『静かな図書室と、新しい影』
夏休みが明け、いつもの静けさを取り戻した旧図書室。高い窓から差し込む秋の始まりの光が、木製の机を優しく照らしていた。
「諒、この前の数学の課題なんだけどさ……」
ノートを広げた美月が、いつものように諒の顔を覗き込む。ふたりの間を漂う穏やかで少し甘い空気。しかしその日、重い図書室の扉が静かに開く音によって、その空間の時間が切り裂かれた。
「――やっぱり、ここにいたんだ」
入ってきたのは、隣のクラスの黒川蓮だった。どこか陰のある整った顔立ちと、物静かな雰囲気を持つ少年。蓮は二人を一瞥すると、迷いのない足取りで諒のすぐ前まで歩み寄ってきた。
「黒川……? どうしたんだ、こんな誰も来ないところに」
諒が困惑混じりに尋ねると、蓮は美月を一瞬だけ冷ややかな目で見やった後、まっすぐに諒の瞳を射抜いた。
「宮川に聞きたいことがあって探してたんだ。……それと、放課後はいつもこの人と一緒にいるんだね」
「えっ……あの、黒川くん?」
美月が突然の来訪者に戸惑いながら声をかけるが、蓮はそれを意図的に無視し、諒との距離をさらに縮める。机に細い手を押しつけ、諒を覗き込む蓮の瞳には、普段の静けさからは想像もつかないほど深くて強い熱が宿っていた。
「僕は、ずっと宮川と話したかった。図書室で一人のときを狙ってたのに……いつも彼女がいるから」
言葉の意味を理解しようと、諒の思考が一瞬フリーズする。蓮の視線はあまりにもまっすぐで、そして酷く必死だった。
「黒川、お前……」
「気づいてなかったでしょ。僕がいつも、遠くから君のことを見てたこと」
図書室を包み込む、重く息苦しいほどの静寂。美月は息をのんだまま立ち上がり、握りしめた手にぎゅっと力を込めた。自分の知らない諒の一面と、自分たちだけの領域に踏み込んできた蓮の存在に、彼女の瞳が揺れていた。
「……宮川。僕じゃ、ダメかな」
二人の間に流れていた甘やかな距離感に、突如として投げ込まれた波紋。誰も立ち去ろうとしない静かな部屋で、三人それぞれの視線と想いが、複雑に交錯し始めていた。




