24話 教会です
ネルケの屋敷から旅支度をした馬車は出発し、ほどなく教会へついた。
貴族が教会に参るのは別段珍しい事でもないが、旅の途中なので大所帯になっているのはやはり目立つ様で周りの店や家から顔を出した町人に遠巻きに見られている。
到着したからといってすぐ様、馬車から降りたりはせず、あちらの支度を待つのも大事な貴族の仕事だ。
まず、教会に従僕が先に入り、私達の到着を伝えた。
しばらくすると、中から教会の雑務を引き受ける堂役が扉をあけてゆっくりと聖教師が現れる。
そこで漸く教会側の準備が整ったという事なので馬車から降りることが出来るのだ。
高位貴族が教会に訪れる前には往々にして先触れがあり、突然の訪問はあまりない事である。
聖教師は普段は黒い詰襟のシンプルなローブのみの着用だが、大きな祭祀の時や貴族の前では白い肩掛けや金のベルト等装飾品が増える様だ。
前世のキリスト教の神父に似た様な雰囲気だが、十字架の変わりに山羊の角を模したシンボルを身につけている。ネルケの街の神父は初老の人の良さそうな人だった。
「突然の訪問申し訳ありません。旅の途中ですがお嬢様がどうしても礼拝をなさりたいと言うもので」
ソフィアがいつもと違ってワントーン高い声で背筋を伸ばして神父に説明しながら袋に入った寄付金を差し出す。
「エーベルハルト侯爵家の浄財に感謝いたします」
聖教師はそう言って受け取ると、右手で袋を持ち底部に左手を添えて周囲の野次馬に見えるようにぐるりと半円を描いてみせた。
この貴族から寄付がなされたと周囲に知らせたのだ。
形骸化されたやりとりだが、教会は手にしている金が後ろ暗いものではない事を、貴族は寄付をしたという事実と功徳をこれにより手に入れるのだ。
こういう場で貴族の娘が、すぐに発言するのははしたないとされているので、私はニッコリと笑顔を作って礼をとる。
笑顔に答えてか聖教師も恭しく礼をとった上で、挨拶をしてくれた。
「これはこれは、世に名高いエーベルハルトの桜姫様がこの様な街の教会にいらっしゃるとは光栄なことでございます。信心深さにさぞ地母神様もお喜びでしょう。いやはや、かの姫をこの目で見られる日が来ようとは、皆に自慢出来てしまいますね」
ちょっと大仰では?と思うほどの歓迎ぶりである。
気付くと遠巻きに人垣が出来ていて、ヒソヒソと私の噂をしている様だ。
情報伝達の遅い世界では、噂はとびきりの娯楽である。
発達した現代日本でさえ噂に右往左往し、一喜一憂するものだ。
このような世界では当然、詩に歌われれば話題にもなるし人々の間で根強く残るものだ。
宮廷詩人やらのお陰で、肩身が狭くて仕方ない。
そんな私の心中を知る由もなく、ホクホク顔の聖教師に案内されて教会の扉をくぐった。
教会の内部は、概ね日本人が想像するところのソレに近い。
教義や逸話に違いはあれど、美しい陽の光を彩るステンドグラスや荘厳なベルに音楽、教義に沿った精密な彫刻等が置かれており、無学な民衆の信仰を集める装置として見れば差異は無いのだ。
礼拝堂に入ると正面に主神である黒山羊様の像が祀られている。
長い髪に美しい顔立ち、その瞳は閉じられているが腕に抱く仔山羊を慈しんでいるのが伝わってくる。
聖教師の祝詞を聞きながら膝まづいて手を組む。
かの神の美しさには及ばすとも、信仰の対象のそれは神々しく存在していた。
ちゃんと山羊の足をしているところも再現されている。
「いあ…… むなる うが な…… ……ろろ …… 」
聖句はこの国の言葉でも日本語でもない言語で、喉の奥でぐるぐると鳴らすようなハッキリと発音されない不思議な音でなされている。
祝詞が終わると、額に香油に浸した神父の指で山羊の目を表す横棒を描かれた。
「黒山羊様の導きのままに」
最後の部分だけは聞き取れるようになっていて、礼拝堂にいる全員が復唱する。
「黒山羊様の導きのままに」
前世では信心深い人間ではなかったが、さすがに生まれ変わった今ではこの神様の存在は信じるしかない。
地母神の像の前で心を込めて跪き、手を組んで頭を垂れると安心感を得られた。
礼拝を済ませると後ろに控えていた堂役の青年が大きな木製のトレーを運んで来た。
その上には黒い上等な布が敷かれ、地母神教のグッズと思われるアクセサリーやお札などが並べられている。
ソフィアが前もって私がお守りを欲しがっていると伝えてくれていたのだろう。
布や木に革製のものから、大きなものだと宝石が嵌められた贅沢を見せつけたい人向きの物もある。
「どれも聖別され祈祷済みですから、お好みのものを持つといいですよ。地母神様の物を身近に置くのは良い事です」
幼い信者である私に、ニコニコと微笑みながら聖教師が語り掛けてくる。
地母神教のお守りを兼ねたアクセサリーは、国教のアイテムでもあるのでドレスや正装時に身に着けていても例外として受け入れられているそうだ。
そうは言っても目立つ首周りを飾るものはドレスのデザインに影響するし、ここは地味でもどんな服装にも合いそうな銀色のブレスレットにしようか。
いくつかある銀の腕輪から美しく輝くひとつが目に留まった。
小さなチャームには山羊の蹄の刻印がされていて、なんだかかわいい。
もし効果がなくて気休めだとしても、ひと時の安心を買ったと思えば無意味でもないだろう。
「これに致しますわ」
煌びやかなアクセサリーの中から、シンプルだが華奢で美しいブレスレットを指差すと聖教師は感心した様に頷く。
「さすがエーベルハルトの姫君は慎みを弁えておられますな。何時ぞやなど教会をアクセサリー屋と間違えた令嬢がデザインが気に入らない、あれがダメ、これがダメと大騒ぎしまして困り果てたものです。こちらのブレスレットの銀はヴィエランダー産で魔除けとして特に優れております隠れた名品ですよ」
「ヴィエランダーというと神話の土地と言われる場所ですね」
「おお、ご存知でしたか。神々の逸話と共に多くの鉱物も産出しておりますので、工芸師や鍛冶師には人気の土地ですな」
「そうなんですね。まだこの間、各地の名前を学んだばかりで詳しくは知らないので勉強になりますわ」
そう伝えると、聖教師は益々機嫌が良くなった様に思えた。
こういう人は話をさせると気分がいいのよね。
間違っても話に出た令嬢の様に文句を言ってはいけない。
ソフィアが代金を支払い教会を後にする。
聖教師も堂役の人達も短い滞在に名残惜しそうな素振りを見せたが、これから王宮茶会に出席するのだと告げると、その様な大事の前にうちの教会に足を運ぶとはと感激して送り出してくれた。
聖教師達に見送られて、馬車はゆっくりと走り出す。
馬車が離れると同時に、聖教師が様子を見ていた群衆にわっと取り囲まれたのをソフィアが後部の窓から確認していた。
「さすがお嬢様ですね。今頃、聖教師様は街の人に質問攻めですよ。教会の人達もお嬢様に骨抜きになってしまって、当分はこの街の噂は桜姫で持ち切りですね!」
してやったりとでも言いたげに、弾んだ声でソフィアが話かけてくる。
これ以上、噂はこりごりなんだけどな。




