5-3.無茶ぶり (3)
水無瀬おすすめのティーラウンジは、落ち着いた内装で、インテリアなども洒落ていた。クラシックが流れ、いかにも高級そうである。
店員の置いていったメニューを覗くと、やはり思ったとおりだ。ケーキと紅茶のセットで千円は軽く超えている。菜花が普段お茶する場合はチェーン店がほとんどで、飲み物のついたケーキセットで八百円ほど。ここはその倍だ。
「好きなのを選んでいいよ。どのケーキと紅茶を合わせたらいいのかわからなかったら、店員さんに聞けばアドバイスももらえるし」
「はい、ありがとうございます」
とはいえ、人の奢りだ。ここはできる限り謙虚に、と思っていたら、結翔はオーダーを水無瀬に任せてしまった。
「俺、水無瀬さんと一緒で。それがおすすめってことでしょ?」
ほんの少し首を傾げてニッコリと笑う。
これこそ出た、というやつだ。この笑顔で大抵の人間は落ちる。小さい頃からずっと、結翔はこの笑顔で大人を手玉に取ってきた。
こんなの、可愛いから許されるんでしょ! と心の中で盛大にツッコミを入れ、菜花はメニュー表で自分の顔を隠す。今の顔を二人に見せるわけにはいかない。
「ったく、吉良はしょうがないな。お前、絶対末っ子だろ? この甘え上手が」
「惜しい! 一人っ子です。でも、菜花とは幼馴染でもあるので、俺、兄貴ですよ!」
「兄貴ってガラか? 杉原さん、こいつ、ちゃんとお兄ちゃんしてた?」
話を振られ、菜花はメニュー表から顔を上げる。少し動揺しながらも、こう答えた。
「ある意味では……」
「ある意味?」
「よく遊んでくれたんですが、同じくらいよく揶揄われて。だから、遊んでくれてたんじゃなくて、私で遊んでたんじゃないかと」
「おい!」
「ははは! 本当に仲がいいんだね。羨ましいよ」
よかった。場がより和んだ気がする。
結翔はコミュニケーション能力が高く場を和ませる天才でもあるが、どうしてだか、いつも以上にそう意識しているように見えた。そこに何らかの意図を感じる。だから、頑張ってそれに乗ってみた。
結翔を見ると、満足そうな顔をしている。どうやら当たりのようだ。
結局、菜花も同じものをオーダーすることになり、テーブルにはケーキセットが三つ並べられる。
和栗のモンブランに、アッサムティー。紅茶はポットで用意され、一杯目だけを店員がカップに注いでいった。
「美味しそう……」
「美味しいよ。甘さは控えめなんだけど、香りがいいんだよね」
水無瀬がそう言って微笑み、紅茶を口にする。
菜花は早速ケーキを食べてみた。確かに甘さは控えめで、ほんのりと優しい風味に頬が緩む。
「気に入ってもらえたみたいだね」
「はい!」
「うっま! これ、たまんない!」
結翔もニコニコしながらケーキを頬張っている。
水無瀬と結翔は紅茶をストレートのまま飲んでいるが、菜花はミルクティーにする。アッサムといえばミルクティーだ。ピッチャーに入っているミルクを注いでいく。飲んでみると、コクはありつつもまろやかな味になっていた。香りもいい。仕事中だということを忘れてしまいそうだ。
美味しいケーキとお茶にすっかり癒され、菜花の緊張もかなり解れてきた。会話を楽しむ余裕も出てきたところで、ブブブッと小さな音が聞こえる。
「あぁ、僕だ。ちょっと出てくる」
音が鳴っていたのは水無瀬のスマートフォンだった。彼は通話するために一旦席を外す。
「忙しそうだね」
「なにせ、営業成績トップだから」
残った二人は、そのままのんびりとお茶を楽しむ。だが、結翔は少し声量を落とし、言った。
「実はさ、菜花に頼みたいことがあるんだ」
そう言われた瞬間、菜花は項垂れる。何か意図があるとは思ったが、ここで来るのか。
菜花は大きく溜息をついた。
「はぁぁ……。一応聞くけど、できるかどうかはわかんないよ」
「やれ。で、やってほしいことは……」
強制か! と密かにツッコミを入れながら話を聞いてみると、水無瀬の婚約者である専務の娘の写真が見たいということだった。
「はぁ? そんなの、結翔君がねだればいいだけじゃん」
「俺がねだっても、ガードが固いから言ってんだよ」
「結翔君でだめなら、私もだめじゃん」
「いや、それがそうでもない」
更に話を聞けば、水無瀬は男相手にはなんだかんだ言って逃げてしまうのだが、女相手だと見せてくれるのだという。実際、営業部の女子社員たちは皆見せてもらったのだそうだ。
「なんで女性なら見せてくれるんだろう?」
「さぁ? 女はより好奇心旺盛だし、よけいな噂を立てられても厄介だからじゃない? それに、牽制の意味もあるんじゃないかな」
「牽制?」
菜花が首を傾げると、結翔は肩を竦める。
「俺にはもう婚約者がいるから、そのつもりでっていう」
「……そんなの、皆もうわかってると思うけど」
「写真を見せた方が、より現実味があるじゃん。……ってまぁ、ほんとのところはわかんないけど」
男には見せず、女には見せる。
よくわからないが、要はあまり見せたくないのだろう。見せたいなら、男女問わず見せびらかすだろうから。




