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美女と賢者と魔人の剣  作者: 片遊佐 牽太
第四部 深淵の迷宮篇

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036 迷宮

 鳥たちの囀(さえず)りが聞こえる中、俺は王宮の中を歩いていた。

 十分な睡眠は取れたと思う。だが、朝日は相変わらず眩(まぶ)しい。

 俺が王宮の入り口まで出ると、既にそこには俺以外のメンバーが待機していた。


「ケイ、おはようございます」

 グレイスが微笑みながら挨拶(あいさつ)をしてくる。

 若干寝ぼけ眼(まなこ)なシルヴィアを笑いつつ、セレスティアも挨拶をしてきた。

「ケイ、おはよう。

 今日は宰相(さいしょう)殿下のご厚意(こうい)で、深淵(しんえん)の迷宮まで馬車で送り届けて貰えることになった。おそらく、もうすぐ来るはずだ」


 セレスティアがそう言ってから五分もしないうちに、馬車が到着する。

 馬車から小太りな男が降りてきて、ドアを開けてくれた。

 俺とグレイス、シルヴィアとセレスティアの四人が、順に馬車に乗り込んでいく。

 最後に俺の隣にセレスティアが座り、全員の乗車が済んだのを確認した馬車が、ゆっくりと進み出した。


 深淵(しんえん)の迷宮は、王都(アンセル)から歩いて三〇分ほどの距離にある。

 そもそも歩いてその程度の距離なのだから、馬車で行けばもっと速い。

 馬車に乗って、それぞれが大した会話も交わさないうちに、目的地の深淵(しんえん)の迷宮についてしまった。

「もう着いたの?」

 シルヴィアがもう少し睡眠時間が欲しかったとばかりに言う。

「これだけ近いと、万が一魔物(モンスター)が溢(あふ)れたりすると、王都(アンセル)への被害は免(まぬか)れませんね――」

 グレイスの発言に、セレスティアが同意した。

「私も前からそう思っていたのだがな。

 聞いたところでは、迷宮(ダンジョン)を閉鎖する前も含めて、過去一度も魔物(モンスター)が外部に溢(あふ)れる被害が出たことはないそうだ。

 そういう場所なのだと言えばそうなのかもしれないが、ある意味魔物(モンスター)の出現が、何者かに管理されているのではないかという見方もある」

「――ほう、なるほどな」

 俺はセレスティアの発言に、興味深いものを感じて相づちを打つ。


「賢者(セージ)と、そのご一行ですね?」

 俺たち四人は、深淵(しんえん)の迷宮の入り口に立っていた騎士から声を掛けられた。

 聞くと、どうやら長年閉鎖されていた迷宮(ダンジョン)を再び解放するにあたって結構な数の騎士が駆り出されて、周囲の整備と迷宮(ダンジョン)の浅い地域の探索が行われていたらしい。

 結局、出発までに一週間近くの時間を要したのは、そのあたりの事情だったようだ。

 確かにこれまで魔物(モンスター)が溢(あふ)れなかったからといって、今回解放しても同じように溢(あふ)れないとは限らない。それも見越しての騎士団の出動だったのだろう。


 俺に声を掛けた騎士は、俺たちに知り得た迷宮(ダンジョン)の情報を教えてくれた。

「我々が調べたところによると、迷宮(ダンジョン)内の構造は、閉鎖前とはかなり変わっているようです。

 もちろん浅い地域は神殿として使われていた場所ですので、そこまで大きく変わった訳ではないのですが、どうやら奥が相当に深い層まで伸びているらしく、いくつか崩れた地盤もあって、崖のようになって通れなくなっている場所があります。

 なので、王宮には閉鎖前に作られた大昔の地図があったのですが、残念ながら役に立ちませんでした。

 魔物(モンスター)は、我々が確認できた範囲では魔石像(ガーゴイル)が中心のようですが、どうも閉鎖していた間にかなりの数の魔鳥(ハーピィ)が巣を作っていたらしく、足下が危険なのに、上からの攻撃に気をつけなければならないという、ちょっと厄介(やっかい)な状態になっています。

 ただ、それよりも困ったことがありまして――」

 騎士がそこまで言って、言葉を濁(にご)す。

「困ったこと?」

 俺が問いかけると、騎士は再び口を開こうとした。


 その瞬間――深淵(しんえん)の迷宮の方から、ゴゴゴと深い地鳴りと共に、強い揺(ゆ)れが訪れる。

 俺は当然元の世界で地震に対してある程度の慣れがあるから、驚きはしても萎縮(いしゅく)したりはしない。

 だが、シルヴィアはきゃあきゃあ騒いで慌てだした。掴(つか)まるものを探した結果、仕方なく、じっと動かずにいたセレスティアにしがみついて我慢している。

「これは――」

「はい、これが一番困っているのです。

 一日にそう何度もある訳ではないのですが、この迷宮(ダンジョン)の底から、地鳴りのような強い振動が発生することがありまして――。

 揺れは、大きいこともあれば、小さいこともあります。

 大きいときは、それこそ体勢を崩すぐらいの大きさになりますので、戦闘中だと影響があります。

 どうぞ気をつけてください」

「そうか。情報ありがとう。

 一応確認しておくが、魔人らしきヤツはまだ見つかっていないんだな?」

「はい、見つかっていません。

 ――もちろん見つかっていれば、我々は無事では済まないのかもしれませんが」

 そう言って冗談めいた笑いを俺に向けてくる。


 俺はグレイスたちに向き直ると、迷宮(ダンジョン)探索の隊列を決めることにした。

 グレイス、セレスティア、俺、シルヴィアの順だ。

 俺とシルヴィアの位置を逆にすることも考えたのだが、それだと俺がセレスティアやグレイスをサポートしにくくなる。シルヴィアを最後尾にすると、後方からのアタックに弱くなる可能性があったが、シルヴィアには接触魔法の魔壁(マジックウォール)も付与できるため、一旦この形にすることにした。


 俺は自分を含めて全員に付与(エンチャント)を掛けると、念には念を入れて、シルヴィアの持つクライブの遺品(とけい)にも予約付与(エンチャント)を掛けた。これで戦闘中に付与(エンチャント)が切れて、ピンチに陥(おちい)ることもないはずだ。


 俺たち四人は情報を共有してくれた騎士に礼を言うと、いよいよ深淵(しんえん)の迷宮に足を踏み入れる。



 深淵(しんえん)の迷宮は内部が広く、これまで入ったどの迷宮(ダンジョン)よりも大規模な印象がある。

 内部は迷宮(ダンジョン)だけに暗いのだが、先に入った騎士たちが周囲に明かりを置いていることもあり、それほど陰鬱(いんうつ)な印象はない。ただ、長らく閉鎖された空間特有の、何か饐(す)えたような匂いがするのは仕方のないところか。

 どの迷宮(ダンジョン)でも同じではあるのだが、元々神殿だったこともあり、そこかしこの壁や柱には美しい装飾が入っており、それだけを見れば見事な情景だ。

 ただ、深淵(しんえん)の迷宮のそれらは、装飾の中に動物を模したものや、ガーゴイルを模したものがあり、状態(ステータス)が見えないことで動かないことが判っているものの、どうしても身構えてしまう。

 どうやら迷宮(ダンジョン)の浅い地域には、等間隔に王国(ハーランド)の騎士が立ってくれているようで、そうした地域は魔物(モンスター)の発生もなく、安全なようだ。


 俺たちが警戒しながら騎士が立っている場所を歩き進んで行くと、狭くなった通路の先に、そこだけは騎士が二人立っている場所があった。

 その二人の騎士は、俺たちが近づくと、声を掛けてくる。

「賢者(セージ)とそのご一行ですね?

 我らはこの迷宮(ダンジョン)の探索を命じられた、王国(ハーランド)の中央騎士団です。

 我々が探索し、確保しているのはここまで。

 この先は我らも足を踏み入れていない地域になりますので、お気を付け下さい」

 俺は二人の騎士に礼を言うと、警戒しながらそのまま通路の奥に入っていった。


 暗い空間になっているため、俺は全員の武器の先に光源(ライト)を点(とも)す。

 途端に周囲が明るく照らし出された。

 ここから先は隊列を守って慎重に進まなければならない。

「足場が悪い可能性がある。全員魔法優先で闘ってくれ」

 俺が指示を出すと、全員が頷(うなず)く。

 そうそうすぐに魔物(モンスター)が出てくるとは思わないが、警戒に越したことはない。


 通路の奥は小さな小部屋になっており、そこから先に小部屋が三つほど続いていた。

 小部屋には大部屋に見られるような見事な装飾はない。どちらかというと物置部屋のような印象がある。

 三つ目の小部屋を通り抜けると、広い空間に出た。先頭に立ったグレイスの歩みは、警戒はしているものの、意外と素早くどんどんと進んで行っている。

「――特に何もないか?」

 俺が前のグレイスに尋(たず)ねると、特に声色に気を遣うことなく、グレイスからの返事が返ってきた。

「はい、どうやらもうこの層には魔物(モンスター)が存在していないようです。

 もちろん、次の層からは判りませんが――」


 グレイスは広い空間の奥に進み、階段をゆっくりと下り始めた。

 罠がないかどうかも確認はしているが、意外と大胆に降りていく。

 グレイスがいると危険な場所を確実に進めるというのも利点だが、警戒しなくていい場所を進むスピードが上がるという利点もある。

 全員が階段を下りてホールを抜けると、これまでの小部屋よりもさらに小さな小部屋があり、その小部屋を抜ける扉の前で、グレイスがピタリと止まった。

「――何かいます」

「――――」

 俺たちは息を殺してグレイスの近くに集まる。セレスティアはそれまで資産(インベントリ)の中にしまい込んでいた聖乙女の盾(シールドオブライン)を取り出した。

 グレイスは俺の指示を待っている。

 いや、もちろん指示を待っているのだろうが、俺が扉の向こうの様子を確認するのを待っていると言った方が良いのかもしれない。

 俺は目に意識を集中し、魔力を込めるようにすると、扉の向こうを凝視した。

「――確かにいるな。

 石魔人形(ストーンゴーレム)のようだ。

 変わったスキルは持っていないが、攻撃力が高い。セレス以外は受け止められないだろう」

「一体だけですか?」

「見える範囲はそいつだけだ。

 俺とグレイスが風魔法で攻撃するから、シルヴィアは状態異常魔法(デバフ)とセレスのサポートを頼む」

「了解」

「よし、じゃあ行くぞ」

 俺たちは簡単に作戦会議を行うと、セレスティアを先頭にして部屋に飛び込んでいく。

 部屋はこれまでの広間ほどではないが、それなりの規模のある空間だ。

 その部屋の中心に、明らかに石像にしては大きすぎる規模の石魔人形(ストーンゴーレム)が鎮座していた。


 石魔人形(ストーンゴーレム)は俺たちの存在に気づくと、目を光らせ、ゆっくりと立ち上がっていく。

 セレスティアが石魔人形(ストーンゴーレム)の目前に立ち、石魔人形(ストーンゴーレム)に向けて光属性魔法を撃った後に、挑発(タウント)を放った。

 すると、石魔人形(ストーンゴーレム)が床を微妙に振動させながら、セレスティアに近づいていく。


 俺は石魔人形(ストーンゴーレム)を正面にして、左側に回り込みながら、石魔人形(ストーンゴーレム)の右足に向けて風刃(ウィンドカッター)を三発放った。同じようなタイミングで反対側にグレイスが回り込み、風刃(ウィンドカッター)を左足に放っている。

 その魔法は確実に石魔人形(ストーンゴーレム)の足をとらえ、足を削っていく。ちゃんとダメージになっているようだが、そもそも物理的に分厚い石が多少削れたところで体勢に変化はない。


 石魔人形(ストーンゴーレム)は正面にいるセレスティアを攻撃対象(ターゲット)にすると、右手で重そうなパンチを放った。セレスティアは油断なく構えていたこともあり、意外とあっさりとその攻撃を避ける。

 俺は前に進み出て、風塵(ウィンドストーム)の魔法を放った。風塵(ウィンドストーム)は若干射程距離が短いのが難点だが、石魔人形(ストーンゴーレム)の全身を包み込んでダメージを与えられる。

 周囲に轟音が鳴り響き、しっかりとダメージになった手応えもあったのだが、全身を削られながらも石魔人形(ストーンゴーレム)の動きには変化がない。

 石魔人形(ストーンゴーレム)は今度は左手でセレスティアにパンチを放つ。

 セレスティアが避けたところに右手のパンチが続き、セレスティアは盾でそれを受け止めた。

 聖乙女の盾(シールドオブライン)と石魔人形(ストーンゴーレム)の右手が接触し、白い魔法の火花が飛び散っている。

「――この程度であれば問題ない」

 セレスティアの言葉に、俺が安堵(あんど)する。

「HPが相当に高い。時間が掛かりそうだ」

「任せて。抵抗を落とすわ」

 シルヴィアはそう言うと、次々と状態異常魔法(デバフ)を放っていく。

 石魔人形(ストーンゴーレム)の魔法防御が低いということもあるだろうが、その全てが成功した。

「セレス、攻撃対象(ターゲット)をしっかり維持してくれ」

 俺はそういうと、石魔人形(ストーンゴーレム)の横に進み出る。セレスティアが攻撃対象(ターゲット)を引き受けてくれるということが判っていないと、近づけない距離だ。パンチが飛んできたら一溜(ひとた)まりもない。

 俺は左手を覆う支配者の籠手(ロードブレイサー)に目一杯の魔力を込めると、石魔人形(ストーンゴーレム)の右脇腹を殴りつけるように闇属性魔法の呪弾(ガンド)を放った。

 もちろん、外しようのない距離だけに、見事に命中する。

 呪弾(ガンド)を喰らった石魔人形(ストーンゴーレム)は、一瞬ビクッとした反応を見せたが、そのまま特に何もなかったように動き始めた。

 だが、支配者の籠手(ロードブレイサー)によって効果が強化され、増幅(ぞうふく)された呪弾(ガンド)は、時間の経過と共に、驚くほどの勢いで石魔人形(ストーンゴーレム)のHPを奪っていく。

「相当効いてるわね」

 シルヴィアが感心して言う。

「セレス、魔法は効いている。攻撃対象(ターゲット)を動かすな」

「もちろんだ」

 セレスティアはそういうとニヤリと笑う。光源(ライト)の光が金髪に反射して、相変わらず神々しい。

「ケイ、風をセレスの剣に」

 俺はグレイスに促されて、セレスティアの聖乙女の剣(ジャクリーン)に風刃(ウィンドカッター)の付与(エンチャント)を掛ける。ついでにグレイスの隠者の長剣(ソードオブハーミット)にも、同じように付与(エンチャント)した。

 それに気づいたセレスティアが、石魔人形(ストーンゴーレム)の攻撃を避けるだけでなく、反撃を試みる。

「はっ――!」

 セレスティアの気合いの声と共に、聖乙女の剣(ジャクリーン)が石魔人形(ストーンゴーレム)の右腕にぶつかった。すると、発動した風刃(ウィンドカッター)の力によって、聖乙女の剣(ジャクリーン)の刃がどんどん右腕に埋まり込んでいく。

 聖乙女の剣(ジャクリーン)の刃は完全に石魔人形(ストーンゴーレム)の右腕を切断したところで止まった。

「本気で剣で石が斬れちゃうわけ!?」

 その光景を見たシルヴィアが、驚いて声を上げる。

「――斬れるとなれば、話が早い」

 セレスティアが得意げに、笑みを浮かべて石魔人形(ストーンゴーレム)を見据えた。




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