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【第2章完結!】美少女店主はおっさんに戻りたい!~異世界転生の行き先はこちら~  作者: 松川あきら
第2章

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39.雷の妖精とチューカ料理



「別に何もやってねぇよ。仕事して報酬もらいに行っただけだ」

 翌日の昼前、アロイと共にやってきたセロは、何をやらかしたんだという私の問いに、そう答えた。

「ギルドの2階で報酬? ひょっとして、国の仕事?」

 抱えていた紙袋をテーブルの上に置きながらアロイが言う。

 セロも同じように紙袋を置いた。2人には昼食の買い出しを頼んでいたのだ。

「ああ。今回は自由依頼じゃなくて指名依頼だったからな」

「自由と指名ってのがあるんスか?」

 紙袋の中の食料をテーブルの上に広げるのを手伝いながら、ティモが尋ねる。


 私は人数を数えて飲み物を用意する。セロ、アロイ、ティモ、それに私と、今は寝室にいるリナ、フェデリカで6人だ。

 今日は大陸風の食べ物で統一したらしく、湯気を立てている大きな肉まんがいくつかと酢豚、エビチリ、ギョーザ、そして米粉麺を使ったサラダなど、持ち帰り用の紙箱や使い捨ての木箱に入れられたおかずがテーブルにたくさん並ぶ。

 エビチリやギョーザという名称は稀人たちによるものだ。海老の甘辛炒めとか挽肉包み焼きなどと言うより簡単で覚えやすい名称なので、もうすっかり定着している。


「自由依頼っていうのは、冒険者ギルドのエントランスにある貼り紙から自分たちで選ぶものだよ。ティモも簡単なものならもう受けたことあるんじゃない?」

 アロイの説明に、ティモが頷く。

「まだ安い仕事ばっかりっスけど、何回か受けたっス」

「指名依頼は貼り紙には出ないもので、冒険者が直接呼び出されて交渉されるんだ。特定の技能が必要な仕事だったり、依頼人の希望だったりするけど……」

 そこまで言って、アロイはちらりとセロを見た。

「多分、今回のセロのは、特定技能のほうだろうね」

 セロが肩をすくめる。

「まぁ、食いながら話そうぜ」


 私は飲み物と、人数分の取り皿やフォークをテーブルに運んだ。テイクアウトのおかずには割り箸もついていたようで、セロとアロイ、ティモはそれを使うようだ。

「フェデリカ、リナ、お昼にしよう。美味しそうだよ」

 リナの寝室のほうへ声をかける。2人はそこで人形に魔力を込める練習をしていたのだ。モモもリナの寝室にいたらしく、2人より先にモモがリビングに入ってきた。

「あ、ほんとだ、美味しそうな匂いがする」

「リナちゃん、集中できてたわね。魔力の流れはいい感じにできてるわよ」

 そう話しながら、2人もモモの後からリビングに来る。


「やった、中華だ! 美味しそう!」

 テーブルにつきながらリナが嬉しそうに言った。

 リナに限らず、稀人たちは大陸風の食べ物のことをチューカと呼ぶ。チューゴクという国の料理で、その国の正式名称がチューカジン……なんとか、というらしく、それが名前の由来らしいが、私には今ひとつ理解できていない。ただ、チューカと聞けば大陸風の料理だなというのはわかる。


 お茶や果実水、軽めのワインも用意して、それぞれに好きな飲み物をとる。大きめのボウルに氷も魔法でまとめて出しておいた。

 いただきます、と同時にリナとティモが肉まんに手を伸ばした。2人で目を見合わせて、にへっと笑い合っている。好みが似ているようだ。

「そんで……はふっ、あ、美味いっスね、この肉まん。……あ、そんで、セロさんの特殊技能?って何スか?」


 セロは取り皿にエビチリを取り、手元のグラスにはワインを注ぎながら答える。

「雷の妖精だよ。もともとユラルでも妖精使いは魔術師や回復術師より少ないんだが、雷の妖精が使えるやつはその中でも少ない」

「少ないっていうか、現役冒険者に限るなら、ほんとに数えるほどしかいないよね」

 私はそう言いながら、米粉麺のサラダ仕立てを取る。茹でた米粉麺に細く切った夏野菜や薄焼き卵を合わせて、甘酸っぱいドレッシングで和えたものだ。


「雷を使うのってそんなに難しいんスか?」

 ティモの問いに、セロとアロイ、そして私が顔を見合わせる。

 難しいか簡単かという話ではないのだ。特殊な条件がかみ合ってないと、雷の妖精には声が届かないと言われている。

 肉まんの隣にあった、具の入っていない饅頭(マントウ)を手にしたフェデリカは、それを手で2つに割って酢豚を挟み込んだ。

「落雷に遭ってないと使えないのよ」

 フェデリカの説明はシンプルだ。シンプルだけれど核心をついている。

「もちろんそれだけじゃないんだけど、それが一番大事な要件ではあるよね」

 アロイも頷いている。


「へ? 落雷って……そんなの死んじゃうじゃないっスか!?」

「だから、1回死んでるだろ」

 ワインを口に運びながら、何でもないことのようにセロは言う。

 セロの中では何でもないことなんだろうか。セロという人間の、元の魂が離れる原因となった……言ってしまえば死因だ。自分の元の体の死因をそう割り切れるものだろうか。

「ふへぇ??」

 ティモは今ひとつわかっていないようだ。


「まずもともと妖精に声が届く……つまり妖精使いであること。これは絶対だな。そして雷の力を体で受けたことがあること。そして、電気や電流のことを理解していること……これは稀人としてある程度の教育を受けてること、かな」

 右手にグラスを持ったまま、左手でセロが指折り数える。


 つまり、もともと妖精使いだったユラル人が落雷によって稀人に生まれ変わるとその条件を満たす。稀に、雷を受けても助かることがあるので、妖精を使える人間が稀人になった後に落雷事故に遭って……というパターンもあるけれど。


 私も肉まんに手を伸ばした。大きな肉まんなので、2つに割る。醤油と砂糖で味付けされた肉や筍、タマネギ、カミ茸なんかが入ってる。ごま油もふわりと香ってきた。中のあんがこぼれないうちにかぶりつく。見た目よりもあんがジューシーで、口に含んだ途端にあふれそうになるが、もっちりした皮部分に肉汁を吸わせるようにして、なんとかこらえる。


「最近は物理系のことを教える私塾もいくつかあるけどね。ただ、こちらの世界ではエネルギーといえば魔力だから。蒸気機関やコイルによる発電が形になってきたのはここ数年のことだ」

 アロイの言葉に、ティモが小さくうめいた。

「う……オレ、物理とか苦手で……」

「ティモ、理系だって言ってたろう」

「物理ができない理系なんスよ」

「それは理系って言わないよ」

 アロイがティモをからかう。そういえば野営した夜にも似たようなことでからかっていたっけ。


「いやまぁ、俺も文系だったから物理なんかは苦手なほうだったけど……んー、たとえば雷の発生する仕組みとか、実際にそういうエネルギーがどういう動きをするか、そういうことをぼんやりとでも理解していれば使えるようになるみたいだぜ? っつーか、俺は実際に使えてるしな」

 セロの言葉にフェデリカが頷いた。

「実際に雷に触れることで、本人の体質が魔力的な意味合いで変わると言われてるわね。それも、軽くしびれる程度ではだめで、本当に命の危険があるほど触れる必要があると聞くわ。――わたしは詳しく聞いていなかったけれど、セロさんが今のセロさんになったきっかけがそうなの?」

「ああ、この体の持ち主の、真横にあった木に雷が落ちてな。そこから地面を伝った雷がこの体に通った。だから体に火傷なんかはなかったが、その衝撃で心臓が止まったようだ。俺がこの体に入って目が覚めた時には、まだ余波で手足がしびれてたよ」

 セロが肩をすくめる。


 アロイの見た目の年若さにばかり目が行くけれど、セロもそういう意味では特殊性がある。雷系統の魔法を使える人間というのは妖精使いに限らず、そう多くない。魔術師でも雷撃なんかを使う人間はほとんどいないのだ。私もその魔法は使えない。

 雷を遠くに見て、その稲光と音に身をすくめたりはするけれど、仕組みをよくわかっていないので、魔法として具体的なイメージができないのだ。再現しようと思うとただの光の魔法になってしまう。

 おそらく、妖精使いもそのあたりの仕組みは同じなのだろう。だから、雷の衝撃そのものをその身で受けて体感しないと……ということなのだと思う。


「で、セロはその雷の魔法で何の仕事をしてきたの? 魔獣退治だって聞いたけど……」

 肉まんを飲み込んだ私は、お茶に手を伸ばしながら聞いてみた。

「ああ、ワイバーンモドキの群れの退治だ」

 セロの答えに反応したのはティモだった。

「ワイバーン! ワイバーンって、あの……えっと、ほら、あのなんか、カッコイイやつっスよね! マジヤベーっスね!」

「ワイバーンじゃねえよ。“もどき”だ。……あいつら飛べねぇんだよ。だからワイバーンモドキ」


 飛べないからと言ってワイバーンモドキは弱いわけではない。だから群れが見つかればそれは国が報酬を出すのも頷ける話なのだ。

「ワイバーンモドキは……あれはなんというか、モドキとはいえ、あれにワイバーンの名前を冠するのは僕もどうかと思っているよ」

 アロイが笑う。

 そう、弱い魔獣ではないけれど、名前負けしているという印象は拭えない。ワイバーンやドラゴンというのは、強い強い魔力溜まりから生まれる。そして周囲の魔獣たちを食らってさらに自分たちの魔力を高めていく。冒険者の脅威であり、畏怖(いふ)の対象でもある偉大な魔獣だ。


 ワイバーンモドキは、言ってみれば翼の生えた大型のレイクサーペントだ。一応、後ろ足もある。ただ、後ろ足は長い胴体を支えきるにはバランスが悪く、ヒレが進化したと思われる翼は羽ばたいても空を飛べない。

 だからワイバーンモドキはだいたい水の中にいる。湖や河だ。胴回りは大人が手を回して届くかどうかという太さ。体長は大人の2人分くらいだろうか。

 バランスの悪い後ろ足はその巨体を歩いて運ぶためのものではなく、水辺を通りがかった獲物に、水の中からジャンプして噛みつくためのものだ。噛みつけなくても、通りがかった馬車に体当たりでもすれば、馬車は簡単に横転するだろう。

 ささやかな翼は空を飛ぶためではなく、水の中を素早く移動するためのものだ。やつらは湖で群れを作ることが多いが、群れが大きくなると支流を伝って人里近くに下りてくるし、大きな河川の近くには街が広がっているから、街に住む人間にも脅威だ。


「俺も1人で行ってきたわけじゃなくて、同じく国が雇った上位冒険者のグループと一緒に行ったんだ。オスロンから天馬で1日半くらい行った山の中にわりと大きめの湖があるの知ってるか?」

 セロの問いに、ユラルの地図を脳内に思い浮かべる。

「外海側に抜ける途中の……ユラルを南北に貫く山脈のあたりだっけ。標高の高い位置に湖があるとは聞いたことがあるよ」

 私の答えに、アロイも頷いた。

「日本地図で例えるなら猪苗代湖のあたりだろう。地形が少し違うから、位置関係も本物の猪苗代湖とは少し違うけれど」


「そう、その湖の中に群れがいてさ。魔術師たちがいろんな魔法をぶち込みながら、檻で囲んだ1カ所にまとめるように追い立てるんだ。で、まとまったところに俺が雷をぶち込むっていう作戦」

 セロが言う。なるほど、とアロイが頷いた。

「追い込み漁で、最後は電撃か。水の中なら雷もよく伝わりそうだ。で、気絶したワイバーンモドキを……?」

「そう、今度は戦士どもが銛や槍で刺して陸まで引き上げて、剣と斧で首を落とせば終わり。……あ、そういえばアロイ、おまえ、エリクサーからマナポーションみたいなやつ作ったか?」

 セロが思い出したように、アロイに尋ねた。


「ああ、データはまとめたけど試作はまだしてないよ。……どうして?」

 首を傾げるアロイに、セロが少し苦笑する。

「ワイバーンモドキの追い込み漁は1回じゃ済まなくて、何度かやったんだ。それでまた魔力切れ寸前まで働く羽目になって……つまり、俺はまだ魔力が半分くらいしか回復してない」

「会った時に少し眠そうだったのはそういうわけか。僕がその作業に取りかかれるのは、早くても10日後くらいかな」


 ちょっと待って、と声を上げたのはフェデリカだ。さっきまではセロの話を聞きながらギョーザとエビチリを食べていたが、ハンカチでササッと口元を拭ってアロイのほうを見る。

「アロイさん、その……エリクサー? マナポーション? それは魔力を回復させるものなのかしら?」

 フェデリカの反応もわかる。私もフェデリカも、どちらかと言えば魔力は多いほうで、普段の仕事で魔力が足りなくなることなどないけれど、夜通しで研究や魔道具の開発をしていれば、もっと魔力があればいいのに、と思う。魔術師なら誰だって思う。


 フェデリカの勢いにアロイが頷く。

「ああ……そうか、なるほど。魔術師なら食いつく話だったね。――ベルから聞いたと思うけれど、九聖教絡みの事件があってね、そこで手に入れた九聖教のエリクサーが、ほとんど健康飲料なんだけど、ほんの少しだけ魔力を回復するものだったんだ。素材の選別や組み合わせで、魔力回復の分だけを抽出できないかっていう研究を……」

「それは10日後にできそうなの!?」

 前のめりになるフェデリカ。

「……10日後くらいから始められそうというだけで、完成するのはもっと先だよ」

「そう……」

 アロイの返答に、フェデリカは目に見えてがっかりした。

「なるべく早く取りかかれるようにするよ。医術院の薬草学の教授に相談すれば目処も立てられるかもしれないしね」

 アロイが慰めるように言う。



 6人で、エリクサーの効果は期待してなかっただけに嬉しかったとか、ワイバーンモドキの皮を加工すると高級皮革素材になるとか、本物のワイバーンやドラゴンは最近どこで目撃情報があったとか、いろんなことを話した。

 そして、テーブルの上にたっぷりとあった食料がほとんどなくなった頃。



 こんこん、と外から窓を叩く人物があった。顔見知りの郵便配達人だ。

 封書を手にした彼を見て、私は窓を開ける。

「郵便でーす。お店が休みだったんで、いつものように扉に挟んでおこうかと思ったんですけど、こちらから声が聞こえたんで、窓からすみません」

「ありがとうございます。助かります」

 封書を受け取って差出人を見ると、首都に住む姉からの手紙だった。

 昨日、フェデリカたちが乗ってきた汽車で届いたものだろう。郵便局で仕分けされて、今日届いたというわけだ。

 首都で家庭を持っている姉から手紙が届くのは珍しい。


 私は、封書を開けて中の手紙を読み始めた。普段は父の工場で経理などを手伝っているので、姉の文字は書き慣れていて読みやすい。

 読みやすい文字だが……書かれている内容は……。

「ベルさん、なんか震えてるっスよ」

 ティモの声。

「ていうか、青ざめてない?」

 リナの声。


「あ、氷なくなった。アロイ、グラスに氷入れてくれ」

 セロの声。

「日本だとワインに氷ってあまり入れないけど、こっちのワインって濃いよね」

 アロイの声。

 この2人は私にあまり興味がないのか。

 いや、そんなことはどうでもいい。


「フェデリカ、どうしよう!」

 手紙を握りしめて、私がそう叫ぶと、最後のギョーザを口に運んでいたフェデリカが、視線だけで先を促してきた。

「姉さんが……次の便でオスロンに来るって!!!」

「わ、ベルさんのお姉さんってどんな人? ベルさんに似てる? あ、ベルさんに似てるってことは今のあたしに似てる……? あれ……? ベルさんはあたしたちの入れ替わりのこと、話してる……?」

 そこが問題なんだよ、リナ!

 話してないんだよぉぉっっ!!!


「一応、言っておくけれど、5日やそこらでは今回の入れ替わりの儀式、終わらないわよ?」

 ギョーザを食べ終えたフェデリカの冷静な声。

「そこをなんとか!」

「ならないわね」

 うえぇぇぇぇっっ!!!


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