第7章 冷凍庫開発失敗三連発!
〜兄の執務室氷河期事件〜
「冷たいものを冷たいままにしておけたら……夏でもアイスが食べられるのに!」
アリアは両手を腰に当て、真剣な表情で宣言した。
庭に魔法陣を描き、風と氷の魔力を組み合わせて“冷却魔法”の実験を始める。
「魔力を循環させて、温度を下げるだけ! 簡単よ!」
リサが心配そうに見守る中、アリアは杖を掲げた。
「――《フロスト・サークル》!」
瞬間、白い霧が渦を巻く。
爽やかな風が通り抜け……る、はずだった。
「お、お嬢さま! お花が、凍っていきますーっ!」
「えっ!?」
庭中のバラが一斉に氷の花に変わった。
芝生も、噴水も、さらには地面も――。
「ひゃあああ! 滑りますーっ!」
リサがツルンと転ぶ。
アリアも慌てて駆け寄るが、足元がつるつるに凍っていて上手く立てない。
「な、なんでこんなに……!?」
「お嬢さま! ここ、スケートリンクになってますー!」
その声と同時に、屋敷の窓が勢いよく開いた。
「アリア!」
氷の風を切って現れたのはアルノルト。
金の髪を風に乱し、真顔で庭に降り立つ。
「今度は何をした」
「え、えっと……冷蔵庫を……いえ、冷凍庫を……」
兄の顔が凍りついた。
いや、正確には庭ごと凍っている。
「……説明はあとでいい。とにかく止めろ」
アリアは慌てて魔法陣を解除。
氷が音を立てて解けていく。
しかし花壇は壊滅、芝はぺたんと凍死していた。
「わ、わたし、ちょっと冷やしすぎたかも……」
「“ちょっと”ではない」
アルノルトは額を押さえ、ため息をついた。
「次に実験するなら、せめて屋内でやれ」
「は、はい……!」
「……屋内と言っても、私の執務室はやめてくれよ」
その忠告が、後にまったく守られないことを、
このときの彼はまだ知らなかった――。
〜兄アルノルト凍結事件〜
「お嬢さま、また魔法陣を……まさか、また冷やすおつもりでは?」
リサの声は、完全に“既視感”に満ちていた。
アリアは机の上に描いた魔法式を指でトントンと叩く。
「今度は大丈夫。風の流れを調整して、温度を下げすぎないようにしたの!」
「調整という単語を信じていいのか、私は少し不安ですー!」
「リサ、信頼って大事よ?」
「信頼と無謀は紙一重ですー!」
そんな会話の最中――。
執務室の扉が静かに開いた。
「……また妙なことをしていないだろうな?」
アルノルトが現れた。
前回の“氷結庭園事件”以来、完全監視体制に入っているらしい。
「兄さま、今回は屋内で実験してみようと思って!」
「その選定場所が、よりによって私の執務室か?」
「だって、机が広くて魔法陣を描きやすいんですもん」
「……嫌な予感しかしない」
兄はそう言いつつも、机の端で書類を片付け、見守るように腕を組む。
アリアは嬉しそうに笑った。
「では、いきます! 《フロスト・サークル・β》!」
風が渦を巻く。
先ほどより穏やかで、静かな冷気。
一瞬、成功したように見えた。
が。
「……ん? なんだこの音は」
パキ……パキパキ……。
インク壺が白く凍り、ペンが固まり、書類が波打ったように凍結していく。
そして冷気はじわじわと部屋全体に――。
「ちょっ……ちょっと!?」
アリアの髪先が凍り始めた。
その横でアルノルトは無言のまま立っていた。
「兄さま!? うわ、顔が真っ白……!!」
「……アリア」
「はいっ!?」
「お前の“調整”という言葉は、やはり信用に値しない」
次の瞬間、アルノルトのマグカップが音を立てて氷像と化した。
「わああああっ! ご、ごめんなさいっ!!」
アリアが慌てて魔法を解除。
凍結した空気が溶けていくと同時に、兄の髪がしっとりと濡れた。
「……まるで氷風呂に入った気分だ」
「リフレッシュ効果ありますよ!?」
「黙れ」
アルノルトの返答は、低温よりも冷たかった。
〜レオン来訪&大爆笑事件〜
アリアが再び魔法陣を描き直している、その日の午後。
アルノルトは、半ば諦め顔でその様子を眺めていた。
「……次はどうやら“湿度調整”を覚えたらしい」
「はい! 冷えすぎず、空気を保つ魔法です!」
「……その説明を聞くと不安しかないのはなぜだ」
「えっと、多分“経験”のせいです!」
兄の返事は、ただのため息だった。
アリアが杖を掲げ、魔法陣が淡く光る。
今度こそ、冷気は穏やかに――
……と思いきや。
「ん?」
アルノルトが眉をひそめた。
空気がピキッと音を立て、室内の隅で霜が広がっていく。
「ひ、氷がまた増えてる!?」
「お嬢さま! お兄さまの髪がサラサラ氷仕様ですー!」
リサの悲鳴にも似た声が響く。
アルノルトの後ろ髪が、完全に凍りついてつんつん立っていた。
「……アリア」
「ご、ごめんなさいっ! あと少し、あと少しで安定するの!」
その瞬間。
――コン、コン。
「失礼しまーす。アルノルト様、財務部の書類を――」
扉を開けたのは、王城の同僚・レオン=グランツ。
金茶色の髪に、常に笑みを浮かべた青年だ。
が、扉の向こうに広がる光景を見た瞬間――
「…………」
数秒の沈黙。
そして、
「っぷ、ははははははははっ!!!」
腹を抱えて転げ回った。
「ちょ、レオン! 笑うな!!」
「笑うしかないでしょ!? なにこれ!? 王都の極寒地帯!?」
レオンの視線の先には、凍りついた机、氷像と化したペン立て、
そして中央で冷気をまとうアルノルト。
「ひゃははっ……書類が凍ってる! 印章まで氷漬けだ! あっ、アリア嬢まで凍気まとってる!? すごい! 芸術的だ!」
「違いますー! 実験失敗ですー!!」
リサの悲鳴に、アリアが慌てて魔法を解除。
冷気が溶け、床に水が広がる。
レオンはまだ笑いながら言った。
「アルノルト、おまえ……いつから研究室を冷凍庫にしたんだ?」
「してない」
「誰が?」
「こいつだ」
兄の指先が、ぴしりとアリアを指した。
「……うわぁ。まさかお嬢さまが犯人とは。
いや、発明者、だね?」
レオンは唇の端を上げた。
笑いを引っ込めたその顔には、どこか好奇心の光がある。
「でも、すごいな。温度を一定に保つ魔法なんて、王城の研究班でも安定してないのに」
「えっ……そうなんですか?」
「うん。これ使えたら、食料保存どころか医療にも応用できるよ。……ねぇ、アルノルト、この子、貸してくれない?」
「断る」
兄の返答は即答だった。
レオンは、軽く肩をすくめて笑う。
そして、持っていた小箱を差し出した。
「じゃあせめて、これを。
王城で余ってた“耐魔導断熱箱”。
たぶん、お嬢さまが欲しがると思う」
アリアの目が、ぱぁっと輝いた。
「これ、冷気を逃がさない素材ですね!?
つまり……! ミニ冷凍庫にできる!!」
「やっぱりそう来ると思った!」
「えへへ! 改造してみせます!」
アルノルトは無言で額を押さえる。
そして小さくつぶやいた。
「……また屋敷が氷河期になる気がする」




