23話 朝です
その日は夜中の事もあり、いつもより寝過ごしてしまった。
皆は私が馬車酔いの疲れが大きかったと判断したらしく、自分で起きるまでそっとしていてくれたようだ。
朝食もベッドでとるよう部屋に用意されていた。
「良く休まれましたか?」
窓を開けながらソフィアが聞いてくる。
爽やかな日差しと、暖かい陽射しが心地よい。
私が起き上がるとソフィアがベットテーブルをセットして、その上に朝食を並べてくれる。
このまま食事をしていいなんて、贅沢な時間だ。
「おかげさまでね。そういえば王太子の婚約者候補の話、ソフィアは詳しいようだけど賢者様と言われる男爵令嬢の他に有力そうな方はいるの?」
ソフィアはパッと顔を上げると、任せて下さいとばかりに話し出した。
王太子に興味を示さない私に、今までやきもきしていたようだ。
私の為に情報収集にも勤しんでいたのだろう。
ここぞとばかりに饒舌になる。
「なんと言っても最有力はお嬢様ですからね? 幻の桜姫ですから! 他は高潔姫と呼ばれる西の侯爵家のハイデマリー様もお名前が上がるようです。ルドルフ様と同じ歳で王太子よりは若干年上になりますが、厳格なレーヴライン侯爵のお嬢様らしく子供ながらにその振る舞いは大人顔負けとか。国母に相応しいとの評判です」
ただでさえ箱入り娘な私は、エーベルハルト領が国の北東にあるので、西の方についてはあまり詳しくない。
西の土地の知識は、エーベルハルトよりも雪が降らないとか、茶葉がとれるとか漠然としたものである。
私が怪異に襲われた理由を考えてみた。
侯爵家か私個人が狙われたのかと思うと、交流が乏しい私が恨まれることはまずないだろう。
ただ王宮茶会の前なのを考えると、私自身ではなく私の立場が邪魔というのはありそうだ。
昨夜の出来事を隠す必要は無いかもしれないけれど、信じてもらえる自信は無かった。
魔法が使えないはずの街の中での出来事、しかもクロちゃんを変化させるほどのなにか。
何度考えても私が標的になっているとしたら、王太子の婚約者候補以外心当たりは無い。
「そのハイデマリー様は、王宮茶会にいらっしゃるの?」
「もちろんです! 当日はお嬢様の年齢前後の名家の令嬢が集うんですよ! 皆様どのようなドレスなのか楽しみですね」
「そんなに貴族の令嬢が集まるなら警備が心配ね。魔法封じがされていると言っても本当に安心してもいいものかしら?」
ソフィアに向かって少し不安げに演技をしてみせる。
「大丈夫ですよ! 貴族の屋敷は元より、村も街も領地自体に魔法封じと魔獣除けが施されていますしね。それがなくても人が集まる場所だと、他の人の魔力に干渉されてうまく魔法が使えないそうですよ」
これは初耳である。
「その為に魔法の杖があるのですって。魔法自体もなにか誓約があって人を害することは出来ないみたいだし。魔法が使いたい放題だと物騒でなりませんものね。それこそ人をどうこうするのは御伽噺の外法使いぐらいじゃないかな? 後は神様のお力とか? そんな感じなので何も心配はいりません」
私のお嬢様はそんなことを気にされるなんてかわいらしいとと、ご機嫌な様子のソフィアである。
これはとても重要な話ではないだろうか。
この世界で魔法で人を害せないということは大きい。
まあ、頭上に物を落とすなりなんなり抜け道はありそうだが、それは今は関係ない。
魔法封じのある場所で使えるのは神様の力か外法?確かにクロちゃんは黒山羊様所縁の生き物っぽいので問題ないのだろう。
では昨夜のあの種みたいななにかも、そのどちらかなのではないだろうか。
もうひとつ気になることは、人が集まる場所では魔法を使うのは容易ではないという事。
男爵令嬢の事を考えると、魔法が使えることが判明したという事は人前で使ったということだろう。
道具もなにもなしに他の魔力の影響を受けずに魔法を使う。
今聞いただけの私でもこれは大変なイレギュラーなことだと判断できる。
賢者の再来と呼ばれるのはもっともだ。
早計だが、もしそんな力があるなら昨日の様な事を起こすのも可能なのではないだろうか?
どれもこれも、ソフィアからの情報のみで精査は出来ないけれど用心しておくに限る。
「私不安になってしまったのだけど、何かお守りとか身を守るものってないのかしら?」
自衛の仕方がわからないので、取り敢えず聞くだけ聞いてみよう。
占い舘とか、お守り専門店とか、呪い師とかいるかもしれない。
「地母神教会に行けば、何かしらのお守りが手に入ると思いますが行ってみますか?」
なるほど黒山羊様のお膝元なら心強い。
教会ってお祈りするだけじゃなくて、物を売ってたりもするのね。
そういえば、思い返せばお寺や神社でお守りやなんやら売っていた。
毎年、初詣で買っていたのが懐かしい。
出発が遅れるからと母は渋い返事をしたが、それで茶会への緊張をほぐせるならと時間をくれた。
街歩きは出来ないが、馬車で行き掛けに教会に寄ってくれるそうだ。
街の中心にあるのでそこに向かう。
車窓が賑やかでうれしい。




