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美女と賢者と魔人の剣  作者: 片遊佐 牽太
第五部 サリータ篇
56/117

055 魔力の道

 自信に満ちたシルヴィアの顔と、苦虫をつぶしたような顔のクルトは対照的だ。

 正直、クルトが付与術士アセルに仲間意識を感じていたとは考えづらいが、当然この状況はヤツにとっては歓迎すべき状況ではない。

「そこの女――確かに力はあると思っていたが――」

 クルトからは、意外と率直な言葉が出てきている。ひょっとしたら、俺が想像しているよりも、クルトには余裕がないのかもしれない。


 俺は一瞬シルヴィアに視線を移し、笑みを浮かべて彼女の戦功をねぎらうと、改めてクルトに向かって突進していった。

 光の結界オルター行動加速ヘイストも、まだ少しだけ有効時間がある。


 正面に見えるクルトは、これまでにない真剣な表情をしていた。

 俺が知るクルトはいつも不敵に笑みを浮かべていたのだが、違う表情を見たことで、ここから先の闘いが重要であることを再認識する。

 そして、その実感が、俺の背中にゾクゾクと冷たいものを走らせた。


 クルトと俺の距離は急速に縮まり、クルトは俺の繰り出した支配者の魔剣ローリンザーを器用に報復の短剣アヴェンジャーで受け止めた。

 そのまま俺が剣を押し込もうと力を込めると、クルトはその力を利用するように報復の短剣アヴェンジャーの角度を変え、俺の攻撃を受け流してしまう。

 そのすれ違いざま、報復の短剣アヴェンジャーの斬撃が来て、俺は右腕に裂傷を負った。


 衝撃や痛感つうかんはある程度審判の法衣ジャッジメントローブや苦痛耐性が受け止めてくれるはずなのだが、ヤツの攻撃で出来た傷は、何とも痛みがひどい。

 見ると、俺のHPが断続的に減少しているのが判った。

 報復の短剣アヴェンジャーには特殊な能力があるのか、攻撃を受けるとそのまま継続ダメージダメージオンタイムを受けてしまうようだ。


 俺は振り向きながら、自分に再生リジェネレーションを掛け、継続したダメージへの対処を行う。

 その時、光の結界オルターの残り時間が、ごくわずかになっていることに気づいた。

 光の結界オルターには冷却期間クールタイムが存在する。連続使用は出来ない。


 俺は光の結界オルターが切れるタイミングを見計らって、入れ替わりに防護結界プロテクションフィールドを展開した。防護結界プロテクションフィールドは魔法が防げないが、物理攻撃を無効化できる。

 クルトとの距離は近いが、この先は接近戦は意味を成さない。


 俺は光刃ライトエッジを放ちながら、後ろに下がり、距離を取り始めた。

 クルトは俺の放った光刃ライトエッジ闇壁ダークウォールで防ぎ、相変わらずダメージがない。


 と、その時、クルトを横から襲う炎のかたまりがあった。

 シルヴィアがクルトに炎弾フレイムボールを放ったのだ。


 タイミング良く発せられたその攻撃を、クルトは闇壁ダークウォールで防げなかった。

 だが、その炎はクルトの身体に届かず、ヤツの身体近くで軌道きどうを変えてれていく。

「――風の結界ウィンドフィールド!?」

 シルヴィアがその理由に思い当たる。


 風の結界ウィンドフィールドは風属性の高位魔法だ。自分の身の回りに風の防護膜カーテンを作り、光の結界オルターほどではないが、魔法や矢の軌道きどうを変えて、防ぐことができる。

 シルヴィアの足が一瞬止まったのを見逃さなかったクルトは、一気に戦闘転移バトルゲートで転移し、シルヴィアに襲いかかった。

「ちょっ――」

 いきなり目前に現れたクルトに、シルヴィアは上手く声も上げられない。

 クルトの手に握られた報復の短剣アヴェンジャーは、確実にシルヴィアの急所を狙っていた。


 次の瞬間、クルトの報復の短剣アヴェンジャーは、防護結界プロテクションフィールドはばまれ、空中で静止する。

 俺がシルヴィアとクルトの間に戦闘転移バトルゲートで転移し、シルヴィアを抱き込むようにかばったからだ。

 だが――クルトは、それを狙っていたのかもしれない。


 完全にクルトに背を向けて無防備になった俺に、クルトは邪悪な笑みを浮かべながら、呪弾ガンドを放ってきた。

 クルトと俺の距離は、ほとんどない。

 ゼロ距離に近いその攻撃は、易々やすやすと俺の背中に吸い込まれていった。


 直後、俺の身体全体に加重がかかり、抵抗力が低下したのが判る。

 ミノタウロス戦いつかと同じだ、という感覚が、俺の脳裏を駆けめぐった。

 だとしたら、この後に起こることも予測できる。

「ケイ、避けて!!」

 シルヴィアの声もむなしく、俺はクルトの戦闘捕縛バトルバインドを受けて、その場で動けなくなった。


 この時、クルトは麻痺パラライズでなく、戦闘捕縛バトルバインドを選んで使った。

 これは、麻痺パラライズには回復薬を含めて比較的解除するための手段が多数あり、それをシルヴィアが持っている可能性があると考えたからだろう。

 一方の捕縛バインドや、せまい範囲で即時発動する戦闘捕縛バトルバインドは、高位回復魔法である解除キャンセルでないと解除できない。

 それを、シルヴィアが持っている可能性は無い。


 だが、この二つには決定的な差がある。

 麻痺パラライズは口の動き――会話も含めて止められてしまうのだが、捕縛バインドは以前港町アシュベル迷宮ダンジョンで喰らった時のように、口が動き、声も出せる。


 一瞬、愕然がくぜんとした表情のシルヴィアを視界に入れつつ、俺はずっと口に含んでいた“エゴラのたね”をみ破った。

 接触魔法は魔法を掛けた時点で触れているものと、“別のもの”が触れることによって発動する魔法だ。

 たねに掛けられた接触魔法は、から以外のものと接触することによって、その効果を発揮した。


「何故だ!? 何故回復できる!」

 からが破れ、中のたねに掛けられた解除キャンセル完全回復フルヒールが、俺の身体をやしている。

 クルトは納得いかない様子で、俺たちから距離を取った。


「シルヴィア、俺から離れるな。

 防護結界プロテクションフィールドがある間は、チャージされる危険はない」

「わかったわ」

 俺とシルヴィアは、次々と自分が得意とする攻撃をクルトへ仕掛けていく。

 だが、クルトには風の結界ウィンドフィールドがある。

 シルヴィアの炎弾フレイムボール岩弾ロックボールも、俺の魔弾マジックボール光刃ライトエッジも、全てが当たらずれていく。


 逆に、俺とシルヴィアは、飛んでくるクルトの魔法を一つ一つ魔壁マジックウォール岩壁ロックウォールで防がなければならない。

 さほどの時間も掛からずに、俺とシルヴィアは防戦一方となっていた。


「ケイ、このままじゃ――!」

 シルヴィアが戦況の悪さに声を上げる。


 その時、俺は一向に当たる気配のない自分たちの攻撃をながめながら、急速に思考を回転させていた。



 先ほどから俺の魔法は全く当たらず、支配者の魔剣ローリンザーによる攻撃は、かすりもしない。


 俺は何とか攻撃を、ヤツに当てたい。

 ヤツはそれを、全て避けようとする――。


 ――その瞬間、俺の思考は反転する。


 そもそも俺は、何故ヤツを捕らえようとしているのか――?


 俺は、自分とヤツとの間に魔力を通すことができる、“道”を作りたかったのだ。

 それを作るために、俺はヤツを捕らえようとしていた。


 この勝負は、俺とクルトの間に“魔力の道”ができれば、きっと終わる。


 だが、良く考えろ。

 俺は“魔力の道”をどうやって作ろうとしていたのか?


 ――俺以外にも一人、魔力が通る“道”を作りたがっているヤツが、いるじゃないか。




「シルヴィア、よく聞け。

 ――ヤツを捕まえる方法がある。

 俺は今からそれを使ってヤツを捕まえる。


 いいか、その機会チャンスのがすな。

 機会チャンスは一度きりだ。絶対にのががすんじゃない」

 シルヴィアは鬼気ききせまる俺の表情を見て、ゴクリとつばを飲み込んだ。

 そして、真剣な表情でうなずく。


「あと五秒ほどだ。来るぞ!」

 俺がそう言った瞬間、防護結界プロテクションフィールドの効果時間が切れ、俺とシルヴィアは完全に無防備になった。


 直後、クルトは邪悪な笑みを浮かべ――戦闘転移バトルゲートで、俺のふところまで転移した。


 一瞬見えた報復の短剣アヴェンジャーの刃が、不自然にきらめいている。

 “斬れぬものはない”と豪語していた切れ味を、もっとも痛い形で味わうとは、思いもよらなかった。

「ケイ――!!」

 シルヴィアの叫び声が聞こえるが、それはどこか遠いところから発せられたように感じる。


 行動加速ヘイストの効果はとっくに切れているが、周りの出来事がまるでスローモーションのように感じられた。

 見れば、鋭い報復の短剣アヴェンジャーの切っ先は、俺の腹に突き刺さり、背中にまで突き通っている。

 報復の短剣アヴェンジャーの一撃は、俺のHPを大きく削り、俺の身体に断続的な激痛を与えていた。

 そして、目前には、明らかに勝ちを確信したクルトの顔がある。


 ――だがその顔は、次の瞬間、驚愕きょうがくの色に染まった。


 俺は腹を突き通したクルトの腕を捕まえ、ニヤリと笑いながら言う。

「虫は――時に燃えさかる火の中に飛び込み、自らを炎にべてしまう。

 ――覚えているか!?

 あんたと初めて会ったときに、俺に向かって言った言葉だ、クルト!!」

「なっ、何だと――」

 クルトは腕を引こうとするが、俺がガッシリ捕まえていて、動けない。

「だが、あんたはその虫をおろかだと笑うことはできない。

 ――何故なら、あんたは俺の“とっておき”のワナに、自ら飛び込んで来たんだからな」


 俺はそういうと、とっておきの一撃――侵蝕エロージョンを発動した。

 侵蝕エロージョンは、俺の身体に打ち込まれた報復の短剣アヴェンジャーと俺の血液を魔力の通り道にして、クルトの腕から一気に全身へと流れ込んでいく。

「グ――グアアアアァァァァ!!」

 流れ込んでくる侵蝕エロージョンの魔力に、クルトが絶叫を上げた。

 見れば、クルトの全身の血管が、浮き出るようにうごめいている。


 一方で、侵蝕エロージョンは俺の身体の中にも流れ込んで来ていた。

 無理もない、俺は腹を破られ、魔力の通る道である報復の短剣アヴェンジャーを突き込まれている。

 そこから魔法が逆流してしまったとしても、仕方のないことだった。


「シルヴィア、今だ!!」

 既に腹には力が入らない。

 何とか絞り出した声だった。

 俺はクルトに侵蝕エロージョンが入り込んだのを見届けると、腹からクルトの腕を抜き、そのまま後ろ倒しに倒れていく。


 直後、シルヴィアの封呪アンチスペルがクルトに入り、クルトは魔法を封じられた。

 侵蝕エロージョン数値パラメータやスキルを含む、全ての状態ステータスを落とす効果がある。

 クルトはその影響で、シルヴィアの魔法を抵抗レジストできなかった。


「もう、逃がさないわ」

 シルヴィアはクルトの身体を土銃ドレイクガンで突き飛ばすと、岩壁ロックウォールで囲っていく。

「ま、待て――頼む、待ってくれ!!」

 とてもクルトが発したとは思えない台詞セリフを、もはやイケメン妖精の影すら感じさせない表情を見ながら聞いたシルヴィアは、深くあわれんだ表情をした。

「そうね、今のあんたを見ると、そうしたいところだけど――。

 生憎あいにくあたしと“クライブアイツ”は許さないわ。

 ――アイツにあの世でびなさい」

 そう言って胸元の“時計”に触れたシルヴィアは、暁星の杖スタッフオブレーシュへと魔力を集中していく。

 暁星の杖スタッフオブレーシュの宝石の輝きが、その魔力の高まりと、クルトの生命の危機を象徴していた。

 俺の目には、クルトがノヴァの光に照らされ、驚愕きょうがくを浮かべている表情が焼き付く。


 そして――。

 宿敵クルトの断末魔だんまつまは、“灼熱の四星ブレイズノーヴァ”の着弾と、それが引き起こした爆風にまぎれてしまって――途中までしか聞こえなかった。




 俺は、薄れゆく意識の中で、自分に大回復エルダーヒールを使った。

 一旦HPは持ち直した後、再びそれを上回る速度で減少していく。


 侵蝕エロージョンに掛かった俺は、HPや抵抗力だけでなく、スキルのレベルまで落ちている。

 高位回復が使えない今は、出血と報復の短剣アヴェンジャーの影響を抑えるすべがない。


「ケイ!!」

 慌てて駆けつけたシルヴィアが、俺の頭を抱え込んだ。

 残念ながら、柔らかい胸の感触を楽しむほどの余裕がない。


 俺はもう一度大回復エルダーヒールを使うが、結果は同じことだ。

「や、やだ――やめて。

 これじゃ、前と同じじゃない!

 クルトを倒したところで、あんたがいなくなったら、どうしようもないのよ!!」

 シルヴィアは悲壮感ただよう顔になっている。

 美人が――台無しだ。

「シルヴィ――大丈夫、大丈夫だ」

 俺はそう言って、彼女のほほに震える手を伸ばす。

 彼女は俺の手を取って、自分の頬にりつけた。

 ぽろぽろと目からは涙がこぼれ、頬に付いた俺の血をにじませている。

 俺のHPは――もう残りが少ない。

「ケイ、お願い。

 あんたがいないと――あんたがいないと、あたし――!!」


 シルヴィアがそう言った瞬間――。

 俺の腹部の傷口が、まばゆい光に包まれていく。


 “クランシーの制約”だ――と、俺はハッキリしない意識の中で認識した。

 俺を抱きかかえたシルヴィアは、嗚咽おえつを止めて、目の前で起こっている出来事を呆然ぼうぜんと見守っている。


 クランシーの制約は、俺の意識がある状態で、初めて発動したことになる。

 これまで“命の回復”というものに、どの程度の時間が掛かるのか判らないと思っていたが、見る見るうちに俺の傷口はふさがり、侵蝕エロージョンの効果も含めて、俺の状態を全て回復していく。

「ケ、ケイ――」

 今起きた出来事が信じられないという表情で、シルヴィアが俺に声を掛ける。

「もう――大丈夫だ。

 心配させたな」

 俺は微笑みながら自分に完全回復フルヒールを使うと、シルヴィアに頭を抱きかかえられたまま、左手で彼女の背中をそっとたたいた。

 すると、それを合図に、再びシルヴィアが泣き始める。

「あ、あんたねぇ――!

 あたしが、ど、どれだけ心配したか判ってるの――!?


 ――そ、それより、何なのよあの策は!

 死んじゃったらどうするとか、考えないの!?

 あんたが、死んだら、あたし――あたし――」


 シルヴィアはボロボロに泣き崩れた顔を隠しもせず、うらみ言を伝えてくる。

 俺は身体を起こすと、大仰おおぎょうに両手を広げ、笑みを浮かべながら言った。


「でも――生きている。

 シルヴィア、良くやった。

 とうとうヤツを倒したな」


 それを見たシルヴィアは、一瞬の合間をおいて、声を上げて俺に飛びかかるように抱きついた。

 そして、倒れかかりながら、俺に唇を合わせてくる。


 ――まるで俺が生きていることを確かめるように、彼女の口吻くちづけは、何度も、そしていつまでも続くのだった。



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