054 爆炎
銀髪のイケメン黒妖精は、俺とシルヴィアの姿を見ると、邪悪に微笑んだ。
あまり考えたくないことだが、ひょっとしたら、ヤツが思っている通りの展開になっているのかもしれない。
「もっと凝った登場の仕方をすると思ったが、意外とアッサリだな」
俺はクルトに若干嘲る調子を込めて言う。
相手を怒らせることができれば、状況を有利にできるものが引き出せるかもしれない。
だが、クルトはそんなことを気にする様子もなく、俺に話し出した。
「貴様の目は、私の隠れ身を見破れるだけかと思っていたが、風塵の向こう側であっても私が見えるのだな。
その能力、相当なものだ。
――であれば、小細工を弄しても仕方がないではないか」
「――――」
クルトはひょっとしたら、俺の持つ能力を分析し始めているのかもしれない。正直、あまりいい気分はしない。
仮にそうしたことを考えて、付与術士のアセルを側に置いているというなら、それは結構厄介なことなのかもしれない。
「ケイ、あんたに任せるわ。遠慮なく指示して」
俺の近くまでやってきたシルヴィアが言う。
追い求めてきた敵を目の前にして、彼女が冷静でいられるかどうかが心配だったのだが、シルヴィアは俺が思っているよりもずっと強かなようだ。
ただ、眼光だけは爛々と輝いていて、獲物を追うように鋭い。
俺は自分の立ち位置を微妙に調整し、クルトに対面するようにした。相対的にシルヴィアは付与術士の前に来る。
シルヴィアはその意図を汲んだのか、暁星の杖を付与術士に向けて構えなおした。
そのまま暫く睨み合いが続いたが、ふと後ろ側に控えた付与術士が、クルトに対して付与を開始する。
俺はそれを妨害するように、クルトに対して魔弾・小を無数に放った。
ところが、クルトは俺から見ても見事としか言いようのないステップで、軽やかにそれを全て避けてしまう。
「何だそれ――!」
俺は流石に驚いて、クルトの右側面に回り込もうと走り出した。
同時にシルヴィアは岩弾を付与術士に放っていたが、闇壁で止められたようだ。
全員が足を動かし、移動したことによって、完全にシルヴィア対アセルと俺対クルトという、二つの対決構造が出来上がる。
クルトは自信に満ちた顔で呪弾を放つと、その弾速に勝るとも劣らない速度で、俺に突進を掛けてきた。
クルトの得物は、ヤツが“斬れないものはない”と豪語した報復の短剣だ。
俺は細心の注意を払いながら、その短剣を支配者の魔剣で受け止めた。
支配者の魔剣には予め接触魔法の魔壁が仕込んである。
クルトの報復の短剣を受け止める瞬間、魔壁が発動したが、クルトの攻撃の勢いを殺しきれずに魔壁はバラバラに砕けてしまった。
結果、俺は支配者の魔剣でそのまま報復の短剣を受け止めてしまったのだが、支配者の魔剣は折れたり欠けたりせず、ちゃんと報復の短剣を防いでいる。
普通に考えたら、いつでも何でも斬れる剣が存在したら、鞘に入れておくことすら出来ない。
恐らく“何でも斬れる”には、クルトのスキルか何かが必要なのだろう。
俺はクルトと鍔迫り合いをしながら呪弾を避けると、至近距離のクルト目がけて、支配者の籠手から光刃を連続して放った。
弾速の早い光刃は後退していくクルトの身体を掠ったが、どれもクリーンヒットしていない。
――というか、クルトはどれだけ高い回避力を持っているんだ!? これは流石に洒落にならない。
俺の視界の片隅には、シルヴィアと付与術士の対決が目に入ってくる。
二人の対決は、完全に魔法の撃ち合いになっていた。
お互いが放つ魔法と、それを受け止める魔法によって、部屋の中には轟音が断続的に鳴り響いている。
見ればシルヴィアも付与術士も、圧倒的な威力の魔法は放とうとしていないように映る。
言い換えれば、攻撃を優先し過ぎて、決定的な隙を見せないようにして闘っていた。
俺との距離があいたクルトは、俺に目がけて風刃を放ってくる。
たった一発だけなのだが、驚くほど弾速が速い。
俺は魔壁の展開が間に合わせられず、何とか支配者の籠手の魔法盾でそれを防いだ。
魔法盾で弾いた風刃は、俺の身体の近くで細かく飛び散り、いくつもの切り傷を作る。
俺は目の近くに切り傷が出来た感触に、思わず顔を顰めた。
――この段階で言えることがあるとしたら、クルトはレーネを除く、俺が闘ってきたどんな敵よりも“強い”ということだ。
ここまでは比較的単純な魔法しか放ってきていないが、そのどれもが俺を上回る威力を持っている。
恐らくほんのちょっとした油断でも、この闘いにおいては致命的になってしまうだろう。
クルトは不気味にニヤつくと、それまで一度も使ったことのなかった氷弾を放ってくる。
だが、その氷弾はどう見ても俺に当たる気配はなく、明後日の方向に飛んでいった。
瞬間、それが何らかの“合図”だと気づいた俺は、振り返ることなく大声でシルヴィアに警告する。
「シルヴィ!! 気をつけろ!」
彼女がその声を聞いて、某かの行動を取れたかどうかは定かではない。
だが、その直後に来た攻撃は、そんなことを意に介さないほどの、影響範囲を持っていた。
「――!!」
目を見開いたクルトから放たれた、球形の大きな黒い弾が、広間全体を飲み込んでいく。
もちろん俺もシルヴィアも、為す術なく、その中にスッポリ覆われてしまった。
これは巨大な呪弾だ――。
直感的にそう気づいたが、既にその瞬間から俺のHPは、急激な減少を始めている。
ドクンドクンとあり得ない大きさで、自分の動悸が耳に入ってきていた。
「うっ――」
「シルヴィア!」
俺よりも抵抗が低く、HPも低いシルヴィアの喘ぎ声が耳に入る。
俺は胸を押さえて項垂れたシルヴィアを視界に入れ、戦闘転移で彼女の側に転移した。
慌てて二人に完全回復と解除を使うが、それを見た目前の付与術士は、嘲笑を浮かべている。
どうやら付与術士はあの氷弾を見て、事前に防御策を採っていたのか、呪弾の影響を受けていないようだ。
「ケイ、だめ――」
完全回復によって一瞬持ち直したのだが、シルヴィアの表情は重く、HPの減少は止まらない。
そもそも呪弾は状態異常ではない。だから焦って状態異常を治す“解除”を使った俺を、付与術士は嘲ったのだろう。
見ればクルトは大規模な魔法の冷却期間があるのか、その場から動いていない。
俺はそれを確認して、支配者の籠手を掲げ、これ以上ないぐらいに意識を集中した。
直後、増幅された魔力の束が、俺とシルヴィアに降りかかる。
高位回復魔法の再生が、増幅された魔力によってさらに高位再生となり、俺とシルヴィアを癒していった。
再生は、暫くの間、HPを継続的に回復し続ける魔法だ。
呪弾によるHP減少は解除できないが、HP減少によって減った体力を、即座に高位再生によって回復しようという手法だった。
――果たして俺たち二人のHPは、減ったり増えたりを繰り返して、一進一退の状態になっている。
「高位回復とは――。
賢者の特性を持つと言うのは、本当なのですね」
俺たちが危機を脱したのが気に入らないのか、付与術士はそれまでの表情を消し、怒りの色を濃くしている。
俺はシルヴィアが立ち直ったのを確認すると、再びクルトに向けて、光弾を連射した。
クルトは既に冷却期間から抜け出し、それらを難なく避けていく。
「シルヴィ、“加速”するぞ」
「了解」
俺は再び支配者の籠手を掲げると、シルヴィアと俺に行動加速を付与する。
行動加速の効果時間には限りがある。その効果が終わった時に、一気に身体が重くなり、それが致命的な隙になる危険性があるのだが、俺は状況を打破するために“攻め”の行動が必要だと判断した。
ところが――。
「アセル!」
クルトの声に応えるように、付与術士が自分自身とクルトに、行動加速を付与する。
予期せぬ加速対加速の状況に、俺が作ろうとした優位性が失われた。
「チッ――」
俺は舌打ちして、クルトの前に駆け出し、弾速の違う魔弾と光刃を交互に撃ち出した。
だが、クルトは闇壁を巧みに使い、それを難なく避けていく。
一方のシルヴィアとアセルは、お互い走りながら、魔法を叩き付け合っていた。
互いの回避速度が、行動加速で相当速くなっていることもあり、どちらの魔法も全く当たっていない。
付与術士は攻撃に長けている訳ではないことは、既に状態を見て判っている。
どうやら俺とクルトの勝負が着くまでシルヴィアを足止めしたいのか、どちらかというとシルヴィアの魔法を避ける方に、力を注いでいるようだった。
俺がクルトと交戦している間も、視界の片隅でちょこまかと付与術士が走り回るのが見えている。
クルトの攻撃を魔壁で防いだ時、ふと俺の視界にシルヴィアの姿が映った。
見間違えでなければ――彼女の顔には、笑みが浮かんでいる。
シルヴィアは走るアセルが向かうと予想した地点に岩壁を配置し、障害物を作っていた。
付与術士はそれに当たらないよう、器用に避けて走っている。
――だが、どうやらそれこそが、彼女の笑みの原因だった。
岩壁の配置によって知らず知らずの内に“誘導されていた”付与術士の目前に、空間魔法の穴が現れる。
次の瞬間、その穴からシルヴィアの土銃が現れ、付与術士の左脚を抉り取った。
「ぐあっ!!」
付与術士の判りやすい苦痛の声が、俺の耳にも届いてくる。
俺は行動加速に加え、光の結界を発動して接近戦を挑んでいく。
このまま魔法で狙い撃ちしようとしても、クルトには当たる気がしない。
報復の短剣を持つ相手と斬り合うのは危険があるが、俺はより可能性の高い方に賭けてみることにした。
俺の光の結界に気づいたクルトは、魔法が無駄なことを悟り、報復の短剣を構えて俺を迎え撃とうとしている。
俺は近づいていくクルトに向けて、支配者の魔剣で目一杯の突進をかけた。
だが、クルトは器用にそれを報復の短剣で流し、俺の突進をやり過ごす。
一方負傷した付与術士は、必死に風刃を放ち、シルヴィアを近づけまいとしているようだった。
シルヴィアは風刃を難なく火壁で防ぎ、再び妖しい笑みを浮かべる。
「焦らなくていいわ。
これから何故あたしが“爆炎”の異名を取ったのか――教えてあげるから」
シルヴィアは暁星の杖を高く掲げると、魔力を集中して一気に周囲に放出していく。
彼女の周りには、二重に岩壁が張り巡らされている。
さながら要塞に見えるそこから、赤い火の玉が放物線を描いて次々に撃ち出されていった。
シルヴィアが最も得意とする火属性魔法、爆炎は、着弾と共に周囲を炎に包み込んでいく。
その爆炎が、数え切れない程撃ち出され、付与術士の立っていた周囲は完全に炎に包まれた。
その炎は広間を覆い尽くす程になり、俺とクルトの戦闘も中断を余儀なくされる。
俺は光の結界のお陰で無傷だが、周囲で何が起こっているのか判らないぐらい、炎の勢いは激しい。
ふと、付与術士が風壁を使い、必死に炎を防いでいるのが見えた。
だが、風壁は空気の流れで身を守る魔法だ。
炎と爆発による、物理的な衝撃を伴う攻撃を防ぐのには、限界があった。
すると、付与術士は岩壁を使い、炎を防ぎ出す。
シルヴィアがそうしているように、岩壁の方が、効果的に炎を防ぐことができるからだ。
だが、それこそがシルヴィアの思う壺だった。
付与術士は、自分が展開した岩壁に、自分が“展開していない”岩壁が重なっていることに気づいていなかった。
流石に彼が今まで通り風壁を使い続けていれば、急に近くに現れた岩壁に警戒心を抱いただろう。
だが、“岩壁は自分を護るもの”という固定観念を抱いていた付与術士は、完全に警戒心を解いていた。
次の瞬間、付与術士が寄りかかろうとした岩壁から、無数の土銃が突き出した。
自分が展開した魔法に、別の魔法を作用させる――同じ土属性の魔法ではあるが、シルヴィアもまた、俺と同じようにそれを実現したのだ。
さながら拷問道具の鋼鉄の処女に放り込まれたように、付与術士の全身には土銃によるダメージが見て取れる。
シルヴィアは完全に足の止まった付与術士を岩壁を囲い始めると、再び暁星の杖に魔力を凝縮し始めた。
暁星の杖の赤い宝石は、これ以上ないぐらいの輝きを放ち出す。
「や、やめろ――やめてくれ!!」
付与術士の焦った言葉が響き渡る。
「ダメよ。
あたしのとっておき、灼熱の四星――味わいなさい」
シルヴィアの慈悲のない笑みを背景に撃ち出された“四つの光弾”は、目にも留まらぬ早さで付与術士を囲った岩壁の中に飛び込んでいった。
直後、轟音と共に岩壁が吹き飛び、まるで試練の塔自体が揺れるような感覚に見舞われる。
そのあまりの爆風に、俺もクルトも体勢を崩してしまった。
爆風が過ぎ去り、爆炎の炎が小さくなると、そこにはもはや“何も”残っていない。
――付与術士は、骨すらも残らず、消え去っていた。






