第三章 3 接近
敷地に入った優子は、いきなり建物には向かわず左手の方向にある駐車場に行ってみた。
駐車場側にも大きな門があり、こちらは大きな車道に繋がっているようだった。
駐車場のスペースはかなり大きめに取られており、大きなバスも駐車できるようになっている。
今も、観光バスが一台止まっており、中では運転手とバスガイドがなにやら楽しそうに話しているのが見える。
駐車場から、改めて博物館を見ると幼い日の記憶と重なり合う。
(うん、そうだ。確かここでバスから急いで降りた子が転んじゃって泣いてたっけ)
昔の思い出に思わず笑みが零れるが、いつまでも思い出に浸っているわけにはいかない。
いきなり博物館に行かなかったのは結局は自分の記憶を確かめるのを無意識に怖がっているからに過ぎない。
(でも、ここまで来たからには行かないと)
若先生が元教え子の職員に連絡を入れてくれたそうだが、まずは博物館の中を一周しようと決めて優子はいよいよ入口へと進んでいった。
一方、博物館に入っていく優子を上空から見ていたティアーネが茶々へと連絡を入れていた。
「……という訳でユウコは博物館に到着したぞ」
「オッケー。こっちもそろそろ終わるからすぐに合流するよ」
「にしてもツイてないのう。出かけに新たな巣が見つかるとは」
茶々が今いるのは博物館から西山を挟んだ反対側にある町である。
当初の計画では茶々も優子と同じバスに乗るはずだったのだが、出かける直前に「新しい巣が発見された」との一報を受けた。
そこで茶々は巣の攻撃に参加、ティアーネは優子を尾行することにした。
「でも、ここのも巣じゃないみたい。またターミナルだってさおりんが言ってた」
「むぅ、複数のターミナルを設置できる敵がいる、あるいはターミナルを作れる敵が二体はいるということか。どちらにしても難儀な話じゃな」
「ところで師匠から連絡はあった?」
「いや、まだじゃ」
「そっか。とにかくもう終わるから優子ちゃんのことよろしくね!」
「うむ。では我もお邪魔するとしようかの。おや、誰かと話しておるの」
勝手に博物館に入り込もうと思っていたが、せっかくなのでティアーネは姿を消したまま優子に接近して一緒に正面から入ることにした。
「ん、どうしたんだい、急に上を見て?」
「あ、いえ、なんでもありません」
「しかし土曜日に勉強のためにここまで来たなんて熱心だね。中には色々展示してあるからゆっくり見て回るといいよ」
「ありがとうございます」
博物館の入り口に立っていた六十代くらいの男の警備員に頭を下げて優子は改めて歩き出す。
何か真上から風が来た気がしたが、気のせいだろうと思い髪を撫でながら、足を止めてもう一度空を見上げる。
(ちょっと神経質になりすぎているのかな)
優子は苦笑して視線を前に戻して自動ドアの中へと入っていく。
すぐ近くに心臓が口から飛び出るほど驚いていた見えざる監視者がいることに気づく事がないままに。