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転生したら女王だったので、独裁を敷いてみることにしました  作者: 久里


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 前世、どこかで見たことがあったのだ。病室でよく見ていた中高生向けの教育番組か、それとも売店で買った本のどれかかもしれない。


 いつの時代か、時の天皇が下したという異例の決断。貧しい暮らしを送っていた民の為に、暫くの間全ての税を免除したという話。

 随分と思い切ったことをしたひともいたものだなぁ、と思ったのだ。深く印象に残っていて、だから生まれ変わった今でも、アリアは覚えていたのだろう。

 だから生まれ変わった今。アリアもまた、同じことをしようと思い至れたのだろう。


 今の経済が疲弊し切ったモントタルテに必要なのはこれだと思った。

 別世界とはいえ、歴史上確かに生きていた君主に出来て、アリアに出来ない道理はない。あとはどれだけアリアが無理を通せるか、それだけの問題だ。

 仁徳天皇万歳、日本の歴史万歳、前世の記憶万万歳である。






「あ、あまりにも横暴です!いくら女王陛下のお考えといえど、今回ばかりは承服できません……!!」


 議会。思わずといった様子で、貴族の一人が立ち上がった。青い顔に冷えた汗。

 アリアが通告をした、新しい法律のためである。


「民から税を取ることを禁じるなど、それでは領地の運営はどうなります!!」


 最もらしい言説で、彼はアリアにそう声を上げた。

 周囲の貴族達も、そんな彼に迎合するように「ドードー伯爵の仰る通りです!」と口々に叫ぶ。やはり貴族にとって最も大きな収入源である税収を断たれることは、アリアに意見をしてしまうほどに耐えがたいことなのだろう。何せ金がなくては、『貴族』をすることもできないような連中だ。


 呆れてしまう。よくもまぁ、これだけふてぶてしく権利だけを主張できるものである。

 あれだけ溜め込んでいたくせに。

 アリアは深くため息を吐いて、椅子のひじ掛けに頬杖をついた。


「必要な予算は国から支給するわ。領地の運営に問題が起こらないように。最も、その予算も適切に使われるよう厳しく管理した上で、誤魔化しは許さないけれど」

「な……。陛下は我々に、民の代わりに餓えろと仰るのですか……!?」

「馬鹿ね。この中に、一年で尽きるほど少ない財産しか持たない貴族がいて?どこの家もこれまでしっかり『蓄えてきた』んじゃない。処刑された者共には及ばずとも、それなりに良い思いはしてきたはずでしょう?」

「女王陛下!」

「本当に税収がなくては暮らすことが難しいと判断した家門には、きちんと適切な援助もするわ。仕事さえきちんとしてくれるのなら、民達よりも多少は良い暮らしをさせてあげる」

「た、多少……?へ、陛下は我々を、貴族というものを一体何だと思っていらっしゃるのですか!!」

「陛下のために、王家のために尽くしてきた我々への仕打ちがこれですか!?」


 ドン!とドードー伯爵が自身の机を勢い良く叩く。そうだそうだ!とヤジが飛ぶ。

 二度目のため息。アリアはこめかみをトントンと指先で叩きながら、「公爵」と静かに呼んだ。


 今この国にその位を持つ貴族は一人しかいない。

 かつてモンテタルトに存在していた他の公爵家は、カリスト時代に政争で落ちぶれて滅びたか、それともカリストに迎合して堕落した結果、アリアの手によって滅ぼされたのだ。


 そしてこの国に唯一残った公爵は、アリアの忠実なしもべである。

 それまでアリアのすぐ後ろに、静寂に控えていたジャックは、それだけで「はい、陛下」と心得たように前に出る。

 そうして貴族達の注目が向けられる中、おもむろにアリアの机に足をかけた。


「なっ……!」


 ガタン!!と大きな音。

 軽い調子で蹴られたとは思えないほど強い力で蹴り飛ばされた机は、思ったよりも派手な音を立てて、思ったよりも遠くに飛んだのだ。


 机が飛んで、静かになって。シン、と周囲にも静寂が伝染した。勇敢なドードー伯爵も、他の貴族達も、驚いた様子に立ち尽くしたりと、すっかりと大人しくなったようである。驚いたというより、怯えを再び引き出されたというべきか。


「頭は冷えたかしら」


 アリアの声は、張り上げているわけでもないのに、不思議と広い議会場にはっきりと響いた。あたりを見渡せば、貴族達は随分と大人しい。

 何よりだ。アリアはそこでようやく、寄せていた眉間の皺を元に戻した。立ち上がり、議会の中央。円になるように配置された席の、中心のところへと歩いていく。


「どうやらお前達は、私が決めた新しい法に余程の不満があるようね。何故かしら」

「………」

「貴族を何だと思っているのか、とも言ったわね。では聞くけれど、お前達こそ一体、貴族という地位を何だと思っているの?」


 ぐるりと周囲を見渡せば、けれど彼らは青い顔で俯くばかり。アリアは「誰も答えられないのかしら」と残念そうに目を細めた。


「答えられないのに、あれだけ偉そうに人に問いたの?そう。……生意気なこと」

「っ……」

「仕方ないわね。なら教えてあげるわ。お前達はすっかり忘れてしまっているようだから」


 柔らかに色付いた赤い唇が、冷たく言葉を発する。

「貴族とは」と、少女の声が女王の言葉を乗せていく。


「貴族とは、民の為に死ぬ為に存在しているのよ」


 それは、この国この時代、この世界の価値観からあまりにもはぐれた言葉であった。


「元来、私達王侯貴族は民の為に死ぬ為に存在していたわ。戦争があった時には矢面に立って戦って、有事の際には国を民を守る為に命を懸けた。だからこそ私達は国を治める権利を得て、民達から税を得て、より良い暮らしを与えられてきた。でも、ねえ。……今のお前達の、その体たらくはなに?」


 カツン。アリアが一歩を踏み出せば、静寂な議会にその音だけが冷たく響く。

 アリアに視線を向けられたドードー伯爵は、緊張して動けなくて、けれどだらだらと汗だけが流れているようだった。

 ふ、と女王の視線を外されるまで、息の仕方さえ忘れていた。


「平和とは本当に碌でもないものね。戦争を忘れ、義務を忘れ、権利だけを主張するお前達の何と情け無いことか!騎士として平民を登用するようになって、危険なことまで民に押し付けて、ただ貴族としての暮らしだけを享受するお前達の、何と醜いことか!!」

「へ、陛下。わ、我々は……!」

「お前達の祖先もきっと泣いているわ。今の貴族達に『貴族』としての尊厳などどこにも存在しない。必死に戦い守り抜いた国の未来で、肥え太った豚のような者共が我が物顔で『貴族』を名乗っているなんて、悪夢そのものと言ってもいいでしょうね」


 鋭いペン先の万年筆を、言い訳をしようとした近くの貴族の机に突き刺しながらアリアは言った。「ヒッ…!」と引き攣る悲鳴をあげた貴族に背を向けて、アリアは再び、自らの席へと戻っていく。

 公爵が付き従う女王の席に腰を下ろして、アリアは再び、怯える貴族達を見下ろした。


「民の為に死になさい。お前達が『貴族』だというのなら、未だお前達にその尊厳を守ろうという気が少しでもあるのなら。それが出来ないのであれば、お前達は『貴族』ではない」


 今この国は疲弊している。

 具の殆どないスープに固いパンを浸して暮らす民達の暮らし。それに反して、毎日のようにパーティーを開いていた貴族達。


 王都では毎日の炊き出しや、行き場のない人々のためのシェルターを作ったことで少しはマシになったというけれど、地方はもっとひどいという。

 当たり前のように、路地裏に骨の浮かんだ子供の死体が転がっている。口減しとして老いた母親や、生まれたばかりの子供を殺さなければならない村もある。


 変えなければならない。

 まずは貴族達の華やかな暮らしのために課せられた税を、民の暮らしを圧迫している税を全て取り払う。孤児を集めて育てられるように、働けなくなった人々を助けられるように福祉も作らなくてはならない。


 莫大な資金が必要になるだろう。税収がないのなら尚更に大変だ。

 けれど今のアリアには、その為の資金源があるのだ。多くの貴族家門を取り潰した際に押収した財産や、16歳になる前。宝石や土地をねだることで溜め込んだ私財も全て使ってしまうつもりである。城に埋め込んだ黄金だって宝石だって、既に売り払う手筈は整えてある。


「そして私は、『貴族』ではない者に、死後の尊厳が必要だとも思っていない」


 トドメのようにアリアが言えば、それ以降、アリアの言葉に意見を言うものは居なかった。

 エドガールの死にアリアは本来関わっては居ない。けれど貴族達は、せっかくあの悲惨な死に様にアリアが関わっていると思い込んでいるのだ。どうせならその誤解も利用して、アリアは彼らを黙らせた。


 グッと押し黙った貴族達。

 女王はにこりと笑って、「では、解散」とその日の議会を終わらせた。





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