20話
お読み下さりありがとうございます。
布地店で、カットアートグラスという珍しいグラスに注がれた冷たいお茶をいただいた後で、マティレクス殿下はグラスを購入できる販売店の場所を店主に聞いた。
「城都大通りを真っ直ぐ西に進んでいくと右側にガラス工房がございます。そちらなら、素敵な一点物が買えますわ」
その店は、他の店とは違って時間があれば客の要望に沿ったグラスを、その場でガラスを溶かして作ってくれるという。値段は張るが自分だけの一品を購入するならここしかないと、店主が自慢気に話す。
せっかくなのでこのグラスを購入したいと、隣に座っているマティレクス殿下が私に向き直って手を握りしめた。
···握る必要ないよね?
···毎回、手を掴んだりするけど?
···ハンドフェチ?
☆
そうして今、ガラス工房ではマティレクス殿下が自分でグラスを作りたいと言いだして工房の方たちと話している。
「ガラスを溶かすときに貴族様に火傷なんかされたら大変だから、見ててもらうしかないんだよ」
ガラスを溶かす温度は高温のため、工房の中に入るだけでも暑いのに、窯の前で火傷をしても責任がもてないと工房長が眉を下げる。
「ガラスを溶かす作業は何度か経験があるし、何かあったとしても責任はこちら側でとるから、作らせて欲しい」
しかし、マティレクス殿下がガラスを溶かす経験があるなんて?留学中にでも体験したことがあるのだろうか?
マティレクス殿下が何度もお願いをすると工房長はそこまで言うのならと、最後には折れて作業用のエプロンやら防具類など用意してくれた。
私は工房の中には入れて貰えなかったが、工房奥にある見学用の庭のテーブルに連れてこられ、そこからなら作業の様子がよく見えるからとマキシとマティレクス殿下の護衛の2人と一緒に制作の様子を見ていることにした。
ここではお茶を飲むことができるらしく、私はフルーツの入ったシトラスティーを注文することにした。
少しするとガラスの大きなティーポットが運ばれてきた。
テーブルの上に、中心に蝋燭が載せられたガラスの台座を置くと、その上にティーポットを載せた後で店員さんが「こちらの砂が下にすべて落ちたら飲み頃です」と砂時計を置いた。
ティーポットの中には、柑橘系のフルーツの輪切りがたくさん入っている。
「わぁー!ガラスの容器だから中が見えるのね!見た目も素敵で、フルーツのとてもいい香りがする」
砂時計の砂が落ちたところで4つのカップにそれを注ぐ。護衛の2人も初めて飲むフルーツのお茶に感動している。
「ルキにも飲ませてあげたいな。このティーポットを帰りに購入して帰りましょう。それとフルーツを買って帰らなきゃね!マキシもフルーツを選んでね!」
「うん。でもさ、この中には紅茶も入ってるから何の茶葉か聞いた方がいいよ。渋味が無い方がいいよね」
そうこうしてるうちに、マティレクス殿下のガラス作りが始まった。
鉄のような長い棒の先にガラス玉を付けて、それを窯の中で燃え盛る火の中に徐々に入れていく。クルクル回しながらゆっくり溶かしていき空気を入れていく。
それにしても、真剣な眼差しで作業をしているマティレクス殿下を見ると、本当に経験したことかあったらしく、工房の人たちに何を聞くでもなくて一人黙々と作業をしているようだ。
その光景は、以前どこかで見たような気がするが、初めてガラス工房に来たので、何かと錯覚しているらしい。しかし、作業中のマティレクス殿下を見れば見るほど何やら胸の奥がざわつくのだ。
「パリンッ」
「あっ、工房の人がガラスを割っちゃったねー。工房長に怒られてるよー」
「···リュシエル様?」
「···リュシエル様、どうしたんですか?」
「·····」
「リュシエル様、なぜ泣いているのですか?何か言って下さいよ。どうしたんですか?」
「·····」
私はマティレクス殿下から目を離せず、更にマキシに言葉を返せずいた。
「リュシエル様。どうしちゃったんだよ」
「···マ···マキ···シ」
どうにか手を動かしてマキシの腕を掴む。
「マ、マキシ」
そして視線をマキシに向けると、隣に座っていたマキシに抱きついた。
「···リュシエル様、何かあったのですね」
「護衛のお二方、申し訳ないがリュシエル様と2人にしてもらえますか?」
マキシは、私たちの声が聞こえないところまで護衛の2人を下がらせた。
そのあとマキシは、何かを察したのか何も聞かないで何度も背中を擦ってくれる。
「マキシ。ありがとう。落ち着いた」
「無理して笑わなくていいよ」
そういってポケットからハンカチを取り出すと、マキシは優しく涙を拭いてくれた。
私は混乱していた。
そして、少し考えてからマキシなら···と、今の出来事を話すことにした。
「マキシ。私、上手く話すことが出来ないんだけど···聞いて欲しいことがあるの」
「うん。話せることだけ話して···」
マキシは私の頭を何度か撫で、ゆっくりでいいよと泣き止むまで静かに待っててくれた。
「···私、思い出したのよ」
「うん。忘れ物でもしたのかい?」
「···そうなの。前世を忘れていたみたい」
「そっか。思い出せてよかったねー」
「···私、転生者だったわ」
「ふーん。そんな人もいるんだね」
「···自分でもあり得ないって思うけど」
「それを聞いたら、なるほどなーって思ったけど」
「···常識的に考えておかしいよね」
「おかしくないよー、納得いくしー」
その後、前世ではどんな人だったのかと聞かれ、思い出した限りの話をした。
小さい頃は、自分が転生者だと分かっていた。いつの間にか?どうしてか?忘れてしまっていた。
私が夢だと思っていた夢の中のレイカは、転生前の自分だったのだ。
転生前の私は、日本という国で里親探しの施設で育った。双子の弟と一緒に施設の前で捨てられていた。双子揃っての貰い先が無く、贅沢は出来なかったが最低限の生活は保証されていたし、たくさんの子供たちと家族のように過ごしていた。
高校生になった双子は、施設の近くにあるレジャー施設内でアルバイトをはじめた。私は牧場レストランへ弟は隣のガラス工房で学校が終わると働きにいった。20歳になると施設から出なくてはならないので準備資金をつくるためだった。卒業してからも2人はその場所で社員として働いていた。
そして、20歳を目前にして命を落とすことになったのだ。
その日、牧場レストランの閉店作業中に、店内を掃き掃除しているとテーブルの下にスマホが落ちていたのだ。店長に伝えると、帰りに交番へ届けてほしいと言わた。
弟がいつものように迎えにくる。閉店作業が終わるまで、残り物で店長が作ってくれたサンドイッチを食べながら私が終わるのを待っていた。
「シュウちゃん。おまたせー!ごめん、交番にお客様の忘れ物を届けて帰ることになっちゃって!」
「うん、さっき店長から聞いた!あっ、これ!工房でもらったんだ。レイカと施設から出たらアパートで使えってさ」
手渡されたのは、2つの薄いグリーンの切子グラスでクローバーの形が切り取られていた。
「わぁ!素敵ね!」
「だろう!俺がデザインしたんだ。まだ俺じゃ、こんなに大きなカットが出来ないからさ」
そうして交番前の交差点に着くと信号が赤だった。私はバックの中から先程のスマホを取り出した。
取り出すときに電源のスイッチを押してしまったのか、画面が光りだした。画面を見ると、小説を読んでいたらしい。
「レイカ、信号青になったぞ」
シュウちゃんに肩を叩かれ、2人で横断歩道を歩き始めると「キー」というブレーキ音に瞬時に視線が走る。その瞬間「レイカ!」シュウちゃんに名を呼ばれ抱きしめられたところで私の記憶は終わりだ。
その後の前世での記憶がないことから、そのときに多分死を迎えたんだと思う。
次に目を開けたときには、見たことのない男性と女性が私を見下ろしていた。それも、前世ではあり得ない髪色と瞳の色をした人達だった。
私は、自分が寝ていることに気づき、シュウちゃんを探そうと起き上がろうとしたが起き上がることが出来なくて、何度もシュウちゃんの名前を呼んでみても言葉に出来なく泣くことしか出来なかった。
そのときやっと理解したのだ。私は転生してこの新しい世界に生まれたばかりなのだと。
「どうして?···どうして私はこんな大事なことを忘れてしまっていたの?」
「マキシ、お願い。シュウちゃんを一緒に探して!シュウちゃんもこの世界にいるはずよ!マキシ、お願い。シュウちゃんに会いたい。シュウちゃんに会いたいよー」
マキシは抱きつく私に「一緒にシュウちゃんを探そうね」と背中を擦りながら言い、その後で目の前に現れた人物に視線を向けた。
20話まできました(感)




