037 名前付き
セレスティアが石魔人形の頭部を切り落とし、石魔人形が完全に動きを止めたのは、それから数分後のことだ。
その頃には闇属性魔法による時間経過ダメージも、セレスティアの一撃が致命傷になる程度にまで、石魔人形のHPを削っていた。
「――セレスがいなければ苦戦していただろうな」
俺がそういうと、セレスティアは金髪を揺らしつつ、笑って答えた。
「ケイの魔法がなければ、私だけでは攻撃を受け止める程度で、どうにもならない。
こういう敵は、一人で闘うことの限界を教えてくれる」
その発言にグレイスやシルヴィアが頷く。
石魔人形は憑代として、青い宝石を落としていた。
シルヴィアが言うには、魔法の触媒になるものらしい。
触媒を上手く使うと装備品に永久の付与ができるらしいが、方法がややこしそうだったので、取りあえずそれを回収して、シルヴィアに預けておくことにした。
そうして俺たちは、再び隊列を整えると先へと進んでいく。
石魔人形と闘った部屋の先には、大きな空間が見えていた。
大きな空間は元々広間だったと思われるが、その床が左右から崩れ落ちていて、部屋の床が大きな橋のような構造になっている。
幸い橋は渡れそうな幅があるのだが、橋から外れた床のない場所の下は、真っ暗闇の空間になっているので、どの程度の高さがあるのか判らない状態だ。
微妙に高所恐怖症気味な俺は、それを見るだけでも尻込みしてしまうのだが、先頭に立ったグレイスは、周りの様子を見渡した後に、慎重にその橋を渡り始めた。
後ろから見ていると、床がそれほどの厚みがないことも見えているので、崩れやしないかと内心ヒヤヒヤしてしまう。
だが、グレイスは何事もなかったかのように、そのまま橋を渡りきった。
続いてセレスティアが、橋を渡っていく。
セレスティアはセレスティアで、かなり大胆に橋を渡っていることが判る仕草だ。彼女の歩みに合わせて、小さな小石や塵が、真下の暗闇に落ちていっているのが判る。
セレスティアが渡りきったのを確認すると、俺は観念して、そろりそろりと橋を渡っていった。
正直どれくらい時間を掛けたのか判らないが――ちゃんと渡りきることができた。
「――何もいないからいいものの、敵がいる場所でこれだったら生きた心地がしない」
俺が冗談めかして言っていると、直後に橋を渡ってきたシルヴィアが、俺の背中に抱きついてきた。
「あ~、怖かった。光源で照らしても下が見えないって、どんだけ深いのよ」
「かなり探索に時間が掛かりそうだ」
セレスティアがそれに同意するように言う。
「残念ながら、床が崩れている部屋は他にもあるようです。
一番の問題は、橋になっている部分が四人分の加重に耐えられるかということですね」
――全員落下なんてことは、想像もしたくない。
俺たちは再び隊列を元に戻すと、先に進むことにする。
幸い橋を渡りきった空間の後は、広めの通路が続く構造になっており、俺を安心させてくれた。
だが、その通路を通りきる前に、先頭を進んでいたグレイスの足が止まる。
「――――」
「――何かあるのか?」
無言になった俺が問いかけると、グレイスは、俺に静かにするよう身振りで合図をする。
俺たちは息を殺しながら、グレイスの動きを待った。
グレイスは暫く制止していると、何かに気づいたように、改めて後方に向き直る。
「――奥の部屋に魔鳥の群れがいます。恐らく四、五匹以上はいるはずです」
「手強いのか?」
「そんなに強くはないわ。土属性に弱いから、岩弾で撃ち落とせる。
問題は、魔鳥だけなのか、他にもいるのかというところね」
俺の疑問にシルヴィアが横から答える。
「範囲が広いと挑発で攻撃対象を拾いきれない。ケイとシルヴィアは挑発から漏れたやつを優先的に魔法で倒して欲しい。グレイスはケイとシルヴィアの護衛を」
「よし、それで行こう」
セレスティアの提案に、俺も同意する。
闘う時、場所に制限がないほどに空間が大きいと、動きが制限されずに助かるのだが、一方で挑発で攻撃対象を維持するということが難しくなってくる。
闘う相手と闘い方によって、闘いやすい場所が変わってくるのだ。
俺は全員の付与を改めて支配者の籠手の力を借りてかけ直すと、隊列を組み直した。
次の部屋は、セレスティアを先頭にして突入することになる。
セレスティアは彼女なりに慎重に前に進んで行くと、魔鳥の巣になっているであろう広い空間のある部屋へと入っていった。
だが、部屋に入った瞬間に彼女の歩みが止まる。
「ケイ、かなり足場が怪しい。出来るだけ部屋の入り口に敵を引っ張って闘った方が良いかもしれない」
「判った。そこから魔鳥は見えるか?」
「見える」
「じゃあ、俺が魔弾で釣ってみよう」
俺はそう言うと、セレスティアと隊列を入れ替わる。
俺の目には広い部屋の上の方に、いくつかの数値が蠢いているのが見える。
それぞれレベルが二〇台だから、慎重に闘えば勝てない相手ではない。
残念ながら天井にある柱が邪魔で、このままの位置では魔弾が当たらない。
もう少し前に出れば、当てることができそうだ。
「ケイ、気をつけて」
グレイスの声に頷きながら、前に出て行く。
部屋の床は大きな穴が空いており、頼りない。
ふとその穴を見ると、一つ下の層までは見えそうな雰囲気がある。
俺は足場を踏み外さないよう注意しながら、頭上にいる魔鳥の群れに向けて、ピストル大の魔弾を何発も撃ち込んだ。
「キィィィィッ!!」
魔鳥の奇声が上がり、バサバサと翼を揺るがす音が聞こえてくる。
明らかに複数の魔鳥が、俺を餌にしようと群がろうとしていた。
あとは俺が部屋の入り口に戻り、セレスティアが魔鳥に挑発を放てるようにすれば良いだけだ。
――と俺はその時、床に空いた穴から見える“一つ下の層”に、動く“数値”があるのに気づいた。
俺は部屋の入り口に戻りつつ、三人に向けて叫ぶ。
「穴の下からヤバそうな魔石像が来るぞ!」
「ヤバそう?」
シルヴィアが聞き直す。
「魔石像の王“シルベット”ってヤツだ!
ハンターガーゴイルどころじゃない強さだ!」
「名前付きだと――」
セレスティアが絶句しつつも前に進み出る。
既に、セレスティアの前には七、八匹ほどの魔鳥の群れが現れている。
その後ろから、ゆっくりと大きな魔石像が近づいて来ているのが判った。あの大きな図体でどうやって空を飛んでいるのか疑問だが、魔石像には似つかわしくない、魔法で輝く剣を右手に持っている。
セレスティアはタイミングを計ると、魔石像の王を挑発の範囲に入れながらスキルを発動する。魔鳥たちは、奇声を上げると、進行方向を俺の方から一気にセレスティアの方向へと切り替えた。
シルヴィアはそれを確認して、岩弾で攻撃を始める。
「――!!
ケイ、魔石像の王の攻撃対象が変わっていない!
そっちに行くぞ!」
セレスティアの発言を聞いて、流石に俺は慌てた。
部屋の入り口近くでシルヴィアと共に、敵を魔法で攻撃しようと考えていたのだが、俺は魔石像の王の攻撃にシルヴィアを巻き込まないよう、部屋の中に進み入った。
そこへ、グレイスが俺をサポートしようと近づいてくる。
「ヤツの攻撃は受け止められない。避けるんだ!」
俺はグレイスに指示すると、共に魔石像の王が振るった右手の剣を避けた。
その攻撃は勢い余って床に突き刺さり、不安定だった足場をいくらか突き崩してしまう。
「――オイオイ、冗談じゃないぞ」
あの攻撃はセレスティアでないと受け止めきれない。かと言って、避けるごとに足場を崩されていては、たまったものではない。
グレイスが風刃で魔石像の王への攻撃を試みるが、攻撃対象は俺から動いていない。
俺は次の攻撃を見越して、セレスティアから離れた位置に立った。
魔弾・中を立て続けに放つと、魔石像の王は器用に右手の剣でガードしてくる。
もちろん全てがガードできた訳ではなく、数発はちゃんとダメージになっている。だが、見えているHPの多さも含めて、かなりの強敵であることは間違いない。
俺は魔石像の王の二撃目の攻撃を避けると、蹌踉めきながらも、支配者の籠手を通した呪弾を撃ち込んだ。
放った直後は右手の剣でガードされるかもしれない、と思ったのだが、上手くヒットした。
これで、明確なダメージを与えなくても、時間の経過と共に魔石像の王のHPは少なくなっていくはずだ。
ふとセレスティアの方を見ると、魔鳥に取り囲まれているのが見えた。
シルヴィアの魔法攻撃によって、数は五匹にまで減っている。
「ケイ、魔法が来ます!」
グレイスの声に振り返ると、魔石像の王が口から炎弾を吐き出すところだった。
俺が魔壁を張ると、炎弾はその魔壁に当たり、辺りに炎が飛び散って消える。
安心したのも束の間、次の瞬間、これまで緩やかだった魔石像の王の動きが一気に加速した。
魔石像の王は魔壁を張った俺に対してチャージを掛け、一気に距離を縮めてくる!
俺は慌ててその場を飛び退いたが、魔壁は一撃で粉々に粉砕された。
さらに魔石像の王が右手に持つ、赤く輝く剣の一撃が飛んでくる。
俺は魔壁では防げないと思いつつも、二重に張った。
魔石像の王の攻撃は、その二枚の魔壁を粉々に砕き、俺は支配者の籠手から発動する魔法の盾で受け止めようとしたが、勢いを殺しきれなかった。
俺の身体は驚くぐらい軽く、部屋の隅の壁まで吹き飛ばされ、そこで止まる。
支配者の籠手は流石に壊れたりしていないようだったが、俺の身体の方が壊れてしまいそうだ。
今のは――相当痛かった。
「ケイ!」
追撃に来る魔石像の王を、グレイスが隠者の長剣で牽制しようとする。
だが、勢いを増した魔石像の王を止めることができず、グレイスもまた簡単に弾き飛ばされてしまった。
魔石像の王の攻撃対象は、俺から変わっていない。
俺は真っ直ぐ向かってくる魔石像の王の状態を確認した。
HPは結構減ってきている。先ほどの呪弾が、思いの外ダメージを与えているに違いない。
俺は転がるようにその場を逃れた。魔石像の王の攻撃は空を切り、俺が先ほどまでいた場所の壁を斬った。
その衝撃で、また足下の床が一部崩れていく。
敵は空を飛べるから良いものの、俺たちはそういう訳にはいかない。
闘いに勝てたとしても、足場を残した形で勝てるのかどうかが問題になりそうだ。
「ケイ、もう少しで魔鳥が片付くわ。あと少しだけ耐えて!」
部屋の入り口の方からシルヴィアの声が飛ぶ。
シルヴィアの方も、岩弾で少しずつ魔鳥を仕留めつつある。もちろん土属性の上級魔法である礫雨を使えば、一気に敵の数を減らすことができるだろうが、そんな魔法を使えば足場の方も一溜まりもない。
俺は体勢を整えると、真っ直ぐ俺に向かってくる魔石像の王の進路に魔壁を置いた。以前の大鬼の王ジノとの闘いで考えた手法だ。
果たして魔石像の王の突撃は、設置した魔壁に阻まれて勢いが落ちる。ただ、チャージの突破力は落とせたものの、右手の剣から繰り出される攻撃の威力を落とすことはできない。
俺は仕方なく、その大振りな攻撃を避けようとした。また足場が崩れる可能性があるが、仕方ない。
――ところがその時、思いも寄らぬことで、足下がふらついてしまう。
「――地震!?」
入り口にいた騎士から警告されていたことが、まさに最悪のタイミングで訪れた。
俺は完全にバランスを崩し、その場に片膝をつく。
避けるはずが避けられなかった魔石像の王の攻撃は、受け止めざるを得ない。
俺は支配者の籠手の魔法の盾を発動させ、攻撃を受け止めたが、その威力を殺せず、再び吹き飛ばされた。
床を転がった俺は、部屋にポッカリと空いた、床のない場所に落ち込んでしまう。
「ケイ――!!」
床に何とか片手でぶら下がった俺の元に、グレイスが慌てて駆け寄った。
彼女は隠者の長剣を床に投げ捨て、両手で俺を引っ張り上げようとする。
――だが、俺の身体は彼女の膂力で支えられる程の重さではない。
俺の右手はズルズルと滑り始め、グレイスの手も俺の落下を止めることができない。
と、その時、グレイスの背中側から魔石像の王の炎弾が飛んできた。
その炎弾は、俺を掴んで完全に無防備だったグレイスの背中に当たる。
幸いにして接触付与の魔壁が発動し、炎弾はかき消されたが、飛び散った炎はグレイスの肌を何カ所か焼いていた。
グレイスが感じたその苦痛に、さらに俺の身体は下へと落ち込んで行く。
ふとグレイスの手を見ると、俺が渡した生命の腕輪が見えた。
腕輪についた青い宝石と金色の鎖は、彼女の力の限界を表現するように、小刻みに震えている。
――俺はそれを見た瞬間、急速に冷静になった。
「グレイス、俺がいなくなれば、必ず魔石像の王の攻撃対象はセレスに戻る。
そうなったらお前の闇魔法を使って仕留めるんだ」
「そんな――ケイ――!」
グレイスにも俺の落下が止められないことは、既に理解できている。
だがそれでも歯を食いしばり、悔しげな表情のまま、両手に力を込めていた。
――これ以上粘れば、グレイスは再び魔石像の王の攻撃を受けてしまうだろう。
俺は彼女の美しい目を見ると、最後の言葉を伝えることにした。
「グレイス、よく聞け。
俺は“死なない”。
――あとは、お前が頼りだ。
セレスとシルヴィアを導け」
俺はそういうと、グレイスが握った右腕を“引いた”。
ずるりと腕が抜けて、俺の身体は暗闇の中に真っ逆さまに落ちていく。
遠ざかるグレイスの顔と、彼女が発したのであろう俺の名を呼ぶ絶叫が、いつまでも俺の脳裏に焼き付いていた。