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【第2章完結!】美少女店主はおっさんに戻りたい!~異世界転生の行き先はこちら~  作者: 松川あきら
第2章

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28.いざという時の(ティモ視点)



 例の屋敷が見える位置に、馬車隊と天馬に乗った一行が着いたのはもうすっかり日が落ちてからだった。街道から少しだけ脇道に入って目立たない位置に陣取る。

 スコットさんが集めたのは、スコットさんの商会に関係する警護の人たちと、国の警備隊の人たち――これはいわゆる警察の人だと、セロさんに聞いた――、あとはスコットさんの家に相談に来ていた、ナントカっていう2つの商会の人たちの関係者。最初にアロイさんが乗せられた馬車を追っていた3人と、オレとセロさんを足して合計20人をちょっと超えるくらいだ。2台の幌馬車に何人かずつ乗って、警察の人たちは天馬に乗ってきていた。


 馬車の中で、セロさんはずっと寝ていた。まだ魔力が回復してないんだろうと思う。それでも現場が近くなってきた頃に目を覚まして、スコットさんが用意してくれた平パンサンドを、水筒に入ったぬるいお茶で流し込んでいた。オレは同じサンドを、セロさんが目を覚ます少し前に食べていた。たっぷりのローストビーフとオニオンが挟まっていて、シンプルだったけれど、こんな時なのにとても美味しかった。


 そのことを言うとセロさんは、にっと笑った。

「いつでも、メシが美味いってのはいいことだ。どんな時でもな」

 オレが持たされた平パンサンドは1人前だったけど、セロさんは5人前くらい保存袋に入れていた。そんなに食べるのかと思っていたけれど、現場に着く頃になってやっと気づいた。ベルさんとアロイさん、そして他に捕まってる人質さんの分だ。


 馬車を停めた場所は、木が茂っていて屋敷からは見えない位置らしい。そこからオレたちは街道から少し離れた小さな丘に登った。ここも木立の中で向こうからは見えにくい。でもこちらからは、小さな村の全容と屋敷の裏側が見えていた。

 どういう手はずになっているのか、まだ詳しくは聞かされていないけれど、人が集まったところで、魔術師の人がオレたち全員に暗視の魔法をかけてくれた。

 視界が薄黄色い膜をかぶせられたようになり、昼間のようにとは言わないけれど、夜とは思えないくらいには明るく見える。


 村は民家が十数軒といくつかの納屋、共同らしい大きな倉庫があるきりの小さなものだった。そこにひときわ大きな屋敷があるのだから、これはわかりやすい。

 村の周囲は獣避けの柵で囲まれているけれど、人間が出入りする分には不自由がなさそうだ。周囲の柵に沿っていくつか……4つかな。物見櫓(ものみやぐら)があるのが見える。屋敷に近い2つには、ランタンの小さな明かりがあって、上に1人、櫓の下に1人ずつついているのが見える。


「スコット、集めた中に妖精使いはいるのか」

 セロさんが、横に立つスコットさんに尋ねる。

 スコットさんは残念そうに首を振った。

「妖精使いは数が少ない。今回はつかまらなかったよ。魔術師4人、回復術師3人、あとは弓を使う者が君のほかに2人。それ以外は剣術使いと斧使いだ」

「クソ……魔力足りっかな。――まずは妖精を飛ばして屋敷の周囲を探る。あいつらが捕まってる部屋を見つけられればなおいい。その間にそっちで基本方針を話し合っててくれ。何かわかったら伝える」


 そう言って、セロさんは何事か小さく呟いて、ふわりと手を動かした。野営の時に見たものよりももっと小さい光の妖精が空中に浮かぶ。それを見ながら、もう一度何かを呟く。光の妖精の隣に、薄緑色の小さな妖精が浮かんだ。

 背負っていたリュックをその場に下ろすと、セロさんは数歩離れる。


 なんとなくついて行こうか、それとも離れていたほうがいいのか迷っていたら、スコットさんに声をかけられた。

「風の妖精を呼んでるから、音も共有するつもりだ。こちらの声が邪魔にならないように離れたんだろう。とはいえ無防備にさせるわけにもいかない。ティモ君はセロ君の側で、声は出さずに見守っててくれ」

「うっス! わかったっス!」

 昼間、光の妖精と視界を共有している間、ずっと目を閉じていたセロさんを見ていた。現実の光景が邪魔をするからと言っていた。つまり、音を共有する時も同じなんだろう。静かにしていないと、現実の音がきっと邪魔をするんだ。


 問題の屋敷は見えている。セロさんが妖精を小さいサイズで呼んだのは、見張りの男たちに見つからないようにだろうか。ふよふよと飛んでいく光の妖精は、暗い中では目立つけれど、あれだけ小さなサイズにすれば、ちょっと大きめの蛍くらいだ。

 オレはとりあえず物音をなるべく立てないように、セロさんの周囲を警戒することにした。ついでに時々村のほうを見る。

 村のほうではあまり大きな動きはないようだ。


 村の手前、こちら側には畑が広がっている。植えられているのが何かはわからないけれど、少なくとも野菜のようだ。夏場のトウモロコシなんかだったら、それに隠れて近づくこともできそうだったけど、畑に植えられてるものの多くは大人の膝に届かないくらいの丈しかない。畑と畑の間には、荷車が通れるくらいの広い畦道があった。突入する時はあそこを通っていくのだろう。


「……っと、あそこか……?」

 しばらく経ってから、セロさんが小さく呟いた。

 屋敷は村の規模の割に大きいけれど、明かりがついている窓は少ない。オレが立つ位置からはもう光の妖精は小さすぎて見えなくなっている。でも、セロさんの視界には屋敷が見えているんだろう。カメラを載せたドローンみたいだなと思った。


「お、ここか。見つけた」

 その言葉は、さっきの呟きよりももっと小さかった。セロさんの口元を見ると、普通に口は開いている。ひょっとしたら、妖精と音を共有するとこちらに聞こえる声は小さくなるのかもしれない。その分、妖精がセロさんの声で喋ってるんだろうか。

 思わず、見つけたんスか!と叫びそうになったけれど、さっきのスコットさんの忠告を思い出して慌てて口を閉じた。


 セロさんがぼそぼそと低い声で何かを話している途中で、急に目を開けた。あれ、もう視界の共有はしなくていいのかな。

 その後も時々頷きながら何かを話していたけれど、

「了解。こっちで検討する。――少なくとも今晩中にはどうにかする手はずで動いてる。おまえらもそのつもりで待ってろ」

 そう言って、セロさんは話を終えたようだ。


「セロさん、見つけたんスか。2人は無事っスか!?」

 もう声を出してもいいだろうか。オレは勢い込んで尋ねた。

「ああ。見つけた。怪我人はいるようだが2人は無事だ。――スコットのところに戻るぞ」

「セロさん……魔力足りてるんスか?」

「足りてねぇよ」

 ははっとセロさんが笑う。笑うけれど、その言葉の通り、顔色はあまりよくない。


 オレとセロさんはスコットさんのところに戻った。警察の人や警護の人たちの代表者も集まっていろいろと話し合っているようだ。

「スコット。アロイたちと人質を見つけた。人質に怪我人が1人いる。あいつらが捕まってる部屋の真上に魔法無効の魔道具があって、それを壊せばあいつらも動けるらしい。いっそ燃やしてくれてもいいと言ってたが、こっちにいる魔術師でどうにかなりそうか?」

 セロさんがそう言って、アロイさんたちが捕まっている部屋を説明する。

 警察の人がその言葉に頷いた。

「内部から彼らが動いてくれるなら助かるな。普通に制圧しに行ったら、屋敷の中で人質を盾にとられるだろう。そこが一番の懸念点だった」


 魔術師と相談していた警護の人にも、セロさんが声をかける。

「火矢だと燃え広がるまでに時間がかかりそうだから、なるべく魔法でどうにかしてもらいたい。――とりあえず、外壁んとこにある物見櫓を制圧するのが先だろ? 弓隊がそこを制圧したら、屋敷に近い方の物見櫓に俺を陣取らせてくれ。あそこからなら、あいつらがいる部屋の細い窓に矢が届くはずなんだ」


「それはかまわないが……矢を撃ち込むつもりかね?」

 スコットさんに聞かれて、セロさんは小さく肩をすくめた。

「先に届け物をしておけば、魔道具を壊した後の動きがスムーズだろうと思ってな。――魔道具を壊して、あいつらが魔法を使えるようになったと同時に正面玄関と裏口から攻めるのがいいだろう。魔道具さえ壊せば、あいつらが捕まってる部屋周辺は多分ベルがぶっ飛ばす。突入組は、あまり急いで奥の部屋に向かうとベルの魔法に巻き込まれるぞ」


 実際の人員の配置自体は、もう既に話し合いが終わっていたようで、あとはセロさんの進言をもとにタイミングを決めるようだ。

「オ、オレはどうすればいいっスか!」

 オレがそう声を上げると、クラクストン商会の警護の人の中から、ルドヴィさんが手招きしてくれた。

「ティモさんは力自慢でしょう。正面玄関を破るのを手伝ってください」

「了解っス!」


「あ、ティモ。ちょっとそれ貸してくれ」

 セロさんの声に振り向くと、セロさんはオレの首元を指さす。

「え、コレっスか?」

 首から下げていたのは、ベルさんの店でもらった小さな革袋だ。中にはベルさんの忠告に従って、回復の魔結晶を2個入れてある。

 首から引き抜いたそれをセロさんに渡すと、セロさんは中に入ってる魔結晶だけを戻してくれた。

「魔結晶はポケットにでも入れとけ。この革袋借りるぞ」


 見ていると、セロさんはリュックの中から細長い収納袋を取り出した。そこに手を突っ込んで取りだしたのは、弓と矢筒だ。弓は野営の時に使っていたものよりも少しごついものだった。細長いとはいえ、どう見ても弓より短い収納袋からずるりと長い弓が引き出される様は、やっぱり四次元ポケットみたいで面白い。

 セロさんは矢筒から矢を1本取り出して、先端にくっついている金属の鏃の根元にナイフを当てて切り落とす。オレが渡した革袋には、セロさんがポーチから取り出した魔結晶を詰め込んでいる。1つは回復のだ。オレが持っていたものよりちょっとだけ大きい気がする。そして、見たこともない深紅の魔結晶を2つ、全部で3つねじ込んで、それを矢の先端に革紐でぐるぐるとくくりつけた。

 取り外した鏃を片手に持って、魔結晶の袋をくくりつけた矢をもう片方の手に持つ。

「重さは多分さほど変わんねえな、イケんだろ」


「セロ君!」

 スコットさんの声が聞こえた。

 セロさんが振り向く。オレもなんとなく顔を上げた。

 スコットさんはちらりと後ろにいる人たちに視線を投げながら続ける。

「魔術師たちに聞いたんだが、魔術で例の部屋を撃ち抜こうと思うと、下の階にも影響が出るかもしれないとのことだ。魔力的な何かを目印に置いてくれれば、それだけに狙いを付けられるので、できればそのほうが、と言っていた」

「魔力的な……それを俺に言うってことは、妖精を置けばいいってことか?」

 セロさんが顔をしかめる。

「ああ。できれば視認性の高い光の妖精を……出せるかい?」

 よく見えるようにってことは、さっきよりも大きい妖精だろうか。野営の時に使っていたような?


「んん……少し足りねえか」

 セロさんの眉間の皺が深くなる。あ、そうか。魔力が足りないんだ!

「えっと……エーテルとか、マナポーションとか、そういうのないんスか! ルドヴィさん! 魔力切れってどうすればいいんスか!?」

 オレの問いに、ルドヴィさんが小さく首を振った。

「魔力切れは休息するしかないんですよ。魔力だけを回復するものはありません。血のめぐりをよくするようなものなら、多少は魔力のめぐりが良くなって少しだけ回復するかもしれないですけど」


 回復の魔結晶は、ポーションの代わりだと聞いた。でもエーテルやマナポーション、魔力薬みたいなものがないなんて。

 ――あっ!!


「回復か造血の魔結晶でいくらかマシになるかな……」

 セロさんがそう呟いてポーチを探る。

 オレは自分の荷物に手を突っ込んだ。

 確か、奥の方に!

 今こそこれを使うタイミングだ!


「セロさん! こ、これ! いざって時のお守りっス! エリクサーならなんでも回復するっスよね!?」

 冒険者登録をした日に、路地裏で売っていたのを見つけてとりあえず1本買ってみたものだった。

 薄青い、なんだか綺麗な瓶に入っている魔法薬で、中に入っている量は、コンビニなんかで売ってる栄養ドリンクの一番小さいやつくらいだろう。でも、これは栄養ドリンクなんかじゃなくて、かの有名なエリクサーだ。

 万能薬なんてないって以前にアロイさんが言っていた。でも、エリクサーなら少なくともHPとMPを全快にしてくれる!


 そう思って差し出したのに、セロさんもルドヴィさんも微妙な顔でオレを見た。微妙というか、なんだか生温かい視線というか。

「ティモ……おまえ……買ってたのか、これ」

「ティモさん、残念ながらそれは……」

「え、な、なんスか!? エーテルもマナポーションもないなら、エリクサーじゃないっスか!」

 オレの反論に、セロさんが小さく笑って、オレが差し出したガラスの小瓶を受け取った。


「そうだな。エリクサーは、いざって時に頼りになる。サンキュ」

 セロさんは受け取ったガラスの小瓶の蓋を、器用に片手で開けて、一息に飲み干した。

「原液よりだいぶ薄いな」

 言いながら、オレに瓶を投げてよこした。

 瓶を投げた手でそのまま、腰のポーチを探り、中から水色の魔結晶を取り出して……そして途中で動きを止めた。


「……セロさん? エリクサーは美味しくなかったっスか」

「いや、そうじゃなくて……ティモ、当たりだったかもしれねえぞ」

「え?」

 取り出しかけた魔結晶をポーチに戻して、セロさんはぐっと片手で握りこぶしを作った。何かを探るように一瞬だけ目を閉じて、そしてすぐに目を開ける。

「よし、イケる。ルドヴィ、ティモを頼んだ。ティモは先走るなよ。必ずルドヴィの指示に従え」

「うっス!」

「スコット、さっきの作戦、了解した。物見櫓を制圧したら、俺は屋敷に近い方の櫓に上がって、あいつらに届け物をする。その後で光の妖精を燃やしたい部屋の窓に飛ばす。魔術師たちは屋敷まで魔法が届く距離に移動してくれ」


 セロさんとスコットさんが話しているのを聞きながら、オレはルドヴィさんと一緒に移動を始めた。

 ――やっぱり、エリクサーはいざって時に役に立つ!



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