第二章 ６ 痕跡
倉庫の戸締りをしてから茶々は直線状に位置するゴミ捨て場に視線を向けると首を傾げる。
見える光景に何か違和感を覚えるが、その正体が掴めずモヤモヤする。
「ねぇ、ティア。な～んかおかしくない？」
「我はまだこの地に来て日が浅いからようわからぬが……。これ、置いていくな」
茶々の小声に姿を隠したティアーネが答えるが、それを聞き終える前に茶々は走り出していた。
茶々がゴミ捨て場に着いた時には何人かの生徒がゴミ袋を運んできていた。突然走ってきた茶々に怪訝そうな視線を向けるが、誰も特に何も言わずにさっさとその場を離れていった。
「ない、なくなっている……！」
「そのようじゃな。ギルドの地図データを引っ張て来た。喰われたモノは」
『焼却炉！』
あまり大きな声を出さないようにしているが、それでも抑えきれず二人の声が思わず大きくなり完璧に重なった。
「こういうのを灯台下暗しというのじゃろうな」
「ああああ、もう！いつの間にアイツらここに来てたの！」
「悔しいのは分かるが声を抑えよ。うむ、割と最近じゃ。まだ消化はされておらんから追跡はなんとかなりそうじゃ」
「じゃあ、すぐに追いかけよう！」
「待つのじゃ。それより先に確認せねばならんことがある」
「確認って何を？」
「妹君に話を聞かねば。もし彼女が『幻視者』ならば保護せねばならん」
幻視者とは、普通の地球人が認識することが出来ない喰らうモノの存在や痕跡に気づいてしまえる人を指す。
そして、地球種の喰らうモノはある理由から姿を隠しており、自らを見つける事が出来る幻視者を目の敵にしているだ。
「そうだった！えっと奈々は……」
「私がどうかした、お姉ちゃん？」
「うひゃあ！って、奈々！」
「何もそんなにビックリしなくても……」
昨日もこんな事があったなと思いつつ奈々は腰をかがめて姉に顔を近づける。
「そんなことより、お姉ちゃん今日遅刻しそうになってたでしょ！」
「あ～、うん。いやついつい二度寝しちゃって」
「まったくもう！だから私が……！」
「ごめんって。どうせあとでお父さんたちにも怒られるんだから勘弁してよ～」
なんだかんだで姉に甘い奈々は「今度からしっかりしてよね」と何度言ったか分からない言葉を締めにして矛を収めた。
「お姉ちゃん、今日はゴミ捨て当番だったの？」
「ううん、違うよ。奈々が朝にここの事を言っていたでしょ。だから見に来たんだけど……」
「…ちゃんと聞いてたんだ」
あんな半分寝ぼけているような状態でもちゃんと話を聞いてくれて、しかもわざわざこんな所にまで足を運んでくれたことが奈々には嬉しかった。が、それを表に出すとこのお調子者の姉が図に乗るので表情に出ないようにしてはいたが、そこはさすがに生まれた時からの付き合いである姉には通用しなかった。
「奈々、なんかにやけてない？」
「にやけてなんかない！それより、とくに何もないでしょ。多分気のせいだろうし……」
「あっ、待って！奈々はどうしてここの事が気になったの？」
「昨日、ここでね……」
意識して頬の緩みを矯正した奈々は昨日ここで優子を見つけた時のことを話した。
「なんだか竹内さん、凄く深刻な顔をしてたから気になって……。ずっと何か考え込んでいるみたいで話しかけても上の空だったし」
「ねぇ奈々。その竹内さんってまだ学校にいる？」
「え？さぁ、どうだろう……。確か部活には入ってなかったからもう帰ったんじゃない？どうしたの、急に真剣な顔して」
「あ、その何か困ってることがあるなら力になりたいなぁ、なんて思ったりして」
奈々が戸惑っていることに気付いた茶々は笑って誤魔化そうとするが、むしろそれが奈々の心証を悪くしたようで、あからさまな疑いの眼差しを姉に向けている。
「あのね、竹内さん、本当に真剣に悩んでいるみたいなんだから余計なお節介をしないであげて」
「ハイ、ゴメンナサイ……」
完全に落ち込んで、いつも以上に小さくなってしまった姉に「言い過ぎたかな」と奈々は心が痛んだ。
（お姉ちゃんのお節介は今に始まったことじゃないか。それにお姉ちゃんなら竹内さんが悩んでいる事を上手く聞き出せるかもしれないし）
姉に対する謎の信頼に、無理やりな理由をこしらえて自分を納得させてから茶々に、普段優子が頼まれごとで教室に残っている事が多い事を伝えた。
「そっか、じゃあ行ってみようかな。奈々は１組だったよね？」
「教えておいてなんだけど、本当に会うつもりなの？」
「大丈夫、絶対に迷惑になるようなことはしないから」
「当たり前でしょ。お姉ちゃんが変な事したら私まで変な目で見られるんだからね」
「分かってるって。じゃあね、奈々。部活がんばってね～」
そう言って茶々は駈け出して行った。
「変なお姉ちゃん……。いや、変なのはいつもか」
とにかく何か目標を決めると猪突猛進な姉に苦笑して奈々も体育館へ歩いていった。
家に戻った茶々にはご飯と説教の時間がまっていたのだった。
