『恋人になった日々と、揺れ始める気持ち』
翌朝。
教室に入った諒は、いつものように自分の席へ向かった。
すると、少し遅れて美月が教室に入ってくる。
「おはよう、諒」
「おはよう、美月」
以前と変わらない朝の挨拶。
けれど、二人の間には昨日までとは違うものがあった。
昨日、旧図書室で正式に気持ちを伝え合った。
そして二人は恋人になった。
それを思い出すだけで、諒は少しだけ恥ずかしくなる。
「……どうしたの?」
美月が不思議そうに首を傾げる。
「いや、なんでもない」
「もしかして、昨日のこと思い出してた?」
「……ちょっとだけ」
「ふふっ」
美月は嬉しそうに笑った。
「私も」
二人がそんな会話をしていると、後ろから幸星がやってきた。
「おーい、朝から何話してんだよ」
「いや、別に」
「怪しいなぁ」
「怪しくないって」
幸星は二人を交互に見て、ニヤッと笑った。
「まあ、なんか昨日より仲良くなってる気はするけどな」
「……気のせいじゃない?」
美月が答える。
「そういうことにしとくわ」
幸星は笑いながら自分の席へ戻っていった。
美月は少し照れたように諒を見る。
「……バレたかな」
「何が?」
「私たちが付き合い始めたこと」
「そのうち分かるんじゃない?」
「そっか」
美月はそう言って笑った。
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昼休み。
二人は人の少ない中庭のベンチに座っていた。
「昨日から、なんか変な感じ」
美月が言う。
「俺も」
「今までだって一緒にいたのに、恋人ってなると意識しちゃうね」
「分かる」
少し沈黙が続く。
美月がそっと手を伸ばした。
「……手、つなぐ?」
諒は一瞬驚いたあと、笑った。
「うん」
二人の手が重なる。
冷たい冬の空気の中で、手のひらの温かさだけがはっきりと分かった。
「……あったかい」
美月が小さく呟く。
「美月の手も」
「じゃあ、もう少しこのまま」
「いいよ」
二人はしばらく手をつないだまま、他愛のない話を続けた。
やがて美月が少しだけ諒の方へ近づく。
「諒」
「ん?」
「これからも、ずっとこんな感じでいられたらいいね」
「うん」
美月は照れながら笑った。
そして、ほんの一瞬だけ、お互いのおでこを軽くコツンと合わせた。
「……これからもよろしくね」
「こちらこそ」
二人は顔を見合わせて笑った。
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それから数週間。
諒と美月は以前より一緒にいる時間が増えた。
休み時間に話したり、放課後に一緒に帰ったり、図書室で勉強したり。
特別なことがなくても、二人にとっては楽しい時間だった。
ところが、そんな日々の中で、少しずつ変化が起き始めた。
最初に気づいたのは、クラスメイトの女子だった。
「宮川くん、これ職員室に持っていくの手伝ってくれない?」
「うん、いいよ」
「ありがとう!」
その女子――福本が笑った。
ほんの短いやり取りだった。
それだけだった。
けれど、その日の帰り道。
諒はなぜか、福本の笑顔を思い出していた。
「……なんで思い出してるんだ?」
自分でも理由が分からない。
美月のことが好きなのは変わらない。
それなのに、なぜか頭の片隅に残っていた。
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数日後。
今度は別の女子、恒成が授業中に諒へ話しかけてきた。
「宮川くんって、数学得意だよね?」
「まあ、普通かな」
「じゃあ、この問題教えてほしい」
「いいよ」
ノートを見ながら説明する。
恒成は真剣に聞いていた。
「分かった! 宮川くん、教えるの上手だね」
「そう?」
「うん。ありがとう」
その笑顔を見た瞬間、諒はまた少しだけ妙な感覚を覚えた。
――あれ?
今、俺は何を思った?
自分でも答えが出なかった。
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さらに数日後。
委員会の仕事で一緒になった女子の東。
体育の授業で話すようになった小林。
そして、以前から何度か話していた別の女子。
気づけば、諒の周りには、美月以外にも少しずつ話す女子が増えていた。
誰か一人に特別な感情を持ったわけではない。
ただ、
「この子と話すのも楽しいな」
「こんな一面があるんだ」
そんな小さな感情が、少しずつ積み重なっていく。
そしてある日の放課後。
美月と並んで帰っている時だった。
「諒?」
「ん?」
「今日、なんか静かじゃない?」
「そうかな」
「うん。いつもより考え事してる感じ」
諒は一瞬言葉に詰まった。
――美月には、言えない。
自分でもまだ整理できていない。
美月のことが嫌いになったわけじゃない。
むしろ、今でも大切だ。
なのに、他の女子と話した時に感じた小さな感情が、頭から離れない。
「……ちょっと疲れてるだけ」
「そっか」
美月はそれ以上聞かなかった。
けれど、少し心配そうな顔をしている。
諒はそんな美月を見て、胸が苦しくなった。
「美月」
「なに?」
「……いや、なんでもない」
「?」
美月は不思議そうにしながらも、いつものように笑った。
二人はそのまま並んで歩いていく。
繋いだ手は、いつもと変わらない。
けれど諒の心の中には、これまでにはなかった小さな揺れが生まれていた。
それが何なのか。
まだ、諒自身にも分からなかった。
ただ一つ確かなのは――
この小さな揺れが、これから二人の関係を少しずつ変えていくことだった。




