ただ夢を見る
父上と母上が処刑されるなんて、信じるものか。だって父上は王様……。いや、今は元王様か。それでも王様だった偉い人なのに、処刑されるはずがない。
姉上と二人だけ牢屋から出されると、暗い夜の中格子で囲まれた荷台馬車に乗らされ、行き先も告げられず馬は走り始めた。
明るくなり腹も空く中、両親が処刑されると伝えられた。そして僕たちは、ラコーレ国へ送られるとも。
「う…っ、うう……っ」
またかとうんざりしながら、泣く姉上を見る。突然泣き出す姉上の姿は、母上を思い出させる。そもそも母上が僕たちに妙な遊びを提案しなければ、父上は王様のままだったかもしれない。そう考えると、煩わしい気分になる。
「……姉上、日に何度泣けば気が済むのですか。いい加減、泣き止んでくれませんか」
「だって……。国外追放と言われたのよ? ベニックス国へ立ち入ることは、二度と許されないって。もう二度と、あの方に会えないのよ……」
そんな馬鹿らしい理由で、よくこんなに泣き続けられるものだ。
ベニックス国へ残れたとしても、あの男は姉上を完全に拒絶していたじゃないか。明らかに脈がないのに、まだ未練があるとは呆れる。
それにしても尻が痛い。床は板だけで造られており、振動が直に伝わってくる。屋根は申し訳程度の布で穴も開いており、雨が降れば濡れる。なんて最悪なのだろう。王様の子……。弟である僕に対し、許されるものではない。でも何度訴えても、無視をされる。
とりあえず姉上の泣き声をなんとかしたく、無理やり別の話題を振る。
「僕らに借金があると言われたけれど、本当だと思う? 父上たちの処刑も」
「壊した物の弁償代だと言われたけれど、なぜ今さら借金なのか分からないわ。それに、壊したその場で怒られなかった物よ? 価値があるとは思えないから、あったとしても、少額ではないかしら。お父様たちは……。正直、分からない……」
姉上の借金に関する返しに、頷く。
そもそも僕たちは子ども。子どもに借金を背負わせるという話が、どうかしている。
そうだ、僕たちは子どもだ。それなのに、まるで犯罪者を運ぶような扱いで旅をさせるなんて、まともな大人のやることではない。
けれど、不安が拭えない。
父上の逆鱗に触れないように注意はしていたが、兄上は父上に比べ、怒りっぽいようだ。これまであまり接してこなかったので、どういう性格なのかよく分からない。そんな奴が下したという判断、嫌な予感がする。
「だけど、前と同じでサート様の家へ行くのでしょう? その点は安心できるわ。あの老夫婦、私たちのことを好いていたし、今回も良くしてくれるはずよ」
「僕もそう思うけれど……。でも、しばらく大人しくしないか?」
そんな話をしていると、後ろから馬に乗った男が追いついた。
そして僕たちへ、父上と母上の首が落とされたと告げられた。二人だけではない。おじい様も、おばあ様も伯父様、伯母様も……。
「うそ……。本当、に……?」
僕たちの顔はきっと青ざめていることだろう。
信じられない、信じたくない。
「なら、今すぐ、帰って……」
確認をしたい。けれどそれは恐ろしく、口に出来ない。この目で皆の遺体を見たら、取り返しがつかないような、そんな気がした。
葬儀は行われないと告げられたことに、姉上が珍しく泣くことなく、声を荒げた。
「信じないわ! こんな離れた場所でそんなことを言われたって、信じられるものですか! 証拠は? 葬儀も行われないなら、どこかで生き延びているかもしれないじゃない!」
「あなたたち二人は子どものため、極刑を免れた。また子どもだから、残酷な現実を見せることを陛下が配慮してくれた。ただし借金だけではない、罪は償ってもらう」
「罪?」
「あなたたちが暴れたせいで、どれだけベニックス国が被害を受けたと思っている。結婚式であのような非常識の振る舞い、聞いたことがありません。両親にとって祝福となる日に恥を晒し、自覚がないのか」
あれは奇妙な赤毛の女が乱入してきたから、暴れても良いのかと思って……。母上だって泣いたし、母上の指輪を偽物だって言った男だって無礼だったじゃないか。僕たちだけが悪い訳じゃない。
サート様の家へ到着するまでの間、姉上と事実かどうか何度も話した。
姉上も僕も処刑された話を信じず、騙すつもりだと言い合った。きっと生き延びた父上が助けに来てくれる。それまで我慢するしかない。
そんな話をしていると、並走している男たちが笑うが、僕たちは気にしなかった。
◇◇◇◇◇
やっとサート様の家に到着したと思うと、荷台から降ろされる前に使用人頭が近寄ってくると、無表情で告げてきた。
「これよりこの屋敷で使用人として働き、給金から借金を返す仕組みとなる。衣食住を雇い主が用意するが、お前たちの借金は膨大すぎる。その為働きに応じ、それに見合った内容の食事を提供する。ちなみにお前たちの部屋は、牢だ」
「は?」
「え?」
矢継ぎ早に告げられ、理解の追いつかない僕たちの前でわざとらしく鼻を鳴らすと、顔を歪める。
「臭うな。まずは体を拭くように」
「ま、待て! 働く? 僕たちが? 部屋は牢? どういう意味だ?」
「出発してから説明をしたはずだ。国外追放となったお前たちの身柄は、ラコーレ国へ渡ると。そこでこれまで壊した品々を、金銭という形で弁償させる……。つまり借金だ。その額はすでに算出されているとも」
確かにそんな話をされた覚えはあるが、部屋が牢とは聞いていない。
それについて文句を言おうとした時、あの老夫婦が勢いよくドアを開けると、飛び出すように庭へ出て来た。
この二人は僕たちを好いているので、使用人頭たちへ罰が下るだろうとほくそ笑む。姉上も同じ考えだったらしく、二人で顔を合わせ頷くと、服の汚れを手で叩き落とし、荷台の上で二人に向け、丁寧にお辞儀する。
「お久しぶりにございます、おじい様、おばあ様」
挨拶をしている最中だというのに荷台の扉が開かれ、使用人頭が僕たちの腕を急に引っ張って来た。
突然のことに庭へ突っ伏すと、背中に痛みが走る。
痛みのもとを探ろうと首を動かすと、老夫人が鞭を持っていた。それに気がつくと、また鞭が振られ、背中に激痛が走る。
「どこまで馬鹿な子どもたちなのかしら。自分たちの立場を理解しなさい。理解できていないから、あんな挨拶を取ったのでしょうがね。ろくな躾をされていない低能は、これだから困るわ」
「むっ、なんという悪臭だ、耐えられん。臭いをどうにかするまで、屋敷に入れるな」
「命令に逆らったら、遠慮なく振りなさい」
使用人頭は鞭を受け取る。
「ま、待って下さい!」
立ち上がり追いすがろうとすれば、老人の拳が頬にめりこんだ。
「ここまで馬鹿とは、救いようがないな! 良いな、もう一度お前たちに言ってやる! お前たちは使用人で、私たちは主人だ! 主人に対し、二度と無礼な態度を取るな! 今後間違えたら、借金を増やしてやる!」
「あなた、そんな汚いものを素手で殴るなんて……。すぐに手を洗わなければ」
そんな会話を大声で交わしながら、老夫婦は家に戻って行った。
「なにをぐずぐずしている、ついて来い。旦那様の言われた通り体を荒い、着替えろ」
振り返ることなく歩き出した使用人頭を、追いかける。その頃には僕たちに同行していた者たちは全員、ベニックス国へ帰るのかすでに出発していた。
「井戸はそこだ。道具はここに揃っている」
渡されたのは着替え、桶、タオル数枚に石鹸。
今まで湯浴みの準備をしたことなんて、一度もない。なにをどうすれば良いのか分からず、僕たちは途方に暮れた。
「ちょっと、井戸の水を汲みたいからどいてくれない?」
そこへ空の桶を持ったメイドが一人やって来た。
「丁度良かったわ、ねえ貴女、教えてくれない? 湯浴み場はどこ? 道具だけ渡されて困っていたのよ」
「そこの茂みの陰ででも行えば? 自分でこうやって水を汲んで、体を洗えば良いのよ。それにしても、本当に臭いわね。早くどうにかしなさいよ」
慣れた手つきのメイドへ協力するよう言うが、無視をされた。
臭いのは間違いない。だから先ほどのメイドの見様見真似で紐を引っ張るが、上手くいかない。姉上はすぐに根をあげた。
「手の平が痛いわ。縄はゴツゴツしているし、皮が破けそう。あの人、よく軽々水を汲めていたわね」
「それが仕事だからだろう」
「だったら私たちに水を汲むべきだわ! ねえ、もしかして本当に私たち、使用人になったの? 着替えだって、ほら見て! さっきのメイドと同じ服!」
殴られた頬が痛い。認めたくないが、少なくとも今日は使用人として過ごせということだろう。あの拳は本気だった。
なんとか水を汲み、タオルを浸し顔に当てる。あまりの冷たさに飛び上がりそうだ。
それにしても、本当に茂みの陰で体を拭けと? ここまでの道中、用を足すのも苦痛だったが、これはさらに上回る。この僕が、どうしてこんな目に……!
それでも体を洗いたい気持ちが湧き、姉上と交代で見張りをしながら体を拭くことにする。
「遅い」
二人とも支度を終えると同時に、一人の使用人が近寄って来た。
「見ていたが、水を汲むだけでどれだけ時間を割いている。身分の高い男は護身術を習うのが当然と思っていたが、その常識を改めるべきかもしれないな」
「見ていたなら手伝えば良いだろ。姉上の着替えも覗いていたのかよ、変態」
剣術の授業からよく逃げていたことを指摘され、つい口ごたえした直後、膝で腹部を蹴られた。
「何様のつもりだ、お前。使用人の中で、しかも借金を抱え一番の下っ端が。いい加減現実を受け入れろ」
それまで着ていた服は燃やして処分すると、持って行かれた。道具一式は、今後も使うから部屋に投げておくと言われる。そして案内されたのは厨房だった。まずは食事を用意してくれるのかと思ったら、違った。
「この屋敷には大勢の使用人が住みこみで働いている。先ほど食事を終えたばかりだから、この食器を洗え」
皿にグラス、スプーン等、山のようにある。人が使った汚い食器を、僕たちに洗えと?
「言っておくが、食器洗いが終わるまでお前たちの今日の食事はない。交代で見張ってやる、頑張れ。水は井戸から汲んでこい」
まだ痛む手の平。姉上が言う通り、このまま酷使すれば手の平の皮は剥けるだろう。
でも水がなければ洗えないことは分かる。姉上は誰が口にいれたか分からないスプーンを、嫌そうにつまむ。
手の皮が剥けるのは嫌だが、この食器を洗うのも汚くて嫌だ。どちらも嫌だ。だが姉上は水を上手く汲めない。結局僕が水を用意し、姉上が洗うとなった。だが食器を洗うなんて初めてのことで、姉上は食器を何枚も割る。
「言い忘れていたけれど、割れた食器も弁償してもらいますからね。つまり借金が増えるということです。あら、また増えた」
椅子に腰かけ、編み物をしつつ僕たちを見張っているメイドが言ってくる。
「姉上!」
「な、なによ! 洗うのって難しいのよ? 初めてだし、仕方ないわよ。こんな汚い物に触れるのだって我慢しているのに、なにをそんなに怒るのよ」
「じゃあ姉上が水を汲んで下さいよ! こっちだってどれだけ大変か……!」
しばらく言い争いをしている間に、また食器が追加される。でも誰も手伝ってくれない。
もう嫌だと桶を地面に叩きつける。このまま逃げ出したいが、行き先がない。誰が助けてくれるのかも分からない。
「仕方ありませんね」
渡されたのはパンの欠片、ジャムが塗られていた。
飛びつきパンにかじりつく。空腹の身に甘味が広がる。美味しい。でも量が足りない。これ以上欲しければ、仕事をするようにと言われる。
夜中、やっと解放された僕たちの手はぼろぼろになっていた。手当を願ったが無視をされた。そして知らなかった隠し扉の階段を下り、桶や汚れたままのタオルが投げ捨てられている牢に入れられる。
石で作られた床。地下なので窓もない。ベッドはあるが、安物の硬いベッドだ。クローゼットも置かれているので中を確認すると、寝間着と替えの使用人用の制服がかけられていた。
他にも生活に使える道具が置かれている。最低限の生活は保障されるのかと安心した所で、ベッドに置かれていたカードに気がつく。
『この部屋に用意した品々にかかった費用も、借金の一部とする』
そう書かれてあったカードを破り捨てる。
「……埃っぽい布団ね……」
しばらくし、姉上のすすり泣く声が牢に響き始めた。
その音は耳障りだったが、疲労のせいだろう。自然と眠れた。その眠っている間はなにも考えることもなく、幸せだった。
だがその時間は短く、叩き起こされる。
皆が朝食を取るので、机や椅子を拭けと言われる。それが済んで、やっとパンの欠片と痛み始めたブドウが一粒、そして水だけを渡された。
明らかに他の使用人と違う。他の人たちはパン丸ごと一つにサラダ、ブドウも何粒も皿に乗り、肉と野菜の入ったスープを食べている。それを睨み、告げる。
「覚えとけよ。僕たちをこんな目に合わせて、いつか後悔するからな!」
一瞬の静寂の後、わっと笑いが起きる。
「ああ、おかしい。朝から笑わせてくれるわ。借金を返済できたら、どうせこの屋敷を追い出されるだけ」
「まさかオルグ陛下が助けてくれると夢見ているのか? 子どもは夢を見るものだけど、夢見がちすぎだろう」
「旦那様と奥様だけでなく、私たちも騙していたのに。自覚ないのかしら」
「サート様のお子にしては、躾がなっていないと思ってはいたのだ。ろくでもない女に引っかかったようだとは思っていたが……」
「兄上に手紙を書けばお前らなんて、すぐに……!」
「手紙が届く訳がないでしょう」
「届いたとしても、陛下が読まれる前に処分されるに違いない」
悔しい、悔しい! なぜこうも使用人なんかから、馬鹿にされなくてはならない! 僕は王様の弟なのに!
「おい、お前ら、今日の仕事はこっちだ」
呼ばれ命令されたのは、庭の雑草抜きだった。
「良かった、昨日より楽そうね」
姉上の喜びに同意と頷くが、甘くなかったと思い知る。ずっと同じ姿勢でただ抜くだけの単調な仕事だが、腰がどうにかなりそうだ。それに時々虫と遭遇しては、そのたびに姉上は騒ぎ尻餅をつく。
あまりに辛く立ち上がると、目眩がした。
「そろそろ昼食の時間ですが、これではパンの欠片を与えられるかどうか……」
「なぜだ? 僕らはちゃんと抜いているではないか!」
「確かに抜いていますが、それだけですよね。見なさい、庭を。穴がぼこぼこと開き、雑草は放置。庭の景観が損なわれています」
「だったら、どうしろと言うのよ。そもそも最初に説明しなかった貴方が悪いのよ」
「逆になぜ初めての作業について確認を怠ったのか、理解できませんね。あと貴女が抜いたその一帯、奥様が好まれる花の苗が植えられたばかりでして……。奥様の大切な空間を奪った罪は大きいですね」
それを黙って見ていたお前にだって罪があるだろう? なんでもかんでも、僕たちだけが悪いと言って……。なんて性格の悪い奴らだ。
「苗はまだ残っているので対応はできますが、奥様へ報告をいたします。その結果、夕食に影響が出ても仕方がないと理解していて下さい」
きっとこいつはわざと雑草かどうか分からない僕たちを嵌めるため、雑草抜きの仕事をさせたに違いない。わざと失敗し、食事を減らそうと……!
一応昼はパンの欠片だけ食べられた。その後からは姉上と協力し、抜いたら開いた穴を姉上が埋めていく。抜いた雑草は集め、茂みの陰に隠すように置いた。
「本来抜いた雑草を集める場所はありますが、今日は良いでしょう。夕食の時間ですが、泥だらけの服で食堂には来ないで下さい。着替えた服は、自分たちで洗うように。ああ、ついでですから明日は洗濯をやってもらいましょう」
◇◇◇◇◇
どんどん手が荒れていく。かさかさして、ささくれも出来て痛い。
他の使用人たちは奥様からの差し入れだと、嬉しそうにクリームを塗っている。客人の前に立つこともあるので、僕らのような手では駄目だと言う。僕たちは表に出ず、裏で汚い仕事ばかりやらされる。
一週間経ち、一日休みだと言われる。さらに給金だと、袋を渡された。
中に入っていたのは、銅色の硬貨が十枚。借金分を引いた額らしいが、これがどれほどの価値なのかよく分からない。
「このお金でお兄様への手紙を書きましょう。便箋やインクを買いに行きましょう」
それは良い考えだと思うが、僕たちの服は寝間着と制服しかない。仕方なく休日だというのに制服に身を包み、出かけることにする。
伝えれば牢から簡単に出してくれた。
「だけど、どうやって町へ行けば良いのかしら。嫌だけど、馬車を貸してくれないかお願いしてみるしかないわよね」
嫌々御者係を捕まえてお願いをしてみれば、意外なことに承諾してくれた。
「きっと日々の頑張りの成果だわ。お兄様にはこの御者は良い方だと伝えましょう」
久しぶりに柔らかい椅子での移動に、僕たちは浮かれていた。
「この辺りに目当ての店はあるだろうよ」
「ありがとう。では私たちが戻ってくるまで、待っていてちょうだい」
御者は頷いたが、どこかにやにやとした笑みで引っかかりはあったものの、まずは兄上へ連絡だと店へ向かう。
便箋と封筒が売られている店はすぐに見つかったが、値段がよく分からない。
「アヴェ銅貨二枚? 銅貨だから、これが二枚ということよね? インクとペンはアヴェ銅貨十枚だから、買えないわ」
そこでやっと気がつく。きっとあの御者はそれを知っていたから、笑っていたに違いない。底意地の悪い奴だ。
「仕方ないわ。とりあえず今日は便箋と封筒だけ買いましょう」
しかし支払う時、銅貨を二枚渡すと、銅貨でもアヴェ銅貨はこれではないと言われる。僕たちの持っている銅貨はミン銅貨と呼ばれ、アヴェ銅貨の半分の価値しかないそうだ。
「ミン銅貨で支払われるのでしたら、四枚必要となります」
店を出ると軽くなった袋をじっと見る。
「……たったこれだけで、どうして銅貨が四枚も消えたのかしら」
「店員の奴、僕たちがよく分かっていないと嘘を吐いたかもしれない」
「そうね、違いないわ。このお店は利用者を騙す店だと伝え、お兄様にこらしめてもらいましょう!」
次回からの外出用の服も欲しかったが、銅貨六枚で買える品はなかった。
代わりにお腹が空いたので、なにか食べようと屋台を覗くが、買える品は限られていた。仕方なく揚げ物を買い、二人で半分ずつ分け合う。
「この揚げ物で銅貨四枚。便箋と封筒と同じ値段なんて、どうなっているのかしら。騙されたとはいえ、私たち無知すぎるのかしら。そうなったら、今後も騙される可能性があるわね」
「今まで値段なんて気にしたことがなかったし、硬貨を持ち歩いたこともなかったし」
「しかもこんな噴水近くのベンチで買い食いなんて……。こんな姿、もしあの方に見られたら、恥ずかしくて死んでしまうわ」
「姉上、まだ諦めていなかったの? あれだけ相手から拒絶されたのに、すごいね」
「初恋もまだのピカロには、私の気持ちなんて分からないのよ」
初恋がまだという点は否定しない。恋をしなかったら父上に頼み、良い女性を紹介してもらうつもりだった。もし気になった女性ができたら父上に頼み、相手を手に入れるつもりだった。
兄上はその辺り、頭が固そうだ。頼んでも自力でなんとかしろと言いそうだ。そうなったら、自分の兄は国王だと相手に言えば良いだけ。それでなんとかなるだろう。
帰宅し庭を歩いていると、あの老夫人が数人の女性たちと庭でお茶をしていた所に出くわした。
「報告通り、本当に借金を増やして帰宅されたようで」
「面白いこと。奥様たちが雇われている使用人に対し、同じ使用人が命令するとは。この家の馬車を利用することが、どれほど価値があることか分かっていないようで……。無知とは恐ろしいものですね。借金を加算していくのですから」
聞こえてきた言葉に反応し、振り返る。御者が大笑いをしていた。
あいつは貨幣の価値を知らないことに対して笑っていたのではない。借金が加算されるのに、のんびり買い物をしている僕たちを笑っていたのだ。
ちくしょう、ちょくしょう、なんでもそうだ。最初から言ってくれれば、歩いて町へ行ったのに! 駄目だ、道が分からない。どのみち、誰かに協力してもらうしかなかった。
だけど誰が協力してくれる? 僕たちに味方してくれる奴なんか、この屋敷にいない。
「まだ教育が足りていないようでして。皆様のお宅へ派遣させることも、当分先になってしまいそうです」
「あら、今でも構いませんわ。あのような者たちなら、鍛えがいがありますもの」
意味の分からない会話は無視だと、その場を去るが笑い声はつきまとってきた。
「姉上、使用人のハウスにインクとペンがある。誰の持ち物でもなさそうだし、使用人と呼ばれる僕たちが使っても問題ないのでは?」
「そうね、そうしましょう」
手紙に現状を書き、どれだけ辛い日々なのかを訴える。そして早く迎えに来てほしい、反省している。帰りたいとも書いた。
封書を配達に来る者に依頼しようとするが、それには手間賃がかかると言われ、今の僕たちでは払えないと知る。
なにかと言えば、金、金、金。金を払え、そればかりだ。
翌週受け取った金を足し、手紙を出す。後は兄上が動いてくれるのを待つしかない。
「待つ間もまだ問題は残っているわ。町へ行った時、この恰好だと浮いていたもの。洋服が必要だと思うわ」
ここへの道中、なんの飾りもない地味な服を着た連中ばかりの村や町へ寄ったことがある。あれが安い服なのだろう。それを僕たちも着なくてはならないのだろうか。嫌だ、早く迎えに来てくれと願った。
待ち望む間、僕たちはこき使われる。
「窓を掃除しろと言ったのに、この隅にほら、ほこりが残っている。隅から隅まで、徹底して掃除しなさい!」
なにかミスを見つけられては、出来ていないと鞭を振るわれる日もあった。
手紙を出した。兄上が呼んで助けてくれる。それだけが僕たちの希望であり、神の光となっていた。けれど……。
「あの二人、いつまで返事の届かない手紙を待っていると思う?」
「王族の籍から名前は抹消。平民のピカロとリダ。しかもベニックス国民でもない。ベニックス国王が助ける理由がないという現実、いつ受け入れるのかしら」
そんな会話をわざと聞こえるようにされ、不愉快だった。
それでも僕が王様の弟であることは間違いない! こいつらは、それが分からないのか! それが分からないお前らこそ、馬鹿ではないか!
姉上は泣くほど打たれると勉強したのか、牢以外で泣くことは減った。だが今も牢で見せる姿は母上を思い出させ、苛立ちを覚える。
こんな目に合っているのは、母上が妙な遊びを提案したからだ。あの時、あんな遊びに参加すべきではなかった。そうすれば、あの老夫婦たちも勝手に誤解しないで、僕たちを孫だと呼ばなかったはずなのに。
休日はいつか洋服を買う目標のため、牢の中で過ごすか、一人だけ食べ物を買うため外出をする。もちろん今は借金を増やさないよう、歩いている。時間がかかり、待つ方も買いに行く方も辛い。
「本当にこんなので、銅貨四枚も使ったの?」
「嘘だと思うなら来週、自分の目で確かめれば?」
いつまでも兄上から連絡が届かないので、僕たちの仲もぎすぎすしたものになってきた。
なにもかも悪い方向へ進んでいる。
「……そうだ。どうせ借金があるって言うなら、増えたって良いじゃないか。いつまでに返せと言われていないし、そもそも借金の額を言われていないし。開き直って、次の休みは二人で出かけないか? あの気に入らない御者をこき使ってやってさ」
それに姉上は目を輝かせた。
ベニックス国にいた頃、よく買い物で『請求は城へ』と母上たちは言っていた。だから同じように、『請求はサース様へ』と言えば、ただよく分からない借金が増えると言われるだけになるはず。
翌週、堂々と御者に町へ連れて行けと命じると……。
「この間、無断でお前たちを馬車に乗せたから俺も奥様たちに注意された。だから馬車を利用したいなら、前金で支払いをしてもらおう。この馬車を借りたいのなら、最低でも往復でミリ銅貨百枚は必要だ」
「な……っ」
「たかが馬車に百枚? ふざけるな! 僕たちが子どもだからって、馬鹿にするな!」
「百枚でも足りないね。この馬車には家紋があり、装飾も豪華だ。家門の名を下げ動くには、百枚でも足りない。もっともこの近辺の者なら、この家門の馬車に乗る世間知らずの子どもと言えば、お前たち二人だと皆、分かっているが。名前を汚す担保としても、本来なら金貨が妥当だ」
意味の分からないことを言う男だ。
「馬だって馬車を引くにふさわしい一流の馬。それを使役する俺もふさわしい恰好が必要だ。この家に見合った本当の価格は、一生お前たちには払えない」
憤怒の顔で二人一緒に男と別れ、有り得ないと話す。
「銅貨百枚もあれば、洋服が買えるわ。ご飯だって、もっと美味しいものが沢山食べられるし」
「さっき金貨とか言ったけれど、嘘だと思うね。だってあの便箋と封筒の何倍かで馬車が使えるってことだろう?」
「そうだわ。そうよ、あの便箋と封筒を基準に考えると、実はこの家にある品々、そんなに高くないのよ」
「壊した時も怒られなかったし。たいした額の品じゃなかったから、怒られなかったのさ」
二人で見栄だけは一流のようだと、老夫婦のことを笑った。
「そういえばここに戻ってから、一度もサート様に会わないわね。サート様なら話が通じそうなのに」
「別の館で過ごしているとか聞いたことがある。最近、あのじいさんたちと不仲らしい」
「あの気持ち悪い二人が相手だもの、仕方ないわ」
それからまたいつものように休日を過ごした翌日、僕たちが『おじい様』と呼んでいた男から呼び出しを受け、部屋に入るなり夫婦そろって僕たちへ鞭を振るってきた。
「この馬鹿どもが! まだ硬貨の価値も分からぬとは! ここへ来てどれほど経つ! 町で買い物をすれば分かると思っていれば……! この家にある品々を馬鹿にするとは……!」
「人間の姿をした野生動物たちが!」
どうやら昨日、僕たちの会話を誰かがこの二人へ告げ口したようだ。
「銅貨、銀貨、金貨、それぞれ三種類存在する! 最も価値の低いミリ銅貨だけ与え、アヴェ銅貨やマク銅貨と買い物の最中、勉強するかと思えば……! 一体こいつらは、どういう教育を受けていたのだ! ここまで世間知らずとは、とんでもない化け物をベニックス王国は育てたものだな! 我が家の馬車は金貨がふさわしい! それを貴様ら……!」
容赦なく鞭は振り下ろされ、許しを請う声さえ出なかった。
動けなくなった僕たちは、牢の床に放り投げられた。
この日を境に、使用人だけではない。あの老夫婦、特に夫人が僕たちの近くに立っては、鞭を振るようになった。
「我が家は他家の皆さまから、早くお前たちを貸してくれと言われているのよ。でもここまで非常識というか、現実を生きていないとは思わなかったわ。いつまで王家の一員のつもりでいるのかしら。もうお前たちは、オルグ陛下とはなんの関係もない庶民なのよ!」
そう言っては体に刻みつけるよう、鞭を振る。言葉だけではなく、痛みと共にしているようだ。
「コルデやお前たちのせいで、我が家の評判は散々。サートは再婚に困難しているわ。今でも殿下の側近とはいえ、あんな小娘に騙されたからか、良いご縁に結ばれない。皆さまが今も我が家と付き合いを続けるのは、お前たちという娯楽があるから! それもなくなれば、我が家は……!」
また夫人の腕が動く。
それから数日後、足枷をはめられ馬車に乗せられ、別の館へ送られた。
にこにこと白い髭を撫でながら出迎えた男の顔に覚えがある。老夫婦の友人と紹介された男だ。
「やっとか。やっと我が家宝である冠を壊した奴らに仕返しできるのか。あの時は友人が頭を下げたので許したが、その友人を騙していたとは! 許さん! 一週間、我が屋敷でも働いてもらうぞ!」
それから毎週のように別の家へ行っては暴力を振るわれながら、仕事をする毎日を送る。
足枷が邪魔で上手く動けないので、余計に遅い、失敗していると言われ暴力を振るわれる。
誰も助けてくれない。泣いても許してくれない。こんな生活、僕は知らない。
「……もうすぐ冬だけど……。こんな薄い布団で冬、こせるかしら」
「この部屋、暖炉がないしね」
夜、僕は姉上と背中合わせに引っ付き、狭いベッドで寝るようになった。
死なれては困ると言われ、冬用の寝間着と布団は用意された。
けれど何度冬を迎えても、兄上からの連絡はない。ずっと手紙を送っている。それなのに、迎えに来てくれない。
本当に捨てられたのかもしれない……。
それでも一縷の望みは捨てられない。




