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美女と賢者と魔人の剣  作者: 片遊佐 牽太
第五部 サリータ篇

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054 爆炎

 銀髪のイケメン黒妖精は、俺とシルヴィアの姿を見ると、邪悪に微笑んだ。

 あまり考えたくないことだが、ひょっとしたら、ヤツが思っている通りの展開になっているのかもしれない。

「もっと凝(こ)った登場の仕方をすると思ったが、意外とアッサリだな」

 俺はクルトに若干嘲(あざけ)る調子を込めて言う。


 相手を怒らせることができれば、状況を有利にできるものが引き出せるかもしれない。

 だが、クルトはそんなことを気にする様子もなく、俺に話し出した。

「貴様の目は、私の隠れ身(バニシング)を見破れるだけかと思っていたが、風塵(ウィンドストーム)の向こう側であっても私が見えるのだな。

 その能力(ちから)、相当なものだ。

 ――であれば、小細工を弄(ろう)しても仕方がないではないか」

「――――」

 クルトはひょっとしたら、俺の持つ能力(ちから)を分析し始めているのかもしれない。正直、あまりいい気分はしない。

 仮にそうしたことを考えて、付与術士(エンチャンター)のアセルを側(そば)に置いているというなら、それは結構厄介(やっかい)なことなのかもしれない。


「ケイ、あんたに任せるわ。遠慮なく指示して」

 俺の近くまでやってきたシルヴィアが言う。

 追い求めてきた敵を目の前にして、彼女が冷静でいられるかどうかが心配だったのだが、シルヴィアは俺が思っているよりもずっと強(したた)かなようだ。

 ただ、眼光だけは爛々(らんらん)と輝いていて、獲物を追うように鋭い。


 俺は自分の立ち位置を微妙に調整し、クルトに対面するようにした。相対的にシルヴィアは付与術士(アセル)の前に来る。

 シルヴィアはその意図を汲んだのか、暁星の杖(スタッフオブレーシュ)を付与術士(アセル)に向けて構えなおした。


 そのまま暫(しばら)く睨(にら)み合いが続いたが、ふと後ろ側に控えた付与術士(アセル)が、クルトに対して付与(エンチャント)を開始する。

 俺はそれを妨害するように、クルトに対して魔弾(マジックボール)・小を無数に放った。

 ところが、クルトは俺から見ても見事としか言いようのないステップで、軽やかにそれを全て避けてしまう。

「何だそれ――!」

 俺は流石に驚いて、クルトの右側面に回り込もうと走り出した。

 同時にシルヴィアは岩弾(ロックボール)を付与術士(アセル)に放っていたが、闇壁(ダークウォール)で止められたようだ。


 全員が足を動かし、移動したことによって、完全にシルヴィア対アセルと俺対クルトという、二つの対決構造が出来上がる。

 クルトは自信に満ちた顔で呪弾(ガンド)を放つと、その弾速に勝(まさ)るとも劣(おと)らない速度(スピード)で、俺に突進(チャージ)を掛けてきた。

 クルトの得物は、ヤツが“斬れないものはない”と豪語した報復の短剣(アヴェンジャー)だ。

 俺は細心の注意を払いながら、その短剣を支配者の魔剣(ローリンザー)で受け止めた。


 支配者の魔剣(ローリンザー)には予(あらかじ)め接触魔法の魔壁(マジックウォール)が仕込んである。

 クルトの報復の短剣(アヴェンジャー)を受け止める瞬間、魔壁(マジックウォール)が発動したが、クルトの攻撃の勢いを殺しきれずに魔壁(マジックウォール)はバラバラに砕けてしまった。

 結果、俺は支配者の魔剣(ローリンザー)でそのまま報復の短剣(アヴェンジャー)を受け止めてしまったのだが、支配者の魔剣(ローリンザー)は折れたり欠けたりせず、ちゃんと報復の短剣(アヴェンジャー)を防いでいる。


 普通に考えたら、いつでも何でも斬れる剣が存在したら、鞘(さや)に入れておくことすら出来ない。

 恐らく“何でも斬れる”には、クルトのスキルか何かが必要なのだろう。


 俺はクルトと鍔迫(つばぜ)り合いをしながら呪弾(ガンド)を避けると、至近距離のクルト目がけて、支配者の籠手(ロードブレイサー)から光刃(ライトエッジ)を連続して放った。

 弾速の早い光刃(ライトエッジ)は後退していくクルトの身体を掠(かす)ったが、どれもクリーンヒットしていない。

 ――というか、クルトはどれだけ高い回避力を持っているんだ!? これは流石に洒落(しゃれ)にならない。


 俺の視界の片隅(かたすみ)には、シルヴィアと付与術士(アセル)の対決が目に入ってくる。

 二人の対決は、完全に魔法の撃ち合いになっていた。

 お互いが放つ魔法と、それを受け止める魔法によって、部屋の中には轟音が断続的に鳴り響いている。


 見ればシルヴィアも付与術士(アセル)も、圧倒的な威力の魔法は放とうとしていないように映る。

 言い換えれば、攻撃を優先し過ぎて、決定的な隙(すき)を見せないようにして闘っていた。


 俺との距離があいたクルトは、俺に目がけて風刃(ウィンドカッター)を放ってくる。

 たった一発だけなのだが、驚くほど弾速が速い。


 俺は魔壁(マジックウォール)の展開が間に合わせられず、何とか支配者の籠手(ロードブレイサー)の魔法盾でそれを防いだ。

 魔法盾(マジックシールド)で弾いた風刃(ウィンドカッター)は、俺の身体の近くで細かく飛び散り、いくつもの切り傷を作る。

 俺は目の近くに切り傷が出来た感触に、思わず顔を顰(しか)めた。


 ――この段階で言えることがあるとしたら、クルトはレーネを除く、俺が闘ってきたどんな敵よりも“強い”ということだ。

 ここまでは比較的単純な魔法しか放ってきていないが、そのどれもが俺を上回る威力を持っている。

 恐らくほんのちょっとした油断でも、この闘いにおいては致命的になってしまうだろう。


 クルトは不気味にニヤつくと、それまで一度も使ったことのなかった氷弾(アイスボール)を放ってくる。

 だが、その氷弾(アイスボール)はどう見ても俺に当たる気配はなく、明後日(あさって)の方向に飛んでいった。

 瞬間、それが何らかの“合図”だと気づいた俺は、振り返ることなく大声でシルヴィアに警告する。

「シルヴィ!! 気をつけろ!」

 彼女がその声を聞いて、某(なにがし)かの行動を取れたかどうかは定かではない。

 だが、その直後に来た攻撃は、そんなことを意に介(かい)さないほどの、影響範囲を持っていた。


「――!!」

 目を見開いたクルトから放たれた、球形の大きな黒い弾が、広間全体を飲み込んでいく。

 もちろん俺もシルヴィアも、為(な)す術(すべ)なく、その中にスッポリ覆われてしまった。


 これは巨大な呪弾(ガンド)だ――。

 直感的にそう気づいたが、既にその瞬間から俺のHPは、急激な減少を始めている。

 ドクンドクンとあり得ない大きさで、自分の動悸(どうき)が耳に入ってきていた。


「うっ――」

「シルヴィア!」

 俺よりも抵抗が低く、HPも低いシルヴィアの喘(あえ)ぎ声が耳に入る。

 俺は胸を押さえて項垂(うなだ)れたシルヴィアを視界に入れ、戦闘転移(バトルゲート)で彼女の側(そば)に転移した。

 慌てて二人に完全回復(フルヒール)と解除(キャンセル)を使うが、それを見た目前の付与術士(アセル)は、嘲笑(ちょうしょう)を浮かべている。

 どうやら付与術士(アセル)はあの氷弾(あいず)を見て、事前に防御策を採(と)っていたのか、呪弾(ガンド)の影響を受けていないようだ。

「ケイ、だめ――」

 完全回復(フルヒール)によって一瞬持ち直したのだが、シルヴィアの表情は重く、HPの減少は止まらない。

 そもそも呪弾(ガンド)は状態異常(デバフ)ではない。だから焦って状態異常を治す“解除(キャンセル)”を使った俺を、付与術士(アセル)は嘲(あざけ)ったのだろう。


 見ればクルトは大規模な魔法の冷却期間(クールタイム)があるのか、その場から動いていない。

 俺はそれを確認して、支配者の籠手(ロードブレイサー)を掲げ、これ以上ないぐらいに意識を集中した。

 直後、増幅された魔力の束(たば)が、俺とシルヴィアに降りかかる。


 高位回復魔法の再生(リジェネレーション)が、増幅された魔力によってさらに高位再生(ハイリジェネレーション)となり、俺とシルヴィアを癒(いや)していった。

 再生(リジェネレーション)は、暫(しばら)くの間、HPを継続的に回復し続ける魔法だ。

 呪弾(ガンド)によるHP減少は解除できないが、HP減少によって減った体力を、即座に高位再生(ハイリジェネレーション)によって回復しようという手法だった。


 ――果たして俺たち二人のHPは、減ったり増えたりを繰り返して、一進一退の状態になっている。

「高位回復とは――。

 賢者(セージ)の特性を持つと言うのは、本当なのですね」

 俺たちが危機を脱したのが気に入らないのか、付与術士(アセル)はそれまでの表情を消し、怒(いか)りの色を濃くしている。


 俺はシルヴィアが立ち直ったのを確認すると、再びクルトに向けて、光弾(スターシェル)を連射した。

 クルトは既に冷却期間(クールタイム)から抜け出し、それらを難なく避けていく。

「シルヴィ、“加速”するぞ」

「了解」

 俺は再び支配者の籠手(ロードブレイサー)を掲げると、シルヴィアと俺に行動加速(ヘイスト)を付与(エンチャント)する。


 行動加速(ヘイスト)の効果時間には限りがある。その効果が終わった時に、一気に身体が重くなり、それが致命的な隙(すき)になる危険性(リスク)があるのだが、俺は状況を打破するために“攻め”の行動が必要だと判断した。

 ところが――。


「アセル!」

 クルトの声に応えるように、付与術士(アセル)が自分自身とクルトに、行動加速(ヘイスト)を付与(エンチャント)する。

 予期せぬ加速(ヘイスト)対加速(ヘイスト)の状況に、俺が作ろうとした優位性(アドバンテージ)が失われた。

「チッ――」

 俺は舌打ちして、クルトの前に駆け出し、弾速の違う魔弾(マジックボール)と光刃(ライトエッジ)を交互に撃ち出した。

 だが、クルトは闇壁(ダークウォール)を巧(たく)みに使い、それを難なく避けていく。


 一方のシルヴィアとアセルは、お互い走りながら、魔法を叩き付け合っていた。

 互いの回避速度が、行動加速(ヘイスト)で相当速くなっていることもあり、どちらの魔法も全く当たっていない。

 付与術士(アセル)は攻撃に長(た)けている訳ではないことは、既に状態(ステータス)を見て判っている。

 どうやら俺とクルトの勝負が着くまでシルヴィアを足止めしたいのか、どちらかというとシルヴィアの魔法を避ける方に、力を注いでいるようだった。


 俺がクルトと交戦している間も、視界の片隅でちょこまかと付与術士(アセル)が走り回るのが見えている。

 クルトの攻撃を魔壁(マジックウォール)で防いだ時、ふと俺の視界にシルヴィアの姿が映った。

 見間違えでなければ――彼女の顔には、笑みが浮かんでいる。


 シルヴィアは走るアセルが向かうと予想した地点に岩壁(ロックウォール)を配置し、障害物を作っていた。

 付与術士(アセル)はそれに当たらないよう、器用に避けて走っている。


 ――だが、どうやらそれこそが、彼女の笑みの原因だった。


 岩壁(ロックウォール)の配置によって知らず知らずの内に“誘導されていた”付与術士(アセル)の目前に、空間魔法の穴が現れる。

 次の瞬間、その穴からシルヴィアの土銃(ドレイクガン)が現れ、付与術士(アセル)の左脚を抉(えぐ)り取った。

「ぐあっ!!」

 付与術士(アセル)の判りやすい苦痛の声が、俺の耳にも届いてくる。


 俺は行動加速(ヘイスト)に加え、光の結界(オルター)を発動して接近戦を挑んでいく。

 このまま魔法で狙い撃ちしようとしても、クルトには当たる気がしない。

 報復の短剣(アヴェンジャー)を持つ相手と斬り合うのは危険(リスク)があるが、俺はより可能性の高い方に賭(か)けてみることにした。


 俺の光の結界(オルター)に気づいたクルトは、魔法が無駄なことを悟(さと)り、報復の短剣(アヴェンジャー)を構えて俺を迎え撃とうとしている。

 俺は近づいていくクルトに向けて、支配者の魔剣(ローリンザー)で目一杯の突進(チャージ)をかけた。

 だが、クルトは器用にそれを報復の短剣(アヴェンジャー)で流し、俺の突進(チャージ)をやり過ごす。


 一方負傷した付与術士(アセル)は、必死に風刃(ウィンドカッター)を放ち、シルヴィアを近づけまいとしているようだった。

 シルヴィアは風刃(ウィンドカッター)を難なく火壁(ファイアウォール)で防ぎ、再び妖(あや)しい笑みを浮かべる。

「焦らなくていいわ。

 これから何故あたしが“爆炎”の異名を取ったのか――教えてあげるから」

 シルヴィアは暁星の杖(スタッフオブレーシュ)を高く掲げると、魔力を集中して一気に周囲に放出していく。

 彼女の周りには、二重に岩壁(ロックウォール)が張り巡らされている。

 さながら要塞に見えるそこから、赤い火の玉が放物線を描いて次々に撃ち出されていった。


 シルヴィアが最も得意とする火属性魔法、爆炎(ナパーム)は、着弾と共に周囲を炎に包み込んでいく。

 その爆炎(ナパーム)が、数え切れない程撃ち出され、付与術士(アセル)の立っていた周囲は完全に炎に包まれた。

 その炎は広間を覆(おお)い尽くす程になり、俺とクルトの戦闘も中断を余儀(よぎ)なくされる。

 俺は光の結界(オルター)のお陰で無傷だが、周囲で何が起こっているのか判らないぐらい、炎の勢いは激しい。


 ふと、付与術士(アセル)が風壁(ウィンドウォール)を使い、必死に炎を防いでいるのが見えた。

 だが、風壁(ウィンドウォール)は空気の流れで身を守る魔法だ。

 炎と爆発による、物理的な衝撃を伴う攻撃を防ぐのには、限界があった。


 すると、付与術士(アセル)は岩壁(ロックウォール)を使い、炎を防ぎ出す。

 シルヴィアがそうしているように、岩壁(ロックウォール)の方が、効果的に炎を防ぐことができるからだ。

 だが、それこそがシルヴィアの思う壺だった。


 付与術士(アセル)は、自分が展開した岩壁(ロックウォール)に、自分が“展開していない”岩壁(ロックウォール)が重なっていることに気づいていなかった。

 流石に彼が今まで通り風壁(ウィンドウォール)を使い続けていれば、急に近くに現れた岩壁(ロックウォール)に警戒心を抱いただろう。

 だが、“岩壁(ロックウォール)は自分を護るもの”という固定観念を抱いていた付与術士(アセル)は、完全に警戒心を解いていた。


 次の瞬間、付与術士(アセル)が寄りかかろうとした岩壁(ロックウォール)から、無数の土銃(ドレイクガン)が突き出した。

 自分が展開した魔法に、別の魔法を作用させる――同じ土属性の魔法ではあるが、シルヴィアもまた、俺と同じようにそれを実現したのだ。


 さながら拷問(ごうもん)道具の鋼鉄の処女(アイアンメイデン)に放り込まれたように、付与術士(アセル)の全身には土銃(ドレイクガン)によるダメージが見て取れる。

 シルヴィアは完全に足の止まった付与術士(アセル)を岩壁(ロックウォール)を囲い始めると、再び暁星の杖(スタッフオブレーシュ)に魔力を凝縮(ぎょうしゅく)し始めた。

 暁星の杖(スタッフオブレーシュ)の赤い宝石は、これ以上ないぐらいの輝きを放ち出す。

「や、やめろ――やめてくれ!!」

 付与術士(アセル)の焦った言葉が響き渡る。

「ダメよ。

 あたしのとっておき、灼熱の四星(ブレイズノーヴァ)――味わいなさい」

 シルヴィアの慈悲(じひ)のない笑みを背景に撃ち出された“四つの光弾(ブレイズノーヴァ)”は、目にも留まらぬ早さで付与術士(アセル)を囲った岩壁(ロックウォール)の中に飛び込んでいった。

 直後、轟音と共に岩壁(ロックウォール)が吹き飛び、まるで試練(サリータ)の塔自体が揺れるような感覚に見舞われる。

 そのあまりの爆風に、俺もクルトも体勢を崩してしまった。


 爆風が過ぎ去り、爆炎(ナパーム)の炎が小さくなると、そこにはもはや“何も”残っていない。


 ――付与術士(アセル)は、骨すらも残らず、消え去っていた。




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