別れと旅立ち
「ジェーン様、忘れ物はありませんか?」
お腹の膨らみが目立つようになったリッテさんが、心配そうに荷物を覗きこみながら尋ねている。
「リッテったら、私はもう子どもではないのよ?」
「でも……」
「リッテ、ジェーン様はこれまで色々な体験をされている。安心して見送るべきだ」
パデラさんも止め、ようやくリッテさんは渋々といった感じに離れる。
ベニックス国から戻った私は仕事に没頭した。仕事をしている間は、色々忘れることができるから。けれど仕事から離れると、どうしてもベニックス国での最期を思い出してしまう。
お母様……。
最期にあんな言葉を遺され……。それに、目が合ったようにも思う。きっと私があの場にいたことに気がつかれていたはず。どんなに酷い言葉を投げられようと、生き残る私のことを考えてくれ……。
一緒に暮らした時間は短かった。けれどやはり貴女は、私の母の一人。
「サラ、私、トゥロ様と一緒に行こうと思うの」
「え?」
そんな日々の中、ジェーンからそう告げられた時は、正直ショックだった。
皆、自分から去ってしまう。そう思い、一気に指先が冷えた。
「だけど心配しないで。四人とも正式に、このエレッシオンの国民となったの。私が帰ってくるのは、この国。貴女やリッテたちの待つ、この国よ」
そう言われても、会えない期間があることは寂しい。ずっと一緒にいたから、余計に寂しい。
「少し生き方を変えてみようと考えて……。トゥロ様と一緒に旅に出ることが、その一歩だと思うの」
「ラコーレ国を出たことだって、大きな一歩だったはずよ」
「いいえ、あれは逃げただけ。けれど一人では生きていけられないから、トゥロ様を利用しようとして……。最低だったわ。今度は利用ではなく、肩を並べられるようになりたいから」
母を亡くしたばかりなこともあり、涙を止めることが出来ず流した。
そんな私の頬に、ジェーンは優しくハンカチを当ててくれた。
トゥロ様はセクレートの支店がない地へ向かい、そこで商売を行う。彼は会話上手で見た目も良いことから、適役だとブランド内でも言われている。
三人で新たな商売の地へ向かう二人の乗った馬車が見えなくなるまで、見送る。
……人は何度こうやって旅立ちを見送り、別れを経験するのだろう。寂しいが、今は二人が無事に帰ってくることを願おう。
でも、死という形での別れは辛い。それが親しい人ほど、苦しい。
「サラ様、大丈夫ですか?」
リッテさんが涙ぐむ私を心配して声をかけてくる。
「ええ、寂しいけれどまた会える日が楽しみだわ。その前に、貴女とパデラさんの子どもと会える日が先ね。ジェーンには悪いけれど、私が先に可愛い赤ちゃんと会わせてもらうから」
「ふふ、ジェーン様、悔しがりそうですね」
でも苦しい、辛いからと泣いて過ごしてばかりいては、あの言葉を遺してくれた母が悲しむ。彼女はどこまでも、私の幸せを願ってくれたのだから。
人生は別れと旅立ちの連続ね。
いつか私も二回目の母との別れで落ちこむ時が減り、過去と別れられ、現在だけと向き合える日が来るだろうか。
今すぐには無理だけれど……。
私もジェーンのように、前へ進もう。




