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黒冠のアルク ― 第一部完結/第二部・皇女編連載中 ―  作者: 久遠 恒 


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来訪

第3章 細い回廊


航路とは星間流の流れのこと。

星間流に乗ったときだけ、船は安全に長距離航行ができる。

流れを出れば、船は通常空間に戻り、通常航行状態となる。

星間流の癖、乱流の発生、微小重力井戸の連なり。

それらの偶然の重なりにより、通過可能な航路が生まれる。

細い回廊のような帯。

灯台はそれを観測し、同期し、座標として固定する。

だが、航路は静止しているわけではない。

星間乱流の余波が通過した後、回廊は揺らいでいた。

「同期誤差、まだ収束しません。」

通信監視員が報告する。

リアはホロ画面に浮かぶ誤差分布を確認した。

「観測センサー群の再構成を優先してください。」

ハルトがうなづく。

「軌道ユニットとの同期再ロックも必要だな。」

灯台は精密機器の集合体だ。

調整とは、部品交換ではなく、航路データの同期を合わせる作業だった。

整備区画の隅で、住民の子どもたちが作業を見ている。

誰かが工具を渡し、誰かが外装ボルトの数を教える。

ここでは、生きる術が自然に受け継がれている。

帝国教育端末の教材には載らない知識だった。

外部フレームの向こうで、作業艇がゆっくり移動している。

ケーブルの再固定。

センサー角度の微調整。

灯台の精度は、生活の継続に直結していた。

ハルトが低く言う。

「ここが閉じりゃ、補給は止まる。」

リアはうなづいた。

報告書では“物流停止”

ここでは“生存の停止”

同じ意味ではない。

暗い宙に、再び微かな反射が走った。

今度は、二度。

誰も何も言わない。

だが、作業の手は止まらなかった。


第4章 来訪

灯台の同期誤差は、ゆるやかに収束へ向かっていた。

観測センサー群の再構成が進み、航路データの揺らぎも小さくなっている。

だが、航路はまだ細い。

航路としては不安定な状態だった。

「少尉、接近してくる熱源探知。」

通信監視員が顔を上げる。

リアは表示を確認した。

微弱な推進痕。

軍艦のものではない。

商船とも違う。

静かすぎる軌跡。

ハルトが低く言う。

「正規便じゃねぇな。」

リアは答えない。

識別信号は発信されていない。

だが、敵対行動も確認されない。

基地に、対艦船用の防衛設備はない。

監視を継続するしかなかった。

コロニーに到着した船は、基地ドームから離れた採掘資材搬入パッドへ降下した。

リアは部下たちを引き連れ、急行する。

着陸位置は慎重に選ばれていた。

居住区から距離があり、灯台制御施設からも離れている。

威圧でも挑発でもない。

状況を理解した着陸だった。

灰色の船体が姿を現す。

小型高速船。

鋭角的な外装。

機動性を優先した設計。

リアは息を飲んだ。

そのシルエットには、見覚えがあった。

賞金首の船――ブラッククラウン号。

帝国兵たちが緊張する。

だが、武器を構える者はいない。

ここで戦闘が起きれば――

基地外殻の損傷。

灯台同期の崩壊。

真空暴露による二次被害。

戦闘は、最悪の選択だった。

ハルトが言う。

「撃ち合えば、この拠点は終わりだ。」

リアはうなづいた。

帝国兵の任務は基地の維持。

賞金首の捕縛ではない。

リアは部下たちに攻撃をしないよう命じた。

部下たちのホッとした様子が伝わる。

船のハッチが開いた。

四人の人影が降り立つ。

先頭の青年は周囲を一瞥するだけで、警戒を解いた様子はない。

アルクとリアの視線が交差する。

リアを見たアルクの顔にいぶかしげな表情が浮かび、すぐに驚きの表情に変わった。

銀色の髪。幼いころの面影が残る美しい容姿。

アルクはしばらくの間、無言でリアを見つめていたが、やがて、いつもの無表情に戻る。

ルナはアルクの様子に気が付き、視線をリアに向けた。

小さく息を吐き、不機嫌な声で言った。

「こんな小さなコロニーに監督官がいるとは思わなかった。」

ノアは周囲の通信アンテナ配置を観察している。

ガロンは作業フレームの陰に視線を配り、逃走経路を測っていた。

挑発的な動きはない。

穏やかな訪問者だった。

アルクが静かに言う。

「灯台が不安定だと聞いた。」

ハルトが一瞬ためらい、答える。

「…噂は早いな。」

「航路が閉じれば困る者は多い。」

短い会話だった。

互いに必要以上の言葉は使わない。

リアは状況を見守る。

帝国の規則に照らせば、彼らは犯罪者だ。

だが、ここで彼らを撃てば戦いになる。

守るべきものが失われる。

彼女は武器を下げたまま、動かなかった。

遠く、灯台ユニットが周回軌道上を通過する。

航路ビーコンが淡く明滅し、航路基準を保ち続けている。

その光は誰のためでもなく、ただ通過できる道を示していた。


第5章 修復作業

ブラッククラウンのクルーは、灯台の復旧作業に参加した。

必要な場所に必要な手を貸す。

観測センサー群の再同期。

ケーブル束の再固定。

機器の微調整。

アルクは工具を受け取ると、すばやく機器の状態を確認した。

星間流を読む者の動きは、流れる水のように無駄がなかった。

「その角度で固定すると誤差が残る。」

彼が言う。

ハルトが計測値を確認し、眉を上げる。

「……確かに、0.2パーセントずれるな。」

修正。

同期誤差がさらに収束する。

アルクは表示される星間流のデータを見つめた。

数値ではなく、流れを捉える。

星間流は常に変化する。

アルクは数値では追えない“流れ”を読む。

「……そこだ。」

彼が指示した補正値を入力すると、航路データの乱れが静かに収束していく。

航路の幅が回復する。

観測モニターの警告表示が一つ、また一つと消えた。

整備員の誰かが小さく息を吐く。

「安定域に入った……。」

ハルトは表示パネルを凝視したまま、低く言った。

「こんな補正値、見たことがねえ。」

観測ログに残った航路データの補正パターン。

それは、帝国の標準航法理論では説明できない値を示していた。

アルクは何も言わず、表示から視線を外した。

ルナは作業艇を操り、軌道ユニットとの同期ラインを再接続していた。

微妙なスラスター操作が、誤差ゼロの位置決めを可能にする。

ノアは基地制御系のデータログを解析し、航路同期の乱れを補正するパラメータを抽出している。

ガロンは作業区域外縁に立ち、周囲を警戒していた。

役割が明確だった。

リアは基地制御室から作業進行を監視している。

灯台は帝国の技術体系の結晶だ。

本来、専門技術班が数週間かけて調整する。

それを、数人の作業で再同期させていく。

ハルトが感心して言う。

「おまえら、航路が読めるのか?

作業はほとんど完了だ。」

作業の合間、子どもたちがブラッククラウン号の船体を遠巻きに眺めている。

ルナが手を振ると、慌てて隠れる。

その様子に、作業員たちが小さく笑った。

緊張が、わずかに緩む。

灯台ビーコンの発光が安定し始めた。

揺らいでいた航路基準が、ゆっくりと整っていく。

航路の幅が回復していくのが表示に現れる。

航路が戻る。

生存が戻る。

アルクは最後の固定具を締め、工具を返した。

「これで航路は保つ。」

ハルトは深く息を吐く。

「借りができたな。」

アルクは首を振る。

「航路は、誰のものでもない。」

帝国は航路を管理する。

だが、この辺境では、航路は住民によって守られている。

***

遠方の宇宙。

暗闇で、何かが動いた。

通信監視員が顔を上げる。

「わずかですが、遠距離に重力反応、複数。」

乱流ではない。

艦隊規模の質量移動。

灯台の同期は回復した。

だが、別の波が近づいていた。


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