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美女と賢者と魔人の剣  作者: 片遊佐 牽太
第二部 アシュベル篇
18/117

017 捕縛

 食事を済ませた俺たちは、四階層目から五階層目へと降り立った。

 五階層目は小部屋が少なく、いくつかの大きな広い空間で構成されているようだ。

 迷宮ダンジョンは元神殿ということもあって、比較的装飾が美しいのだが、この五階層目にはあまり装飾が見当たらず、若干無骨な印象を受ける。


 グレイスは一つ目の広間を注意深く通過し、二つ目の広間に入った。

 入ったところで少し足を止めたが、しばらくして広間の奥の方へ進んでいく。


 広間の奥には、冒険者のものとおぼしき、剣と鎧の残骸があった。

 剣は折れ、鎧は大きくへしゃげている。

相当な力でなければこうはならないだろう。


 この剣と鎧をまとった本人は見当たらない。

 どう考えても無事ではないが、この場に遺体がある訳でもなかった。

「――大鬼オーガがいるかもしれません」

 グレイスがポツリと言った。

「力の強い、大型の魔物モンスターです。

 魔法には強くありませんが、数がいると相当厄介やっかいです」

「――クライブは、大鬼オーガの攻撃には耐えられるのか?」

 俺の質問に、今度はクライブが答える。

大鬼オーガが素手なら、ダメージが無いとは言いませんが、大丈夫です。

 武器を持っていたら――武器次第ですね」

「なるほど、判った」

 敵が多数になれば、クライブが押さえられる範囲で闘わないといけない。

 回避に優れるグレイスはともかくとして、俺やシルヴィアは複数の敵に追い立てられれば、一溜ひとたまりもないだろう。

 迷宮ダンジョン内は、幸いにして帰還リターンの魔法陣が使えるが、使いどころを誤らないように注意しなければならないな。



 結局二つ目の広間にも、先ほど見つけた剣と鎧の残骸ざんがい程度しか存在しておらず、三部屋目と入っていくことになる。

 三部屋目は、先ほどの部屋と同じように、がらりとした大きな空間ではあったが、所々に柱がある点が異なっている。

 グレイスは三つ目の部屋に入ろうとした瞬間、動きを止めて急に周囲を確認しだした。

「――どうした?」

「何かの魔法が使われているかもしれません。

 魔力の残滓ざんしがあるように思うのですが、それが何の魔法なのかまでは――」

 残念ながら、俺の目にも魔力の残滓ざんしまでは映ってはこない。

「用心に越したことはないな。

 付与エンチャントを掛け直す」

 俺は即座に指示し、敵を迎え撃つ態勢をとることにする。


 通常の付与エンチャントに加えて、昨日習得した接触発動の付与エンチャントも掛けた。

 グレイスの剣に魔弾マジックボールを、三人の鎧と俺の鉄の籠手ガントレット魔壁マジックウォールを掛けた。

「よし、グレイスとクライブは入れ替わってくれ。

 シルヴィアはターゲットが固定した後に状態異常デバフから始めるんだ」

「わかりました」

 俺の指示に従って、クライブがグレイスと位置を入れ替える。


 ふと、視界にクライブの胸元の時計が入った。

 脳裏に「二度と目の前で仲間を殺させはしない」と話した、クライブの姿がよみがえる。

 クライブはその話の通り、俺たち三人を護るために、“全ての”力をそそぐだろう。


「――クライブ、ちょっと待て」

「――?」

 俺はとある“考え”を思い抱きながら、先頭に出ようとしたクライブを呼び止めた。



 準備を整えた俺たちは、隊列を整えながら広間を進んでいく。

 別に何かが見えている訳ではないが、雰囲気が重苦しい。

 予感に近いのだが、この部屋で何か良くないことが、起こるような気がする。


 ふと、俺の視界の片隅に、何かが横切った。

 その方向を見てみるが、何もない。


 だが、次の瞬間、“それ”はハッキリと判る形で俺の視界に入ってくる。


 ――文字と数字だ。


 目の前の空間には何もいないように見えるが、そこには透明の“何か”がいる。

 その存在を指し示すように、それが存在する場所に状態ステータスが表示されているのだ。

「気をつけろ、姿を隠したやつがいる」

 俺は他の三人に警告する。


 姿を消した敵との距離はまだある。

 向こうも、こちらの様子を見るように、あまり積極的には近づいて来ない。


「――ケイ、魔法を当てれば、姿を隠し続けることは出来ません」

 グレイスが俺にアドバイスする。

 俺が目で姿を隠した敵を追っているのに、気づいたようだ。

「判った。俺が攻撃する。

 クライブ、ターゲットは頼んだぞ」

 俺は十分に狙いを付けて、ピストル大の魔弾マジックボールを複数放った。

 魔弾マジックボール・特大をお見舞いすることも考えたのだが、敵の姿をあばくことを優先して、命中率が高い小刻みな方法を選んだ。


 果たして魔弾マジックボールはいくつかが敵の身体に当たったようだ。

 恐らくダメージにはなっていないだろうが、少しの時間の後、敵はゆるやかに俺たちの目の前に、姿をさらし始めた。


「――驚いた。私の姿が見えるヤツがいるとは」

 黒妖精ダークエルフらしき男は、俺の姿を見てニヤリと唇をゆがませた。

「――目の前を飛ぶハエは、たたき落としたくなる性分しょうぶんでね」

 俺は強がって言ってみる。

 だが一方で、俺の心臓は早鐘のように鳴り響いていた。


 これまでの敵は魔物モンスターで、人の言葉を話す敵はいなかった。

 会話が成り立つ相手が敵、という時点で、どうしてもロドニーとの対決を思い出してしまう。

 どうしても悪い予感しかしてこない。


 見れば男はスラリとした長身で、肌は浅黒く、髪は銀髪だ。

 耳はご多分に漏れずとがっていて、無駄にイケメンなのも俺が頭で思い浮かべる黒妖精ダークエルフのイメージを外していない。

 ――もっとも、俺が黒妖精ダークエルフと聞いて思い浮かべたのは、セクシーな女黒妖精ダークエルフだったのだが。


 俺の思考が若干脱線しかかったところで、目の前の男が俺に問いかけてくる。

「お前たちは、ここがどのような場所なのか、理解しているのか?」

「――何の話だ」

 俺は視線だけ動かし、周りを見渡した。

 ――何だろう? わずかだが、何かの足音がしたような気がする。


 目の前の男は、俺の返答を聞いて、笑い声を上げた。

「虫は、時に燃えさかる火の中に飛び込み、自らを炎にべてしまう。

 だが、お前たちはその虫たちを愚かだと笑うことは出来ない。

 ――何故なら、お前たちは大鬼オーガ餌場えさばに、自ら足を運んだのだからな」

「――――」

 男の言葉に、全員が緊張したのが判った。


 俺が判断を間違えたのだとしたら、このタイミングだろう。

 俺は、目の前の男と悠長ゆうちょうに対話する必要はなかった。

 全員の身の安全を考え、“足音”を聞いた瞬間に、全員を帰還リターンさせるべきだったのだ。


 次の瞬間、口元を緩めた黒妖精ダークエルフの男が、右手を振り上げた。

 その途端とたん、俺の目の前の景色は黄色く歪んだ。

「――!!」

「こ、これは――!」

「何なの――!?」

 全身に耐え難い、強烈な痺れが襲いかかってくる。

 しかも俺だけではない。

 この部屋全体に捕縛バインド状態異常魔法デバフが掛けられていた。


「あまり餌が暴れると大鬼オーガたちが怒るのでね。

 申し訳ないがじっとして貰うことにした」

 男はフッと笑うと、ニヤニヤと俺の様子を見ている。

 隠れ身バニシングを破った俺が、自分の罠に掛かるのが楽しいのだろう。


 俺は身体が動かせないだけでなく、魔法を使う精神集中も阻害そがいされている。

 ――この状態は、かなりまずい。


「ケイ! どうしたら――」

 動けないシルヴィアが悲痛な声を上げた。

 グレイスやクライブも、その場から全く動く気配がない。

 この状態では当然帰還リターンも出来ない。

 周囲には大鬼オーガのものであろう、複数の足音が、もはやハッキリ聞こえるようになってきている。


「ククク――。

 では、私はこれで失礼させてもらうよ。

 ――大鬼オーガの食事は、美的感覚には欠けるのでね」

 黒妖精ダークエルフの男はそう言うと、動けない俺たちに背を向けた。

 姿を隠さずそのまま、立ち去ろうとしている。


 俺は一縷いちるの望みを持って、背後を向けた男を凝視した。

 この状態から抜け出せる具体的な方法が判るとは思わなかったが、状態ステータスから得られる情報で、何かの糸口が見えるかもしれないと思ったのだ。


**********

【名前】

 クルト

【年齢】

 不明

【クラス】

 不明

【レベル】

 54

【ステータス】

 H P:????/????

 S P:????/????

 筋 力:???

 耐久力:???

 精神力:???

 魔法力:???

 敏捷性:???

 器用さ:???

 回避力:???

 運 勢:???

 攻撃力:???

 防御力:???

【属性】

 闇

【スキル】

 不明、不明、不明、隠れ身バニシング、密偵5、状態異常魔法デバフ6、不明、不明、不明、不明、ハーランド語

【称号】

 イケメン妖精エルフ、不明、不明、不明、不明、不明、アラベラの使徒

【装備】

 不明

 不明

【状態】

 不明

**********


 ――俺はこの可能性について、全く考えていない訳ではなかった。

 だが、恐らくここに至るまで、積極的に考えようとしていなかったのは確かだ。

 そう思うと、自らの洞察力どうさつりょくの無さに怒りが込み上げてくる。


 黒妖精ダークエルフの男――クルトの状態ステータスを見た俺は、カッと身体全体が熱くなるのを感じていた。

 だが、情けないことに、俺たちはまんまとクルトの罠を踏み抜き、大鬼オーガの餌場に無防備な姿を晒してしまっている。


 正真正銘の、万事休ばんじきゅうすだ。



 クルトが立ち去った後、大きな足音と、くぐもったうなり声と共に、五匹の大鬼オーガが姿を現す。

 それぞれが大柄なクライブと変わらない背丈ほどもある、醜悪しゅうあく魔物モンスターだ。

 どの大鬼オーガも、手に装飾の無い木の棍棒を持っている。

 それ自体は危険な武器には見えないが、人間が持つには大きすぎるぐらいのものだ。

 大鬼オーガ膂力りょりょくで殴られたら、きっとただでは済まない。


 俺は自分の状態ステータスを確認した。

 状態欄に、捕縛バインドの表記がある。効果時間は――あと八分。

「ちょっ――やだ、これ、何とかならないの!?」

 シルヴィアがさすがに取り乱して声を上げる。

 グレイスは、視線だけを動かして、俺の方を見た。

「ケイ――」

 俺はそのすがるような視線を、無言で受け止める。


 実は俺は、今すぐシルヴィアやグレイスが、大鬼オーガの餌になってしまうことはないと確信していた。

 だが、問題は「八分」という長い時間だ。

 果たして持ちこたえられるか――。



 そう考えた直後、大鬼オーガが声を上げ、よだれを垂らしつつ、俺たちに襲いかかって来る。

 それを見たシルヴィアが悲鳴を上げた時――恐らく二人が予想していなかったことが起きた。


 周囲の空間に“気合いの波”が伝搬でんぱんする。


 先頭に立っていたクライブが不意に動きだし、大鬼オーガ挑発タウントを放った。

 四人に襲いかかろうとしていた大鬼オーガが、一斉にクライブを攻撃対象ターゲットとして認識し、方向転換する。


 これまで無言で、じっと動かずに様子を見ていたクライブは、状態異常耐性6を持っていた。


 ――クライブ“だけ”は、クルトの捕縛バインドを、抵抗レジストしていたのだ。




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