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『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』  作者: ブヒ太郎


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第三話:初めての依頼

夜が明け、空が白み始めた頃。

冒険者ギルドには、早くも活気が満ち始めていた。酒の匂いと朝食のパンが焼ける香ばしい香りが混じり合い、屈強な男たちの野太い笑い声が木造の建物に響き渡る。差し込む朝日は床板に長い光の帯を作り、埃をきらきらと輝かせていた。


ゼロスは、その喧騒に少し気圧されながら、ギルドの重い扉をゆっくりと押し開ける。


(…本当に、来てくれるんだろうか)


昨日の出会いは、あまりに唐突で、まるで夢の中の出来事のようだった。追放され、全てを失った自分に声をかけてくれる者など、もう現れないと思っていたからだ。


その時、依頼が張り出された掲示板の前で、一際明るい気配が揺れた。

人々の間を縫うようにして、一人の女性がこちらに満面の笑みを向けている。


アリシア「おはようございます。ゼロスさん!」


その声は、ギルドのざわめきの中でも、不思議なほどはっきりとゼロスの耳に届いた。彼女の周りだけ、空気が輝いているように見える。

ゼロスは、自分に向けられた純粋な好意に戸惑いながらも、一歩、また一歩と彼女へと歩み寄った。


ゼロス「お、おはようございます。アリシアさん…」


(よかった…夢じゃ、なかったんだ)


胸の奥で、凍てついていた何かが、じんわりと溶けていくような感覚がした。追放されてからずっと感じていた孤独が、目の前の女性の笑顔によって、少しだけ和らいでいく。


ゼロス「本日は…その、何を…?」


期待と不安が入り混じった声で尋ねると、アリシアは「ふっふっふ…」と得意げに胸を張った。

その小さな手に、一枚の羊皮紙が握られている。


アリシア「ぬかりありません。Eランク向けの依頼を既に受注してあります!」


自信満々に差し出された依頼票を、ゼロスはおそるおそる受け取った。

そこには、子供でも描けそうな、可愛らしいウサギのイラストが添えられていた。


ゼロス「ウサギ型の一角獣…『ホーニーラビット』の魔核回収ですか。3体討伐で報酬、と…」


(Eランク向けの、ごく基本的な依頼だ。今の俺たちにはちょうどいいかもしれない)


かつてSランクパーティにいた頃は、見向きもしなかったような簡単な依頼。

だが、今は違う。これが、自分たちの新たな一歩になる。そう思うと、胸が静かに高鳴るのを感じた。


ゼロスの落ち着いた様子を見て、アリシアはさらに嬉しそうに笑う。


アリシア「よっし!では行きましょう!私たちの最初の一歩へ!」


彼女はそう言うと、くるりと背を向け、希望に満ちた足取りでギルドの出口へと歩き出した。その小さな背中からは、何のてらいもない、純粋な期待が溢れている。


ゼロス「はいはい…」


(…この人、本当にテンションが高いなぁ)


思わず苦笑が漏れる。だが、その底抜けの明るさが、今の自分にはひどく心地よかった。


街の門を抜け、緩やかな丘陵地帯へと続く街道を二人で歩く。

まだ朝露に濡れた草の匂いが、涼やかな風と共に鼻をくすぐった。

Eランクダンジョンは、ここから大した距離ではない。

ゼロスは、隣で楽しそうに景色を眺めるアリシアに視線を送り、静かに闘志を燃やすのだった。


(必ず、やり遂げよう。彼女の信頼に、応えるためにも)


Eランクダンジョンの内部は、ひんやりとした湿った空気に満ちていた。

壁からは絶えず水滴が滴り落ち、その音が洞窟全体に静かに反響している。地面はぬかるみ、微かに苔の匂いが漂っていた。太陽の光が届かない薄闇の中、二人は目的の魔物を探して慎重に進んでいく。


アリシアは、そんな薄気味悪い雰囲気などまるで意に介さない様子で、楽しげに辺りを見回していた。

彼女はぴょんぴょんと軽やかな足取りで先を進み、明るい声を響かせる。


アリシア「出ておいでー、ウサギちゃーん」


その無邪気な呼びかけに、ゼロスは思わず眉をひそめた。

Aランクパーティでは、どんな格下の相手だろうと索敵と奇襲を徹底するのが常識だった。この呑気な雰囲気は、彼の体に染みついた緊張感をじわじわと緩ませていく。


ゼロス「ア、アリシアさん…見た目がウサギなだけで、立派なモンスターなんで危ないですよ…」


(油断は死に直結する…どんなダンジョンでも、それは変わらないはずだ)


彼の心配をよそに、アリシアはくるりと振り返り、自信満々に胸を叩いてみせた。


アリシア「大丈夫です!私こう見えても強いんですよ!」


ゼロス「は…はぁ…そうですか」


(その自信はどこから来るんだろう…)


ゼロスが曖昧に相槌を打った、その時だった。


突如、岩陰から白い影が猛烈な速さで飛び出してきた。

鋭い一本角を煌めかせ、赤い瞳が憎悪に燃えている。ホーニーラビットだ。その動きは、愛らしい見た目からは想像もつかないほど素早く、獰猛だった。


アリシア「ウッ!」


反応がわずかに遅れたアリシアの太ももを、鋭い爪が深々と切り裂く。鮮血が舞い、彼女の小さな悲鳴が洞窟に響いた。


ゼロス「アリシアさん!!」


心臓が凍り付くような感覚に襲われ、ゼロスは咄嗟に駆け寄ろうとする。

しかし、アリシアは痛みで顔を歪めながらも、片手で彼を制した。


アリシア「だ、大丈夫です。これくらいの傷なら、私のヒーリングスキルでなんとかなります」


(油断、した…!)


彼女は己の慢心を恥じ、傷ついた足にそっと手をかざす。すると、その手のひらから淡い緑色の光が溢れ出した。光は傷口を優しく包み込み、みるみるうちに出血が収まっていく。ゼロスは目を見張った。ただの治癒魔法ではない。傷が塞がるだけでなく、アリシアの顔色に血の気が戻っていくのが分かったからだ。


だが、安堵したのも束の間だった。

治療を終えたアリシアが、手に持っていた樫の棒で反撃を試みるが、ホーニーラビットは嘲笑うかのようにその攻撃をひらりひらりとかわしていく。

その間に、一体、また一体と、岩陰から新たなホーニーラビットが現れ、あっという間に二人を取り囲んでしまった。その数は、全部で5体。


アリシア「ま, まずいですね…まだ一体も倒してないのに、囲まれました」


彼女の声には、先程までの自信は欠片もなく、明らかに焦りの色が浮かんでいた。

絶望的な状況。アリシアが唇を噛みしめた、その時。


ふと、ゼロスが静かに身をかがめた。

彼は表情一つ変えず、ただ黙々と足元に転がっている小石を拾い集め始めた。


(何を…?この状況で…?)


アリシアが困惑の表情で彼を見つめる。


やがて、両手に十数個の石ころを握りしめたゼロスは、静かに立ち上がった。

そして、絶望に染まるアリシアに、落ち着き払った声でこう告げた。


ゼロス「俺もフォローいれますね」


彼の瞳には、諦めの色など微塵もなかった。

そこにあるのは、獲物を前にした獣のような、静かで、しかし燃え盛るような闘志の光だった。


包囲された絶望的な状況。

その中で、アリシアの視界の端、死角となっていた横手から、一体のホーニーラビットが牙を剥いて飛びかかってきた。鋭い一本角が、彼女の喉笛を的確に狙っている。


(あ…死ぬ…!)


思考が停止し、体が鉛のように動かない。迫りくる死を、ただ受け入れるしかないと覚悟した、その瞬間だった。


ゴッ!!!


何か硬いものが、凄まじい勢いでぶつかり合う、骨まで響くような鈍い音が炸裂した。

アリシアの耳元を、小さな嵐のような風圧が通り過ぎていく。

目の前で跳躍していたホーニーラビットの頭が、まるで腐った果実のように弾け飛び、赤い飛沫を洞窟の壁に撒き散らした。頭部を失った体だけが、慣性の法則に従って数メートル先まで転がり、やがてぴくりとも動かなくなる。


あまりに突然の、理解を超えた出来事。

その圧倒的な暴力の顕現に、周りを囲んでいた他のホーニーラビットたちも、一斉に攻勢を怯ませ、警戒の鳴き声を上げた。


呆然とするアリシアが、風が吹いてきた方向へとおそるおそる視線を向ける。

そこには、右手の親指を構えたゼロスが、何事もなかったかのように静かに立っていた。


ゼロス「ダメですよぉ、相手はモンスターなんですから、正々堂々なんて通用しませんよー」


彼の口調は、まるで子供に言い聞かせるかのように穏やかだ。だが、その言葉と眼前の惨状とのギャップが、アリシアの混乱をさらに加速させる。


アリシア「ゼ、ゼロスさん、今一体何が!?」


震える声で尋ねると、ゼロスはきょとんとした顔で首を傾げた。


ゼロス「何が…ってただの援護射撃ですよ援護射撃。ほら、こうやって」


彼はそう言うと、左の手のひらに乗せていた小石の一つを、右手の親指で軽く弾いた。

デコピンをするような、あまりにも自然で、力の入っていない動作。


しかし、その指から放たれた小石は、不可視の弾丸となって空間を切り裂いた。

再び、轟音。

遠くで警戒していたホーニーラビットの一体の頭部が、寸分違わず撃ち抜かれ、先ほどと同じように吹き飛んだ。


ゼロス「身体の中心に魔核があるんで、そこは壊しちゃダメですよー」


(魔核を…避けて…?)


アリシアがその言葉の意味を理解するよりも早く、ゼロスの親指が次々と火を噴く。

ゴッ!ゴッ!ゴッ!

衝撃音が連続し、残りのホーニーラビットたちも、抵抗する暇すら与えられずに頭部だけを正確に破壊され、崩れ落ちていった。


ほんの十数秒。

あれほど絶望的だった状況が、嘘のように静まり返っていた。


ゼロス「さて、さっさと魔核回収しちゃいますかね」


彼は静寂の中でそう呟くと、腰に下げていた大型のナイフを取り出す。そして、倒れたホーニーラビットの骸に歩み寄り、慣れた手つきで胸部を切り裂き、魔力を帯びた核を器用に取り出していく。その手際は、彼がただの荷物持ちではなかったことを雄弁に物語っていた。


アリシアは、その光景をただ立ち尽くして見つめることしかできない。

自分の無力さと、彼の圧倒的な力の差が、胸に重くのしかかる。


アリシア「すいません…私、なんの力にもなれなくて…」


俯き、消え入りそうな声で謝罪する彼女に、ゼロスは手を止めて振り返った。

その顔には、困ったような、それでいて優しい笑みが浮かんでいた。


ゼロス「大丈夫大丈夫!最初はみんなそんなもんですからっ!」


彼はナイフを鞘に収めると、アリシアのそばに歩み寄り、力づけるように言った。


「俺も冒険最初は、ほんと荷物持ちがこんなきついとは思ってなかったですけど、1か月くらいでなんとも思わなくなったんでっ!」


その屈託のない言葉と笑顔に、アリシアの瞳から知らず知らずのうちに涙が一筋、こぼれ落ちた。

それは、悔しさと、安堵と、そして目の前の青年に対する新たな感情が入り混じった、温かい雫だった。


魔核の回収が終わり、洞窟内には再び静寂が戻った。

ゼロスの励ましの言葉は温かかったが、アリシアの心に垂れ込めた暗い雲は、まだ晴れずにいた。圧倒的な実力差を目の当たりにして、自分が彼の隣に立つ資格があるのか、分からなくなってしまったのだ。


(また…捨てられるの…?)


これまで何度も経験してきた拒絶の言葉が、脳裏をよぎる。彼女は俯いたまま、ぎゅっと服の裾を握りしめた。


アリシア「あの…私、追い出されたりなんか…」


震える声で、ようやく絞り出す。その瞳は不安に濡れ、今にも泣き出してしまいそうだった。

その言葉を聞いた瞬間、ゼロスの表情が変わった。彼は目を見開くと、まるで自分のことのように傷ついた顔をし、そして次の瞬間には、慌てて両手を大きく振った。


ゼロス「しないしないっ!絶対にしません!」


彼の声は、洞窟の壁に反響するほど大きく、力強かった。

それは、アリシアの不安を吹き飛ばすような、心の底からの叫びだった。


ゼロス「戦力外だー、とかそんなくだらない理由で追い出したりしませんよ。…っていうか、本来はアリシアさんがリーダーなんですから」


(俺が言われたみたいで、すごく嫌だ…)


かつて自分が投げつけられた言葉。その理不尽さを、目の前の優しい女性に味わわせてたまるものか。ゼロスの真摯な瞳を見て、アリシアは強張っていた肩の力を、ようやく抜くことができた。


アリシア「…よかった」


安堵の息を漏らした彼女の瞳に、ふと、新たな光が宿った。

それは、確信と、そしてパーティの未来を見据えた強い意志の光だった。彼女はまっすぐにゼロスを見つめ直す。


アリシア「たぶん…ゼロスさん、前衛も出来ると思うんですよね…」


ゼロス「何故に…」


唐突な提案に、ゼロスは戸惑いの声を上げた。自分のスキルはあくまで『筋力強化(微)』。荷物持ちに特化した、地味な能力のはずだ。


アリシア「Eランクとは言え、モンスターの頭を小石1個で粉砕出来る人なんか、そうそういませんよ…!」


彼女は力強く断言する。あの光景は、どう見てもただの荷物持ちのそれではない。

ゼロスは照れたように頭を掻き、おどけてみせた。


ゼロス「アレですかね…長年鍛えた荷物持ちスキルで鍛えられた肉体から放たれた一撃…みたいな?」


アリシア「お願いしますっ!!前衛をしてくださりませんかっ!!」


ゼロスのはぐらかしを遮るように、アリシアは一歩前に出て、深々と頭を下げた。その声は真剣そのものだった。


ゼロス「ヒ、ヒェ…」


女性の予想外の気迫に、ゼロスは完全に気圧されてしまう。

断れる雰囲気では、もはやなかった。


ゼロス「ま、まぁ…ちゃんとした前衛が見つかるまでの、繋ぎ程度であれば…」


その言葉を聞いた瞬間、アリシアはぱっと顔を上げた。

彼女の表情は、まるで雨上がりの空にかかる虹のように、晴れやかに輝いていた。


アリシア「…やったっ!!」


太陽のような笑顔で、彼女は小さくガッツポーズをする。

その純粋な喜びに、ゼロスは毒気を抜かれ、ただ苦笑するしかなかった。


(わぁぁ…これからどうなっちゃうんでしょう、俺…)


追放された荷物持ちと、誰にも必要とされなかった治癒師の女性。

二人の冒険は、今、まったく予期せぬ形で、新たな一歩を踏み出したのだった。


(第三話/了)

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