表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

とある転生少女の驚愕

ヒロイン友人転生少女視点です。

 私の名前はルシエラ・オルディ。

 魔法使いで魔法学院の教員である父と普通の初等学舎の教員である母を持つ、貧乏でもなければお金持ちでもない一般庶民な十五歳。変わったところがあるとすれば、ひとつは父の血を受け継ぎ土の特性を持つ魔法使いであることだ。次の年には魔法学院への入学も決まっているが、才能の程はそこそこ。父も秀才タイプの人間なので、私自身もそれなりに努力しなければすぐにでも成績は底辺をいくことだろう。


 もうひとつはそれなりに自信を持って変わっていると言える話、前世の記憶を持つ転生者であるということだ。

 前世の私は日本に暮らす、オタクカルチャーの沼に身を沈めた女子高生だった。のだが、トラックに撥ねられて事故死という、あまりにもベタな末路を辿った。そしてどういうわけか生前に愛読していた少女漫画『恋も魔法も勉強中♪』の世界に転生してしまった。


 しかも作中無残にも殺される、主人公ヒロインの友人として。


 ……なんかもう、無残っていうか、肉片ひとつ残さず? その他大勢の学友たちと皆殺しされたキャラのひとりに、ルシエラ・オルディという銀髪ショートの可愛いキャラがいた。

 彼女(今の私)が誰に殺されるのかというと、同じ学友キャラだったはずの公爵令嬢、ユーキスアリア・リザベル・エルバスティエンスだ。


 ユーキスアリア嬢は長い黒髪が特徴的で、口数の少ないお人形さん系美少女。作中でも小柄な可愛らしい外見の少女として描かれ、なかなか設定が明らかにされなかったミステリアスさも相まり、連載当初からヒロインと並んで人気のキャラだった。そう、当初は。うん。

 そもそもこのユーキスアリア嬢。公爵令嬢で特殊な魔法を使え、ヒロインともその特別性から共通点のある、どう考えてもメインキャラのひとりだったのだが、それにしては不自然なほどにヒロインと一定以上仲良くなる描写が存在しなかった。無口キャラゆえに気付きづらかったとはいえ、後から読み返せば「まあそうなるわ」と頷くしかないのだが、ざっくり言うと彼女はヒロインと結ばれるヒーローのことが好きだったのだ。それも、ヒロインがヒーローと出会う以前から。ずっと。

 

 彼女は『融解』と呼ばれるとんでも魔法を使える人間で、そのために周囲から恐れられる存在だった。家族とさえまともに顔を合わせることが許されなかった彼女に対し、唯一笑顔を向けたのが、そのヒーローだったというわけだ。そりゃ意中の相手と仲良くなっていくヒロインなど、少しも親しくしたいとは思わないだろう。

 しかしその嫉妬も彼女は二年間耐えた。耐えたが、いよいよ三年生になったヒロインとヒーローが結ばれてしまい、彼女の嫉妬は限界を超えた。


 これが悪役令嬢ユーキスアリア爆誕の瞬間である。

 

 数多の事件や試験を乗り越え恋も勉学も幸せ絶頂だったヒロインだが、急に周囲の人間がヒロインと距離を置くようになりはじめる。それだけならばまだしも、ヒロインを故意に傷つけようとする生徒まで現れ始める。それに憤慨したヒーローとふたりで事の真相を調べ始めたヒロインは、最終的に首謀者であるユーキスアリアに辿りつき、なぜこんなことをしたのかと彼女に問い詰め――ヒーローとふたりで、彼女の最後のスイッチを押してしまった。


 ……あの場面で、見開きにドンと描かれたユーキスアリアの顔には、当時ページ捲った瞬間に雑誌を閉じた。これ恋愛じゃなくてホラーじゃねえかとジャンルに対するつっこみをしたくなるほど恐かった。自らの両手両足を血に染め、完全レイプ目のまま、これまでくすりともしなかったユーキスアリアが、狂ったように笑い始めるという……あの作者はホラーにも才能があったんじゃないかと未だに思う。


 あとの展開はもう阿鼻叫喚地獄絵図だった。正気を失ったユーキスアリア嬢は、周囲にいたヒロインの友人たちをその力で液体へと融かし、「こうすれば私もあなたに近づけますか?」とケラケラ笑いながら逃げ惑うヒロインとヒーローを追い続け。そしてとうとう逃げ場も失われたという時に、学院の職員たちの力で意識を昏倒させられ、ヒロインたちは間一髪助かるという展開だった。


 それまでドタバタ学園ファンタジーものとしてやってきた作品がホラー漫画に早変わり。その展開が掲載当初はひどく話題になり、作者がトチ狂ったのではないかという憶測が飛び交った。それと同時にこれまで『可愛い無口キャラ』だったユーキスアリアの扱いも『クレイジーでサイコヤンデレな悪役令嬢様』へと様変わりを果たした。

 境遇がどうあれ名前もあったキャラを複数殺した彼女は、嫌われることも多かった。コアなファンもいるにはいたが、主な読者層には受け入れられなかったと捉えるべきだろう。


 ちなみに、意識が昏倒した後のユーキスアリア嬢の末路は悲惨の一言に尽きる。

 娘が大量虐殺を行ったということに焦った彼女の両親は、彼女の身体を研究材料として学院に明け渡し、事件のもみ消しを図るのだ。『融解』というこれまでに例のない特性の持ち主を好きにできるということで、学院側もそれを承諾し、彼女はその危険性から両目を抉られ実家の地下に拘束。最終的に意識は失ったまま身体機能だけが生かされ続け、身体中を弄られまくるというあんまりな後日談が公式で明らかにされている。


 おそらく作者は物語の終盤におけるラスボスとして描いたつもりだろうし、最後の障害と悲しみを乗り越えたヒロインとヒーローは、ハッピーエンドとして学院卒業後ゴールインを果たした。物議だらけではあったが、ヒロインたちにはおめでとうと言葉をかけるファンが大半だった。


 私は正直、ユーキスアリアに少し同情してしまって、ラストの展開だけは好きになれなかった。好きな漫画だっただけに、それだけが本当に残念だった。


 …………完全な他人事なら、それで終わったんだけどね?


「どうしたの? ルシエラ。大声なんか出して」


 他人事でなくなった今、私は従姉のそんな言葉で我に返った。そこで初めて、自分が取り返しのつかない大失敗を犯したことに気が付く。


 いやでも待ってよ泣く子も黙る天下のヤンデレ令嬢、ユーキスアリア嬢とこんなところで鉢合わせするとは思わないじゃない!? 私はただ引っ越しした親戚家族の手伝い兼観光でこの町にやって来ただけなのに、入学するまでの最後のお楽しみ、むしろ今生最後かもしれない親戚や従姉との時間を謳歌しにきたっていうのに!

 ああどうしてこうなる前に気付いて逃げなかったんだろう……従姉の様子が昨日からおかしくて、どうしたのかと気になって来てみればこのザマだ。公爵令嬢である彼女が町娘のような恰好でパン売りの真似事をしているのもよくわからない。これはなんなの? 実はそういう設定だったの?


「な、なんでも、ないわ。それより私、先に帰って――」


 とりあえず妙なことになる前に逃げ出そう! 今は私のことなんて知らないだろうけど、なにかあってからでは遅い! そう慌てて逃げようとしたところで、やめておけばいいのに彼女の様子を見てしまった。

 ガン見だった。大きな赤い瞳をこちらに向けて、瞬き一つしていなかった。それでいて表情が変わらないものだから、何を考えているのかまったくわからない。恐い。そんなことでぎしりと身体が固まってしまい、私は一歩踏み出せなくなる。


 そんな時だった。


「こんにちは」


 不意に目の前へ、黒髪の長身イケメンが現れた。一応この人物には見覚えがある。昨日、引っ越しに際して必要になった物資を運んでくれた、笑顔の眩しいお兄さんだ。今日も今日とて、にこにことした人の好いこの笑みには息が洩れそうになる。

 いやそんな場合じゃないんだけど。


「昨日、オルディさんのお宅におられましたよね。妹さんですか?」

 

 長身イケメンはそう言って、従姉の方へと目を向ける。すると従姉がぱあっと目を輝かせたので、ようやくああそういうことかと察しがついた。業が深いね、男前は。あと私逃げていいですか。


「従妹のルシエラです! 昨日からうちの手伝いに来てくれていて、すごく助かってるんですよ。働いてくれた分、明日は我が侭たくさん聞くからね!」


 最後の言葉はこちらを向いて、にっこり笑顔と共に言われた。それはすごく楽しみだったんだけど……。


「あ、ありがと、姉さん……。それより私――」

「本当の姉妹みたいに仲が良いんですね。明日、どこかへ遊びに行かれるんですか?」

「そうなんです! 町外れに『偉大なる眠りの宮グラン・シンファリカ』ってあるじゃないですか。外観だけでも見に行こうって話になりまして!」


 駄目だ、従姉の目には黒髪イケメンしか映ってない。それとなく帰りたい雰囲気を察してくれない。普段はこうじゃないのに……。


 ちなみに、明日見に行く予定の『偉大なる眠りの宮グラン・シンファリカ』というのは、多くの功績を残した魔法使いたちが眠る墓地の名称だ。墓地といってもそれ自体が宮殿のような作りになっており、外観も綺麗だと言われている。そこに遺体を収められることが一種のステータスのようなもので、今でも埋葬を希望する魔法使いは多いらしい。認められるかどうかはともかくとして。

 ただし親族以外の立ち入りは禁止されているため、一般人は外観を見ることしかできない。私はその外側で売られている、とある有名な魔法使いに関するお土産物品の購入を父から仰せつかっていた。だから魔法使いの墓地なんて、物好きしか行かない場所に行こうとしているのだ。


「確かにあれは綺麗な建物ですから、一見の価値ありですね。お二人とも初めてですか?」


 嬉々と話す従姉へにこやかに頷き、イケメンは青紫の瞳をゆっくり細めた。


「ええ。私はここに越してきたばかりですし、ルシエラも初めて来たものですから。馬車の乗り間違えに注意しないといけませんね」

「なるほど。もしよければ、俺が案内しましょうか? 明日急に仕事が休みになって、なにをしようか迷っていたところなんですよ」

「ええぇッいいんですか!?」

「ちょ、ちょっと、姉さんっ」


 いくらイケメンだからって、昨日今日で知り合った男にほいほい付いて行くのはどうかと……。

 そう慌てて従姉の服の袖を引っ張るも、彼女は「やったわね! ルシエラ!」と気づいてくれる様子もなく、非常にご機嫌の様子。私はそれどころじゃないっていうのに……でもこちらから頼んだ手前、今更やめようとも言い出せない。それにこのイケメン自体はユーキスアリア嬢と関係もなく、さっき考えた通り今の彼女は私のことを知らないはずだ。さっきガン見されたのは、大声を上げて変に思われたと、そう思うことにしよう。


 それに私の考えが正しければ、この世界はある程度決められた道筋通りに話が進む世界だ。今ここで私が死ぬようなことはないだろう。……恐いものは恐いけど。


「……すみません、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします! ありがとうございます!」


 従姉と共にそう謝罪と礼に頭を下げると、黒髪のイケメンは「いえいえ」と何でもないように笑って見せた。


「こちらこそよろしくお願いします。俺のことはクロムと呼んでください」

「はい!」


 乙女の笑顔満開である従姉を傍目に、最後にそろりとユーキスアリア嬢の様子を窺う。

 彼女はパンを買いに来た人たちの対応をテキパキとこなし、もう私のことは見ていなかった。やっぱり大声を不審に思われただけだったのだろうか。そう少し安堵して息をつき、ふと小さな引っ掛かりを覚える。


 クロムって名前、どこかで知っているような……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ