密会
強烈とも言える洗礼を受け、新たな王妃となったコルデは耐えられず、泣き叫んだ。
「あれでよく長年、悪鬼はこびる城で耐えられたものだ」
「彼女は、ただ国王を慰めるだけの存在だったので。疎ましく思う者は多かったですが、皆、国王の機嫌を損ねたくなく、相応に振る舞っていたので」
「それで、なんの覚悟もなく王妃になって、あの醜態か」
「そうでしょうね」
オルグは頷く。
名前だけの王妃。唯一、国王という男を慰めるだけ。それを民が『王妃』として認めると、本気であの王は考えていたのだろうか。やはりあの男は、理解できない。
「それで? 調子はどうだ?」
「種は育っています。しかしここから先、どのように育つのかは、私自身の働きにもかかっており、まだ分かりません」
世間体には実母の死に衝撃を受け、寝こんでいると言われているオルグ。だが健康そのもので、寝こんでなどいない。むしろ寝こむ暇もなく、指揮を執っている。
一部では毒を盛られ、寝こんでいるとも噂されている。故意に流したのか、たまさか生まれたものか。それは知らないが、噂を放置していることは、わざとで違いない。
「騒動になるとは分かっていたが、この国はいたく嫌われているな」
我と同じく、亡き友に味方をして動く者がいることは知ってはいたが、想像以上だった。多くの者が嘲笑に回った。
ラコーレとの関係悪化は、最初から視野に入っていたが、まさか招待された結婚式を欠席するまでとは。コルデたちがラコーレからひんしゅくを買ったという話は、我も知っている。それが影響を与えてもいただろう。
「そうですね。特に現在、リュイゼ以外にもラコーレとの関係が悪化しています。彼の国と同盟や友好関係にある国々が、ラコーレに加担した可能性もあります。こちら、生前母が調査した報告書になります。どうぞお読み下さい」
我も『姫』と呼ばれる立場上、文字の読み書きはできる。早速オルグから渡された報告書を読む。
「これはすごいな」
あまりの内容に、逆に笑いが出る。
「普通、世話になっている家で暴れないだろう。無礼にも程がある。オルグ、お前の父も我たちのもとで一晩過ごす時に騒いだが、これに比べれば、あれは可愛かったのだと今なら思えるぞ」
それにしても、このような奴が我らを未開の地に住む者と言ったのか。この報告書の内容では、どちらが蛮人なのか分からないな。
我は確かにあの時、祝いの場をかき乱した。だがあれは、故意に動いた。あの場にいた者たちに、この国は現在、リュイゼと関係が悪化していると周知させるために。だが自覚もなしにかき乱すのは、質が悪い。
「近々ラコーレとは、席が設けられる予定です」
「ラコーレの器に感謝だな。しかし読んだ印象では、このサートという男の両親にも非がないか? 子ども達のわがままを助長させている。だから国交断絶とまではいかないだろうが、払う代償は高いだろう」
「私もそう思います。ですから一刻も早く、国王を玉座から降ろす必要があります」
あの男はラコーレへ頭を下げないだろう。オルグは余計に揉める前に、手を打ちたいと考えているのだろう。
今回の道中、我らリュイゼの者へ向けられる目は、特に王都が顕著に変化していた。我らに構っておられないのだろう、そもそも気にする者が少なかった。
そんな他者を見ることのない、民の余裕がない状況も、早く改善したいに違いない。
「そのため、高まる国民の王家への不満も利用します」
「正確には、不満を高まらせたのだろう?」
「否定はしません」
動揺することなく、オルグは答える。
「今の私は亡き母と考え、用意してくれた道を歩いているだけ。国王を降ろしても、そのような私を、民が王として認めてくれるか……。正直、分かりません」
毒を盛られていると知ってから、亡き友は息子、オルグと密かに連絡を取り、今後の準備を行っていた。その準備に我も組みこまれている。
一つは預かり物を受け取り、管理すること。もう一つは亡き友に会いに行く。最後の一つが、もし王がルビーについて気がつくことがなければ、叩くこと。我々がこの国との関係を絶ったのは、亡き友の願いではない。彼女の計画に便乗しただけ。
「この国を生まれ変わらせたい」
そう願った母子は、自身の命を賭けて挑んでいる。そう、オルグは結果によっては、処刑されてしまうだろう。つまり待っているのは、死の場合がある。それをオルグは理解し覚悟の上、指揮を執って動いている。
「我が亡き友から協力を頼まれた行動は、全て終えた。預かっている宝は願い通り、大切に保管している。全てが終わったら、この国へ返却する約束も忘れてはいない。もし我の身になにかあっても、我ら部族の誰かが、その約束を守る」
「ありがとうございます」
毒を盛られたと手紙を受け取った時、同封されていたのが『王妃のルビー』だった。そして手紙に書かれていた。
これを預かり、管理してほしいと。すでに偽物と取り換えているが、もし国王がそれに気がつけば速やかに自分が勝手に送ってきたと言い、返却してほしいと。気がつかない場合は、国の頂点の者が代わるまで預かってほしいと。
結果、気がつかれず結婚式は行われた。
結婚式の前に一度、己が確認したというのに。思いこみというのは、恐ろしいものだ。しかも指摘しても、すぐに認めなかった。あの男はどうやら、宝石への心眼は、持っていないらしい。
「部族総長から伝言だ。今後我らが貴国とどのような関係となるかは、これからの働きを見て決めると」
「分かりました。改めて友好な関係を築けるよう、努力します」
今、この館に在中している者は皆、オルグに忠誠を誓っている。
影たちも亡き友が王妃になって以来、彼女が動き、また一つの団に戻そうとしていたことは王も知るまい。だから王派に属しながら、オルグに協力している影は多い。一つの団に戻った影の長も、知らないことだ。
長には偽りの内容や、真実でも時間差で情報を与える状態となっている。そのことに疑問を抱いていないのだろうか。
彼らの覆面も仇になっている。似た体型の者が声を真似れば、変装していると気がつかれる可能性が低い。我らに居場所を気取られる連中の長だ。大した能力はないのだろう。
「オルグ、逃げたくなる時があるだろう。己の出自に苦しめられることも。それほどお前が背負うモノは、大きく重い。だが決めたのなら、やり遂げろ。その気持ちを我は応援する。美味い茶を馳走になった、礼を言う」
「いえ、わざわざお立ち寄り下さり、ありがとうございました。応援の言葉、確かに受け取りました」
次にオルグと会うのは、いつになるか。その時、オルグは生きているだろうか。死体と対面するかもしれない。
今の王を玉座から降ろし、民はオルグを継ぎの王と認めるか。それとも王政を終わらせるか。民がどのような選択を下すかで、オルグの人生は決まる。
多くの民は今、まさに自分がオルグの命を握っているとは思いもしていないだろう。だが彼らの思いが、オルグの命を左右する。
生か、死か。
亡き友は母親としては、息子に生きてほしいと願うだろう。だが王妃と王子としては、王政を終えるために邪魔になるのなら、その首を民に差し出す覚悟を持ち、動いた。
我は亡き友に代わり、オルグの行き先を見守る。
どのような結果になるのか、我にも分からない。
ただ友やその子どもが願うよう、この国が良い方向に生まれ変わることを、我も願っている。




