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9話

お読み下さりありがとうございます



 ガトゥーラ侯爵邸に戻ってきたところで、私と護衛の三人はファウルドを連れて一度応接間に入る。

 ルキは玄関前で父様からお叱りを受けているが。


「リュシー、こちらの可愛らしい男の子は?」


 母様は、大の可愛らしい物好きだ。物でも人でも動物でもである。


「ファイニール辺境伯様のご令息です」


「はじめまして、ファウルド・ファイニールです」


「あらまぁ。辺境伯様といえば緋色の髪に金色の···お父様と同じなのね!」


 母様は、ファウルドをソファーへ促すと、侍女にお茶ではなく果実水と焼き菓子を用意するように話し「ゆっくりなさってね」ニコリと微笑み退室した。

 本来なら、ファウルドの相手をしていたかったはずなのだが、何せ今は稼ぎ時らしく執務室には書類が山のように積まれているのだ。

 父様が王宮の宰相ということで、侯爵の仕事のほとんどを母様がこなしているからね。


 護衛の三人も席に座わらせ果実水を勧めると、侍女の二人は私に目をパチパチさせる。前回教えられた合図である。私は小さく頷き、ちょっと大袈裟に声を膨らませた。


「そうそう。護衛の貴方たちが早く侯爵邸に慣れるように、侍女の二人を紹介しますね」

「アン、こちらへ来て挨拶を···」


「はい。私は、アンリエッタ・マクエルと申します。これから宜しくお願いいたします」


「次は、エリーよ···」


「はい。私は、エリノーラ・ザクリーグと申します。宜しくお願いいたしますわ」


「アンはマクエル子爵、エリーはザクリーグ子爵の令嬢なの。私付きの侍女なので、これから何かあるときは、この二人をよろしくね」


 二人を無事紹介し終えたところで扉がガチャリと開かれ、父様とルキが入ってきた。


 父様が、侍女に執事のライモンドを呼ぶように言うと、すぐさま執事は応接間へやって来た。


「あぁ、ライモンド。こちらはファイニール辺境伯様のご令息で、ファウルド君だ。何日間かうちでお預かりすることになったので、部屋を用意してほしい。それと、着替えも頼む」


「畏まりました。それでは、衣装のサイズを測らせていただきます」


「測り終わったら、そのまま邸の中を案内してほしい。そうだな、ライモンドと二人では会話がないだろうから、君たち二人も一緒に行きなさい」


 ファウルドは、執事の後ろでアンとエリーに挟まれて応接間から出ていった。


 その後、父様がルキに問う「預かるのはいいが、何があったのだ?」まだ父様も何も聞かされていなかったらしい。


「簡単に説明いたしますと――」


 昨日、ファウルドが王都で誘拐され、先程マルロー男爵の領地にて発見され保護した。

 誘拐を実行したのはマルロー男爵。しかし、主犯は違う人物だと男爵が口を割った。主犯を捕まえるための証拠がないので、男爵を使い証拠を作るため、今はまだファウルドを保護したことを知られたくない。その為、彼をガトゥーラ侯爵邸に連れてきた。


「ファイニール辺境伯は何と?」


「巻き込んでしまって申し訳ないと」


「···巻き込んで?···イルキス様、主犯は誰だ?」


「あー、まだ証拠がないので···主犯かどうかは分からないのです」


「なら、言い方を変えよう。マルロー男爵から聞いた主犯に成りうる人物の名は?」


「ガトゥーラ侯爵、勘弁して下さい」


「分かった。婚約は解消する」


「バインダル公爵です」


「そうか、聞かなかった事にしよう」


「でも、言いましたよ。婚約解消しませんよ」


···婚約は関係ないでしょう

···最後の返しはおかしいのでは?




 今日は、朝から色々なことがあって私も疲れた。ルキに言って、護衛の三人にも帰ってもらった。

 帰るときにマキシが「あんな棒読みじゃ役者になれないよ」と言い、セクレイト様が「好みじゃありません」と、ダン様は「間に合ってます」と言い帰っていった。


···はて?はてはて?

···なるほど!そうか

···私は侍女に上手く使われていたのか



 先に湯浴みをしようと浴槽に入るが、侍女らが来ない。

 カチッと、扉が開かれると「遅かったわね。体を洗ってもらっても?」と言うと「俺でよければ」と···振り返れば全裸でルキが立っていた。


「どうしてルキがここにいるのよ?」


「侍女に代わると言ったから」


「どうして代わったのよ?」


「一緒に湯浴みするから」



 そして、気がついたときには夕食の時間になっていた。


 夕食の席では、弟のカイルの隣の席でファウルドは仲良く食事をしている。

 カイルはもうすぐ六歳になるが、大人びて見えるファウルドの年齢はいくつになるのだろうか。


「食事中に失礼ですが、ファウルドは何歳になるのですか?」


「僕の年齢は8歳です」


「そうなの?もっとお兄さんかと思ったわ」


「カイルもファウルド君くらいになれば、しっかりしてくれるかしら?甘えん坊さんだものね」


 母様が話に入ってくると、父様まで「そうだね」と話に参加してきた。そして和やかな雰囲気での食事となったのだが――。


 食事も終わりに近づくと、ファウルドは突然自分の話を切り出した。


「僕が王都にきたのは、父上が若い女性と結婚するからですが、どんな女性だか知っていますか?本当ならば今日はその方とお会いすることになっていたのですが、会えなかったから···」


「私のお友達よ。とても美人で、強くて、頭もよく、優しい素敵な人よ!ね、ルキ!」


「俺の従妹だ。そうだな、努力家だな」


「とても教養のある素晴らしい女性だと思うわ。ファウルド君も気に入るはずよ」


 最後、母様の言葉にファウルドは顔を歪ませて、テーブルの上で拳を握った。


「あんなに母上以外の人とは結婚しないって言っていたのに、突然手紙で王都に呼び出され帰ってきたら新しいお母さんができるって···。周りの人たちから無理矢理押し付けられた政略結婚だって聞きました」


 吐き出した言葉の次に、口をキュッと結び俯いた。ファウルドは大人びているのではなく、一生懸命背伸びをして外面を取り繕っていたのだ。

 そんな彼の姿を見ていると、私の胸もチクリと痛みを感じた。


「ファイニール辺境伯は、君に何と言っていたんだ?新しいお母さんが出来ると言った他には何と?」


 ルキがファウルドに問う。


「彼女に会ってほしいと言われました」


「そうか、では今君がこの場で言ったことをフローレンスにそのまま言ってやれ」


「えっ?」


「なんだ?自分の気持ちも伝えられないのか?」


「·····」


「はぁ、気持ちも分からなくはない。いきなり父親が掌を返したのだからな。だが、父親は会ってほしいと言ったのだろう?君自身の目で、父親の決めたことを見て確かめさせたかったからじゃないのか?」


「他の奴等から聞いたという政略結婚ならば、会わせる必要もなく結婚させられてるぞ。大好きな父親なら、父親の意図も理解できるだろう?だったら、あとは君の思いをぶつけてみればいい。出来るよな?」


「···はい。言えます。いえ、言います」


 そしてルキは執事を呼んだ。フローレンスに至急手紙を書きたいと。

 すると、父様は、ため息を吐いた「イルキス様の封蝋はないぞ」確かに家には無いね。


 その後で、執事からドゥルッセン公爵より父様宛に手紙が届いたので、食事のあとに渡そうと思っていたのだが今お持ちしますので、先に読まれてみては?と、急いで手紙を持ってきてくれた。


 父様が手紙を読み終えると、また一つため息を吐いた。

 内容の提示を母様が急かすと、父様はルキを見て「明日、朝一でドゥルッセン公爵様がフローレンス嬢と共に我が家にお越しになるそうだ」それを聞いた執事の顔が青ざめた。今から準備をするには、人手が足りないらしい。


「そうですか。よかったなファウルド。君の思いが明日の朝一で解消されることを願うよ」


「はい。言ってやります」




 



 そして今、ガトゥーラ侯爵邸一番の応接間でレンと私は二人きりで待たされている。


 しかし、今朝は驚いた。ドゥルッセン公爵様は騎士服を身に纏い、フローレンスの護衛に見せかけてガトゥーラ邸へ来たのである。


「あの格好、皆さんビックリなさって···笑いを堪えるのが大変でしたわ。フフッ」


 朝のドゥルッセン公爵邸のエントランスでは、公爵様のお姿に大パニックだったらしい。可哀想なのは、一緒に来られた護衛の皆さんだったとか。


 後妻になるなどと反対していたドゥルッセン公爵様だが、これから孫になるファウルドの身をとても心配していて今日の訪問となったらしい。ドゥルッセン公爵様が、ガトゥーラ侯爵邸に来ることは、貴族たちの関心が一気に集まるため、変装をして娘のお茶会のお供の一人として来たのである。


「失礼します。ファウルド様がお越しになりました」


 侍女に通すように言うと、緋色の髪がひょこりと顔を出した。


「お待たせいたしました。今、ドゥルッセン公爵様をお見送りしてまいりました」


「そうですか。では、紹介いたしますね。こちらは、フローレンス・ドゥルッセン様です。ファイニール辺境伯お父様のご婚約者様です」


「はじめまして、ファウルド・ファイニールです。今回はご心配をお掛けしました」


「私は、フローレンス・ドゥルッセンです。無事で何よりでしたわ」


 席に座ると、なぜか?隣に座ってきたファウルド。よく見ると、作った小さな拳が震えていた。私はファウルドの背に手を当てて「飲み物は果実水でいいですか」と彼に微笑んで見せた。


 その様子を見ていたレンも気がついたのだろう。目配せをした。我が家の侍女たちはお茶の用意を終えると部屋から出ていった。


···我が家の侍女だよね?

···私は合図していないよね?



「リュシー、今更よ」お茶を一口飲むとレンは私を見て微笑んだ。


「ファウルド様、先ほどリュシーが紹介してくれましたが私からもう一度申し上げます。ファウルド様のお父様、ラファイエ・ファイニール辺境伯様の婚約者となりましたフローレンス・ドゥルッセンです」


「私のことを、お父様からは何とお聞きになっていますか?」


 このレンの問いにファウルドは、金に緑がかった瞳でレンを見据え、直球をぶつけたのである。昨夜、ルキに話した思いを――。


 レンは最後までファウルドの話を静かに目を逸らさずに聞いていた。


「ファウルド様のお気持ちは分かりましたわ。でも、私たちの婚姻はお互いの意思によるものです。私はファイニール辺境伯様へ嫁ぎます」


「ファウルド様にお聞きしますが、お父様がお母様以外の方と結婚しないと言っていたのに、私と結婚することになったので、許せないのですか?」


「いえ。僕は、今までそう聞いていたのに、王都から帰ってきたら、話が急に変わっていたので、無理矢理の婚姻話に怒りを感じました」


「そうですか。では、問題の一つは解消されましたわね。王都にお父様がいらしたときに、私が求婚しました。5年間お慕いしていましたわ。猛烈アタックしまくりだったのですのよ。無理矢理ではありませんし、政略結婚でもありませんわ。フフッ···」


「次に、ファウルド様自身が新しい母親を迎えるのが嫌なのですか?」


「···そうです。新しい母親はいらない」


「そうですか。では、もう一つの問題も解決しましたわ。私がファウルド様の母親にならなければいいのです」


「えっ?」


「戸籍上は無理ですが。···他に何かあればお聞きしますわ」


「·····」


「無いのですね?では、問題も無事解決しましたし、これから宜しくお願いいたしますわ。さぁ、お茶を楽しみましょう」


 『無』になっているファウルドをチラリと見ると、信じられないものを目にしたような顔で呆けていた。


···ファウルド、分かるよ君の気持ちが

···すごく分かるよ



 多分、レンもこの状況を分かっているはず。

 一先ず出だしに釘を打ち付けたのだろう。公爵令嬢の淑女とは、一体どんな勉強をさせられてきたのか。まぁ、レンの場合は性格もあるだろうが。


「今日は、一日ガトゥーラ侯爵邸でファウルド様と一緒にお世話になるので、色々持ってきてみましたの」


 そういって、護衛を呼び荷物を運び入れるように話す。荷物から取り出したのは···騎士服とレイピア?


「さぁ、さっそく着替えてファウルド様の腕の程を拝見させていただきますわ」


「···ちょ···ちょっと待ってください。僕は女性に剣を向けるなんてことできません」


「あら?私は王宮騎士団の騎士ですわよ?」


「えっ?」


「リュシー、着替えをしたいのだけど」


「では、私の部屋で。アン、エリーお願いね」


 侍女二人に私の部屋へレンを連れていってもらった。残された私にファウルドが視線を向ける。


「なんなんですか?あの女性は···あんな人、初めてです」


···いや、あんなのが何人もいたらねー

···あら?ルキもいるから、他にもいるかもね



「まぁ、どうせ暇なんだし。レンをギャフンと言わせましょう」


「はぁ」


「ファウルド様、剣術は得意ですか?」


「もちろんです」


「では、負けないでくださいね!彼女が騎士になった重みは相当ですよ。受け止めてあげて下さい」


 そうして、ダン様を審判にガトゥーラ侯爵邸の庭園にて、観衆は私とマキシ、セクレイト様、侍女らだけであるが、これから親子となる二人の戦いがはじまるのであった。




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