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美女と賢者と魔人の剣  作者: 片遊佐 牽太
第五部 サリータ篇
54/117

053 付与術士

 俺が扉を開くと、そこは左右に道が分かれた分岐になっていた。

 先ほどの扉とは違い、分岐近くには特に何も書かれてはいない。

「――これは、左右に分かれて進め、ということか?」

「そうなの?」

 俺は少し考えた上で、シルヴィアに言う。

「まあ、ちゃんと“仲間”らしく、連携できることを証明してみせるか」

「フフ、そうね。

 ――どうも、敵はいないみたいね」

「ああ、警戒するに越したことはないが、一応開門ゲートでシルヴィアのところまで転移できるから、何かあったら声を掛け合って進もう」

「了解」


 分岐を俺は右の通路へ、シルヴィアは左の通路を選んで進んで行く。

 この階層は迷路のような構造になっているのだが、それほど規模が大きいわけではない。

 更に壁が天井に直結しておらず、天井と壁の間には、少し隙間すきまが空いている。

 その隙間すきまのお陰で声を上げて会話をすれば、俺の声はシルヴィアに届くし、シルヴィアの声も俺に聞こえてくる。


 俺は分岐のない通路を真っ直ぐに進んでいったが、暫くすると、通路の先が行き止まりになっている。

「シルヴィア、こっちは道がない。突き当たりだ」

「――ちょっと待ってね。

 こっちも行き止まりになったわ」

 どうやら、二人とも袋小路ふくろこうじに出てしまったようだ。

 俺が進んでくる間、途中に道の分岐はなかったから、この突き当たりに何かがあるのかもしれない。


 そう思って、突き当たりの壁を調べてみると、いかにも四角いボタンおしてくださいといったような石が、少しだけ壁から突き出ているのに気づいた。

「――まあ、自爆ボタンって訳じゃないよな」

 俺は少々不吉なことを考えながら、その石をそっと押してみる。

 すると、その石はグッと沈み込むように奥に入っていった。

 それに合わせて周囲にはゴゴゴ――という音が響いている。


「ケイ、壁が開いたわ! ここから進めそう」

 迷路の壁越しに、シルヴィアから報告がくる。

「――そういう仕掛けか。

 シルヴィア、進んだところの壁に、突き出た石があるはずだ。それを押してくれ。

 押すと、もう一方の道が開くようだ」

「わかった!」

 俺がその場でしばらく待っていると、先ほどよりかなり遠くなったシルヴィアの声が聞こえてくる。

「ケイ、聞こえる?

 いい? 押すわよ!」

 その声の直後に、俺が立っている突き当たりの右側の壁が、ゴゴゴと大きな音を立てて動き出した。

 その向こうには、新たな通路が見える。

「オーケー。次は俺だ。ちょっと待っていてくれ」

 俺は警戒しながら、通路を進んでいく。


 ――通路を歩く分には特に何も起こらず、また突き当たりは袋小路になっていた。

 見ると、再び壁に突き出た石があるのだが、今度は上下に二つある。

「シルヴィア、押せそうな石が二つある。

 これから片方ずつ押すから、何が飛び出してもいいように、警戒しておいてくれ」

「わかったわ!」

 その返答をきいて、俺は下側の石を押した。

 すると――。


「――きゃぁっ!!」

「何だ? どうした!?」

「なっ、何でもないわ。

 下から突風が吹いて、服がめくれちゃったのよ。

 帽子が飛んで落ちたぐらいの勢いだから、怪我はないわ。気にしないで」

 ――畜生、名場面ベストショットを見逃した気がする。


 俺は気を取り直して、今度は上の石を押した。

 すると、また壁が動く大きな音が聞こえてくる。

「ケイ、開いたわ!

 次はあたしの番ね!」

 聞こえてくるシルヴィアの声は、何だか楽しそうだ。


 暫くすると、今度はかなり近くの場所からシルヴィアの声が聞こえてくる。

「ケイ、石が二つあるわ。上と下なんだけど――」

「上を選んでくれ」

「了解」

 特に理由があるわけではなかったが、先ほどは上の石が正解だった。

 げんかつぐ訳でもないが、上の階層に上っていくことも考えて、上を押してもらうことにした。


 すると、目の前で大きな音を立てて、壁が動いていく。

「――バッチリ、正解だな」

 俺はそのまま壁が開ききるのを待ち、壁の動きが止まったところで、現れた通路に向かおうとする。

 ところが壁が動く音で俺の声が聞こえなかったのか、シルヴィアから気になる発言が聞こえた。

「これ、下を押したらどうなるの?」

「――いや、ちょっと待て!」

 俺が止めようと声を上げた瞬間、急に足下の床から棒状の石が突き出してくる!

 といっても、怪我をするような勢いではない。

 問題は――その棒が突き出した先に、俺の股間たいせつなものがあったということだ。


「ぐぅぉっっ!!」

 俺は下から突き上げる衝撃に、股間こかんを押さえながら飛び上がって悶絶もんぜつする。

 そのまま立っていることができずに、足下に崩れ落ちた。

 俺のスキルには苦痛耐性がある割に、この衝撃ビッグインパクトは軽減されていない。詐欺さぎだ。

「何? どうしたの?」

「――――」

 心配したシルヴィアが声を掛けてくるが、あまりのことに上手く声が出ない。

 俺は痛みに耐えつつ、シルヴィアに何とか声を掛けた。

「シ、シルヴィア――も、もうちょっと慎重にやろうな――」

「――?」

 何が起こったのか、まったく理解していないシルヴィアだった。



 俺が資産インベントリの中から祝福の杖を取りだし、それを床につきながら歩いていくと、再びそこは行き止まりになっていた。

 お約束通り突き出した石を押すと、今度はシルヴィアが進めるようになる。

 そのままシルヴィアが突き当たりまで進んでいくと、どうやら俺と壁を一枚へだてた場所に出たようだ。

「石を押すわよ?」

「オーケー、やってくれ」

 シルヴィアが石を押すと、俺と彼女の間にあった壁が開き、更に俺の目の前の壁も開いていく。

 その先には、次の階層に至る階段が見えている。


 シルヴィアは俺の顔を見ると、パッと表情を明るくした。

「ケイ、良かったわ。

 連携っていう割には、意外と簡単だったわね。

 ――あれ? 杖なんかついてどうしたの?」

「――何でもない」

 俺の不自然な歩き方は、そのあと暫く続いた。



 階段を上って扉を開けると、そこは空中庭園になっていた。

 ちゃんと手入れがされているようで、試練サリータの塔の前庭と同じく、美しい。

 部屋の真ん中は広場風に整備されており、部屋を何重かに取り囲むように花壇が配置されている。

「こんなところに空中庭園なんて、洒落しゃれてるわね」

 シルヴィアが喜んで庭を見て回る。


 俺は庭園の中に敵の姿がないのを確認すると、次の階層の階段まで真っ直ぐに歩いて行った。

 そして、その先にある扉を“凝視”する。

「――――」

 厳しい表情の俺に、シルヴィアが声を掛けてきた。

「ケイ、少しだけお庭を見ない?」

 俺は人差し指を口元に持っていき、シルヴィアに静かにするように伝えた。

 それを見て、シルヴィアも表情を引き締め、静かに俺のそばに近寄ってくる。

「――敵?」

「恐らくは――。

 ヤツじゃないが、黒妖精ダークエルフだ」

黒妖精ダークエルフ――!?」

 思わず声が大きくなってしまったのを止めようとして、シルヴィアが自分の口を手で押さえる。

「それって――」

「判らない。

 だが、クルトがいる可能性がある。

 魔人ではないが――万全の準備をしてから行こう」

「わかったわ」

 俺は装備を確認して付与エンチャントを掛け直し、念のためにシルヴィアが持つ“時計”にも付与エンチャントをしておく。


 準備が整ったところで、俺はシルヴィアに言った。

「シルヴィア、黒妖精ダークエルフは闇、風、土の三属性を使うようだ。

 ただ――」

「ただ?」

厄介やっかいなことに、敵は“付与術士エンチャンター”らしい。

 俺も自分以外の付与術士エンチャンターと出会うのは初めてだ。思わぬ攻撃が来るかも知れないから、気をつけてくれ」

「わかったわ」

「それでなんだが、一つ提案がある。

 まずは俺が一人で部屋に入って、様子をみる。

 黒妖精ダークエルフが相手なら、きっといきなり戦闘にはならずに、まずは言葉を交わすことになるだろう。

 それで、出来ればシルヴィアは入り口の扉に隠れて、様子をうかがっていて欲しい」

「――――」

 そこまで聞いただけではシルヴィアの顔は不満げだ。

 俺は追加で彼女を説得していく。

「敵は付与術士エンチャンターだ。部屋に何か仕掛けられているかもしれない。

 そうなったときに、二人とも罠に掛かるのは、まずい。

 それに、クルトがどこかに隠れている可能性もある」

「――いいわ。ケイの指示に従う」

「よし、頼んだ」

 俺がそう言ってシルヴィアの頬に手を添えると、彼女は少しだけ微笑んだ。

 ただ、微笑みはしたものの、かなり不安そうな表情が見て取れる。


 魔人ではないが、それを予感させる敵がいる。

 確かに不安になるなというのが、無理な話かもしれない。


 俺は改めて扉の向こうにいる黒妖精ダークエルフを“凝視”した。


**********

【名前】

 アセル

【クラス】

 付与術士エンチャンター

【レベル】

 44

【ステータス】

 H P:3945/3945

 S P:5140/5140

 筋 力:548

 耐久力:636

 精神力:1445

 魔法力:1235(+183)

 敏捷性:803

 器用さ:606

 回避力:741

 運 勢:389

 攻撃力:637(+89)

 防御力:807(+171)

【属性】

 闇

【スキル】

 風属性魔法4、土属性魔法3、闇属性魔法5、付与魔法6、生活魔法、精神感応、魅了3、魔力制御3、精神統一4、精神集中3、棒術2、精神耐性7、睡眠耐性3、状態異常耐性7、自動魔力回復2、エルフ語、ハーランド語

【称号】

 探求者、獣人狩り、蛮族狩り、魔法使い(ソーサラー)、付与術士エンチャンター

【装備】

 カオスワンド(攻撃+89、魔法力+183)

 カオスローブ(防御力+171)

【状態】

 筋力増マイト防護プロテクション走力強化スピード精神力強化コンセントレーション体力強化ブレスオブボディ魔力強化ブレスオブマジック抵抗力強化エンフォース

**********


 ――俺よりレベルはわずかに低い。スキルも俺には及ばない。

 俺とシルヴィアが二人で闘えば、きっと勝てない相手ではないだろう。


 ただ、ちゃんと付与エンチャントが掛かっている。どう見ても近く戦闘が起こることを予期しているように見える。

 状態ステータスを見て、レベルやスキルだけで強さを判断するのは危険だ。

 俺が自分よりも高いレベルの敵と戦ってきたように、状態ステータスだけでは本当の強さが計れないということは、俺はよく知っている。

 俺は今一度自分の気を引き締めると、資産インベントリからナッツのピスタチオのような形をした“エゴラの種”を取り出して、口に含んだ。

 そして、扉を押して、部屋に静かに入っていく。


 部屋に入ると、部屋の中程にいた男の黒妖精ダークエルフが、俺の方へと振り返った。

 短い黒髪のローブ姿で、片手に杖を持っている。


 短髪の黒妖精ダークエルフ――アセルは俺に気づくと、顔に笑みを浮かべながら、俺の方へと近づいて来た。

「――ようこそ。

 お待ちしていましたよ」

 不気味な笑みの張り付いた顔を見ながら、俺は言葉を返す。

「俺は、男と待ち合わせする趣味はないんだが――」

「いえいえ、あなたがいらっしゃることが判りましたので、私が勝手にお待ちしていただけです」

 黒妖精アセルはそういって、クククと笑った。


 どこかで俺の様子を見ていたのだろうか? そうするとシルヴィアが隠れていることが無駄になる。

 もしくは塔の庭園にいた魅了された蛮族が、黒妖精アセルあやつられたものだったのかもしれない。


 見ると、黒妖精アセルはいつまでも笑みを浮かべたままだ。

 何が楽しいのかは知らないが、俺は全然面白くない。

「それで――あんたは何者なんだい?」

 俺がそう問いかけると、黒妖精アセルは笑みを消し、真面目くさって答える。

「私はアセルと申します」

 それは聞かなくても知っている。

 仰々ぎょうぎょうしく頭を下げて挨拶あいさつしているが、恐らく俺を小馬鹿にしているのだろう。

「――で、付与術士エンチャンターのアセルさんが、何の用なんだ?」

 その質問を投げかけると、クラスを言い当てられた黒妖精アセルは一瞬驚いたような表情をしてから、ニヤリと表情をゆがめた。

「いえ、貴方あなたのその能力ちからをいただきたいと思いまして」

「――できるのか?」

 俺があおると、黒妖精アセルは大きく目を見開いて言った。

「やってみましょう」


 その言葉を合図にして、黒妖精アセルからカーブを描いた風刃ウィンドカッターが飛んでくる。

 俺は油断なく身構えていたから、簡単に魔壁マジックウォールでそれを防いだ。

 そして、お返しに炎弾フレイムボールを複数放ってみる。

 黒妖精アセル炎弾フレイムボールを、風壁ウィンドウォールさえぎった。

「――やりますね」

「――――」

 黒妖精アセルの言葉に、俺は返事を返さない。

 この挨拶あいさつ程度の応酬おうしゅうは、明らかに時間稼ぎか、何かのタイミングを待っているような攻撃だ。

 それが俺に、目の前の敵“以外”のものを、最大限まで警戒させる。


 と、黒妖精アセルが急に俺の方へけだした。

 杖を持ちながら接近戦を挑んでくるとは思えない。距離を詰めた上で、何か魔法を撃ってくるのだろう。


 果たして黒妖精アセルは、俺めがけて風塵ウィンドストームの魔法を放ってきた。

 だがこれも、まともに俺を倒しに来ているようには思えない。

 俺は風塵ウィンドストームの魔法を魔壁マジックウォールさえぎりながら、その攻撃範囲から後退して逃れた。


 ――と、その時。

 風塵ウィンドストームの向こう側にいて姿の見えない黒妖精アセルそばに、“文字と数字”が浮かび上がる。

 そして、その“文字と数字”は風塵ウィンドストームまぎれたまま、急速に俺へと近寄ってきた!

「ヤツか――!!」

 俺は姿を消しながら近づいてくる“文字と数字”の進行方向に、魔壁マジックウォールを複数展開して、妨害ぼうがいする。

 だが、その“文字と数字”はそのままの勢いで、器用に魔壁マジックウォールの合間をすり抜けてきた。

「チッ――」

 俺がそれに対処しようと身体を向けた瞬間、俺のはるか後方から高速の岩弾ロックボールが撃ち出される。

 俺に近づいて来ていた“文字と数字”は、その岩弾ロックボールを避けるように、俺から遠ざかった。


「――やっと会えたわね。

 もう逃がさないわ」

 俺の後方から、あやしい笑みを浮かべたシルヴィアが、ゆっくりと歩いてくる。

 そして、その目が見ている先には――。


 ゆるやかにその身をさらした、銀髪の黒妖精ダークエルフ――クルトの姿があった。




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