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【第2章完結!】美少女店主はおっさんに戻りたい!~異世界転生の行き先はこちら~  作者: 松川あきら
第2章

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17.帰還、そして



 私たちがオスロンに戻ってきたのは翌日のお昼少し前だった。素材の買い取りをしてもらうために、4人で冒険者ギルドへ向かう。

「アナグマの肉のことなんだけどさ、僕以外は一人暮らしだろう? もしよかったら、3人に少しずつ引き取ってもらった残りの大半を僕が買い取る形にしてもらってもいいかな」

 買い取りカウンターの手前で、アロイがそう提案した。セロは肉の保管に慣れているだろうけれど、実際、料理が得意ではない私と、宿暮らしのティモは4等分されても困る量だ。


「そういえばさっき通信してたな。親父の要望か?」

 セロが笑いながら聞くと、アロイも少し困ったように笑って肩をすくめた。

「正解。あの人、ジビエが大好きでね。無事に街に戻ったことを伝えたら、何かいいものは獲れたかって聞かれてさ。フタホシアナグマの大きいやつをと答えたら、買い取らせてもらいなさい!って食い気味に言ってきたよ」

 3人ともその提案に了承した。

 ティモにギルドの買い取り手順を教えながら、売るものをカウンターに出す。


 査定待ちの間にギルドに併設されたカフェで昼食をとることにした。ちょうど、半月前にティモと出会った場所だ。

「みなさん、今回はほんとに、えっと、ありがとうございましたっ!! オレひとりじゃ何もできなかったっス!」

 思い思いに注文した昼食をテーブルに持ってきた後、あらためて、がばりとティモが頭を下げた。


「ああ、冒険者ギルドのつながりってのはそういうもんだから気にすんな」

 ひらひらとセロが手を振る。

「そうだよ、ティモ。多少経験のある人間が、初心者を連れていって自分の知ってることを教えるんだ。それに別にティモも今回で卒業ってわけでもないしね。傭兵ギルドで教わってる剣術だってまだ初歩レベルでしょ?」

 私がそう言い添えると、ティモがうへぇ、と頭をかいた。

「そ、そうっス。まだまだ傭兵ギルドでも教わることはたくさんあるっス。でも、外壁のすぐ近く、歩いて行けるところで1人で野営の練習をしてみようと思ったっス。今度、1人用のテントとか、小さい魔石コンロとか、ベルさんの店に買いに行こうかと……」

 その言葉にアロイが頷いた。

「今の季節なら、野営の練習にはちょうどいいかもしれないね。多少失敗しても凍死するような季節じゃないし。ティモは生活魔法もひととおりできるようだから大丈夫だと思うよ」 

 外壁の近くなら魔獣も来ないし、野生生物も大型のものはいない。初夏という季節を考えても1人で練習するにはぴったりだろう。


 冷たいレモネードを一口飲んで、アロイが私たち3人の顔を見た。

「ところでみんな、今日の夕方の予定はある? 九聖教の件で追加情報があるって父が言ってたんだけど。あと、あの人、稀人の話を聞くのが好きな人だから……多分、ティモに会いたいんだと思うんだよね。できればみんなを夕食に招待したいって言ってたんだ」

「クラクストン家のディナー! それはちょっと……何をおいても行きたくなるお誘いだね。あ、でも野営帰りで服がこんなんだけど」

 言いながら私は、自分の服装を見下ろす。膝をついて採集した時の服はさすがに着替えたけれど、それでも野営用のズボンとシャツ、それに防刃布の上着だ。少なくとも上流家庭のディナーにお邪魔できるような服装ではない。

「オ、オレも予定はないんスけど……」

 ティモも同じように服を気にしている。さっき冒険者ギルドについた時に、上に着ていた革鎧は脱いでいるが、ズボンもシャツも、丈夫さだけを追求したシンプルなものだ。


「ああ、服装なんかは気にしないで。正式なディナーじゃなくて、簡単な顔合わせみたいなものだから、そのままでかまわない。夕食までには時間もあるし、お風呂も用意させるよ。セロは?」

 アロイの問いにセロが、時計塔のほうを見る。時計塔のある広場からは少し離れているが、時計塔はこのあたりでは一番背の高い建物なので、時刻は読み取れる。

「俺は先に狩人組合のほうに行って、例のグレートベアの出没地点を共有してくる。若熊だったし、あれがこれから縄張りを広げるつもりなら、ある程度把握しときたいからな。俺はあとから合流するよ」


 昼食を終えた私たちは、査定を終えた素材をギルドに買い取ってもらい、働きに応じてそれを分配した。もちろん、私とアロイが採集した素材は自分たちで使うのでそもそも査定に出していない。アナグマの肉は私とティモが一塊ずつもらって、小さな保存箱に入れる。

「おまえが買い取る分はこのまま持っていくか? それとも後から俺が運ぶか? 小さく収納してあるから俺は別に邪魔じゃねえけど」

 セロの問いにアロイが頷く。

「ああ、それならセロから直接、うちの料理人に渡してもらおうかな。悪いね」

「こうやって恩を売っておけば、晩メシにはいい酒がつくかと思ってな」

 にや、と笑うセロに、アロイも「伝えておくよ」と笑った。



 狩人組合に行くというセロと別れ、私とアロイ、ティモはアロイの家に向かう。大きな通りに出たところで、ちょうど乗り合い馬車が近くに来たので乗ることにした。

 乗り合い馬車は市内の主要地点を循環している馬車で、今は3路線ほどある。料金は一律で、どの停留所で降りても1人当たり緑貨2枚――20カディの前払いだ。大きめの荷馬車にベンチが取り付けられていて、車体の下には申し訳程度の板ばねが仕込まれているが、長時間は乗りたくないタイプの馬車である。今は昼間だし、天気もいいので客席に幌はかけられていない。


 アロイの家までは歩いていけない距離でもないが、乗り合い馬車で停留所を2つ分ほど乗ると、いわゆる高級住宅街がある丘の下に着くのでちょうどいい。そこから丘を登っていくとクラクストン家がある。

「そういえばアロイの料理は意外と手慣れていたけれど、ティモは? 料理が得意だったりするの?」

 隣に座るティモを見上げてそう聞いてみる。ティモがうへぇと頭をかいた。

「いやぁ……昔は実家暮らしだったんで、自分じゃあんまりしなかったっスね。家族とメシの時間が合わない時は、コンビニ弁当とか、ファストフードみたいなもんとか……。こっちの体は魚料理ならある程度できるみたいっスけど、オレが再現できるかどうかはわかんないっス。今、宿屋暮らしなんでキッチンないんスよ」


 ニホンのコンビニというのが一日中営業していて食べ物や飲み物、雑貨、書籍の類まで、何でも売っている店だというのは知っている。ファストフードというのも、確か屋台メシのようなものだと聞いたことがある。

「ベル、僕の料理に“意外と”っていうのは失礼じゃない?」

 アロイがくすくすと笑った。

「え、だって普段は料理人がいるだろう?」

「前世では一人暮らしをしていた時期もあったから、わりと自炊していたよ」

「じゃあ、ひょっとしたら私が一番料理が下手な疑惑があるね?」

 思わず真顔でそう言ってしまう。アロイから否定の言葉は出なかった。


 ――ふと、誰かに見られているような気がした。

 もちろん、乗り合い馬車は貸し切りではないので、他にも乗客がいた。買い物帰りらしいご婦人が2人と、ステッキを持った年配の男性が1人。工場の労働者風の男性が2人。

 顔を上げた時にはもう誰もこちらを見ていなかったので、気のせいだったかもしれない。……いや、たとえ気のせいだったとしても、クラクストン家はまだ警戒を解いていない状況だ。人目がある昼間で、幌もかかっていない乗り合い馬車だったから、少し油断してしまったけれど、先ほど私たちがしていた会話は、少なくともティモとアロイが稀人であることがわかる内容だった。


 可能性を考えてみる。そもそもこの馬車に乗ったこと自体、偶然でしかない。だとしたら、さっきの私たちの会話に興味を引かれたか、それとも……敵意を持ったか?

 物事は悪いほうへと考えろ、と昔教わった。そうやって最悪の事態を想定しておけば、結果的に自分の身を守る行動がとれる、と。まだ私が冒険者仕事をよく請け負っていた頃だ。

 襲撃に繋がるのが最悪の想定だろう。だとしたら、実害が一番大きいのは労働者風の男性2人か。体格ではティモ以外は負ける。けれど、あの男性2人が武器を持っている様子はない。


「ベル、どうしたの? 難しい顔して。料理の腕について“そんなことないよ”って言ってほしかったの?」

 アロイが隣から私の顔をのぞき込んできた。

「いや、それは自覚してるからいいんだ。そういえばアロイ、キオウシギの羽根で作った魔道具は持っている?」

 声はにこやかに、でも視線は真剣にアロイにそう聞いてみる。

「それは……もちろん持ってるよ。すぐ取り出せる場所にある」

 アロイにも意味は伝わったようで、魔道具の効果を口に出すことはなかった。


 馬車が、がたんと止まる。街の中央を東西に貫くオスル川の南岸、橋の手前にある停留所だ。ご婦人2人が降りていった。残るはステッキの男性と、労働者風の男性2人だ。

 馬車はこの後、橋を渡ってオスル川の北岸、丘の裾野に広がる住宅街の入り口に止まり、その後は西へ曲がって、海沿いに並び立つ工場地帯へ向かう。私たちが降りるのは住宅街の停留所だ。


 ティモをちらりと見ると、今まさに渡っている橋と川を眺めている。

「ヤッベー、立派な川と橋っスね。これがオスル川っスよね?」

「川も物流には大事だからね。――そういえばティモ、今回の件で盾は傷ついたりしなかった?」

 世間話のようにティモにそう聞いてみる。ティモは、剣だけは腰に下げているが、盾は背負ったリュックの外側にぶら下げているので、とっさに手に取れる位置ではない。

「へ? 傷はまぁついたと思うっスけど……」

「ちょっと見せてくれる?」

 私がそう言うと、ティモはとくに逆らうこともなく、まずリュックを自分の膝の上に下ろし、そこから盾を外して渡してくれた。

 

 馬車が橋を渡り終える。

「ティモ、次の停留所で降りるよ」

 アロイがティモに声をかける。私はティモから盾を受け取りながら、乗客のほうをちらりと眺めてみたが、あからさまにこちらを見ている人物はいなかった。

 アロイに声をかけられて、ティモがリュックを背負い直す。それを確認して、私はティモに盾を返した。

「大きな傷はつかなかったみたいだね。……盾は手に持ってて。これは聞き返さないで」

 後半は小さな声でささやく。何かを言いかけたティモはびっくりしたような目で私を見下ろしている。


 馬車が停留所に着いた。乗る時は荷台の前方、御者に近い位置から乗るが、降りる時は後ろにあるステップから降りる。

(……もし誰かが私たちを襲うとして、一番“襲いにくい”のは私かな。大の男が年端もいかない少女を襲うのは、気持ちの上で多少違うだろう)

「アロイから降りて」

 私がそう言うと、アロイは頷いて荷台の後部から道路へと降りた。

 私は荷物を持ち直すふりをして、ティモに降りるように促す。ティモがアロイに続いて荷台を降りた。

 ティモの後に私が降りると、それを確認したかのように、労働者風の男性2人も荷台を降りてきた。


 周囲に視線を走らせる。住宅街のこのあたりは少し裕福な家が多い。つまり、庭が広くて建物と建物の間が広い。かといって、自前で警備員を雇うほど高級住宅街というわけでもないエリアだ。そういう高級住宅街はここから坂の上にある。

 ――人の目が少ない。時間も中途半端なせいか、通行人もいない。

 相手から声でもかけてくれれば、真っ先に打てる手はいくつかあるけれど……。


 馬車を降りてすぐ、男2人が私たちとは違う方向に歩き去ってくれればよかった。

 アロイも同じことを期待したのか、停留所に立ち止まったまま、誰にともなく呟く。

「セロは何時頃になるかな」

「報告だけならそんなにかからないと思うけどね。……ああ、このあたりは川風が気持ちいいね」

 私も川風を楽しむふりをしてその場にたたずむ。


 少し離れた場所に立っていた男2人は、私たちのそんな様子を少し見た後、2人で何事かを話し合って、川沿いを西へと歩き始めた。私たちはここから北の坂道へ行くので行き先が違う。

 少しほっとした。

 アロイと顔を見合わせ、どちらからともなく小さく頷いて、私たちはあらためて坂へと足を向けた。私とアロイのその様子をティモは少し不思議そうに見ていたけれど、私たちが歩き始めたのを見て、そのままついてくる。


「このへんは立派な家が多いんスね。ここいらに比べれば、冒険者ギルドや商店街に近いあたりは下町みたいな……」

 ティモが物珍しそうにキョロキョロと見回し、そして動きを止める。

「あの人たち、なんか忘れモンでもしたんスかね」

 私とアロイが同時に足を止めて振り返る。

 川沿いを歩いていったはずの2人が走って戻ってきていた。

「稀人どもめ!」

「1人はクラクストンのガキだろう!? 食らえ!」

 追いつかれるにはまだ距離があると思っていたが、男たちのうち1人が何かを投げてきた。


 相手の敵意が明確になると同時に私たちも走り出していたが、投げられた物が足もとに転がる。少し大きめの魔結晶だ。どす黒い緑色の……効果はわからないが、少なくとも素材に使われた魔結晶は毒属性だろう。

「息を止めて!【崩壊する檻、溶解する氷、瓦解する呪い】!」

 とっさに、可能性のひとつとして用意していた解呪の呪文を詠唱する。何をされるかは予想できなかったので、毒や呪いの類をまとめて解除する上級呪文を奮発した。


 どす黒い緑色の魔結晶からは、同じ色合いの煙が出始めていたが、私の呪文でそれが散らばり始める。

「【無垢なる天の鳥の羽根、清らかなる泉の清冽(せいれつ)な水、白き虹より零れる(みそぎ)の光】!」

 口元に当てていた袖口を一度外し、アロイが詠唱する。こちらもどうやら一番効果の高い浄化の呪文だ。淡い虹色の光がぶわりと広がり、そして黒緑色の煙はすぐに一掃された。


 詠唱を終えると同時にアロイはポケットから小さな魔道具を取り出す。鶏の卵を押しつぶしたような、平たい卵形をしたその魔道具には、中央に黄色い魔石がはめ込まれている。アロイは躊躇無くその魔石を押した。

 キィィィィィーッ!!

 怪鳥の雄叫びのような、甲高い音が響き渡る。


 その音に、こちらに駆け寄ってこようとしていた男2人の動きが止まった。男たちは手に何かを握りこんでいるようだ。さらなる攻撃のための魔道具か魔結晶か、それともさっきこちらに投げ込んだ魔結晶が効果を発揮していれば、あたりにはおそらく毒霧かそれに似たものが撒かれたはずだから、解毒の魔結晶を握っているのかもしれない。


 周囲の住宅から、何人かが何事かと顔を出した。

 2人の男は不利を悟ったか、逃げようとしている。

「逃がさないよ!【不可視なる鎖、重き大地の戒め、(よこしま)なる者を捕らえる(くびき)たれ】!」

 私の放った魔法に、走り始めたはずの男2人がつんのめるようにその場に膝をつく。見えない重力に押さえつけられるように、そのまま四つん這いになった。


「ティモ、あの2人を拘束できる? ベルの魔法もまだ効いてるから手足を縛るだけでもいい」

 アロイが荷物の中からロープを取り出してティモに渡す。

「う、ウッス! やってみるっス! 力仕事ならできるっス!」

「油断はしないで。僕も一緒に行くから」

 ティモの背中をぽんと軽く叩き、アロイはティモを促して走り出した。


 私が魔法を維持している間に、坂の上から馬の蹄の音がした。

「坊ちゃん! ご無事ですか!」

 アロイの家の警備員だろう。私は見覚えのない若い男だったが、彼が乗っている月毛(つきげ)の馬には見覚えがあった。淡い薄茶色の毛に、金に近い白いたてがみが綺麗だと思って覚えていたのだ。


 逃げようとしていた男2人のうち、1人はティモが首の近くの地面に剣を刺して動きを止めたところでアロイに腕を縛られ、もう1人の背中にはティモがどっかりと馬乗りになっていた。

「ルドヴィ、来てくれたのか、早かったね」

「ちょうど門の近くにいましたんで。魔道具の音が聞こえてすぐに馬に飛び乗ってきました!」

 駆けつけた男はルドヴィというらしい。

 クラクストン家からはさらに応援がきた。付近の住宅からも、庭師や下男など男手が集まって、私たちを襲撃した男2人は、あっという間に拘束されてしまった。


「ベルさん、さっきの魔法すごかったっスね! 大の男2人が身動きできずに地べたを這いずってたっスよ!?」

 ルドヴィたちに後をまかせて、もどってきたティモが拳を握りしめる。

 それはそうだ。大型魔獣相手なら心もとないけれど、中型魔獣くらいなら動きを止められる魔法を人間相手に使ったのだから。

「アロイさんの魔法もすごかったっス! なんかマジヤベー色の煙だと思ったんスけど、あっという間に綺麗になったっス!」

 ティモと一緒に戻ってきたアロイも、それを聞いて笑った。

「ベルが最初に思い切った解呪を詠唱してたからね。残った分なら1度で浄化できると思って、僕も奮発したんだ」

「ああいう時は小出しにしたら魔力負けするからね」

 そう言いながら私は、少しは先輩冒険者らしいところをティモに見せられたかな、と思った。

 でも、想定していた場面とはちょっと違ったかな……。




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