10話
レンとファウルドの戦いは怪我もなく無事に終了した。
初めて見るレンの白地に金の刺繍が入った騎士服姿は、いつものレンとは思えぬ程で、頭の先から足の爪先まで全ての印象ががらりと変わり、そこには公爵令嬢の姿はなかった。
そして、観衆は二人を残してさっさと去ることにした。余韻にひたり、うしろ髪を引かれる思いだが、邪魔だからね。
「さすが、辺境の地を守るファウルド様ですわ。子供ながらにお強い。たくさん学ばれましたのね」
「負けたのに誉められたくないです」
ファウルドは、頬を膨らまし口を尖らせる仕草が、負けた悔しさを物語った。
「私も辺境の地へ嫁ぐと決めてから、剣術を学ばせていただきましたが···いつも負けたのに誉められていましたわ。こんなでも公爵令嬢ですので···。悔しくて、負けた日は夜中も剣術の稽古をしましたの」
「夜中ですか?次の日でもよかったのでは?」
「昼間は、学院に通っていましたし、公爵令嬢としての淑女教育もあり。騎士団以外で剣術を学ぶ時間は夜中しかなかったのです」
「でも、頑張った甲斐がありました。これからもファウルド様と手合わせができますもの」
会話中は穏やかにレンに視線を合わせていたファウルドは、レンが微笑みながら顔を覗き込むと、顔を真っ赤にして俯いた。
「私もまだまだ子供ですの。学院を卒業してからまだ1週間位しか経っていないのです。もっと世の中の事を知りたいし、色々な事を学びたい。それと、もっと強くなって辺境の地を守れる一人になりたいですわ。ですので、ファウルド様にはまだまだ負けることができないの」
「ファウルド様に負けたときは、一つだけお願いを聞いてあげましてよ。まだまだ先になると思いますが、その日が待ち遠しいです」
☆
昼食を庭園の四阿にて摂り終わる頃には、レンとファウルドはすっかり仲良くなっていた。
いつの間にか愛称で呼び会う二人は、今朝出会ったばかりだとは、誰にも思えないほどだ。
午後からは、みんなで焼き菓子を作ろうと、レンは初めての挑戦に気合いを入れている。
食べたい菓子を言い合ったが、簡単に作れるものがなく、最終的に初心者向けのクッキーを作ることになった。
厨房のみんなが、冷や汗タラタラ言葉遣いはギクシャクでかなり疲弊してしまった。
仕方がない。だって、まさかの公爵令嬢が、更にまさかの辺境伯令息が、格下の侯爵邸の厨房でエプロン姿をお披露目しているのだ。
最高上位貴族の二人を相手にする厨房は、多分これが初であろう。厨房の皆さま、大変申し訳ありません。
何はともあれ、やっとこれから型抜きだ。
色々な形のクッキーを作りたいとの要望に応え、クッキー生地は三種類を作った。ベリーとローズヒップを乾燥させたものを粉にして混ぜ合わせたピンク色のもの。チョコレートを混ぜた、ちょっと焦げ茶色のもの。アーモンドを粉状とスライスにしたものを混ぜ合わせた生地の三種類だ。
一度私が手本を見せると、二人はすぐさま取りかかる。
「レン!見て!剣だよ。持ち手を茶色にしたんだ。こっちは、レンのレイピアで持ち手はピンク」
「あらあら、上手ですわ!折角ですから、辺境から来た皆さまの顔などもお作りしてみては?公爵邸でお渡ししますわよ」
次々に二人が形を作り終えたそれらを、厨房の方々が次々とオーブンに入れて焼いていく。
一人のシェフが私のところにやってきて「焦がしたらクビですか」なんて青ざめていた。
焼き上がったそれを冷ましたら、袋につめリボンをつけて完成した。時間は夕方になっていた。
お土産の焼いたクッキーを割らないように、丁寧に梱包してから籠に入れ、エントランスへ
移動した。
「今日は楽しかったわ。ガトゥーラ侯爵家の皆さま、無理難題を叶えて下さってありがとうございました」
「ルド、早く迎えに来れるといいのですが、問題が解決するまで待てますか」
「うん。ガトゥーラ侯爵邸で迎えに来てくれるのを待ってるよ」
「我慢できなくなったら、リュシーに言えば私でしたらすぐ来ますから、無理はしないように」
「ガトゥーラ侯爵家の皆さま、私の家族を宜しくお願いいたします」
そう言って、公爵令嬢のレンがエントランスに集まった使用人たちに向かってカーテシーをした。
私とファウルドが馬車に乗るレンの見送りを済ませてエントランスに戻ってくると、使用人たちは未だ感動の嵐だ。
「みんな、今日はありがとう。フローレンス様もあんなに喜んで下さって、ガトゥーラ侯爵家のみんなのお陰よ」
「リュシー、どうして泣いてる人がいるの?」
ファウルドは首を傾げながら聞いてきた。
「ファウルドもこれから色々学ぶと思うけど、最高上位貴族の成人した公爵令嬢が、下位貴族にあんな素晴らしいカーテシーをすることは有り得ないことなのよ」
「なぜですか?」
「簡単に言うと、上位貴族は下位貴族に命令してもお願いはしないって感じかしら?下位貴族は上位貴族に逆らえない。だから、王族や最高上位貴族みたいな偉い人たちは、間違いを犯してはいけないし謝ることもしない」
「公爵令嬢のレンが使用人に敬意を表し頭を下げた。有り得ないことなのよ。ファウルドを「宜しくお願いします」ってね。使用人のみんなは、感動して泣いているのよ」
「···家族って···僕のために頭を下げたの」
その時「旦那様のお帰りです」とエントランスに大きく声が響き渡った。
エントランスにいた一同は、邸の扉前に瞬時に並ぶ
「「「お帰りなさいませ」」」
「···ど、どうした?何かあったのか?人数が多くないか?···泣いてる侍女らは···な、何があったんだ?」
父様は、帰ってきた早々で大パニックに陥った。まぁ、こんな出迎えされたんじゃビックリだよね。
執事が、今しがたの出来事を耳打ちすると、父様の顔がみるみる青く···通り越して白くなっていき、慌てふためいた。
「な、なんだと?ドゥルッセン公爵令嬢が?」
開いた口が全く塞がる様子がない。
そこに、ルキまでもが邸の扉から現れる。
「「「お帰りなさいませ」」」
···?···みんな?···間違えているよ?
···ルキは、お客様だよ?
「どうした?···ガ、ガトゥーラ侯爵?」
ルキは父様の振り返った顔を見るなり、目をパチパチとさせ瞬きを繰り返す。
仕方がないので、私が状況を話すことにした。
ルキは、私が話をしているにも関わらず、後ろから抱きついてきて、ガトゥーラ侯爵家使用人たちの前で、私の肩に頭を乗せながら首に唇を押しあてている。これは何かの罰?
···父様。ダメだ。心ここにあらず
···みんなで温かな微笑みを向けないで
「イルキス様は過激なのですね」
ごめんね。8歳のファウルドに一言、言わせてしまいました。
「ガトゥーラ侯爵!まぁ、レンの矜持は、大事なものは己で守れだから···いいのでは?」
クスリと笑った後、何かを思い出したかのように瞳を大きく開き、ルキがマキシを見た。
「マキシリアン!一緒に来てくれ。君にしか頼めない事があるんだ」
「えぇー。今から夕食なんで終わってか···」
セクレイト様が、話している途中でマキシの首に紐を巻き付け引っ張って行く。
「···行きますよー。行きますってばー」
そして、ルキは私から離れると父様の肩をポンと叩き「今夜は戻れない。リュシーと邸を頼む」と言ってから、振り返り私を抱き寄せた。
···ここは、ガトゥーラ侯爵邸
···ここの当主は、父様ですが?
「すぐ、ケリをつけて帰ってくる」
ルキはそう言って、私の唇に唇を重ねてから、ガトゥーラ邸を後にした。
次話は、1週間後を予定しています。
あと2~3話で、誘拐事件を終わりにする予定です。




