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一方その頃、王都では。
貴族達が肩身を寄せ合い、日々不穏な噂話を交わしては怯えたように将来への不安を表していた。
不穏な噂。
つまり、エドガール夫妻の惨憺たる死に様。その話が王都まで伝わってきたのである。これは今の貴族社会において、最もセンセーショナルな話と言って良かった。
何せほんの少し前まで栄華を極め、この国で最も栄えていたカリスト家。その後継として広く知られていたエドガールが、罪人のように首を切られて、あまつさえその首をさらされたのだ。
この事実に動揺しない貴族は居なかった。これは貴族として最も屈辱的な死に様である。あのカリスト家の長子が行き着く終わりとは思えないほど、死後の尊厳をも踏み躙られるような最期であったのだ。
カリスト家の凋落は、最早疑いようのないものとなっていた。
侯爵、ロイド・カリストは多くの疑いをかけられ檻の中。
王配、ルイ・カリストは領地への道中、忽然と姿を消して今も消息が掴めない。暗殺されたという噂もある。
そして極め付けが、今回のエドガールの一件である。
カリストは終わってしまった。
唯一エドガールの娘であるエルシー・カリストについては情報が分からないが、隣国の奴隷市場で少し前、『高貴な娘』が売りに出されたという話もある。
顔も名前も、髪の色も分からない。だから明確にエルシー・カリストと結び付けることは出来ないけれど、恐らくはそういうことだろう。
この国で最も大きな権力と溢れんばかりの財を持っていた家門が、ほんのひと月足らずでこうも落ちぶれてしまった。
その歴史と規模を考えれば、本来であればあり得ない早さでの没落。
誰もが悟っていた。
これを成し遂げたのは、齢16の女王なのだろうと。
誰もが怯えていた。
次にそうなるのは、自分かもしれないと。
「何というか。ここまで来ると私、ナマハゲみたいね?」
「ナマハ……?」
ふとした様子でアリアが言うと、ジャックは不思議そうにそう繰り返した。ついでに彼の膝に乗っている真っ白ぽわぽわのポメラニアン。ジャバウォックも全く同じ表情できょとんとして、「わふ……?」と同じ角度で首を傾けている。
そんな二人に、アリアは思わず「ふっ……!」と吹き出した。
この二人は何というか、同じように育ったからか、時々兄弟みたいに表情や動きがシンクロするのだ。
「ふふ……っ。そういう伝承がね、あるのよ。ナマハゲとかもったいないおばけみたいな」
「ナマハ……、も?」
「ナマハゲに、もったいないおばけ。悪いことをしたらナマハゲが来るよ、ものを粗末にしたらもったいないおばけが出るよ。まぁ、子供向けのお伽話、みたいなものね」
「なるほど、ワンダー・ワンダーみたいな」
「分からないけど多分そう」
くすくすと喉をくすぐらせて、アリアは頬杖を付く。
アリアの執務室。つまり女王のための執務室に、ジャックのための机を置いたのは記憶に新しい。お陰でジャックは仕事をしながら、膝に肩にとジャバウォックによじ登られる羽目になっている。
まぁジャバウォックも、肝心のジャックが頭を抱えながら、けれど満更でもない様子なので辞めないのだろうけれど。
この子は賢い犬なのだ。アリアの側に来るのは、アリアが休憩中だけというあたり、しっかり人も選んでいることが見て取れるし。
そして膝に乗ったりする以外は基本的に大人しいので、あまり仕事の邪魔にはならないのも小賢しくて可愛らしい。
許されるギリギリをいつも見計らっているのである。
「貴族達はすっかり私に怯えているわ。牢に閉じ込められたロイド・カリスト。領地への道中、忽然と姿を消した王配のルイ。そしてエドガール夫妻の不可解な死にも当然私が関わっていると思ってる」
「まぁ、半分以上は当たっていますからね。説得力があるんでしょう」
「それでも失礼しちゃうわ。私、何の益もないのに晒し首なんて悪趣味なこと、わざわざしないもの」
ぐいーっ!と背筋を伸ばしながらアリアが言った。
どうやら集中力は完全に途切れてしまったらしい。こういう時には無理に仕事を続けさせるよりも、一度きちんと休憩を取らせるに限る。
ジャックは「陛下は基本、合理的な方ですからね」と頷いて、それからおもむろにジャバウォックをアリアの机の上に置いた。
すると空気が読める誇り高きポメラニアンことジャバウォックは、「わふ!」とアリアの机の上で一回転。愛犬が嬉しそうに尻尾を降れば、アリアはあっという間に陥落してしてしまうのだ。
今日のアリアも例外ではない。「ジャバウォック〜〜!」ととろけた笑みでポメラニアンの白い毛並みに顔をうずめて、すっかりだめになる。女王をだめにするポメラニアンの異名は伊達ではなかった。
ジャックがその隙に手早く済ませることといえば、休憩の用意。つまりは午後の紅茶の時間の用意である。
今日はあらかじめ用意をしておいた水出しの紅茶なので、湯を沸かしたりする必要はない。グラスに注いで、簡単に飾り切りしたレモンを添えれば良い。実にお手軽なことである。
あとは、午前のうちに焼いたクッキーを添えれば完成だ。
「陛下。あ」
皿に乗せたクッキー。そのうちの一枚を摘んで、ジャックはおもむろにアリアに差し出した。
アリアはするとジャバウォックを膝に抱っこしたまま、「あー、んむ」とジャックの指からそれを含む。実に慣れた様子であった。
「どうですか?」
「すごく罪の味。すごく良い。深夜に食べたい」
「それは良かった。カロリーを上げるためにバターを多めに入れてみたんです」
「なっ!なんてことなの……!年頃の乙女になんたる暴挙!女王に対する反逆と見たわ!」
「はいはい。文句は鏡を見てから言ってくださいね。この頃の陛下は痩せすぎです」
「乙女の体型に言及するなんてサイテー!」
「体型というより健康に物申してます」
「良いじゃない、時代はスレンダーよ、スリムこそが美よ!痩せた、なんて、世が世なら褒め言葉なんだからねっ」
「思ってもいない癖に……。俺だって陛下がこんな不健康な痩せ方をしていなければ、こんな強硬手段には出ません。今の陛下には、無理矢理にでも熱量を摂取していただく必要があると思いました!」
「ぐぅ……!」
「ぐうの音が出せる程度にはご自覚があったようで何より。さ、もう一枚行きますよ。ほらあーん」
「くっ……!この卑怯者……!」
「ご感想は?」
「おいしい。最高。もう一枚。明日はフィナンシェが良い」
「はいはい。水分もとってくださいね」
茶番劇が一通り済んで、再びアリアは雛鳥よろしく大人しくなる。今のアリアはジャバウォックを抱っこするのに忙しいので、両手のリソースを他に割く余裕がないのだ。
グラスに刺された藁のストロー。案外しっかりしていて、アリア曰く「案外いける。紙よりずっとマシ」なそれを差し出せば、アリアはやはりそれを素直に口に含んだ。
これはここのところ、あまりの多忙とストレスに悩まされていたアリアを何とか健康に押し留めるための、ジャックなりの苦肉の策であった。
叩けば出過ぎる貴族達、そして役人達の埃。しかしあまり処刑を急ぎ過ぎては人手不足が加速して、国がそもそも回らなくなってしまう嫌な現実。処刑の順番を考えたりと最近のアリアはとにかく忙しい。
忙しさとストレスのあまり、「どうしてうちの貴族はみんなこうなの!貴族の誇りはどうなったの!ご先祖様がクサバのカゲで泣いているわよ!?」と叫んでいるのも、ここ最近のアリアに良く見られる光景であった。
「それで、話を戻すけれど。貴族達にとって、今の私はナマハゲなのよ。悪いことをしたらやってくるこわーいもの。首を刎ねて、あまつさえその首を晒すという残酷なことを平気でする恐ろしい女王なの」
「実際には半分しかあってませんけど、まぁ、彼らにとってはそうでしょうね」
「人のことを何だと思っているのか、ちょっと一人ひとりに問いただしてみたい気はするけれど……。でも悪いことばかりとはいえないのよね。お陰で貴族派どころか、ここ最近少し調子に乗って生意気だった王権派達までビクビクしてる。可愛いことにね」
くすくすと肩を揺らしながら、アリアは上機嫌に笑った。
不名誉だとは思うし、ここ暫くアリアの顔を見るだけで「ヒィッ!」と怯える大の大人達。それなりに立場もあるいい歳をした男達の情けない姿を見ても、ちっともイラッと来ないと言えば嘘になるけれど。
けれど、まぁその辺りは別に良いだろう。そもそもアリアに名誉なんて、元々あったものではない。
少し前までは『愚かな子供、傀儡の女王』。
今となっては、『血に飢えた、狂った独裁者』だなんて呼ばれている。
アリアは女王だけれど、アリアに名誉なんてあった試しはない。あるのは復讐心とも言い換えられるような、中途半端な矜持だけである。
「エドガールを捕まえられなかったことは残念だわ。ロイドがなかなか口を割らない分、彼には聞きたいことが山ほどあったのに」
「そうですね。ロイド・カリストは高齢です。下手に拷問を強めて、殺してしまっては元も子もない。まだ明らかになっていないことが多過ぎますから。情報源という意味でも、若く健康なカリストの直系は是が非にも欲しかった。王配殿下は既にアントレイ家に送ってしまいましたし」
「ええ。でも、情報源としてのカリストを手に入れられなかったことは痛手でも……。エドガールがあんな殺された方をしたのは、ある意味私にとっても都合が良かった」
アリアが立て続けに起こした、ロイドの幽閉、ルイの不可解な失踪事件。それもあって貴族達は、当然のようにエドガールの死に様にもアリアが関わっていると考えた。
実際には、おそらくは彼の自業自得なのだろうけど。何せエドガールは柔らかな顔をして、かなり裏社会の者達と付き合いがあったようなのである。
もっとも。
カリスト家の罪には関わっていなかった、エドガールの妻セシリアの死。そして彼らの娘エルシーがいまだに行方不明であることは、アリアの力不足が招いたことだとは理解しているけれど。
「……エドガール夫妻の死に様は、この王都にも大きな衝撃をもたらしたわ。プライドや尊厳を何よりも大事にする貴族達にとって、死後もそれを、あれだけむごい形で踏み付けにされることは恐ろしくて堪らないことだった。しかも処刑どころか、暗殺同然に、秘密裏に殺されるのよ?女王はそこまで手段を選ばないのかって怯えてる」
これまでのアリアは一応、正当な理由ありきで貴族達を処刑してきた。だからどこかで勝手に安心していた王権派の貴族達も、けれど今は、アリアの不興を買うことを何よりも恐れている。
秘密裏に殺されて、首をさらされるのは嫌だから。お陰でアリアが少し脅せば、貴族達はすっかり縮み込んでしまうのが現状というやつだった。
「今しかない、って思うのよね」
「楽しそうな顔。また何を企んでいるんですか?」
「んふふ」
机の上に頬杖を付き、あからさまにたくらんだ顔。
齢16の女王陛下はにこにこと上機嫌に、「普通なら流石に貴族の反発が大きくて、まともに進められなかったこと」と答えた。
すなわち。
「一年間、全部の税の完全廃止♡」
つまり、そういうことである。




