表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/41

クソな世界

令和4年2月19日(土)

誤字脱字の修正にあわせ、表現なども一部変更しましたが、内容に変更はありません。







「おたくらが羨ましいよ」

「は?」


 雑草を抜いていたら、馬車の手綱を握っている見知らぬ男から、やぶから棒に言われた。目線を合わせれば、税金の話だと言う。

 意味の分からないことを言う奴だと思いながら、腰を伸ばすと額の汗を拭う。その間もお構いなしに、男は話を続ける。


「この辺りは、ディロ男爵が領主代行しているだろう? またよそでは税金が上がったっていうのに、この辺りも含め、一部は特例地域として例外に免除されているじゃないか。だから羨ましくてね」


 とんだデマだ。まったく、どこでそんな与太話(よたばなし)を聞いたのやら。


「冗談は止めてくれ。ついこの間、税が上がったばかりだ。畑の賃貸料も上がったし、あんたに羨ましく思われることは、一つもないよ」

「へえ、そうかい。ならあの噂、本当なのかもな」

「噂?」

「男爵が決められた額より多く徴収していて、その差額を着服しているっていう噂だよ」


 その話には覚えがある。

 ディロが爵位を金で買った頃、どこにそんな大金を隠し持っていたのかと話題にし、冗談で横領しているのではないかと……。もちろん証拠はないので、ただの冗談や噂の域を出ない話。けれど疑わしく思ったのは、ここで暮らす俺たちだけではなかったらしい。

 それもそうか。特に王妃となった娘の父親なんて、有名人だからな。なにかと噂になるのだろう。


「これを読みな」


 男は後ろを振り向き探り当てると、なにか書かれている紙の束を差し出してきた。おそらくこれは、新聞だろう。


「悪い、字が読めないんだ」

「それなら、字が読める信用できる奴に渡し、読んでもらえばいい。それは、他の領で発行されている新聞だ」


 そう言って男は新聞を投げると、馬車を動かし去った。


「なんだ、ありゃ」


 このまま捨てても良いが、妙に気になった。だから近所に住む、字の読み書きができる友人を訪ねた。


 奴に言わせると、やはりこの紙の束は新聞だった。しかも複数の領でそれぞれ発行されたもので、よく集めたものだと感心していた。荷台に大した荷物はなかったが、あの男、そんなに各所を回っていたのか。

 そんなことをぼんやり思っていると、内容に目を通していた友人の顔が、段々と険しくなった。


「……なんだ、これは! うちの地元新聞と、内容が違うじゃないか!」


 つい最近、この領も税が上がると説明を受けたばかりだ。だが他の領で発行された新聞には、そんなことは書かれていないと言う。

 あの馬車の男が言っていたように、先の増税の際、国が一部の領や地域を増税から除外すると定めた。その除外地域に、この辺りも含まれているとも。


「なんだって? お前が読み聞かせてくれた新聞には、そう書かれていたって……。それに、ディロの使いの者だって、そう言っていたじゃないか。国中、一律に税が上がるって! まさか本当にディロの奴……」


 横領していたのか? 学のない俺たちを騙し、その差額を懐に入れ、それで爵位を買ったのか?


「冗談で話していたが、本当だったようだな。地元新聞が嘘の情報を書いているということは、奴ら、男爵に同じく騙されているか脅されているか、手を組んでいるのだろうよ」


 顔見知りの多い地域だ。知り合いの中に何人か、新聞屋に勤めている。だから悪事に手を貸していたとは思いたくない。けれど、新聞屋が嘘っぱちの内容を書いたことは間違いない。偽りの情報をそうと知らずに書いたのか? 知っていて書いたのか?


「……字を読める奴らが、いつまでも騙される訳がないんじゃ……」


 ぽつりと言えば、だん! 友人が拳を机の上に打ちつけた。


「妙だと思っていた。男爵の祖父の代から、文字の読み書きができる奴は仕事を斡旋するからと言って、なんだかんだと追い出されるよう、引っ越しを余儀無いものとされ……。そうやって読み書きできる奴を減らし、事実を悟られないようにしていたに違いない」


 確かにこの友人がいなければ、この新聞はたき火のこやしにするか、暖炉へと直行させていただろう。それか新聞屋に読んでくれと、頼んでいたはずだ。だが新聞屋に頼めば、奴らは文字が読めない俺に偽りの内容を伝え、馬車の男にからかわれたと笑っていただろう。


「そう言えば、ディロはよそ者と会話することを嫌っていたな。この辺りは宿も少ないし、宿泊できる所が限られている」

「宿泊させれば、俺たちと接触する機会が増えるからな」

「そうやって俺たちに、事実を知られないようにしていたのか」


 そう、この辺りは料理屋も少ない。ほとんど農業だけで成り立っているような地域だ。


「なあ、もしこの新聞を受け取った所を新聞屋に見られていたら、俺はどうなっている?」

「でっち上げの罪を作られ、罰を受けていたかもな」


 慄然(りつぜん)となる。

 ディロは、気に入らない奴をひたすらに追い詰めた、あの悪魔のような男の息子。ディロは奴より横暴ではないが、でっち上げの罪を作ることはするだろう。(あや)うい所だった。


「さて、俺とお前は真実を知ってしまった。これからどうする?」

「どうするって……」


 口をつぐむしかなかった。

 ただの農民が声を大にしてどうする。戯言(たわごと)だと言われるのがおちだ。ただの噂を信じている、痛い奴だとも。そんな人間の声は、国には届かないだろう。届いても、無視されるだろう。なぜならディロの娘は、王妃なのだから。


「……誰に言っても、無駄だ」

「そうだろうな」


 それから二人とも黙りこむ。

 ただの農民、なんの権力もない。それが俺たち。だから不正という事実を知っても、手をこまねくしかない。なにも行動を起こせないことが、悔しい。仮に行動しても、全て無駄に終わるという事実もまた、悔しい。


「黙っていよう」

「そうだな……」


 友人の言葉に反対することなく、頷いた。

 そうだ、これが正しい。下手に動き目をつけられたら、この先、ろくなことにならないと分かっているじゃないか。そう、分かっているはずなのに、なぜ家までの道程(みちのり)、こんなにも足が重い。


 帰宅し安酒を飲んでも、少しも気が晴れない。

 悔しい。だけど仕方ない。声をあげても、なにも変わらないから。揉み消され、下手すれば命を奪われる。なら賢く黙っておいて、愚痴ってうっぷんを晴らすしかない。

 はっ、なんだよ、このクソな世界は。


「……結局は、権力かよ。でもよう……。俺みたいな学のない農民が、どうやって偉くなれるっていうんだ……。だったら、我慢するしかねえじゃねか……」


 涙と鼻水が混じったが、気にせず酒を飲み続けた。



 とんとん、とんとん。



 音で目を覚ます。いつの間にか、テーブルの上に突っ伏(つっぷ)し眠っていた。


「んあ……?」


 目を覚まし、自分の状況を理解する間もずっと、窓を叩く音は続いていた。

 どうせ近所の子どもの悪戯(いたずら)だろう。なに、ちょっと大声で叱れば、逃げて行くだろう。

 窓の向こうは暗くなっているが、そこに立っている人物の顔は、近所の窓から漏れている明かりにより判別できた。


「あいつ……!」


 それは新聞を寄越してきた、あの男だった。

 そうだ。こいつが新聞を寄越してこなければ、こんな惨めらしい気持ち、味わうことはなかったのに……!

 抜けきっていない酒のせいもあり、怒りが湧いた。あいつに一言でも文句を言わなくては、気が済まない。玄関へ向かい、ドアを開けたその瞬間。なにかが飛びこんできた。まだ明かりの点いていない部屋で、誰かに口をふさがれ、倒されていた。


「こんばんは。人を呼ばれると面倒なので、どうかお静かに」

「……っ」


 その声は、窓の向こうにいるはずの、あの男だった。


「声を出さないで下さい。この辺りは識字(しきじ)率が低いとは知っていましたが、まさかディロ側の者に、あの新聞をほいほいと渡してしまうとは……。正直、驚きました」


 は? ディロ側の者に渡した? 俺が渡したのは、友人だぞ? お互いこの地で産まれ育った、長年の友人だぞ? そんな奴をディロ側の人間だと言うなんて……! こいつ、許せない……! 侮辱され、黙っていられるか!

 だが抗おうとしても、男はなにか武術を習っているのか、起き上がれない。


「私を信用できないのは、分かります。見ず知らずの者より、顔見知りを信用する気持ちも。申し遅れました、私は先代の王妃派と呼ばれる者の一人です。さて貴方から見て、現在この国はどう見えます? 腐っていると思いませんか? 極一部の者たちだけが贅沢に暮らし、多くの国民は苦しめられている。そんな現状、変えたくありませんか?」


 変えたいさ! こんなクソな世界、変えたいさ! でも変える力が、ただの農民の俺にはないんだよ!


「私も変えたいと思っています。そう、先代王妃と同じように」


 少し、男の声が震えた。


 ……この男も、このクソな世界を変えたいのか……。なぜか、すとんと胸に落ちた。今日初めて会う男なのに、この世界を変えたい。その気持ちが俺とこいつ、通じたのかもしれない。


「では手を離しますが、声を出さないように願います」


 そっと手が離れるが、声を出す気はなかった。こいつと通じ合ったからか、興味を持ったからなのか、自分でもよく分からない。


「真実を教えましょう。現在ディロ男爵が管理する地域で、文字の読み書きができる者の大半は、ディロ男爵と手を組んでいます。貴方が新聞を渡した者も、その一人です。彼らはディロ男爵に手を貸すことで、恩恵を受けています。例えば、税率が他の者より低い、とか」

「はっ、思ったよりしょぼい恩恵だな」

「本当にそう思いますか?」

「………………」


 そう言えば、新聞を渡したあいつの家で飲む酒は、いつも俺が買う酒より値段が高かった。服だって新品を買う回数が多く、羨ましいと言ったことがある。あいつは金の使い方を工夫しているだけだと、笑っていたが……。

 実は俺たちより税が安く、その分、使える金があったからなのか?


「論より証拠、現実をお見せしましょう。この地域で本日、新聞を渡した相手は、貴方だけではありません」


 家から出ると人目をつくことを避けたいからと、明かりを持たず夜道を走る。先を走る男は猫の目でも持っているのか、臆することなく、昼間のように走る。ここに長く住む俺でさえ、明かりのない夜道を走ることに苦戦しているのに。こいつ、何者だ?


 連れて行かれたのは、この辺りで唯一の新聞屋の建物だった。

 俺は読めないから新聞を購入していないが、朝の配達に間に合うよう、真夜中でも働くことがあると聞いたことはある。今日もまだ誰か働いているのか、建物の多くの窓から、明かりが漏れていた。

 ある窓の近くにある茂みに案内される。そこには俺と同じく、見知らぬ男と組んでいるように並ぶ、この辺りに住む奴らが何人もいた。その全員が俺と同じく、文字の読み書きができない。


「それでは皆さん、声を出さずにお願いします。ええ、そう。しゃがんだまま……」


 全員で腰を曲げ、窓から見えないようにその真下へと移動する。

 窓の近くへ行けば、会話が聞こえてきた。


「よくこれだけ沢山の領の新聞、集められたもんだ。商人かなにかか?」

「これで配られた新聞は、全部だろうな?」


 そう言えばあの時、あいつに新聞を預かっておくと言われ従った。あいつはその新聞を、それからどうしたのだろう。

 まだ男の言葉を嘘だと思いたい気持ちがあった。どうかあいつが新聞を、ここに持って来ないでくれと願った。


「それにしても、まるで狙ったように配られたな。これは男爵へ知らせる必要があるだろう。今日、宿に旅人は泊まっているか? 料理屋へ立ち寄った形跡は?」

「いや、それらしい人物はいないし、宿泊客もいない」

「配るだけ配って、どこかへ行ったのか。何者なんだ?」


 複数人の声が聞こえたまま。顔色が悪くなり、震えながらその会話を聞いている者が多い。そして今、俺も同じように顔色を悪くしただろう。恐る恐る助けを求めるよう、知り合いに視線を送れば、相手も似たような目で俺を見ていた。

 ……ああ、お前も一緒か。お前も新聞を渡し読んでもらった奴に、裏切られたのか。俯き、視線を逸らした。


「この内容を知った全員、今は訴える気がないことは幸いだな」

「あいつらは学こそないが、自分たちの立場は分かっているからな」


 笑い声により、顔が熱くなってくる。


「問題はこの全員を、どう処分するかだ」

「一斉に処分するには、多すぎるな。これは理由を作るのが大変だぞ」


 ディロや国に苦しめられている仲間だと思っていたのに……。なにより、友人だと信じていたのに……。なんという酷い裏切りだ。本当、この世界はクソだ。


 場を離れ、皆、地団駄(じたんだ)を踏む。

 俺は叫びたかった。叫び、あいつらの所に怒鳴りこみたかった。だが止められ、無理やりのようにあの場から移動させられた。


「つまり俺たちは、ずっとあいつらに騙されていたのか」


 泣きながら笑っている知り合いの言葉に、この地域の住民ではない者たちが頷く。


「そういうことです。しかも先程ここにいる皆さんを、処分する話し合いまでされていました」

「皆さん、今後どうされますか? 泣き寝入りし、でっち上げの罪で処分される日を待つか、それとも自分たちで戦われますか?」

「……そりゃあ、戦えるなら戦いたいさ。こんなクソみたいな世界、変えられるなら変えたいさ。だけど、ディロと手を組んでいる奴らに、どう戦ったら勝てるんだ! ディロの娘は、王妃だぞ?」


 戦っても勝てない。分かっているが、悔しい。処分されたくない。だけど戦えない。


「なんだよ……。お前ら、なんで俺たちにあんな新聞を渡してきたんだよ。あの新聞がなければなにも知らず、あいつらを疑わず……。処分対象にだって、ならなくて……」


 言葉を切り、鼻をすする。


「ええ、ですから一つご提案があります。それが、我々の仲間になるという選択肢です」

「仲間?」

「はい、オルグ殿下を王にするための仲間です」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シリ ーズ1作目、2作目は以下、リンク貼ります。

1作目
別れと旅立ち

2作目
敗北の王妃の願い
― 新着の感想 ―
[一言] いろんな場所で反撃が始まる事にワクワクしています。 次回が待ち遠しいです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ