第7話 ブラッククラウン・スリング
第14章 艦隊戦、第二段階「グラヴィティ・リーフ」
帝国艦隊は包囲を狭める。
高速艇が蜂の群れのように散り、ブラッククラウン号の進路を遮る。
「ミサイル反応! 一発だけ?」
ノアが報告し、即、反応する。
「迎撃レーザー自動展開。デコイ、散布。」
光が走る。
迎撃!
次の瞬間――
閃光。
高エネルギー弾頭が爆発し、白熱した破片とプラズマ光が空間に弾ける。
光の火球が闇を切り裂き、衝撃的な輝きが視界を焼く。
「近いよ。」
ノアは、こんな時でも落ち着いている。
「今のは多分、警告だよ。」
ガロンが口を挟む。
「警告でも、今のでシールド残量は急減だ。外装パネルにも損傷。
あんまり持たないぜ。ビームが直撃したら終わりだ。」
「どうするのよ!」
ルナが怒鳴る。
アルクは静かに言う。
「方位角十二度。仰角マイナス四度。
近くにグラヴィティ・リーフがある。
そこに入る。」
「グラヴィティ・リーフ!?
巨大乱流!!」
ルナの声が裏がえる。
「軍艦も嫌がる場所ですよ!」
「だから行く。」
ミサイルが次々と接近。
爆発光が連続し、宇宙が白く明滅する。
星間流の歪み“グラヴィティ・リーフ”。
高重力で空間が歪み、光が伸び、警報が連なる。
「ルナ、操縦、代わる。」
「どうなっても知らないわよ。」
ルナがふくれっ面で操縦桿をアルクに譲る。
アルクはグラヴィティ・リーフに向けて船をダイブさせる。
「船体負荷、上昇!」
ノアの警告。
「壊すなよ。」
ガロンが笑う。
アルクは無言で操縦桿を握りしめる。
姿勢制御スラスターが断続的に作動し、船が細かい進路変更を繰り返す。
高重力でセンサーは乱れ、当てにならない。
アルクは正面スクリーンを見つめる。
星間流の変動を読む。
「方位角二度修正。
行ける。」
帝国側も追ってくる。
だが徐々に帝国艦隊の弱点が露わになる。
微妙な操艦が難しい大型艦は危険が高く、グラヴィティ・リーフに接近できない。
安全な距離を取って迂回する。
ブラッククラウン号は進む。
第15章 ブラッククラウン・スリング
星間流の嵐の中心に、重力井戸が口を開けていた。
近づけば潰れる。あまり離れれば敵の射程に入る。
ミサイルの飽和攻撃を受ければ終わりだ。
アルクが言う。
「ブラッククラウン・スリングで抜ける。」
ルナが半泣きで叫ぶ。
「いい加減にしてください! 正気ですか!」
「正気じゃないから海賊だ。」
「開き直らないで下さいよ!」
ガロンが低く言う。
「やるなら今しかないな。」
ノアが告げる。
「成功確率、何とも言えませんね。」
アルクはうなづく。
「可能性があるなら、やる。」
ブラッククラウン号が重力井戸の縁へ寄る。
空間が軋み、警報が悲鳴を上げる。
そんな状況でもアルクの操縦はぶれない。
ぶれたら死ぬ。
「最大加速!
ブラッククラウン・スリング、行くぞ!」
アルクが怒鳴る。
同時に、船が重力井戸に落ちる。
一瞬、胃が持ち上がる感覚。
そして次の瞬間、重力場に投げ返された。
ブラッククラウン号はスリング効果と自らの最大推力で弾丸のように加速し、嵐の中に黒い航跡を刻む。
追撃する帝国艦には、同じ真似はできない。
重力井戸に寄れば潰れる。寄らねば追えない。
ブラッククラウン号との距離はどんどん開いていく。
***
旗艦セレスティア。
ブラッククラウン号の脱出直前。
火器管制員が報告する。
「照準固定。発射許可を。」
リアは戦術卓を握りしめる。
彼を止める最短の命令は、たった一言。
“撃て。”
だが、その一言が喉で止まる。
(撃てば、終わる。)
(彼の時間も、私の時間も。)
艦隊指揮官の提督から通信が入る。
『特任少尉、発射許可を!
急げ! 逃がすな!』
リアは震える息で、言った。
「…発射、………待て。」
管制室が凍る。
火器管制員が一瞬だけ目を閉じた。
その瞬間、ブラッククラウン号は嵐の闇へ溶けた。
帝国艦隊は追えない。追えば、今度は自分たちが墜ちる。
(……死なないで。)
リアの視線は、歪む星の光を見ていた。
赤い警報灯の記憶。
差し出された手。
「こっちだ。」
幼い自分の手を引いた温もり。
別れの日の声。
「迷ったら星を見ろ。そうすれば帰る方向が分かる。」
リアは小さな声で言った。
「……帰って来て。」
その言葉は誰にも聞こえなかった。
エピローグ 王冠より重いもの
嵐の外。
警報が止み、宇宙は静かになっている。
アルクは操縦桿から手を離し、息を吐く。
「みんな、生きてるな。」
救援船団から通信が入る。
涙声の礼。
かすれ声の感謝。
子どもの笑い声。
ルナが目元を拭う。
「ずるい……こういうの、ずるい…。」
ノアが言う。
「救援船団、封鎖線突破。安全航路へ到達。被害なし。」
ガロンがうなづく。
「任務完了だ。」
アルクは窓の外の星を見た。
静かな声。
「守りたいものがある。」
ガロンが短く言う。
「それでいい。」
ノアがぼそり。
「コーヒーの補給。」
ルナがすぐツッこむ。
「そこ!?」
アルクは小さく笑った。
「優先案件だ。」
***
帝国中枢。
報告が上がる。
「討伐失敗。ブラッククラウン消息不明。救援船団は脱出。」
司令官が机を叩く。
「賞金を上げろ! このままでは奴は自由の象徴になる。黒い冠は、希望になる。
しかし、……逆効果になる恐れもある…か。」
***
辺境コロニーの夜は静かだ。
修理灯の明かりが小惑星表面に淡く滲み、遠くで子どもたちの笑い声が響く。
補給倉庫には新しい燃料セルが並び、医療区画では照明が消えることなく灯り続けている。
老人が外壁の修理を終え、空を見上げる。
黒い宇宙。
その中を、一筋の光が静かに横切る。
「あれだ。」
誰かが言う。
子どもが駆け寄る。
「黒冠?」
老人はゆっくりうなづく。
歓声はない。
だが、安堵が広がる。
遠ざかる光を見送りながら、誰かが静かに呟く。
「道が、またつながったな。」
ブラッククラウン号は星々の間へ消えていく。
帝国は彼らを犯罪者と呼ぶ。
だが辺境では――
彼らは、星と星の間に道を作る者。
「航路をひらく黒冠」と呼ばれている。
彼らの通った後には、「黒冠航路」が残る。




