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【第3章開始!】チートなき世の稀人たち~美少女(30代・独身男性)による見聞録~  作者: 松川あきら
第3章

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17.新しい魔道具とジビエ狩り



『セロ、ベル、そっちに行ったよ』

 耳元でアロイの声がする。

 私は近くにいるセロのほうを見た。セロが頷く。

 少し離れた位置で、茂った笹藪がガサガサと不穏な音を立てた。

『もう少しで見えるな。ベルナール、出てきたところで足止めだ』

 セロの声も耳元で聞こえた。



 10月に入って最初の定休日だった。引っ越しに備えて、商品の出入りを少し控えめにしているので店は最近ずっと暇だった。

 ――ので、私は新しい魔道具を作ったのだ。


 そもそも、以前からセロとアロイには通信具の改良をしてくれと言われていた。曰く、狩りや採集、護衛の際に通信具を使おうと思うと手が塞がるのが不便だと言うのだ。もちろん不便ではあるが、私は通信具というのはそういうものだと思っていた。魔法の通信具が使える範囲もさほど広くはないし、街とその周囲で使うくらいなら、片手が塞がる程度の使い心地でも充分だったのだ。


 ただ、街から離れた場所でも特定の相手と伝達ができないのかとか、例えば耳掛け式にすることで、手を使わずにやりとりできないのかとか、好き勝手に注文はつけられていた。「そのうちね」と返していたが、商品が少なくなった店のカウンターでぼんやりと考えていて、少し思いついた。


 有効範囲は狭くなるけれど、使用者の魔力と道具に配する魔石で繋げられる分だけと考えれば、かなり小さい魔道具にできるのではないか。だとしたら、セロやアロイが言う“片耳タイプのヘッドセット”とやらに近づけることはできるかもしれない。

 受信する魔石を魔導樹脂で包んで、片耳にはめ込むタイプにした。活動中に耳から外れてしまわないように、耳裏に引っ掛けるワイヤーも取り付けてある。そこから、これもまた魔導樹脂と魔石で、口元に向けて発信部を細長く伸ばす。魔石の魔力を使い果たしたら入れ替え式にすればいい。事前に、互いの魔石を登録しあうことで、仲間同士での通話を可能にする。通常の通信具はあちこちに立っている魔力通信塔を経由することで通信を可能にしているが、これは自分たちの魔力を使うので、通信塔の範囲には関係なく使える。



『めっちゃ聞こえるっスね、この魔道具!』

 次に私の耳元で叫んだ(ように聞こえる)声はティモだ。ティモの姿は見えない。アロイの近くにいるはずだ。

 ガササッと一際大きく笹藪が動いた。葉が枯れ始めた笹藪は丈高く茂ってはいるが、いくらかの隙間はある。その隙間からは黒い毛皮が見えた。先端が少しだけ銀色になっている、巨大な毛皮の塊。


「【月光の盾、水晶の檻……】」

 私は詠唱を始める。いつもは魔力の壁として立てるものを、今日は檻の形で作るようにイメージする。

「グオォッ!!」

 興奮したような声と共に笹藪から現れたのはグレートベアだ。

「【大いなる獣を捕らえる警手たれ】!」

 私の詠唱と同時に、グレートベアのすぐ目の前に魔力の檻が出現する。


 ガシャン!と、魔力で作られた半透明の檻が音を立てる。グレートベアの体当たりだ。一応、その程度では砕けないように魔力は充分に込めてある。

 見ると、グレートベアの鼻先が焼けただれていた。アロイの魔法によるものだろう。それをきっかけにしてアロイとティモがここまで追い込んできたのだ。

「【硝子の鱗と極光(オーロラ)(ひれ)、来たれ、紫電(しでん)の魚】」

 セロがそう呟きながら弓を引き絞る。つがえた矢の先端は、薄紫色の魔石を(やじり)として加工したものだ。さらに、セロの魔法によって矢全体が薄紫色の光をまとう。

「ガガァッ!!」

 半透明の檻に苛立ったグレートベアが立ち上がって吠える。

 その隙を逃さず、セロが矢を放った。その矢は狙い違わずグレートベアの口の中に吸い込まれてゆく。喉の奥に当たると同時に、バチンと音がした。


「ガ!!」

 その声を最後にグレートベアは立ち上がった姿勢のまま硬直した。

 ――それはそうだろう。鏃に使われていた魔石は雷属性のものだ。そこにさらにセロが雷の妖精をのせた。グレートベアの毛皮は硬く、普通の矢や細い刃物などはほとんど通らない。頭蓋骨も固いので普通に頭を狙ってもだめだ。

 ただし、口の中なら毛皮もないし、喉の奥からなら薄い骨を隔ててすぐに脳だ。そんな場所で雷の魔法を炸裂させられたなら、しばらくは麻痺するだろう。雷の衝撃が過ぎ去っても、運動障害のような後遺症も残り得る。一撃必殺すら可能な場所だ。


『ティモ、こっちに来て首を落とせ』

 セロの言葉に、グレートベアと同じように笹藪をガサガサ言わせながらティモが走ってきた。グレートベアの姿が見えるところまで来て、一瞬ひるんだように足を止める。

『大丈夫だよ、ティモ。しばらく動けないはずだ。そのまま斬っていいよ』

 私も新しい通信具にそう話す。ティモが頷いたのが見えた。

『い、いくっスよ!! どりゃぁぁぁっ!!』

 ティモが大斧を振りかぶる。グレートベアに向けて振り下ろす寸前、斧に仕込まれていた魔石がキラリと光った。そうだ、ティモの斧にも雷属性の魔石が嵌め込まれている。セロのように、相手をしびれさせるとか麻痺させる目的というよりも、斧の刃が当たった瞬間のダメージを増幅させる目的だ。


 ガッ!と、ティモの斧がグレートベアの首に振り下ろされたが、途中で刃は止まってしまった。セロによると、今目の前にいるグレートベアはおそらく3歳くらいだろうということだが、それでもティモの体より二回りは大きい。さすがに一撃で首を落とすまではいかなかったようだ。

「もう1回だ、ティモ」

 アロイの声が……今度は肉声で聞こえた。いつの間にか、私たちのすぐ近くまで走ってきていた。


 ――結局、何度かやり直す羽目にはなったが、無事にグレートベアを狩ることができた。

「ベル、放血が終わったら冷却してくれ」

 セロの言葉に頷く。

「それにしても……鹿かアナグマでも、って言ってたのにグレートベアを狩ることになるなんてね」

 そう言ってみるが、それを言えばそもそもは私が作った新しい通信具の実験のつもりだったのだ。


「にしても、これじゃ運べねぇよな。ちょっと組合まで天馬で飛んで転移陣の用意してくるからさ、どっか適当な場所で休憩でも……」

 セロがそう言いかけたところで、ティモが手を挙げる。

「あ、オレ、行ってくるっスよ。周辺を警戒しないと休憩もできないっスよね? そんならセロさんがここに残ったほうがいいっス」

 下のほうが少し開けてたんで、そこから天馬出せるっス!と叫んで、ティモは笹藪の下に走って行った。


「ティモもいくつか仕事をして成長したみたいだね。役割分担ができるようになってる」

 アロイが少し嬉しそうに笑った。

「じゃあ連絡はティモに任せて、少し休憩するか。といっても、ここらじゃ焚き火するには危ねぇから、各自、湯沸かしカップだな」

 セロが周囲を見回しながら言う。10月に入って、空気も乾燥しているし、枯れた笹の葉や広葉樹の落葉も目立っている。確かに焚き火をすれば山火事の原因になりそうだ。




 新しい魔道具を作ったと、最初にアロイに伝えたら、ぜひ使ってみたいと言った。そしてどうせなら、ジビエを狩りたいと言った。9月いっぱいは医術院のほうが忙しかったので、息抜きに外に出たいとのことだった。

 それをセロに伝えたら、どうせ収穫祭向けに連日狩りをしているから、手伝ってくれるならその日の分は山分けにしてもいいと言ってくれた。

 ……という経緯を、店に寄ったティモに話すと、オレも行きたいっス!と言った。


 そんなわけで、私たちは秋の山で狩りをしている。鹿かアナグマ、運が良ければイノシシでも狩れればいいとセロの案内で獣道を辿って、そして途中でうっかりグレートベアを見つけたのだ。襲われたわけではないので、そっと立ち去ることもできたが、セロは出くわすことを予想して専用の矢――雷の魔石を鏃にした矢だ――を準備していたと言う。セロは私たちの顔を見て、その場で役割分担を決めて、ついでに新しい魔道具の連携を試すために少し離れた配置にした。


「新しい魔道具も問題ないようだった……よね? 使い心地はどう?」

 グレートベアの血の匂いに他の獣が惹かれてこないように、少し大きめの範囲結界の魔法を使ってから、私は2人に尋ねた。

「これは、どの程度の距離まで通信可能なの?」

 耳に付けていた魔道具を外しながらアロイがそう聞く。

「多分、800マルテくらいは通じると思う」

「800メートルか。1キロ、いや、1コルは届かないのか」

 稀人風のメートルやキロでもなんとなく通じる。音が似ているというのもあるし、冒険者の中には稀人も多いので、一般市民ならともかく、冒険者の経験がある人間にはわかるのだ。


「そうだね。例えばコイランほどの魔力があれば2、3コルは届くのかもしれないけど、そうなると私たちが返事をできなくなるよね」

 繋ぎっぱなしにしていると魔力の消費が激しいので、それぞれ自分が発信する時に魔力を込める形になる。受信する分には魔力を消費しない。

 今日、出発前に魔道具を配ってそう説明すると、セロとアロイは揃って「トランシーバーだ」と言った。


「まぁでも、近距離なら使いやすいのは確かだな。両手があくのもいい」

 セロはそう言って、湯沸かしカップに口を近づける。

 今日はそれぞれで用意したので、カップの中身がみんな違う。セロはコーヒーを飲んでいるし、アロイは緑茶だ。私のカップには紅茶が入っている。


「そういえば、アロイは忙しかったんだって?」

 そう聞いてみると、アロイが苦笑しつつ頷く。

「高等院の回復術専攻を卒業すると、回復術師の資格がもらえるだろう? それで診療所なら開業できるんだよ。だから医術院というのは、そこから先、さらに専門的な勉強をするところなんだ。外傷ならより深刻な状態を見られるように、さらには手術ができるように、内分泌系や脳外科なんかの専門科もある。だいたいは午前中が座学で、午後からは病棟をまわりながらの実習だ。個人的には外科手術を専攻したかったんだけど、造血の魔結晶やマナポーション……例のエリクサーの件で、薬学の教授に捕まってね」


「ん、じゃあ薬学専攻になったのか?」

 セロがそう聞くと、アロイは、いいやと首を振った。

「外科手術は譲れないよ。だから外科手術と薬学両方の講義をとってるんだ」

「じゃあ忙しいのは自業自得じゃない?」

 私がそう言って笑うと、アロイも、それはそうなんだけどと笑った。

「ただまぁ、1カ月やってみてペースはつかめてきたからね。こうやって時々気分転換に外に出るくらいはできそうだ。僕はありがたいことに、食事の用意や身の回りのことを自分でやる必要はないからね。恵まれてるよ」


 確かにそれは事実だろう。魔導院も講義を詰め込むと忙しかった。食事の用意や洗濯、部屋の掃除なんかはどんどん後回しになる。結果、散らかった部屋で、食事は冷たいハムをのせたパンだけ、汚れの目立たない服を着回して、髪もぼさぼさになり……そうしてフェデリカに怒られることになっていたのだ。

 アロイのように実家暮らしの学生と、私のように一人暮らしの学生とでは、入学後1年経つか経たないかの頃には明確に差ができていた。


「そういえば、セロ。コイランに誘われたんだって?」

 カップの中身を飲み終えたアロイが立ち上がり、放血中のグレートベアの様子を見ながらそう言った。ああ、とセロが頷く。

「たまには、ティモが言うファンタジー的なことをしてみてもいいかと思ってな」

「はは、それはいい。そうか……確かにファンタジーだね。ドラゴンの卵をワイバーンが育てる様なんて……僕も行こうかな」

 ふと思いついたように、アロイが言う。


「いや、いやいやいや、君たち。なんでそう気軽に決めるのさ。コイランも言ってたけど、危ないかもしれないんだよ?」

 もっと冷静になって、と私は2人に言ったが、アロイとセロは同時に笑った。

「なに言ってんの、ベル」

「危なくない仕事ってなんだよ。いや、アロイは街ん中でおとなしく学生やってりゃ安全かもだけど……俺たちは冒険者登録してるんだぜ? おまえだって本当ならそうだろう」


 セロは襟元から細い銀の鎖を引っ張り出す。そこには濃い青色の魔石がはまったプレートがついている。オスロンの冒険者証だ。同時にアロイも、左手首にある銀色のブレスレットを揺らした。そこにも冒険者証がある。私も自分の手首を見下ろす。アロイと同じ物がそこにある。ティモも腕輪を嵌めている。私やアロイのような鎖ではなく、手首にぴったりと嵌めるタイプの腕輪だ。

 今日は冒険者の仕事というわけではないが、街の外に出る時には万が一があるので身につけることが多い。――実際、グレートベアに出くわしたのは危険な出来事ではあっただろう。


「収穫祭の後って話だったんだが、アロイは休みがとれるのか?」

 セロがアロイに向けてそう問いかける。

「11月の頭ってことだろう? それなら少し休暇がとれそうなんだ。レポートはいくつかあるけど、それは前倒しで片付けてもいいしね」

「じゃあ、おまえの次の休みの時にでもコイランと話をしに行こうぜ。今回のこれ……ベルの新しい魔道具を使うことを提案してみるのもいいんじゃねえかな。近距離通信具、とでも言うのかな」

 セロが手元の魔道具を見てそう言う。


 そんな話をされると……確かに私もちょっと行ってみたい気持ちにはなる。いや、もちろん危険な場所であることはわかってる。ドラゴンの卵はともかく、ワイバーンが6頭いるのだ。卵に集中して魔力を注いでるとはいえ、6頭いるということは、交代しながら魔力を注いでいるのだろう。だとすれば、万が一ワイバーンを相手にすることがあったとして……そのワイバーンが魔力切れであることを期待するのは間違っている。邪魔者を排除する目的だとしたら、魔力が充分な個体が前に出てくるだろう。


 ――ただ、ドラゴンを目にすることがない私たちにとっては、ワイバーン討伐というだけでも実は心躍るものなのだ。

 ワイバーンだって、そこいらにひょいひょいと現れる魔獣ではない。ワイバーン討伐をやり遂げたパーティというだけで、かなり評価される。

 でも、危ない。それはもう危ない。


 もうあまり危ないことしないでね、と姉は言った。あなたはもう年若い家族を持った身なんだから、と。わかってる。それにそもそも、今はエリノアの体だ。魂は私のものだから、魔法は以前と同じように使えるけれど……こうやってジビエ狩りや素材採集に出るくらいなら、姉もエリノアもリナも何も言わないけれど……。


「なぁ、ベル」

 セロの声がした。

「へぅわっ!? いや、いやいやダメだよ。この体でワイバーン狩りなんて行けな……」

「違うよ、ベル。この魔道具の名前をどうするかって話だよ」

 アロイにあらためて言われて、へぁっ!?とまた変な声を出してしまう。


「なんだ、おまえも行きたいんじゃねえか。しかも見に行くだけじゃなくてワイバーンの討伐まで考えてるとはな」

 はは、とセロが笑う。

「冒険者にとっては、危険を承知の上で、それでも許されるなら行きたいってところだよね」

 ふふ、とアロイも笑う。


 …………。

 ……いや、そうだ。私も行きたいのかもしれない。今は絶対に行けない理由があるから、そうとは言わないだけで。

 でも冬になって……ミドリサギが渡ってくる季節になったら……フェデリカが素材を揃えてからなら……?

 私の体が元に戻った後なら?


「一昨日、冒険者ギルドでたまたま会ったけどさ。コイランはある程度腰を据えてドラゴンの卵を観察するみたいだぜ? ほら、洞窟の突き当たりは地上に近いあたりだったって言ってたろ? だからその近くに拠点を作って、小屋か何かを建てたいって言ってたな」

 セロがそう教えてくれる。

 確かに、ドラゴンの卵はいつ孵るかわからないのだ。見つかること自体が稀なドラゴンの卵を放置して、研究者であるコイランが首都に帰るとは思えない。


「なんか、“チャンス!”みたいな顔してるね」

 アロイが笑いながらそう言った。

「雪が降る頃になったらミドリサギ獲ってきてやるよ」

 セロも笑う。


 あぁもう! また顔に出てた!?




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