー様とあなたのお二人が被害に遭われたならば、これは由々しき事態です。私は王宮へ報告と教会に助けを求めましょう。神代の呪いには神の力で対抗しなければ。一度は高慢の種を退けたあなたならば危険はないとは思いますが、私が離れている間くれぐれも気を付けて下さい」
そういうと、ナハディガルは跪いたまま私のドレスの裾にキスをすると早足で去っていった。
颯爽と歩くその姿は先ほどまでの浮ついた詩人ではなく、騎士としての歩みにみえる。
心強い味方を手に入れたことで、私は安堵の息をもらした。
ナハディガルが立ち去ると、こちらをうかがっていたソフィアがこちらへやってきた。
なにやら嬉しそうである。
「随分とお話が弾んでいたようですね。ナハディガル様が、終始シャルロッテ様を女王様の様に扱っておいでで、侍女として鼻が高いですわ」
はたから見たらそんな風に見えたのだろうか?
色眼鏡がすぎないかしら。
よもや呪いや禁忌などと物騒な話をしていたなど思いもしないのだろう。
のんきなものである。
新しい桜姫の歌を作るのではないかと、目を輝かせて楽しそうに語っている。
とりあえず王宮側は、ナハディガルが手を回してくれるのだから安心だ。
さて、ハイデマリーを見張っているコリンナの所へ戻らないと。
私は一息深呼吸をして、茶会の中心へと足を向けた。




