31話 詩人です
「悪霊とか呪いとかってどう思われます?」
私オススメのスイーツをもぐもぐと食べているコリンナに聞いてみる。
こんな話を突然していいかわからないけれど、とりあえず人に聞くしか私には手が無いのだ。
魔獣がいるなら、どちらもあってもいい気がする。
「怖い話ですか? 私も好きですよ! うちの領地でもそんな昔話がありますね。赤子を残して亡くなった母親の幽霊がでるとかでないとか。ねえ、グレーテ?」
コリンナは雑談の続きだと思っているようだ。
「そうでございますね。失恋して身を投げた娘が木の下にいたとか、引っ越し先で無人のはずの二階から足音がするとか……。大体は教会の信仰か、魔法師様が浄化の魔法で事をおさめるお話でしょうか」
どの世界も似たような話があるものだ。
違うのは幽霊が普通に信じられているところだろうか。
浄化の魔法。
何だかパーッと空気を綺麗にしてくれそうでいいな。
魔法自体に疎いので魔法師のツテもないし、教会も領地の聖教師しか知り合いはいない。
後は来る前に寄ったネルケの教会くらいであろうか。
自分の知識不足と人脈の無さを嘆くしかない。
そっとお守りのブレスレットを触る。
何とかして、ハイデマリーに近付いて確認しなければ。
単に王妃の座に心が浮ついて言動がおかしくなっている可能性もあるし、万一、子供があんな心を抉られる様な目にあっているのなら、一刻も早くどうにかしなければいけないのだ。
「コリンナ様、ハイデマリー様のお知り合いでしたら私を紹介してくれませんか?」
私は、極上の笑顔でそう伝えた。
全く交流がない貴族同士の紹介は爵位が問題になるが、第三者の知り合いが入るならばそこまで気にしなくていい。
そうして1人でも多く繋がりを持って貴族は顔を広げるのだ。
人脈の広さは大事なことだ。
一瞬、コリンナはあの状態のハイデマリーを思い出してか表情を曇らせたが、了承してくれた。
「シャルロッテ様からの初めてのお願い事ですもの! 私に任せて下さい!」
あまり貴族らしくはないが、ハキハキとしゃべるのがとても好ましい少女だ。
良くも悪くも茶会は人の目がありすぎた。
下手な事をするとハイデマリーの今後に関わるので慎重にしなければと思ったが、テーブルを離れ会場に戻ると、王子にまとわりつくハイデマリーが近付く少女達を牽制し殺伐とした雰囲気であった。
さすがに王子も不味いと思ったのかフォローしようとしているが、この年頃の少年が少女に口で勝てる訳も無い。
ハイデマリーに言いくるめられて、王子も途方に暮れているようだ。
「これは色々難しいですわね」
「ハイデマリー様は、一体どうしてしまったのでしょうか」
コリンナも、オロオロするばかりである。
右も左も分からない王宮で、どう手を打とうか。
今を逃したら次いつ会えるかもわからない。
同じ様な事が起きているなら、手遅れになる前にどうにかしなければならないのだ。
いろいろ考えを巡らせて、ここに1人だけ私に全面的に味方をしてくれそうな人がいるのに思い当たった。
「ソフィア。ナハディガル様は、今どちらにいらっしゃるかしら?」
背に腹はかえられない。
不本意ながら、使えるものは使わなければ。
宮廷詩人は一種の特権階級である。私の唯一の王宮での知り合いなのだ。
藁にも縋るとはこの事だ。
「我が姫君は何処に。私をお探しとのことで一刻も早くと羽を広げて参上致しました」
何処にって目の前にいるのだけれど、この芝居がかった物言いはずっと続くのだろうか。
会場のすみの木陰で、ナハディガルと再会する。
コリンナには、遠巻きにハイデマリーの様子を見てもらっているところだ。
ソフィアも少し下がらせて密談するにはいい場所である。
「ナハディガル様、あなたは王宮で発言力があると聞きます。どうか私の話を聞いて下さいませんか?」
一瞬詩人の顔が曇った。
「桜の姫よ。私の言葉は人の心へ届けるもの。権力とは無縁のものなのです。それでも良ければ伺いましょう」
彼を出世の足掛かりにしようという輩がいるのだろう。
自分には利用価値が無いように釘をさしてくる。
「ナハディガル様は、呪いを信じておられますか?」
それを聞いて歌うような彼の声音が、硬くなったのがわかる。
「太古から伝わる歌曲に呪いに関するものを幾つも見ることが出来ますが、貴女の唇からその様なことを聞くことになろうとは、一体どうしたことでしょう」
彼の瞳が疑いに揺れているのがわかる。
ここからが大事だ。
子供の戯言ではなく、現実に起きたのだと理解させなければ。
「私は……。私は、そういうものに遭ったのです」
クロちゃんの変身は話せないが、悪夢の様な種の怪異。
魂と正気を削り取り、水が染み込むように悪意に侵食されるあの感覚。
あの夜の出来事を説明した。
途中ナハディガルは嗚呼とか、信じ難しとかなんとか青い顔で合いの手を入れている。
人が話をしている最中も騒がしいのだなこの人。
「なんと、黒山羊様への信仰心でそれを退けたとおっしゃるのですね」
とりあえず私が無事だったのは、ペットのクロちゃんの機転と黒山羊様への祈りでどうにかなったことにした。
彼は両手を前で組み、天を仰ぎ見ている。
どこが琴線に触れたのか、感動しているようだ。
「それでその面妖な種やら蔓やらは、その後どうしたのですか?」
「それは、クロちゃんが食べました」
詩人の顔がこわばった。
うっかりそこは真実を言ってしまった。
どうしよう。
「仔山羊が食べた?」
「ええと、食べたように見えただけかも?」
ごまかそうとしたが、自分でも動揺してしまっている。
「なるほど、そういうこともあるのかもしれませんね。そのクロ様にも是非お目にかかりたい」
キラキラと期待の眼差しが向けられる。
「それでですね、今日いらしているレーヴライン侯爵家のハイデマリー様の様子がおかしいらしいのです。なので同じ様な怪異に合われた可能性と、それを退けられずに人格が飲み込まれているのではと……」
ナハディガルは少し目を伏せて考え事をすると、決意した様に私を見つめ返した。
「あまり大きな声では言えないのですが、そういった呪いに心当たりはあります。宮廷詩人は古くからの呪術や魔法、あらゆる言霊を操り精通しなければなりません。その素養が無ければ就くことが出来ぬ職なのです」
え?この人今なんて言ったの?
呪術のエキスパートってこと?
どうやら私が縋った藁は、大当たりだったらしい。




